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2016.04.07

フランスの保育ママ「ヌヌ−」

西村・プペ・カリン『フランス人ママ記者、東京で子育てする』で、日仏での、妊娠から育児についての比較考察がり、それはとても面白かった。なかでも、フランスの保育ママ「ヌヌ−」については、いわゆる調査研究書とは異なる、日本にも詳しいいちフランス人女性の視点から描かれていてとても示唆深くもあった。

パリにあふれるヌヌ−事情
 バカンスでフランスに帰り、パリの街角を歩いていると、わたしは東京では絶対に見ない光景にいつも驚かされる。
 あきらかに50歳を超えた女性が、髪の色や肌の色がバラバラの3人の子供を連れている。こういう場面を目にするのは嬉しい。なぜなら、すぐさまこの女性はこの子どもの母親ではなく、ヌヌ−だとわかるからだ。
 ヌヌ−(アシスタント・マテルネル)とは、他人の子どもの面倒をみてくれる女性で、フランスでは当たり前の存在なのだ。

 東京同様、パリでも保育所問題は深刻だ。
 しかし、多くの若いフラン人ママたちは、経済的、職業上の理由から、産休後に仕事や教育をあきらめてしまうつもりなど、まるでない。そして、その解決策がヌヌ−なのだ。ヌヌ−たちは単に頼れる存在であるだけでない。子どもを集団的なシステムで預かってもらうより、1人につき子ども3人まで面倒を見ることが可能だ。個別対応を好む母親たちにとっては、このうえない選択肢だ。

該当ページにはじゃんぽ〜西さんが描いたヌヌ−のイラストが付せられているが、彼女は黒人で白人の子どもベビーカーに載せている。

ヌヌ−については、フランスの生活文化に馴染んでいる人にとってはよく知られた存在だが、それが普通のフランス人女性にどのように受け止められているかという例では、このカリンさんの説明が参考になる。

同書籍では続けて、ヌヌ−たち自身が発している広告と、特定条件のヌヌ−を求める親の要望が掲載されている。こういうとあまりいい比喩ではないが、日本のヤフオク的な気軽さで双方のニーズがまとめられている。

日本に反照していうと、ヌヌ−という保育ママの情報は、口コミに頼ることなく、公開的な情報として誰もがアクセスできる。もっともそれで最適なヌヌ−が選び出せるわけでもなく、困難は別の形で存在はする。

いずれにせよ、ヌヌ−の情報がフランスで広まっているその背景には、十分な数のヌヌ−の存在と、その資格制度がある。

ヌヌ−の資格について、同書で興味深かったのは、資格があることや、非公認のヌヌ−も多いことは私も知っていたが、その資格については、EU全域で通用するということだった。おそらく、実績あるヌヌ−はEU内では自由に保育を職業として選択できるのだろう。これを延長して考えれば、日本も国際化として移民労働者を入れる際には、こうしたヌヌ−の共通資格も議論されるようになるだろう。

関連したこうした記述が同書にある。

(前略)外国人のヌヌ−は、良い保育者であることが多い。その点については、こんな証言もある。

「若い外国人女性は、フランスで働くチャンスだと考えているから、優秀であるという印象を受ける。彼女たちは、通常、与えられた仕事に対して、勤勉だし、辛抱強い。わたしは近所の子ども(就学児童)の世話をしていたメキシコ人女性を仕事前の9時から11時まで雇ったけれど、彼女は稀に見る優秀な人材だ。子どもが好きで、わたしの子どもたち(3歳と14ヵ月)と、とてもよく一緒に遊んでくれるし、子どもたちも彼女が大好き。アイロンかけや片付けなどの家事もとても上手。唯一の問題は言葉の壁。彼女はとてもシャイで、わたしとフランス語であまり会話しようとしないから、わたしがスペイン語でなんとかしゃべっているわ!」

 フランスでは、ヌヌ−という職業自体は新しいものではない。もう何十年も前から存在する。でも、女性が社会で活躍するにつれ、その重要性はさらに増してきている。それは日本よりずっと高い。今や女性が育児のためにキャリアを完全に中断するなんていうことは、ほぼないに等しい。もちろん、1年間育児休暇はとるけれど、いいポストについて出世する可能性が高かったり、経済的に働く必要があったりする女性たちは、より早く仕事に復帰する傾向にある。

こうした背景には、主に女性といえるが、出産・育児を経験しても継続して労働を継続することが当然の権利として認められているという前提があり、その上で社会の制度が設計されているということがある。

さて、このフランスのヌヌーだが、日本でいえば「保育ママ」に相当するので、日本社会もその方向に進むのか。この議論は難しい。というか、いろいろと厄介な問題を孕んでいる。

こうした経緯は、日本国政府の対応のなかでも伺える。日本でも内閣府で、現在容易に取得できる範囲では、平成16年度から「少子化社会対策白書」が公開されているので、これを経時的に追っていくとわかることだが、平成17年度には、このフランスのヌヌ−である「アシスタント・マテルネル」についての参考・参照的な言及があるものの、平成18年度には短くなり、以降はあたかもその言及は避けるかのような印象を与えるほどに途絶えている。

もう10年も前の状況だが白書を省みてみよう。

(フランスの保育サービス)

 フランスでもフルタイムで働く女性が多く、こうした人々のニーズにこたえるために保育サービスが提供、利用されている。まず、Crecheと呼ばれる保育所(3歳未満が対象、施設型、親管理型、家庭型等がある)があり、約18.2万人が入所している。3歳未満の人口(約227万人)に対する割合は8.0%にとどまっており(2002年、EU統計局資料による)、この保育所によるサービス提供体制は十分ではないといえる。この他に、一時託児所(Les Halte-Garderie)や2歳から入所できる保育学校(Ecole maternelle)がある。
 その一方で、フランスでは在宅での保育サービスが発達している。その代表が、認定保育ママ(Assistantes maternelle)である。これは、在宅での保育サービスを提供する者のうち、一定の要件を備えた者を登録する制度で、県政府への登録者数は34.2万人、このうち就業している者は25.8万人である(2001年、EU統計局資料による)。この認定保育ママが現在の保育需要の約7割を担っているとされている。認定保育ママは、その利用者が雇用し、賃金や社会保険料を負担する。この費用については、「乳幼児迎入れ手当」から、6歳未満の子どもの保育費用(認定保育ママの雇用の賃金の一部と社会保険の使用者負担等)が補助されている。また、後述のように税制を通じた支援も行われている。このように、スウェーデンと異なり、フランスでは家庭的な保育サービスが中心となっている。
第1‐4‐14

10年前の資料だが、カリンさんの本などを読むと、現状でも大筋での変化はなく、つまり、フランスでも保育園は不足しているし、社会がヌヌ−に依存している状況は大きな変化がない。ただし、変化はおそらく別に生じつつあるが、これは別次元で難しい問題がある。

平成17年時点に政府内でも検討されていたヌヌ−だが、これを外国人的な文脈からとりあえず分離して、日本の「保育ママ」の制度の拡大施策として見たらどうだろうか。

これも意外に難しい。基本的には、保育ママの資格制度と補助制度を充実させればよいと言えるし、その推進力は、保育ママの賃金を市場に任せるのでなければ、地上自治体の補助金ということになる。実際にはその方向で進んでいるし、高齢者介護も同様の路線にある(というか、こちらはさらに学校制度にまで及んでいて思いがけない副作用があるようにも思えるが)。

こう言う問いを出すだけで、禁忌の空気を感じないでもないが、これを仮にではあるが市場的な社会サービスとして見ると、保育ママ(ヌヌ−)と保育園は、市場を奪い合う形になり、さらに少子化なので、市場それ自体のニーズは弱い。すると、この線では、保育ママの制度と助成が、保育園制度及び保育士の制度が助成という点で向き合うことになる。

保育園と保育ママ(ヌヌ−)を対立の構図で捉える必要はまったくがないが、そうは言っても、いわゆる「待機児童ゼロ」に関連して、この構図とその前提がうっすらとかいま見えるように思えることがある。

一例だが、ぐぐったところ「はれぽれ」というサイトにこうした記事があった。「待機児童ゼロとうたう横浜市、「保留」の扱いとは?」(参照)。

育休延長や求職しながら入所待ちは「待機」ではない!?

さて、安形係長の言う「国の指針」とは、2003(平成15)年8月に厚生労働省雇用均等・児童家庭局長が出した「児童福祉法に基づく市町村保育計画等について」という通知を指す。

これは「待機児童」の定義を一新したもので、横浜市の解釈によると、以下の条件に当てはまる子どもは、「待機児童」としてカウントされないことになるのだ。
  
(1)横浜保育室、川崎認定保育園、預かり保育幼稚園等の利用者
(2)育児休業中の家庭の児童
(3)第一希望のみの申込の方
(4)園や自宅の近くに利用可能で空きがある保育施設があると判断できるにも関わらず利用を希望しない方
(5)主に自宅において求職活動をしている方
(6)区役所職員が電話や手紙などで複数回所在を確認した結果、連絡がつかなかった方

・・・ん?

別施設に子どもを預けて働きながら認可園の空きを待つケース(1)や、保育所が決定するまで育休延長制度を利用し、職場復帰日を明確にしないまま入所申請を出すケース(2)、保育所の空きを待ちながらインターネットなどで求職するケース(5)は身近にもよく聞くが、すべて「待機児童」から除外される。

また、認可保育所の入所待ちをしていても、近所の保育ママ(家庭的保育事業)などに空きがあれば「待機児童」とはみなされない(4)ことになる。

保育ママ(ヌヌ−)を待機児童にカウントするかどうかがここでは議論され、認可保育所の入所が焦点化されている。別の焦点化をするなら、保育ママ(ヌヌ−)は、認可保育所までの暫定措置であるという前提があるように読める。

こうした問題にどう対処したらよいのか?

実は、この横浜市の対応自体が、一つの対処事例として出てきたもので、それをどのように参考事例とするかは、他の地方自治体ごとに任されているので、単純な答えは出ないし、そもそも横浜市の事例がその問題の難しさを暗示している。

関連してということだが、先日、NHK「ママたちが非常事態?」という番組で、日本のベビーシッター利用のグラフが出てきた。

ここで言うフランスの「ベビーシッター」にヌヌ−がどのように含まれているのか、あるいは別扱いとされているのかはわからない。別扱いのようには思える。が、いずれにせよ、日本での比率は例外的に低い。

このことは、日本では自分の子どもを他の市民に預けるのを好まないという文化的な傾向でもあるかのようにも見える。ただ、それが日本の文化的な傾向なのか、戦後の家族形態が変化したのと同様の変化の影響なのかは、社会学的に研究してみないとなんとも言えないだろう。

つまり、新しい日本社会のありかたとして、日本人が日本社会に調和したヌヌ−の制度構築ということもありうるだろうし、現行の「保育ママ」はその潮流にあるのかもしれない。

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