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2016.02.19

自民党・丸山和也参議院議員の「失言」は英語でどう報道されたか?

自民党・丸山和也参議院議員の「失言」が話題になっている。この件についてはあまり関心を持っていなかったが、いろいろと話題になっているふうでもあるので、少しあとから追ってみた。まず、なにが「失言」で、なにが問題なのか。

対比用に国内報道としての朝日新聞報道の確認

問題として「角度を付けて」報道した朝日新聞「自民、止まらぬ失言・不祥事 谷垣氏「すぐペケが付く」(参照)を見てみよう。

 安倍内閣の閣僚や自民党議員の不祥事や失言が止まらない。丸山和也参院議員が参院憲法審査会で「米大統領は黒人。奴隷ですよ」などと発言。野党3党は18日、丸山氏の議員辞職勧告決議案を参院に提出した。甘利明前経済再生相の辞任や宮崎謙介前衆院議員の辞職ショックが冷めやらぬ中、政権は火消しに追われている。

 「いかようにも抗弁できない。外交関係にも影響しかねない」。18日の衆院予算委員会で、民主党の神山洋介氏は丸山氏の発言を厳しく批判した。菅義偉官房長官は「政治家は常に自らの発言に責任を持って、国民の信頼を得られるよう説明を果たしていく責任がある」と防戦に追われた。

 丸山氏は17日の参院憲法審査会で「アメリカは黒人が大統領になっている。これ、奴隷ですよ」などと発言した。安倍政権がもっとも重視する同盟国・米国の指導者に対する人種差別にあたる恐れがあり、政権幹部は「どう考えても正当化できない。陳謝、陳謝、陳謝だ」と沈静化に動いた。

 民主や社民、生活の野党3党は、丸山氏の議員辞職勧告決議案で「看過できない」と指摘。自民側は、丸山氏を参院憲法審査会の委員から外し、18日夕の幹事懇で、丸山氏の17日の発言を大幅に議事録から削除することを提案。同氏は「人種差別の意図はない」と謝罪した。幹事会後、野党の批判について「正直言って、あきれている。人種差別を乗り越えてきた米国は素晴らしいと言うことが批判されるのは不条理」と語り、議員辞職を否定した。

朝日新聞報道による曖昧性

朝日新聞によると問題は、「アメリカは黒人が大統領になっている。これ、奴隷ですよ」などと発言し、米国の指導者に対する人種差別にあたる恐れがあり、ということだ。つまり、米国の大統領を「これ」呼ばわりして、「奴隷」としたので人種差別になる……かもしれないというのが朝日新聞としての失言問題のようだ。

「かもしれない」としたのはのは、朝日新聞報道にある「などと」と「恐れ」という部分を汲んだもので、そこの報道意図がよくわからないせいである。

「恐れ」とした朝日新聞としては、もしかすると、これは人種差別ではないかもしれないという含みを持たせているのだが、それはなぜだろうか?

「黒人は現在でも奴隷である」というなら人種差別以前にただの馬鹿発言だし、「大統領は奴隷だ」というなら侮辱発言としてもいいだろう。「人種差別」という焦点はわかりにくい。「黒人には大統領になる能力はない」というなら、これは単純に人種差別発言である。丸山議員はそう述べたのだろうか?

丸山議員のオリジナル発言の確認

「などと」という朝日新聞の表現も気になるところで、含みは、実際の発言にはさらに追加があったと理解してよい。つまり、文脈から朝日新聞が「アメリカは黒人が大統領になっている。これ、奴隷ですよ」だけ焦点化して取り出したということだ。では、オリジナルの文脈と全文を検討してみる必要がある。

該当部分を書き起こしてみた。
 


馬鹿みたいたいな話だと思われるかもしれない。かもしれませんがですがね、例えば今、アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。はっきり言って。で、リンカーンが奴隷解放をやったと。でも、公民権もない。何もない。マーティン・ルーサー・キングが出て、公民権運動の中で公民権が与えられた。でもですね、まさか、アメリカの建国、当初の時代に、黒人奴隷がアメリカの大統領になるとは考えもしない。これだけのですね、ダイナミックの変革をしていく国なんです。

 朝日新聞の報道とくらべてみる。

  • 朝日新聞報道 「アメリカは黒人が大統領になっている。これ、奴隷ですよ」
  • オリジナル発言 「アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。」

朝日新聞の報道では、オバマ大統領を「これ」呼ばわりしてしているふうに受け止めやすいが、オリジナルでは、「これ」が示すのは、文脈上直接は「黒人の血を引く」ことになっている。好意的に解釈すれば、「アメリカはかつて奴隷であった黒人が大統領になりうる」というふうにも読める。

朝日新聞の論点背景

丸山議員発言を「アメリカはかつて奴隷であった黒人が大統領になりうる」と好意的に読むなら、今回も朝日新聞としては「角度を付けた」報道にはならなかっただろう。というのは、朝日新聞は、2009年「「イエス、ウィー・キャン」オバマ氏が勝利宣言」(参照)でこう報道していた。

 奴隷制度という過去を持ち、人種問題を抱える米国が、奴隷の子孫ではないものの、アフリカ系(黒人)の大統領を選んだ歴史的な選挙となった。

つまり、朝日新聞としては、奴隷の子孫が大統領になるという言及では問題でない。すると、オバマ大統領を奴隷の子孫と間違えたという点で丸山議員発言を「失言」とし、問題視したことになるだろう。繰り返すが奴隷の子孫が大統領になることには朝日新聞としては問題ないわけである。

これは人種差別の失言というより、丸山議員の無知ということのようには思われる。なお、やや文脈は異なるが、オバマ大統領が奴隷の子孫であることはDNA研究から示唆されている。2012年の朝日新聞「オバマ大統領の祖先「米国最初の奴隷」 家系図調査」(参照)より。

オバマ米大統領は、実は米国で最初の奴隷の血をひいていた――。DNA分析や古文書の調査によって判明したと米家系図調査会社が発表した。白人の母の12世代前の祖先が、米史上最初に終身奴隷となったアフリカ系男性だという。

 家系図調査会社のアンセストリー・ドットコムによると、カンザス州生まれのオバマ氏の白人の母親から12代さかのぼると、ジョン・パンチ氏というアフリカ系男性にいき当たる。米独立前のバージニアで年季契約召使の身分から逃亡しようとして失敗、罰として1640年に終身奴隷とされた男性で、記録に残る最古の例という。パンチ氏は白人女性との間に子がおり、その子孫が「白人地主」として成功した。

 2008年の大統領選では、オバマ氏が「奴隷の子孫ではない」ことで、アフリカ系有権者の間には一時、支持をためらう声も出ていたとされる。

丸山議員の文脈とは異なるが、DNA分析を含めたという意味で、科学的には、オバマ大統領は奴隷の子孫と言ってもよさそうだ。また、オバマ大統領の選挙戦ではむしろ、「奴隷の子孫ではない」ことがマイナスの要因であったことも朝日新聞は伝えていた。

CNN報道の例

前段が多くなってしまったが、今回の「失言」が欧米圏ではどのように報道されただろうか? 

まず読みやすい事例としてCNNの日本語報道があった。「丸山和也議員、オバマ大統領についての「黒人奴隷」発言を謝罪」(参照)

(CNN) 自民党の丸山和也参院議員は、オバマ大統領を奴隷の子孫だとした発言に関して、誤解を招くものだったとして謝罪した。
丸山議員は17日の参院憲法審査会で、「いまアメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ」と発言した。
この発言は日本の憲法改正を巡る論議の中で飛び出した。丸山議員は米国の「ダイナミックな変革」を引き合いに出し、「アメリカの建国、あるいは当初の時代に、黒人、奴隷がアメリカの大統領になるなんてことは考えもしない」と力説していた。
オバマ氏は初のアフリカ系米国人の大統領だが、奴隷の子孫ではない。父はケニア人、母はカンザス州出身の白人だ。
丸山議員の発言は人種差別的と見なされ、審査会後の記者会見で同議員は「誤解を与えるようなところがあった」として謝罪した。
丸山議員は19日、CNNの電話取材に応じ、自らの発言によってオバマ大統領と米国国民に不快な思いをさせたことを申し訳なく思うと述べた。その上で、発言に人種差別的な意図はなく、人種差別を乗り越えた米国の偉大さに言及しようとするものだったと説明した。

CNNは朝日新聞報道に似て、「丸山議員の発言は人種差別的と見なされ」たとして判断を避けている。

CNNのオリジナル報道はわからなかったが、英語でどのように理解されているかという点では、CNN「Japanese lawmaker apologizes for Obama 'black slave' remark」(参照)が表題からでもわかりやすい。つまり、日本の議員が「オバマを黒人奴隷」としたということである。丸山議員の発言は英語で表現されている。

"In America, a black man became president. I mean, he's in a bloodline of black people who were slaves," Kazuya Maruyama, a lawmaker from the Liberal Democratic Party (LDP), said Wednesday, during a meeting of the Upper House constitutional panel.

該当部分を訳すと「アメリカでは、ある黒人が大統領になった。私が言いたいことは、彼は、奴隷であった黒人の血筋にある」ということになる。

こう英文で表現されると、朝日新聞報道のような曖昧さはなく、つまり、オバマ大統領を黒人の血筋とした、という発言になる。また、「Obama, the first African American U.S. president, is not a descendant of slaves. He's the son of black father from Kenya and white mother from Kansas.」とも述べ、事実の誤認を確認している。

しかし先に引いた2009年の朝日新聞報道にもあったように、オバマ大統領が選挙戦の際は、そうした血統がないことはデメリットともされていた。

CNN報道の「角度の付け方」

では、CNNはどのようにこれに「角度を付けて」報道したかというと、原文では丸山議員の発言についてCNNとしての考察はなく、テンプル大学のカイル・クレイブランド(Kyle Cleveland)教授による日本の保守派論に移っている。つまり、行間を読むの類である。

"This isn't just one particularly racially outrageous thing that he said about Obama, but it represents a certain kind of nationalism that this generation of politician holds," Cleveland said.

つまり、これは単にオバマ大統領について語られた、とりわけ人種差別の怒りを招く一発言ではなく、この世代の政治家が有しているナショナリズムの一種を示している、とクレイブランド教授はいうのである。

ごくあっさり言えば、クレイブランド教授も丸山議員の発言それ自体は人種差別発言としてはことさらに問題視していない。

BBC報道の例

BBCは日本語サイトを持っているがここでは該当記事は見当たらなかった。

英文のBBCの報道では、CNNとも似て、日本で話題になって以降の安倍首相の対応に焦点を当ていて、失言問題そのものへの言及はあまりない。とはいえ「Japan's Shinzo Abe rebukes MPs after Obama 'slave' remark」(参照)より、該当部分の英文を見てみよう。

"Now in the United States, a black man serves as president. With the blood of black people. This means slaves, to be clear."

いわく、「いまや合衆国では、黒人が大統領として職務にあたっている。黒人の血を持ちながらである。このことの意味は、端的に言えば、奴隷ということだ」。

CNNの英訳では、奴隷であったことは過去として”who were slaves”としているが、BBCの英文では、現在なお奴隷だという響きを持っている。実際、丸山議員のオリジナル発言では「アメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ。」となっているので、現在への言及でもよいようだが、「血を引く」という表現には子孫の意味合いがあるのに対して、”With the blood of black people”は現在の人種状況を指しているように受け取れる。これだと黒人の血に焦点を当てたかたちで人種差別になる。BBCとしては、人種差別の話題としての「角度を付けて」報道したのかもしれない。

時事の英文報道の例

CNNやBBCは日本について直接報道することがあるが、時事や共同を介することが多い。共同はAPと同じことが多い。

時事で該当部分を見てみよう。「Japanese lawmaker calls Obama descendant of black slaves」(参照)より。


“In the United States, a black man has become its president. I mean, he is in a bloodline of black people, who were slaves,” Kazuya Maruyama said during a session of Upper House Commission on the Constitution.

CNNと同じ表現がある。おそらく、CNNは時事を引用したのだろう。

共同の英文報道の例

共同で該当部分を見てみよう。DP Diet member apologizes over remarks about U.S. President Obama」(参照)より。

TOKYO (Kyodo) -- A Diet member belonging to Prime Minister Shinzo Abe's Liberal Democratic Party apologized Wednesday over remarks he made about U.S. President Barack Obama, calling him black and adding that blacks are descendants of slaves.

"Now the United States has a black president. (He) is of black origin. That means slaves," Kazuya Maruyama, the head of the LDP's judicial affairs division, said during a session of the House of Councillors commission on the Constitution.

共同の英文で丸山議員の発言とされているのは、「今や合衆国では黒人が大統領になっている。彼は黒人の起源である。これは奴隷だという意味だ」となる。つまり、共同が世界に報じた内容は、黒人ならすべて奴隷であり、こうした奴隷が今や合衆国の大統領だということで、わかりやすく黒人差別という「角度をつけて」報道している。

APの英文報道の例

APで該当部分を見てみよう。「Lawmaker Maruyama criticized for linking Obama to slaves」(参照)より。

"Today, America has a black person as president. A person who inherits black people's blood. Frankly speaking, they were slaves," he said Wednesday, then went on to explain how civil rights improved in the United States. "Back at the beginning of U.S. history, it would have been unthinkable that a black person, a slave, would become president. That's how dynamic a transformation this country makes."

APの共同の英文で丸山議員の発言とされているのは、「今日、アメリカは黒人を大統領に持っている。黒人の血を継いだ者である。率直に言えば、彼らは奴隷だった」ということで、奴隷を過去として、その血統を継いだという点も明確にしている。加えて、その次の文で市民権に言及している。

AP記事だが別サイト(参照)で見ると、山口真理記者の記事である。

AFPの英文報道の例

AFP報道の全体を見渡したわけではないが、訳出の一つの典型例として、「Japan ruling party on defensive over Obama "slave" comment」(参照)が興味深いものだった。

"Now in the United States, a black man serves as president," Maruyama told lawmakers on Wednesday, adding that Obama "carries the blood of black people.

"This means slaves, to put it bluntly."

He then described as "unthinkable" at the time of the founding of the United States more than two centuries ago the idea that a black man could become president.

英文の表現を見れば明白なように、これは実質BBC報道を焼き直している。

ロイターの英文報道の例

ロイターも署名記事を出していた。「JAPANESE PRIME MINISTER SHINZO ABE CRITICIZES MP’S OBAMA ‘SLAVE’ COMMENT」(参照)より該当部分を見てみよう。

“Now in the United States, a black man serves as president. With the blood of black people. This means slaves, to be clear,” he said, according to the BBC. Maruyama then added: “It was unthinkable at the founding of the country that a black man, a slave could become president. That's how dynamically America has evolved.”

明確にBBC記事の孫引きだということがわかるように良心的に書かれている。率直に言って、この件ではそれ以上の考察は必要ないだろう。

英文報道の精度

ざっとした印象では、APの英文報道がもっとも精度が高いようには思われた。日本語にも精通したスタッフを有しているメリットが現れた形になっている。

CNN報道はおそらく時事からの孫引き報道で、記者は日本語の能力はそれほど高くはないように思われる。時事に関連していうと、日本の英文紙として参照されやすいジャパンタイムズだが、この報道については時事を採用していた。時事の報道に不正確さがあれば日本についての話題は、ジャパンタイムズから伝搬する経路がある。

BBCの報道は共同や時事と独立していたが、意外にも、精度の高いものではなかった。扱いも、内閣問題となってからの二次的影響の視点に立っていた。

今回のBBC報道の不正確さが、ロイターやAFPにも伝染している様子が見られる。この点は、海外報道の伝搬についての従来の傾向からすると、やや意外に思われた。というのは、ロイターやAFPは独自の報道機関の矜持を持っているからである。日本に対する国際世界の関心の薄れの反映かもしれない。そもそも、日本語に精通した記者を十分に日本に配備していないのだろう。

BBC報道は従来の他分野で見ると日本についての報道精度は高かった。そうした報道の精度が維持ができるかは今後も注意が必要になる。

フランスに拠点を持つAFPは英語圏とは異なった独自の報道網を持っているし、日本においても優れたスタッフを擁しているので、BBCに影響された今回の報道は少し残念に思われた。

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