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2016.01.16

「ニーベルングの指環」ライトモチーフをどう学ぶか


「ニーベルングの指環」について書こうとするとき、前回もそうだったのだが、これを「オペラ」と呼ぶことに非常にためらいがある。もともとワーグナー自身がこれをオペラではなく「楽劇」(Musikdrama)と分けて呼んだこともだが、いわゆるオペラとは異なっている。一番の違いは、いわゆるアリアがないことだろう。歌と演奏と言葉は渾然一体となっている。その他いろいろ違いもある。しかし、広義にはオペラとしてもいい。

この「ニーベルングの指環」の特性だが、ライトモチーフ(Leitmotiv)の多用がある。もともとライトモチーフが意識的に組み入れられたのがこの作品でもある。「指示動機」とも訳されるが、人物や事件などを表す特定の旋律などである。と、いうと難しそうだが、実は私たち現代人がハリウッド映画で聴く音楽はこれがもう前提となっている。ごく簡単なところでは、スター・ウォーズのダースベイダーのテーマとかもライトモチーフと言っていいだろう。

ちょっと話が捻じれるが、「ニーベルングの指環」は高尚な音楽だという側面も当然があるが、別の面で言えば、ハリウッド映画の原型だとも言える。「スター・ウォーズ」と比較してしまいたくなくのもそのせいだ。

ライトモチーフが難しいのは、人物や事件に一対一に音訳のように対応しているのではなく、それ自体が一つの記号言語になっていて意味を持っていることだ。ちょっと大雑把な言い方になるが、「ニーベルングの指環」の最初の作品「ラインの黄金」のその最初の序曲にはあたかもライン河の流れを示すような音楽があるが、この旋律のライトモチーフが「自然」を表し、さらに物語の主人公の一人であるブリュンヒルデのライトモチーフにまで変化してつながっていく。

どういうことかというと、「ニーベルングの指環」を理解するには、台本を理解することに加え、ライトモチーフに示された記号言語による物語も理解する必要がある。そこには微妙な緊張や対立もあるので、評論的に扱うときは、二系統の記号言語の理解が必要になる。

鑑賞においても、ある程度、「ニーベルングの指環」に慣れたら、ライトモチーフのお勉強が必要になり、これには、率直に言うと、楽譜を読む技術が求められてしまう。

いや、そこまで観衆に音楽の能力が求められる作品なのかというと、結論から言えば、それはさすがに無理だし、「ニーベルングの指環」には、村祭りのコントみたいに民俗的で滑稽な要素も多く、その面を考慮すれば、誰もが楽譜を理解することが必要とは思えない。あくまで、深層的なメッセージを読みだすには、楽譜読みが欠かせないだろう、くらいである。

とはいえ、ライトモチーフは理解したいものだ。そこでそういう解説はないのかというと、ある。現在では入手できないようだが、ライトモチーフ解説付きのショルティ指揮のレードがあり、1997年にはポリグラムからCD化されてもいる。戦前の放送を思わせる篠田英之介NHKアナウンサーのナレーションはわかりやすい。これが入手できれば、日本人には一番便利だろう。CDで三枚分ある。アマゾンで探したが見つからない。

英語がある程度わかる人ならこれの元になったと思われるデリック・クックのCDがある。楽譜もついていて便利だ。

ライトモチーフに特化はしていないが、音楽と合わせた解説には、オーディオブックのものもある。これを日本語化してくれるといいなと思うが。

上二点、紹介の都合でアフィリエイトのリンクを貼ったが、どちらもGoogle Play Musicにあるので、会員なら無料で聞ける。オーディオブックのほうのはアマゾン・プライムにもある。

ある程度、ライトモチーフがわかるようになると、「ニーベルングの指環」自体も楽しくなるし、あずみ椋の漫画本の解説でイチオシだった、ジョージ・セル指揮によるハイライトのオーケストラ演奏CDなども楽しくなると思う。

オケとしての「ニーベルングの指環」を楽しむには、このセルの演奏はとてもよいと思うし、なんというか、一種、中毒性がある。
 
 

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