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2016.01.21

[書評] ぼくがいま、死について思うこと(椎名誠)


どう生きたらよいのか。そう迷うとき、何気なく実践していることがある。自分より10歳くらい年上の人の生き方を見つめることだ。身近な人や著名人など。10年の差は、時代にもそれなりに差が生まれるので、自分の参考にならないことも多いが、それでも自分の年齢と10年以内だと近すぎるし、10年以上だと遠い。とはいえ、それで割り切れるものでもなく、曖昧なレンジのなかで、その人はどう生きているのかと考えることはある。そして、そろそろ、どう死ぬのかということも。

そうした思いに比較的に日常的に浸されている自分としては、cakesの連載(参照)でも取り上げた椎名誠さんが死についてどう考えているかは気になるので、表題につられて「ぼくがいま、死について思うこと」を読んでみた。というか、文庫本で見かけたので読んだ。

実はこう言うとなんだが、椎名さんなら、死についてその歳まで考えたことがない、そして世界の見聞の広い椎名さんのことだから、いろいろ酒席で聞くには楽しい話題を花束のように展開されるのではないかと思っていた。予想はあたった。その意味で、面白い本ではあったが、私が読みたいと思っていた本ではなかった。

ではどんな本が読みたかったのか、おまえは何を期待していたのか、と問われると、当然ながら判然としない。なにか痛みや不安を伴う、真摯な表現だろうか。しかし、それこそが椎名さんに求められるものではない。

この本はなんだろう。そういう思いを心に据え直してみると、軽妙に語られる椎名節から、いつもながらのある薄暗い調性のようなものは感じられた。それは、むしろ、表向き死について語られている部分ではないところで。

例えば、「ぼくは体型や体重が高校生のころからほとんど変わっていない」と彼は言う。嘘だとは思わない。彼はだから昔の服がずっと着られるとも語る。そしてそれが日常的なストレスになっていないともまで言う。体と精神のコントロールが保てるとして、「それがたぶん、今ぼくが生きていく上でのアクティブな精神の基礎になっているような気がする」とまとめる。

私も若いころから体型が変わらない。30歳ころ父が死んで葬式に喪服を作ったおり、叔父が、これから君も中年になって太るからゆったりした喪服を作っておきなさいと言われて作ったが、その必要はなかった。それでも変わるきっかけはあった。自著にも書いたが結婚して沖縄暮らしをしたら体重が10kg増えた。驚いて普通を意識したら半分戻した。以降20年くらいそこからは変わらない。あと、菜食していたとき50kgを割ったことやヨガで肺が大きくなった、筋トレで少し肩がついた、とかあるが、微細。変わったといえば、これも自著に書いたが徐々に禿げた。もし機会があったら、禿げることについて本を書きたいとも思っているが、禿げるということは、禿げる自分に慣れるということである。と、同時に禿は差し歯と同じように繕ってもどうということでもないので、選択の問題でもある。

で、何が言いたいのか。私は結婚と禿で、体型ではないが見た目を変えたことで、少し死を受け入れたように思う。たぶん、椎名さんはそれがない。羨ましいかといえば、その文才のように羨ましいと思うのだが、では自分が禿で学んだ死の思いはどこに行くのだろう。ついでだが、この件ついては、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」に意外に長い考察がある。

つまらない自分語りになってしまったが、ああ、椎名さんは遠い、と思う。遠くて構わない。しかし、その羨望の歪みからか、なにかが語られていないという感じは残る。

椎名さんは、鬱も経験したが「それまでの人生、常にポジティブシンキングが基調だったぼくをネガティブな意識がはじめて侵食し、そいつをなだめながら二十数年。まがりなりにも今は毎日まあけっこう楽しい。といえるような日々が続いているので、まだ僕の前には「あらかさまな」死の意識やその影はちらついていない、と思っている」と記す、が、私からは、なにか若い身体に封じられているように見える。それは椎名さんにとっては、運の強さかもしれないが。

本書のきっかけとなったのは、彼の「主治医」中沢正夫医師の、死についての問いかけだったこともあり、文庫本では彼の解説がある。そこで中沢医師は椎名さんのこの本について「一人称の死(やがて来る我が身の死)については、まだ書く気分になっていないように見える」と静かに語って、見せている。少しきつい言い方だが、中沢医師の言葉は椎名さんには届いていなかった。届くべきだったかはわからない。椎名さんが届いた先の言葉を書く日が来るかもしれないし、そういうことは永遠にないかもしれない。それが悪いことでもない。本書に描かれる彼のお爺いちゃん姿の幸福と同じように、それも幸福というものの形かもしれないのだから。

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