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2016.01.08

2016年、明けましておめでとうございます。

2016年、明けましておめでとうございます。というのを8日になって書いているのが、すでに今年のボケぐあいを示しているようで恥ずかしい。昨年末には、来年はブロガーらしくもっとブログを書くべきなんじゃないかとか多少は思っていました。

年頭にあたり、といった話は抜きで、くだらない話がしたい。年末のショッピング風景で見かけて気になったランドセルのことである。知らなかったわけではないが、ランドセルがとてもお高い。正確に言えばお高いものがある。お安いのはというと、それでもざっと見ていて、一万円代でどうかなと思う。詳しくは見ていないのだが、どれがいいのか選ぶにあたり、なにか基準もないわけではないだろうが。

高価なランドセルを見ながら、こんなのを背負っていく小学校1年生がいるのだろうかと思う。が、いるから売っているわけで、もうちょっと言うと買う人がいるから売っているのだろう。誰が、買うのか? 多分、お爺さんお婆さんではないか。孫へのプレゼントなのではないか。想像で言っているので、裏はなんもないが。

見るからに高価なランドセルがあるということは、例外はあるにせよ、金持ちと貧乏人の差を示しているようなものだから、これでいいのかと疑問に思う。学校や教育員会で、奢侈にならない基準があればいいのではないかと思う。あるのかもしれないし、これは社会問題になってないのかと、ググるとまったくないわけではない。ただ、こういう貧富差のディスプレイゲームはバカバカしいからやめましょうという議論は見かけなかったように思う。

私はそもそもランドセルはバカバカしいと思っていて、以前ネットでつぶやいたことがあるが、まあ、反感を食らった。もうブログを10年以上やっているが、歩道を走る自転車どうにせかしろよとか、腹筋運動やめとけとかいうと、反感を食らう。そのうち、反感が予想される話題は避けるようになる。

とはいえランドセルはバカバカしいと思っている。第一の理由は、危険だからだ。ところが、これがまたまた反感の的であって、転倒したときの保護になるという、ああ、バカバカしい議論に巻き込まれる。ランドセルが歩行を阻害して危険なことくらい少し調べたらわかるんじゃないかと思うが、そういう点で調べられたことがない。でも、調べて、私の思いがまったく逆でしたというのも、あるのかもしれない。

バカバカしいの二点目は、重たいものは学校に置いておけと思う。それでは家で学習できないとかいうのだろうが、小学生がそんな重たいものを持ち運んでまで家でやるべきことがそもそもあるのか。軽量な別教材にしてもいいんじゃないか。それ以前に重たいものを成長期の子供に負わせないというのは、先進国の普通の常識で医者も注意を出していたりする、はず。

というか、ランドセルって極めて日本の風習で、だからいかんともいわないが、スクールバックくらい一定の基準を設けて自由化すればいいだろう。でも、しない、らしい。なぜなんだろう。交通安全の黄色いカバーを付けるためだろうか。いやこれは素朴な皮肉です。

とかまるで社会派おちゃらけブロガーみたいなことを言ってみたが、実はそれほどこの問題には関心ない。何を言ってもだめだよなということで、とっても納得しているからだ。小学校生活みたいな糞な時代はさっさと過ぎていけばいい。戦争に庶民が向かうのとのおんなじことだとかいうと顰蹙になるだろうから言わない。

じゃあ、何が言いたいのか。結局、ランドセルなんかどうでもいいのか。いや、そこなのだ。私がそれを心底どうでもいいや、ネットで炎上してビュー稼ぐ気もないし、というある種の、どうでもいいや感がじんわり生活全体を覆っているなあと思うのである。

消費税増税なんか、ばっかじゃないのとか思う。すると、バカじゃなーいという議論が起こる。でも、バカでしょ。ということでこれ自体立派な「バカの壁」になっている。どうしたものか。

どうしたものか。諸事、どうしたものかと、思うのである。ネタとして考えると混乱するが、自分に何ができるかと考えると、さして何もできない。逆に言うとできることはある。ランドセルのネタの関連でいえば、小学生の通学の安全指導や放課後の見回りボランテイアをやったこともあるし、やればできる。やってどうなったかというと社会的にはなんもないが、世界の見方は変わる。

そうなのだ、世界をもっとリアルに見ようとは年頭思った。とりあえず。正義とかから考えず、自分が関われるならその視点を大切に世界を見ていこうと。

実際それができるかどうかわからないし、バーレーンの状況とかはそうしたアプローチではわからない。それでも、ある関与の感覚は、そうした実体験のなにかに起因するだろうし、それはとても小さいことで、小さくあるべきだろうとも思った。

 
 

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