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2015.09.12

[書評] 数学の大統一に挑む(エドワード・フレンケル・著、青木薫・訳)

 たまに現代数学の本を読むことにしている。付け加えると、理解できなくても、時代の最先端の数学を解説しようとした本は読むことにしている。それでどうかというと、正直なところ、たいていはさっぱりわからない。

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数学の大統一に挑む
エドワード・フレンケル・著
青木薫・訳
 同じことは物理学や生物学・医学についても言える。ただ、そうした「わからない」に向き合うのを諦めちゃうのが、なんとなくいやだなと思っている。この本、エドワード・フレンケル・著『数学の大統一に挑む』も同じ。めっちゃ、現代数学である。もうこれは無理だろくらいの敷居の高さである。でもちょっと手にとってみたい気分にさせるのは、青木薫さんの翻訳だからだ。日本語として読みやすい。内容を理解している彼女ならではの自然さがある。もう25年以上も前になるが、彼女が物理学のアカデミズムから翻訳者なろうとしているころ、数学はお得意だったのでしょと聞いたことがある。ラグランジアンなんかも難しいと思わなかったと答えていたのが印象的だった。
 邦題の『数学の大統一に挑む』という表現はよく練られている。本書を見たとき、まず、そう思った。本書には大きくわけて2つのテーマがあり、1つは、現代数学のなかで関連が明確ではない分野(「ブレード群」「調和解析」「ガロア群」「リーマン面」など)を統一する可能性を秘めたラングランズ・プログラムについての一般向け解説書だからである。この統一は数学だけに限らず、物理学、特に超ひも理論にも関連していて、その意味では、邦題が暗黙に示唆する物理学の大統一理論との関係もきちんとある。この点には、「はじめに」とされた序章におけるクオークの発見の物語からも暗示されている。もう1つは、数学への愛情をだけを頼りにしてユダヤ人差別のソ連下から米国に脱出し、数学分野の一人者とまでなった著者エドワード・フレンケルの半生録である。この側面は同じく青木訳『完全なる証明』(参照)が描く、類似の境遇だったペレルマンの話題にも似ている。
 二面を本書として統合するのがまさに「数学への愛情」である。本書は、ラングランズプログラムの一般向け解説書というよりも、いかに「数学への愛情」がこの課題(プログラム)を引き寄せているのかという情熱の物語であり、それはかなり熱い。現題は「Love and Math(愛と数学)」としているのもそのためだろう。この熱さだが、終章に描かれる三島由紀夫が制作に関わった映画『憂国』との対比にまで至る。また情熱を補うように、ヴェイユ兄妹や、先日亡くなったアレクサンドル・グロタンディーク、谷山豊の挿話で彩られているのも読書の楽しみになる。と書いて、著者フレンケルには谷山の自殺への共感のようなものもあったのだろうなと気がつく。
 ラングランズ・プログラムがなんであるかについては、まさに本書がその概要的な解説書であり、ロゼッタ・ストーンの比喩は私のようなものでもなるほどと思えるほど秀逸である。数学史的には、その基礎であるガロワ群論からグロタンディークの層の概念を経て、各種の数学分野を統合する予想の集まり(プログラム)としてしている。この「プログラム」という響きだが、私など大学で数学基礎論の基礎を学んだ程度からだろうが、ヒルベルト・プログラムに似たようにも感じられる。
 本書は、とはいえ、その数学的な側面の記述はかなり難しい。終章前の章の終わりで、著者の父親が編集時の同書に「内容を詰め込みすぎだ」と示唆したことを記しているのも、著者自身にもその点は了解されているからだろう。
 本書はそれでも、現代数学に関心をもつ人に広く読まれるだろう。ざっと見渡したところ、ラングランズ・プログラムについての一般向け解説書は『数学の最先端 Volume 1 21世紀への挑戦』(参照)の他に見当たらないように思えるからだ。
 それでも、本書を読みながら、そうした、現代数学に関心を持つ人は、もしかすると素通りしてしまうかもしれないなとふと私が思ったことがある。著者のペンローズへの言及である。なかでも『実在への道』についての言及である。本書ではこの書名の言及に訳注がないのが少し不思議にも思えた。調べてみると、どうやらなぜか訳書がまだ存在していない。ただし、同書からの引用には、原題「The Road to Reality」(参照)についての注釈は付いている。ただの偏見かもしれないのだがペンローズの同書については日本では、タブーでもないだろうが、まともに批評したくないというような空気があるのかもしれない。日本人の科学者は、神学を連想させるような実在論は非科学的として好まないようにも思える。
 著者フレンケルはといえば、『実在への道』で示されている、数学的実在については簡素ながら同意を示し、さらにそこで合わせて実在主義者であるゲーデルにも言及している。もっとも、それ以上にこの問題へは深入りしていない。だが、本書を読み終えた実感すると、著者フレンケルが「数学への愛情」としているものは、数学的実在についてだが、ロシア正教神学でいう「エネルゲイア」に近いものではないかと、少し夢想した。原書の副題は、「The Heart of Hidden Reality(隠れた実在の核心)」なのもそれに関わっているように思えた。
 
 

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2015.09.08

日中韓首脳会議を開催へ

 報道されたときはそれなりに意味のあるニュースであっても、時が経ってみると自然に忘れられ、思い出すと、あれはなんだったのだろうか、というものがある。これもそうなるかもしれないな、という印象を少し持ったのが、この秋、10月末に開かれるとされる「日中韓首脳会議」の話題である。
 該当のニュースを、やや熱が入っているふうもあるが、NHKから拾っておこう。「日中韓首脳会議を開催へ 中韓が一致」(参照


 中国の習近平国家主席と韓国のパク・クネ(朴槿恵)大統領との首脳会談が2日、北京で行われ、韓国大統領府は、双方が日本、中国、韓国3か国の首脳会議を来月末から11月初めまでをめどに韓国で開くことで一致したと発表しました。
 韓国のパク・クネ大統領は、中国政府が実施する「抗日戦争勝利70年」の記念行事に出席するため、2日、北京を訪問して人民大会堂で中国の習近平国家主席と会食も含めておよそ1時間40分にわたって首脳会談を行いました。
 韓国大統領府は、両首脳が北東アジアの平和と安定のために日本、中国、韓国3か国の協力を発展させなければならないことを確認し、3か国の首脳会議を来月末から11月初めまでをめどに韓国で開くことで一致したと発表しました。
 また、中国国営の新華社通信によりますと、会談の冒頭、習主席は「中韓両国の人民は日本の植民地侵略に抵抗し、民族の解放を勝ち取る闘いの中で団結した」と述べ、歴史認識を巡って日本をけん制するうえで韓国と連携したいという思惑をにじませました。
 韓国大統領府によりますと、これに対し、パク大統領は、最近、北朝鮮による軍事挑発をきっかけに緊張が高まったことに触れ、「この地域の平和には、韓国と中国両国の戦略的な協力と、朝鮮半島統一の実現がいかに重要かを示した」と述べました。そのうえで、北朝鮮に挑発を繰り返させないよう、中韓両国が連携を深めて北朝鮮に働きかけていくことを呼びかけると、習主席は「緊張をもたらすいかなる行動にも反対する」と応じたということです。

日本政府関係者「前向きなメッセージ」
 政府関係者はNHKの取材に対し、「日本側にも、中韓首脳会談で一致した内容について、事前の通知はあったが、日本として、日中韓首脳会議についての具体的な時期の詳細について合意したわけではない。ただ、年内の早期開催を目指してきたということは一貫していたので、前向きなメッセージと受け止めている」と述べました。


 このニュースを聞いたときの私の印象は、なんと言っていいのか、奇妙なものだった。その奇妙な感じをほぐしてみたい。
 ニュースの出所は、れいの謎の中国軍事バレードでの中韓会談である。読み進めると、少し驚かされる。「日本側にも、中韓首脳会談で一致した内容について、事前の通知はあったが、日本として、日中韓首脳会議についての具体的な時期の詳細について合意したわけではない」と言うのだ。修辞に覆われているが、ようするに日本にとっては「寝耳に水」の類であった。そこで、「寝耳に水」的な対応がその後迫られた。NHK「官房長官 日中韓首脳会議の日程調整急ぐ」(参照)にその一端が見える。

そのうえで、菅官房長官は「引き続き、中韓両国と一層の意思疎通を重ね、具体的な時期、場所を詳細に調整していきたい」と述べました。

 この「寝耳に水」対応だが、外交上前向きな修辞に覆われているが、時期も場所も日本側からはわからない、という状態である。
 もっとも「事前の通知」については6月末に動きはあった。産経「9月にも日韓首脳会談の見通し 外務審議官が指摘」(参照)より。
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 外務省の杉山晋輔外務審議官は29日、東京都内で講演し、安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領との日韓首脳会談について、早ければ9月にも実現する可能性があるとの見通しを明らかにした。実現すれば、日韓首脳会談は2013年の朴政権発足以来、初めてとなる。

 その関連で、日中韓首脳会談の話もあるにはあった。

 日韓両政府は今月21日の外相会談で、日中韓首脳会談をできる限り早期に開催することで一致した。また韓国の尹炳世外相は、聯合ニュースが25日に報じたインタビューで、「韓日中3カ国の首脳が会談すれば(日韓)双方の接触は自然に行われる」と述べていた。

 とはいえ、今回の韓国側の提案は「寝耳に水」であることには変わりない。韓国が独走をした理由はなんだろうか。もちろん表向きは「北東アジアの平和と安定のために日本、中国、韓国3か国の協力を発展させなければならない」だが、特段今に始まったことでもない。
 この時期というなら、中国軍事パレードが関連している。このパレードの意味は、どう見ても、韓国は中国共産党政権の軍門に降りました、ということだが、それでも韓国としてはゴネてみたいかもしれない。今回の「寝耳に水」会談構想は、そのゴネのダシに日本が引き合いに出されたような印象がある。
 そう見える背景には、中国軍事パレードよりも、高高度ミサイル防衛(THAAD:Theater High Altitude Area Defense)配備問題がある。日本ではあまり報道されていないようなので、このブログで3月に触れたが(参照)、韓国でのTHAAD配備は中国を巻き込んで大きな問題となっている。補足すると、THAADはミサイル防衛(MD)システムの一部で、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)に続く迎撃である。そのためには、ミサイル発射を早期探知する高性能レーダーを韓国に配備する必要がある。と同時にこれによって、中国国内のミサイル基地の動向が丸裸になり、実質、中国の固定式ミサイルは無効になる。中国はこれを嫌っている。
 ここの関連は、レコードチャイナが9月3日の韓国のテレビ局JTBCを引いてこう伝えている(参照)。

 そして3つ目は、中国が発射したミサイルの動きをリアルタイムで把握できる高高度防衛ミサイル、いわゆる、米国が計画している「THAAD」の朝鮮半島配備問題のため。「中国は自分たちの要求を言うため、事前にお客さまをもてなした。外交には、式典が豪華なら懐事情を考えなければならないという言葉がある」との指摘も出ている。
 韓国メディアは、「THAAD配置問題に敏感な反応を示している中国が、盛大な式典の後にどんな要求をしてくるのか考えずにはいられない。中国の歓待が韓国に負担になる」と懸念している。

 THAAD問題が背景ある。とすると、その背景を動かしている他端の米国はどうか。5月時点のZakZakソースなのでネタっぽいが、概ねこうである(参照)。

 「北朝鮮の挑発に備えねばならない。THAADなどについてわれわれが話す理由だ」
 ケリー米国務長官は18日、ソウルの在韓米軍基地で突然こう語った。直前に行われた尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との米韓外相会談では、THAADについては取り上げられなかったため、韓国外務省はパニック状態になったという。
 続いて、米国務省のローズ次官補が19日、ワシントンで開催された討論会で、「米国は、韓半島にTHAADの永久配備を考えている」と発言した。米統合参謀本部のウィニフェルド次長も同日、ワシントンでのセミナーで、「米国は、北朝鮮の脅威のため、韓国と在韓米軍の防衛力増強に向けてTHAADを使う可能性に関心を持っている」と語ったのだ。いずれも、東亜日報(日本語版)が21日報じた。


 韓国メディアは当初、朴氏の訪米について「日韓の歴史問題での米国の協力」「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の参加問題」などを焦点としてたが、「THAAD配備問題」が重要課題に急浮上しそうなのだ。

 こうした問題を考えるときには要人の動向が注視される。尹炳世外相の動きが重要になる。この感の尹外相ついては、8月31日、米アラスカ州アンカレジで米国のケリー国務長官と会談したことが注目される。朝鮮日報記事より(参照)。

ケリー長官との会談はおよそ30分ほどと短いものだったが、その場で実際に話し合われたのはやはり中国における戦勝節に朴大統領が参加する問題だった。二人は会談後「韓半島(朝鮮半島)の平和と安定のためには、中国の建設的役割が非常に重要との点で一致した」とコメントした。ケリー長官は朴大統領訪中の理由について説明を聞いた後、尹長官に「十分に理解する」と語ったという。

 この報道では、尹炳世外相の尽力でケリー米国務長官から理解を得たといった内容になっているが、実際のトーンは違う。韓国・国民日報を引いたレコードチャイナ(参照)はこう伝えている。

 その上でケリー長官は「理解はしているが支持はしていない」と表明。今回の韓国の決定を望んでいたわけではないが、周辺状況を考慮して「理解する」と表明したという。

 以上の全体をできるだけ合理的な推測を含めて整理したい。
 中国軍事パレード以前の報道からすると、朴韓国大統領は中国の式典には参加するものの軍事パレードに出てくるかは未定だった(参照)。
 それが8月27日に、独走的にパレード参加を決めた。おそらく中国からの圧力を抑えきれなかったのだろう。他方、これが米国の逆鱗となってケリー長官に呼び出されたか、あるいは事後の言い訳として尹炳世外相が出向いた。重要なのは、二人の事実上の外交トップがきちんとメンツを会わせる必要があったことだ。
 そこまでした理由は、尹炳世外相が米国に対してただ韓国の立場を説明するだけではなく、なんらかの密約を必要としたからだろう。それは何か?
 米国に対して、朴韓国大統領の中国軍事パレード出席を理解させる決め球は何だろうか? 当然、THAADの認可だろう。
 だが、そうだとすると、突然「日中韓首脳会議」を韓国が言い出した理由は、判然としたなくなる。合理的に考えると、韓国がTHAADの認可を飲む条件に「日中韓首脳会議」がなんらかの理由で関わっていそうに見えることだ。
 どのように関わりが考えられるだろうか。大筋ではおそらく二つある。推進か否定か。韓国のTHAADについて、日本に泥を被せて推進するということか、あるいは平和主義国日本を中国向けの盾に使って、THAAD韓国配備の必要性はないと米国を断念させることだろう。後者はケリー長官が飲むとは思えない。
 この問題をどう解くかだが、中国の動向も読まないといけない。だが、ここがもっともわからないところだ。9月3日時点のハンギョレ報道「韓中日首脳会議開催で韓国は同意、中国は言及なし」(参照)ではこう中国側を伝えている。

 中国国営メディアは2日、朴槿恵(パク・クネ)大統領と習近平・中国国家主席の首脳会談のニュースを大きく報道し、両国の友好関係を浮き彫りにした。しかし、中国外交部の首脳会談関連の発表文には、韓国側が明らかにした韓中日首脳会談の開催に対する合意や北東アジア平和協力構想などは言及されなかった。両国の立場の違いが露わになったものと見られる。


 大統領府は、「両国首脳が10月末〜11月初旬を含む相互に便利な時期」に、韓国で3カ国首脳会議を開催することで意見の一致を見た」と発表したが、中国外交部のホームページに公開された両首脳間の主要な会話内容には、韓中日首脳会談に関する言及が全くない。また、大統領府は「北東アジア平和構想に対する中国の支持の立場を再確認した」と発表したが、これも中国外交部のホームページに掲載された両国首脳会談の主要な対話内容では見当たらない。

 中国としても日中韓首脳会議は韓国から押し切られた印象があり、中国側からの情報はほとんど見当たらない。
 その後だが、3か国で日程調整に入ったと毎日新聞は伝えている(参照)。
 どうなるだろうか。会談が実現するとしても、その前には、中国の習主席は9月、韓国朴大統領は10月にそれぞれ訪米してオバマ大統領と会談することになっている。
 日本としては、米中・米韓首脳会談の流れにつづいて、10月末に日中韓首脳会議が実現するという日程だろう。まずは、THAADを念頭に置き、米中・米韓首脳会談をよく見ておく必要がある。
 
 


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2015.09.06

シリア難民の子どもの遺体がトルコの浜辺に漂着した写真が引き起こした報道について

 シリア難民の子ども遺体がトルコの浜辺に漂着した写真を伴うニュースが国際的に話題になった。これまで難民遭難死の問題については、4月15日(参照)や8月5日(参照)にリビアからの難民が大量溺死しても、海外報道に比べれば、それほど大きくは扱ってこなかった日本のメディアだが、この件については注目しているようだった。が、その報道を見ていると、少し奇妙な感じがした。
 報道の概要を知るという点からも、まずNHK報道から見てみよう。「シリア難民の子ども遺体漂着受け対策求める声」(参照)より。


 中東などから地中海を渡って難民や移民がヨーロッパに流入するなか、トルコの浜辺にシリア難民の男の子の遺体が流れ着いたことが欧米などで大きく報じられたことを受けて、幼い子どもも犠牲になる難民などの問題への対策を求める声が一段と高まっています。
 トルコ南西部の沖合で2日、内戦が続くシリアを逃れギリシャを目指していた難民たち23人を乗せていた2隻のボートが沈没し、子ども5人を含む12人が死亡しました。このうち、3歳の男の子の遺体がトルコの浜辺に漂着し、欧米や中東のメディアは幼い子どもも犠牲になる難民などの問題を象徴するものだと大きく報じています。
 また、激しい戦闘が続いてきたシリア北部から逃れてきたという男の子の父親が幼い2人の子どもと妻を亡くし、「今はただ、子どもたちと妻の墓のそばに座っていたい」と涙ながらに話す様子とともに、激しい戦闘が続いてきたシリア北部から逃れる難民の厳しい現状も伝えています。
 さらに死亡した幼い兄弟の写真を持つ親戚の女性が「子どもを失った父親がどれほどつらいか想像できない。これ以上、家族を失いたくない」と難民などへの支援を訴えています。
 こうしたことを受け、ユニセフ=国連児童基金は3日「子どもを守るために行動しなければならない」と声明を発表するなど、幼い子どもも犠牲になる難民などの問題への対策を求める声が一段と高まっています。

 とても基本的な報道のように見えるが、改めていったい何がニュースなのだろうかと考えてみる。当然、「幼い子どもも犠牲になる難民などの問題への対策を求める声が一段と高まっています」ということで、難民への対策が求められる。そうでなければ、こうした悲劇が繰り返される、ということである。
 たいていの報道も、結論から言うとNHK報道と同じであった。この点については、日本も海外も変わらない。国際的な騒ぎになる前に私のツイッターのタイムラインにこの写真が流れ来てたときも、そうした文脈にあった。
 それが間違いだというのではないが、こうした悲劇的な映像が核となって注目される報道があるとき、私は常に身構える。
 私が見せつけられている映像の意味は、それに付与されている解説と同じなのだろうか?
 端的な話、この子は誰なのだろうか? NHK報道からそれを読み取ると、「内戦が続くシリアを逃れギリシャを目指していた難民たち23人を乗せていた2隻のボートが沈没し、子ども5人を含む12人が死亡しました。このうち、3歳の男の子」であるとあり、シリア人難民であるということが読み取れる。別の言い方をすれば、この子の名前などについては、それ以上読みらなくてよいという地平でこの報道が成立している。
 たしかに私たち西側諸国の大衆の多くはシリアの惨状をたまに報道で聞くので、シリア人が惨禍を逃れたいと思うのは当然だろう、と暗黙に思う。
 だが、過去の難民を思うとたいていの場合、常に一筋縄ではいかない背景があるものだ。
 別報道の例として朝日新聞で見てみよう。「波打ち際に横たわる難民男児… 遺体写真に欧州衝撃」(参照)より。

 赤いTシャツに紺色のズボン。靴を履いたまま、波打ち際にうつぶせで横たわる男の子――。トルコの砂浜に漂着したシリア難民とみられる幼児の遺体の写真が、難民の流入に直面する欧州に衝撃を与えている。
 トルコのドアン通信が撮影、配信した。同国のメディアによると、エーゲ海に面するリゾート地、ボドルム近郊の海岸で2日朝、男の子を含むシリアからの難民とみられる12人の遺体が見つかった。対岸のギリシャ・コス島へ向かう途中、ボートが沈没し、おぼれたとみられる。
 男の子の写真は3日、欧州の多くの新聞で1面に掲載された。横たわる男の子の写真を載せた英インディペンデント紙は、「『進行中の移民危機』という薄っぺらい言葉では、難民が直面している絶望的状況があまりにも簡単に忘れ去られてしまう」と、サイトで掲載理由を説明した。
 収容される様子の写真を扱った英デイリー・メール紙は「人道的惨事の小さな犠牲者」と見出しをつけた。批判の矛先は、さらなる難民受け入れに難色を示すキャメロン英首相らに向いている。伊スタンパ紙は「我々が休暇で訪れた浜辺で何が起きているのかを、誰もが知らなければならない」と呼びかけた。
 AP通信などによると、男の子はシリア北部アインアルアラブ(クルド名コバニ)出身のアイラン・クルディくん(3)。母親と5歳の兄の遺体も見つかった。カナダ・バンクーバーに住むおばが保証人として一家の受け入れを申し出ていたが、カナダ政府に申請を却下されていたという。
 カナダのアレクサンダー移民担当相は「多くのカナダ人と同様に、悲しみでいっぱいだ」とコメントし、却下の理由を調査することを明らかにした。また衛星テレビ局アルジャジーラなどによると、トルコ当局は3日、男の子らの死亡に関連し、人身売買容疑などでシリア人4人を拘束した。
 ギリシャ政府は3日、今年に入ってから同国にたどり着いた難民申請希望者が23万人を超えたと発表した。昨年同時期の1万7500人を大幅に上回った。
 AP通信などが伝えた。8割が紛争地などから逃れてきた難民で、7、8月だけで15万7千人以上だという。(イスタンブール=春日芳晃、ロンドン=渡辺志帆)

 基本的にNHKの報道と同じといってよいのだが、異なる点もある。朝日新聞でのこの件についての報道はこれ1つではないものの、代表例として取り上げることはできるだろう。
 まず指摘できるのは、この朝日新聞の報道は、朝日新聞社としての報道というより、他紙報道の孫引きというか、コピペやパクリではないが、いずれにせよ、暢気なブログと同じレベルで別報道をまとめてみたものである。
 とはいえ、そうした他紙報道孫引きは朝日新聞記者にはきちんと意識されていて、「シリアからの難民とみられる12人の遺体が見つかった」として、実はシリア難民であるという断定は避けている。
 また、APからの孫引きで背景も伝えるなか、男の子の名前も明かしている。「男の子はシリア北部アインアルアラブ(クルド名コバニ)出身のアイラン・クルディくん(3)」である。先回りするようだが、この点については後で触れる。また、出身はコバニであることを記している。
 国内の他紙報道だが、読売新聞(参照)や共同(参照)は特に取り上げる点はない。
 毎日新聞はやや詳しい。「難民男児遺体:「映像に世界が震撼」欧州首脳にも波紋」(参照)より。

 【ローマ福島良典】トルコからギリシャに向け地中海を渡る途中に死亡し、遺体が海岸に漂着したシリア難民男児の映像が中東や欧州で波紋を広げている。シリアのメディアによると、悲嘆にくれる男児の父親は「息子はシリアの苦しみのシンボルだ」と語り、同情を呼んでいる。
 男児はアラン・クルディちゃん(3)。2日未明、両親と兄のガリブちゃん(5)と共に、一家でギリシャ東部コス島に向かう密航ボートに乗ったが、約30分後に高波でボートが転覆。トルコ西部ボドルム近くの海岸に遺体が打ち上げられた。アランちゃん、ガリブちゃん、母親のレハンさん(35)の計3人が死亡した。
 シリアのラジオ「ロザナFM」(電子版)や英BBC放送(電子版)によると、トルコ沿岸警備隊に救助された父親のアブドラさん(40)は「妻子を助けようとしたが、駄目だった」「トルコ人の密航手引き業者は高波が来ると、自分だけ海に飛び込んで逃げた」と述べた。手引き業者に支払った密航料金は4000ユーロ(約53万円)だったという。
 アランちゃんの遺体漂着の映像はインターネットのソーシャルメディアによって拡散。イタリアのレプブリカ(電子版)は「世界を震撼(しんかん)させる一枚」と報じ、シリアのテレビも「人類がこの映像を理解するのに、どれだけ時間が必要なのか」などと伝えた。
 映像は欧州首脳も動かした。イタリアのレンツィ首相は「映像を見ると胸が締め付けられる。すべての人々を救助するという欧州の理想を取り戻す必要がある」と述べ、キャメロン英首相は「一人の父親として(映像を目にして)心を動かされた」と語った。
 カナダ紙ナショナル・ポスト(電子版)によると、一家は過激派組織「イスラム国」(IS)が攻勢をかけているシリアのアインアルアラブ(クルド名コバニ)出身で、当初、カナダへの移住を希望していた。カナダ・バンクーバー在住のアブドラさんの姉妹がトルコ滞在費を出し、身元引受人になろうとしていたが、準備が整わなかったという。
 国際移住機関(IOM)によると、今年1月から9月3日までに36万4183人が地中海を渡って欧州に到着したが、2664人が渡航途中に死亡した。

 この毎日新聞報道でも、子供の名前については朝日新聞同様、「アラン・クルディ」としている。朝日新聞同様、海外紙のまとめをそのまま引き写したためだろう。出身も朝日新聞同様、「シリアのアインアルアラブ(クルド名コバニ)」としている。他については、斡旋業者の実態の一部を伝える点は興味深い。つまり、どのような難民の移動にどのような組織が関係しているかは誰も気になる。
 毎日新聞ではその後の話題もある。「シリア難民:漂着男児、遺体を埋葬…父「自分を責める」」(参照)より、一部。

 報道によると、遺体は救助された父アブドラさん(40)とともに故郷へ戻った。埋葬に立ち会った地元ジャーナリストによると、葬儀では多くの人が悲しみ、涙を流していたという。

 ややパセティックに「故郷」として毎日新聞記者が記しているのは、記事全体を見るとわかるように、コバニ(アインアルアラブ)である。批判の意味はないが、おそらく記者は、彼らの「故郷」についてそれほど考えていなかったのではないかと思われる。これも後で触れることになる。
 以上が、日本での関連報道の代表例だが、基本的に海外紙の孫引きで、1つの視点「シリア難民の悲劇」から描かれている。間違いではないが、詳細に報道を見て行くといくつか齟齬が顔を出す。AFP「「子供たちは私の手を滑り抜けた」 水死したシリア男児の父が述懐」(参照)より。

【9月4日 AFP】トルコの浜辺に遺体となって打ち上げられ、その写真が世界中に衝撃を与えている3歳のシリア人男児の父親が3日、ギリシャを目指していたボートが沈没した際の様子を述懐し、「子どもたちは私の両手の間を滑り抜けていった」と語った。
 男児の父親の名は、トルコメディアではアブドラ・クルディ(Abdullah Kurdi)さんと報じられているが、シリアの情報筋はアブドラさんの姓をシェヌ(Shenu)だとしている。アブドラさんは、写真に写っていたアイラン(Aylan Kurdi)君に加え、4歳のガレブ(Ghaleb Kurdi)君と妻のリアナ(Rihana Kurdi)さんを一度に失った。

 AFPはここで「アイラン・クルディ(Aylan Kurdi)」とされる名前が、トルコのメディアで呼ばれていることを記し、シリアでは「姓をシェヌ(Shenu)」としていることを明らかにしている。これはどういうことなのだろうか。
 このあたりについていろいろ報道を調べてみると、中でもアルジャジーラ報道(参照)やガーディアン報道(参照)などを見ると、子供の名前は、「アラン・シェヌ(Alan Shenu)」であると見てよいことがわかる。ではなぜ、トルコのメディアは「アイラン・クルディ(Aylan Kurdi)」としたのだろうか? またなぜ、日本のメディアはそのことを報道しなかったのだろうか?
 ガーディアン記事を読むと、「クルディ」はトルコでの民族背景を示している、とある。つまり、「クルド人のアイラン」としてトルコが報道したということだ。日本と韓国の比喩でいえば、この呼称は「韓国人の槿惠」といった感じであろうか。奇妙な比喩をあえてだしたのは、その違和感を示したかったから以上はない。あるいは、この呼称は彼らの一家がクルド人の誇りとして使っていた可能性もあるだろう。いすれにせよ、日本のメディアも初報道以降、これに気がついたら、仔細を調べるべきではなかったか。
 そして、この「クルド人のアイラン」というトルコでの呼称が意味していることは、まさに、この溺死したこどもが「クルド人」であることを示している。そのことは、毎日新聞がいう「故郷」がコバニ(アインアルアラブ)であることからも、間接的にはわかる。
 ここでもう1つ疑問が起きる。なぜ日本の報道社は、この子供がシリア難民であると同時にクルド人であることを明示的に伝えなかったのだろうか?
 別の言い方をすれば、たしかに、アラン・シェヌ君はシリア難民であるが、国家を持たない民族クルド人にしてみれば、自身はまずクルド人難民であろう。このことは、コバニ(アインアルアラブ)にも関連している。
 その前に、シリア問題におけるクルド人の微妙な位置について復習がてら言及しておきたい。今年7月のニューズウィーク「アメリカがトルコのクルド人空爆を容認」(参照)より。

 トルコがついに国境を越えてISIS(自称イスラム国、別名ISIL)との戦いに加わった。これまでISISの掃討に手を焼いてきたアメリカなどの有志連合は参戦を歓迎したが、事態はそう単純ではない。ISISが一部地域を支配するシリアとイラクには、最前線でISISと戦うクルド人がいるが、そのクルド人はトルコの敵。つまりこの場合、敵の敵も敵なのだ。
 有志連合にはなかなか参加しなかったトルコ政府だが、空爆の対象をISISからクルド労働者党(PKK)に拡大するのには1日しかかからなかった。PKKは、長年自治権獲得を目指してトルコ政府と戦ってきたトルコ国内の組織だが、シリアとイラクのクルド人と連携してISISとも戦っている。
 トルコ空軍のF16戦闘機は先週末、初めてシリアのISIS拠点に対する空爆を実施。その翌日、今度はイラク北部にあるPKKの兵站基地を爆撃した。PKKが対ISIS攻撃の拠点としていた場所だ。
 この複雑な展開により、アメリカも厄介な立場に置かれている。
 トルコはアメリカの同盟国だが、米軍にとってISISとの地上戦で最も頼りになるのがクルド人だ。イラクのクルド民兵組織「ペシュメルガ」、シリアのクルド民兵組織「人民防衛隊(YPG)」、そしてトルコのPKKは、戦闘で協力し合っている。アメリカは、ペシュメルガおよび人民防衛隊と協力しているが、この2組織と協力しているPKKとは協力していないと主張している。
 というのも、米国務省はPKKをテロ組織に指定している。この指定は時代遅れで、対ISIS戦争におけるPKKの役割を考えると指定を解除すべきだという声もあるが、最近はトルコの治安部隊とPKKの戦闘も激化している。トルコ政府からみれば、PKKは立派なテロ組織だ。

 米国はIS(イスラム国)との「戦争ではない」という修辞で避けるために地上部隊を派兵しない建前にしていて、実働の兵士にはシリア内のクルド人を使っている。
 そして、このクルド人はトルコにとっては、IS(イスラム国)より事実上優先される空爆対象の敵なのである。
 このことが、今回のシリア難民の子ども遺体漂着報道の背景を複雑にしていると見てよいだろう。
 次に、コバニ(アインアルアラブ)だが、ここはトルコ国境近くでクルド人が多く住む町であり、IS(イスラム国)が支配(殲滅)を狙っている。すでにこのブログでも言及したが(参照)攻防激しく、一時期、クルド側が持ちかえしたかに見えたが、安定はしていない。6月25日AFP「IS、コバニ再侵攻で民間人120人を「虐殺」 シリア」(参照)より。

【6月26日 AFP】(一部更新)英国に拠点を置く非政府組織(NGO)「シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)」は26日、イスラム過激派組織「イスラム国(Islamic State、IS)」が、シリアの要衝の町アインアルアラブ(Ain al-Arab、クルド名:コバニ、Kobane)に再侵攻して以降の24時間余りで、少なくとも120人の民間人を殺害したと発表した。シリアで起きたISによる「最悪の大量虐殺の一つ」としている。

 後で触れるが実は、アラン・シェヌ君一家がシリア脱出を試みた背景にはコバニでのこの虐殺が関係している。米国の代理戦争に巻き込まれたと言ってもよいのではないかとすら思える。
 さて、コバニはアラン・シェヌ君の「故郷」だろうか? 年齢から察するにその地で生まれたようにも思われる。ここで、アラン・シェヌ君一家の動きを報道から眺めてみたい。WSJ「溺死したシリア難民の男児の写真に世界が衝撃」(参照)より。

 アブダラ・クルディさん一家は3年前にトルコにやってきた。シリアの首都ダマスカスで床屋をしていたアブダラさんは戦闘から逃れるためシリア北部のアレッポに移り、それからトルコとの国境に接したクルド人の街コバニに逃れた。

 ふと気になったのだが、「3年前にトルコにやってきた」のなら、トルコ難民とも言えるのではないかということだ。クルド人でもあるのだから。推測ではあるが、シェヌ一家が3年をトルコで過ごしたという点から見ると、今回の事態は「シリア難民」ではあるが、トルコとしては、むしろ、200万人とも言われるトルコに入ったシリア難民について、クルド難民の分を欧州に押しつけようとする意図があるのかもしれない。
 また先のAFP報道にも避難についてこうある。

 コバニのクルド人活動家、ムステファ・エブディ(Mustefa Ebdi)氏によると、一家は2012年までシリアの首都ダマスカス(Damascus)で暮らしていたが、内戦による情勢不安のため、複数回にわたり避難を強いられた。避難を繰り返すうち、6月にはコバニでイスラム過激派が人質を取って2日間にわたり籠城し200人以上の民間人が死亡する事態となったことを受け、一家はトルコから欧州へと渡ることを決意した。
 一家はボドルムに1か月滞在し、資金を蓄えたり、親族から借り受けたりして、欧州入りの準備をしていた。「彼らはよりよい生活を求めて(シリアを)去った」(エブディ氏)

 おそらくアラン・シェヌ君一家の故郷は、聖パウロで有名なダマスカスだろう。だが、内戦でそこには戻れないので、クルド人が多数住むコバニ(アインアルアラブ)に埋葬されたと理解してよいだろう。
 だが、コバニという町は実際上は、クルド人にとって民族が戦い抜くシンボルになっていると見てもよい。これに関連してアルジャジーラ報道は、アラン・シェヌ君の名前について、興味深い指摘をしている。「アラン」はクルド語では「旗手(flag bearer)」であるとして、クルド人社会を守り抜く戦いの旗手たれ、という意味合いを告げている。
 戦いの旗手であるなら、それは守り抜くべき町に葬られるのが当然であろうし、その意味合いは、殉教的な死に対する顕彰でもあるだろう。よい比喩ではないが、日本の戦前でいえば、靖国神社に祀られるといった情感に近いものではなかったか。
 
 

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