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2015.08.02

日本国憲法の矛盾を考える上での参考書……

 日本国憲法の矛盾を考える上での参考書というのものがあればいいなと、この間思うことが多く。そういえば、あれは参考になるかなと、ふと思いついたのが橋爪大三郎『政治の教室』(参照)だった。2001年10月に出た新書である。現在は文庫化されている。

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政治の教室
(講談社学術文庫)
 率直に言うと良書とは言いがたい。「あ、これはないなあ」と思われる説明(例えば「法の支配」の説明など)も目に付く。それでも、この本はかなり言い切っているなあと思えたのと、日本国憲法については、護憲か改憲かみたいな紅白歌合戦みたいな暢気な構図が多いなか、そういう色分けから少し脱しているという点で、ちょっと触れてみたい。
 表題の『政治の教室』だが、そのとおりに、政治とはなにかということを学ぶことに力点が置かれている。別の言い方をすれば、若い人が政治参加するときにどういうことを最初に学んでおくとよいかという前提的な議論がまとめられている。若い人の政治参加が求められている現在、その文脈で読まれてもよいだろう。
 書籍の全体構成は、「第1部 原理編」「第2部 現実編」「第3部 改革編」となっている。「第1部 原理編」については、橋爪の師匠筋の小室直樹『日本人のための憲法原論』(参照)などを読んだほうがよいだろう。また、「第3部 改革編」はウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム 』(参照)などのほうが参考になるのではないかと思う。
 本書で価値があるのは、「第2部 現実編」である。そのなかでも「3 戦後政治を振り返る」が重要になる。その見出しが「日本国憲法は日米安全保障条約とセット」となっているが、ここが日本国憲法の矛盾を考える上で最大のポイントになる。
 まず、そこまでの議論で触れていた明治憲法との対比で「プレロガティヴ(prerogative)」が語られる。簡単に補足しておくと、この「プレロガティヴ」は近代憲法学の「憲法制定権力」と同じであることは、後の文脈で示される。

 戦前は、明治憲法の上に「天皇特権」がありました。大権(プレロガティヴ)とは、王が持っている特権のことで、西欧の絶対王のイデオロギーである王権神授説では、それを神が与えたことになっているが、とにかく王は王であるがゆえにそれを持っている。西欧流に言えば、この天皇大権が明治維新の原動力であり、明治憲法を生み出す力になった。さらに、天皇大権が源泉となって憲法が生まれ、その憲法の権威の下に人民がいる。”天皇大権→憲法→人民”という順番で、下が上に従うわけです。

 この成文憲法とその外部・上位の「プレロガティヴ」との関係で見ると、明治憲法と日本国憲法は同じであるという議論が続く。

 その大権は大正天皇、昭和天皇に引き継がれたが、昭和天皇の時代に日本は連合国(実質的には、アメリカ)に降伏してしまって。天皇は「連合国最高司令官に従属するものとす」ということになっている。国家統治の大権はアメリカに握られた。天皇は大権など持たない「象徴」にすぎなくなった。そしてこの「アメリカ大権」のもとに、新憲法が制定された。”アメリカ大権→憲法→人民”という図式です。人民と関係のない大権の下に憲法があり、その下に人民が位置するという関係性は、まったく戦前と変わっていない。

 日本国憲法が特徴的なのは、日本国に主権がない時代に、明白に「アメリカ大権」の元で作成されたが、同書も指摘するようにだが、その記載はない。

戦後の日本国憲法は、その憲法制定権力(大権)として機能したアメリカが、憲法の中にはまったく登場しない。

 このことが成文憲法とどう関わるか?

 では、アメリカ大権は、どのような形で日本国と関わり、機能するのか。ここで大きな役割を果たすのが、日米安全保障条約です。
 安全保障の問題は、日本国憲法から切り離されました。(後続)

 つまり、「アメリカ大権」は、日米安全保障条約という形で日本国と関わることで、間接的に日本国憲法の矛盾にパッチを当てていると言ってよいだろう。
 このことは、日本の独立を連合国(大権)が約束したサンフランシスコ条約と日米安全保障条約が同日であり一体ものである歴史経緯からも明白である。

富国強兵で外敵を追い払うのは明治維新以来の悲願で、明治憲法では自力救済が当然だったが、新しい憲法では軍隊を持たないことになっている。このことはよく考えるとおかしな話で、自分が戦争を起こさないと決めたからといって、外国が戦争を仕掛けてこない保証はない。ところが、そのときどうするかということが日本国憲法には書いていない。あらゆるケースを想定して、どのような場合でも合法的に国家を運営できるようにするのが憲法のはずだのだから、こんな重大なケースに関する規定が抜け落ちている日本国憲法は、憲法として欠陥があると言わざるをえない。
 世界で初めて成文憲法を作ったアメリカが、その欠陥に気づいていないわけがない。アメリカが、あえて欠陥のある憲法を日本に与えたのは、自分で日本を守るつもりがあったら。その意思をかたちにしたのが日米安全保障条約で、それによって日本国憲法の欠陥が穴埋めされる関係になっている。日本国憲法は、安保条約とセットになってはじめて、機能するものなのです。日米安保条約は、日本にとって、憲法に匹敵する位置を占めていると言っていい。この条約がなければ、”アメリカ大権→憲法→人民”という図式は成り立たない。その図式が成り立たなければ日本国憲法は成り立たず、日本という国家も成り立たない。それが敗戦の意味であり、戦後日本の現実です。

 まあ、そういうことなんで、この当たり前の常識がどうも昨今の日本の状況を見ていると時代が変わるということはこういうことかなと思うが、忘れられているようにも感じられる。日本の敗戦の意味というのは、こういうことのはずである。
 とはいえ、著者橋爪もこれが理解されない「現実」を理解してないわけではない。

 ところが、その現実を認めたがらない人びとがいる。憲法学者の中にもいる。ジャーナリズムの中にも、もちろんいる。彼らは、アメリカ大権など決して認めない。あっても、存在しないことにする。日米安全保障条約も認めない。あっても、存在しないことにする。存在するのは、日本人民と日本国憲法だけだというのです。端的に、それはウソだと私は思う。ウソと言って悪ければ、非現実的な空想とでも言うべきものだ。

 ウソかあるいは非現実的な空想が、憲法学者やジャーナリズムにもある、というのである。

 実際問題、戦後の冷戦構造の中、アメリカ大権や安保条約なしで外交ができただろうか。非武装中立でソ連ともアメリカとも等距離外交を行えばいいという意見もあったけれど、それは要するにソ連の影響力が強まるということだから、アメリカが黙って許すわけがない。外交だけではない。国内の経済政策なども、アメリカ大権があったからこそ順調だった。戦後の政策は、すべてアメリカ大権にオンブにダッコで、資源も技術も市場も安全も、何から何までアメリカから提供してもらうことで成り立っていたのです。

 これが冷戦構造ということの意味であったとしてもいい。幸いというか、日本国憲法の9条が建前になったため、西ドイツのように集団的自衛権で北大西洋条約機構(NATO)に組み込まれることが条件で独立ということにはならなかった。それ以前に国家の分割も避けられた。
 冷戦が終われば、当然、全体構造が変わる。

 アメリカの国益がかたちを変えれば、アメリカ大権のあり方も変わるから、その下にある日本国憲法も影響を受けざるをえない。その関係性を露わにしたのが、一九九〇年から九一年にかけての湾岸戦争だと言えるでしょう。アメリカがイラクとの戦争を準備して、日本にも協力を求めてきた。あのとき日本では、「憲法を守って協力を断るべきだ」「いや国際貢献は大切だから憲法の範囲内(あるいは憲法を変えてでも)協力すべきだ」と大騒ぎになった。憲法がどうのと言っても、その上にアメリカ大権がある。そのアメリカが、憲法ではできそうにないことを求めてきたので、どうしたらいいかわからなくなった。

 長々引用したが、まあ、そうでしょ、という以上の感想はないようにも思える。
cover
政治の教室 (PHP新書)
Kindle版
 以下は、もう少し現在に関わる重要な問題になる。その前に本書が出版されたのは2001年10月であることを確認したい。9.11の問題意識は、この書籍に含まれていない。
 成文法としての日本国憲法は、憲法としては日米安全保障条約と一体であることから、日本国の変化は安保条約の変化とみることもできる。

 もうひとつ、安保条約を質的に変えたのは、やはり一九九七年の、ガイドライン(日米防衛協力のための指針)の改定でしょう。これによって、「周辺事態」の際に、日本の自衛隊が米軍を後方支援をできるようになりました。日本が直接攻撃されたわけでもなくても、ほっとおくとそれが日本の安全保障にもろにひびいてくるような事態の場合、出動する米軍の後方支援を自衛隊が行う。これは集団的自衛権にむかって一歩踏み込むものだと思います。

 繰り返すけど、この本は2001年10月の出版ですよ。
 この問題、「「周辺事態」の際に、日本の自衛隊が米軍を後方支援をできる」というのはもう15年も前の話だった。
 もう一点、「ほっとおくとそれが日本の安全保障にもろにひびいてくるような事態」というのは、ようするに「存立危機事態」である。これももう15年も前の話だった。
 この間、日米ガイドラインは20年近く(18年間)、実際には国民によって暗黙に是認されており、同書が願っていた政権交代期ですら、その変更はなかった。
 15年も前に、橋爪は「政治の教室」として議論提起を明確にしていた。

 ガイドラインの改定によって、日本は「われわれは中立を守らない」という意思表示を明確にした。これは妥当な判断だと思います。それ以外に選択の余地はない。中立を守る立場(日本の近くでどんな武力衝突が起こっても、日本が直接攻撃されない限り、アメリカが戦うのを黙って見ている)を貫けば、日米関係は破壊され、さらに中国が冒険主義に出る可能性だって高まります。そうなれば日中関係も壊れ、米中関係も崩壊してしまう。誰の得にもなりません。ガイドラインの改定は、現実の国際情勢に照らして考えれば、実に懸命な政策だと言えるでしょう。

 後続の文脈はこれが2001年10月出版の本の記載であることを再度留意したい。

 こうなれば、ガイドラインに関連する有事法制も整備しなければなりません。
 国家は、どんな事態に直面しても、必ず法律にのっとって行動すべきもの。だから、いざというときの行動に法的根拠を与える有事法制は、民主主義にとって必要不可欠だ。ところが、その民主主義を愛してやまない左翼の人々は、おおむね、有事法制に反対である。なぜ反対かと聞いてみると、「有事法制があると、有事が起こる可能性が高まるのではないか」というのです。

 くどいが、「こうなれば、ガイドラインに関連する有事法制も整備しなければなりません」というのは、15年以上の前の話である。その後、2003年に小泉政権下で武力攻撃事態対処関連3法ができたが、これを基本的な枠組みとして、実質的な議論がこの間にもっとできた筈であった。
 しかし、2004年には緊急事態基本法について方向性を示していた民主党も政権交代時期の政権下では具体的な進捗を見せなかった。その間、世界情勢はさらに変化して弥縫策を繰り返した。
 そして同書のガイドラインは今年新ガイドラインとなった(参照)。
 弥縫策を繰り返していけば、日米ガイドラインに手を付けることなく、有事法制の整備も不要になる。同書の表現で言えば、「米軍の後方支援を自衛隊が行う。これは集団的自衛権にむかって一歩踏み込む」ということで、それを修辞的に「集団的自衛権」と呼ばなければ特段、どの国にも問題はない。他国からすれば日本に集団的自衛権があるのは自明である。サンフランシスコ平和条約の原文を見ても明瞭である(参照)。

第三章 安全
 第五条
(c) 連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。

 このサンフランシスコ条約の規定である「日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができる」が根拠となって日米安全保障条約が締結された(参照)。前文は明瞭に書かれている。

 日本国は、本日連合国との平和条約に署名した。日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。
 無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていないので、前記の状態にある日本国には危険がある。よつて、日本国は平和条約が日本国とアメリカ合衆国の間に効力を生ずるのと同時に効力を生ずべきアメリカ合衆国との安全保障条約を希望する。
 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。
 これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。
 アメリカ合衆国は、平和と安全のために、現在、若干の自国軍隊を日本国内及びその附近に維持する意思がある。但し、アメリカ合衆国は、日本国が、攻撃的な脅威となり又は国際連合憲章の目的及び原則に従つて平和と安全を増進すること以外に用いられうべき軍備をもつことを常に避けつつ、直接及び間接の侵略に対する自国の防衛のため漸増的に自ら責任を負うことを期待する。

 冒頭、「日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない」は、武装解除が占領下を意味し、固有の自衛権は占領下の暫定憲法が実質的な主権国家に移行することを示している。
 単独講和ではあるが平和条約が発生したので、連合国(大権)によって、「日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認」ということになった。
 日本は、この日米安全保障条約をもって日本が米国の施政権から脱して独立したのだった。つまりは、橋爪が言うように、占領下の日本国憲法はサンフランシスコ条約を介して日米安全保障条約と一体になった。
 現在話題の安保法制では、そうした後方支援は国際的に見れば集団的自衛権なのだから、むしろそれに歯止めをかけようとした法案だが、そもそも法案には集団的自衛権の文言はない。日本国の独立時から集団的自衛権は日本国にあるので規定する必要もない。むしろ、今回の安保法制はそれをより明瞭に日本国憲法と整合させるための歯止めである。
 ただ、従来の内閣方針と整合はできていない。法制局は直接そのことに関心がなく、法制局としての一貫性にしか関心がなかったと言ってもいいだろう。
 世の中は、こうした前提の15年以上の前の部分で蒸し返しが進んでいる。実態は変わらないのに、法整備はまた先送りが検討されようとしていることだ。先送りの妖精(参照)さん、チャオ。

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