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2015.05.30

インドネシアが5月20日、中国不法漁船を爆破した意味

 海外報道をから国内報道を見て、ふと心に引っかかったことが他になんかあったなと思い、インドネシアが5月20日、中国不法漁船を爆破したことを思い出した。あれ日本でも報道があったかとざっと見て回って、ちょっと違和感を覚えたので書いて起きたい。
 概要がどう国内報道されたか、まず共同で拾っておこう。22日「違法操業の外国船爆破処理 インドネシア、中国が反発」(参照)より。同記事にはロイターの爆破の写真もある。


 【ジャカルタ共同】インドネシア海軍などは20日、同国近海で違法操業により拿捕された中国などの外国漁船41隻を爆破処理した。政府当局者が21日、明らかにした。違法漁業を厳しく取り締まる姿勢をアピールする狙いがあるとみられる。
 中国外務省の洪磊副報道局長は21日の記者会見で「深刻な懸念」を表明、インドネシア側に説明を求めたことを明らかにした。一方、インドネシアのスシ海洋・水産相は「法律に基づいた措置だ」と主張した。
 洪氏は「インドネシアが両国の建設的な漁業協力を推進することを望んでいる」と述べ、中国企業の「正当な権益」を守るよう求めた。

 報道として事実部分に間違いはない。むしろ共同としては事態から1日寝かして、21日に中国外務省の反応が出てから記事としたことで、これが中国の反発という点でニュース化したことがわかる。つまり、それがニュースバリューだと理解したわけである。そこから逆に、中国が何に反発したかを、共同がどう理解したかという共同の思いを探ると「違法漁業を厳しく取り締まる姿勢」としていることがわかる。これも間違いとは言えないが、まあ、以下にこの事態について記したあとで、この共同の姿勢を顧みると、私がもにょんとした印象を持ったことは理解されるかもしれない。

 共同以外で国内報道をしたのは産経だった。読めばわかるが、いかにも産経ネタの彩りに満ちている。別の言い方をすれば、他の大手メディアでの報道は見当たらなかった。産経は中国の反応を待たず21日報道している。「中国不法漁船を爆破 インドネシアが「弱腰」から「見せしめ」に」(参照)である。


【シンガポール=吉村英輝】インドネシアは20日、領海内で不法操業をしていたとして拿捕(だほ)した中国漁船を海上で爆破した。地元メディアが21日、一斉に報じた。「海洋国家」を目指すジョコ政権はその一環として、不法操業船の取り締まりを強化、「見せしめ」として外国籍の違法漁船を爆破してきたが、中国漁船への対応には慎重だった。
 スシ海洋・水産相は20日、植民地時代のインドネシアで最初の民族団体が結成された日にちなんだ「民族覚醒(かくせい)の日」の演説で、「大統領の命令で、法に基づく措置を執行する」と述べ、違反が確定した外国漁船41隻の爆破を発表した。
 爆破は船から乗組員を下ろした後で海軍などが行った。報道によると、うち1隻は中国漁船(300トン)で、カリマンタン島西沖で少量の爆発物で沈めた。
 インドネシア近海は豊富な漁業資源に恵まれ、外国漁船の違法操業が野放し状態になっていた。ジョコ大統領は取り締まりを指示、今年3月までに外国漁船計18隻を爆破した。だが、20隻以上摘発した中国籍の船は爆破せず、議会などから「弱腰」との批判が出ていた。中国漁船の爆破は今回が初めてとみられる。
 今回、他に爆破した漁船は、ベトナム5隻、タイ2隻、フィリピン11隻など。
 ジョコ氏は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の一部加盟国が中国と領有権を争う南シナ海問題で「法に基づく解決」を主張。インドネシア自身は中国と領有権問題はないとしているが、中国が領海域と主張する「九段線」がナトゥナ諸島を含めている可能性が強く、警戒を強めている。
 中国外務省の洪磊報道官は21日の定例記者会見で、中国漁船爆破について、「建設的に漁業協力を推進し、中国企業の合法で正当な権益を保証するよう望んできた」と不満を示し、インドネシア側に説明を求めたことを明かした。

 引用を長くしたのは全体にいろいろ要点が散らばっているからである。
 まず、爆破の当日がインドネシアの「民族覚醒の日」であったことは重要である。「違法漁業を厳しく取り締まる」ということもだが、極めてナショナリズムの強い意味合いがあったことは明白である。
 だだし、この中国に向けられたインドネシアのナショナリズムの意味合いには留保的なトーンが見られる。従来も外国漁船を爆破していたが、中国船は除かれていた。しかも中国船は一隻だったという点である。つまり、今回の中国不法漁船を爆破はインドネシア政府から中国政府に向けた極めて政治的なメッセージ性があったと言える。なお、中国不法漁船はインドネシアには他も多数ある(参照)。
 ではそのメッセージ性は何かだが、産経は「インドネシア自身は中国と領有権問題はないとしているが」という留保を挙げながら、「中国が領海域と主張する「九段線」がナトゥナ諸島を含めている可能性が強く、警戒を強めている」と読んでいるがおそらくこれは正しいだろう。
 というのは産経は報道していないが、この一隻には重要な意味があった。ジャカルタポストによれば(参照)、同船「Gui Xei Yu 12661」は、2009年に6月20日、現在中国とASEAN諸国が領土問題でもめている南シナ海("a flashpoint of territorial conflict between China and several ASEAN nations")であったことだ。EEZの違反というよりは、領土問題についてのインドネシア政府側のメッセージがありそうだ。
 この事態について国内報道を見ているついでに、掲示板などで産経の記事の煽りを真に受けて、日本も中国に対して弱腰でなくやれといった意見をいくつか見かけた。だが、今回のインドネシアの対応の要点は、弱腰とかではなく、上手なメッセージ性にあったと見たほうがよいだろう。インドネシアとしては中国との友好は維持しつつも南シナ海への海洋侵出に反感を持っていることを暗黙に伝えたと読める。
 
 

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2015.05.28

WHO(世界保健機関)改革の裏側

 WHO(世界保健機関)改革が実施されようとしている。この件について、国内報道を見ていると、特に意図もなく単に報道陣に背景知識がないからではないかと思うが、国際社会ではよく知られている問題意識が抜け落ちているような印象があった。この問題については日本でも識者がいるので、そうした方面から詳しい説明がいずれ出るのかもしれないが、現時点で備忘をかねて言及しておく。
 WHO(世界保健機関)改革の報道は国内でもあった。例えば、朝日新聞「WHO、エボラ熱の教訓受けて組織改革 年次総会で表明」(参照)より。


 世界保健機関(WHO)は、西アフリカでのエボラ出血熱に対する初動遅れを受けて、即応態勢を備える組織改革をする。チャン事務局長がスイス・ジュネーブで18日に始まった年次総会で表明した。
 エボラ出血熱については、昨年3月に大流行の兆候が判明。国際NGO「国境なき医師団」などが直ちに現地で活動を始めたのに対し、WHOは同年8月になるまで「公衆衛生上の国際的緊急事態」を宣言しなかった。この初動の遅さや背景にある組織内の指揮系統の複雑さ、国連内外の組織との連携の悪さなどが批判されてきた。

 また日経「WHO、緊急対応へ120億円基金 エボラ教訓に改革」(参照

【ジュネーブ=原克彦】西アフリカで多くの死者が出たエボラ出血熱を教訓に、世界保健機関(WHO)が改革に乗り出す。26日に最終日を迎えるジュネーブでのWHO総会では財源確保のために1億ドル(約120億円)規模の基金の創設を決めたほか、他の国際機関や人道支援団体などとの連携のあり方を議論した。ただ、途上国の貧弱な医療体制の改善が先決との意見も多く、再発防止に向けた課題は多い。

 朝日も日経も会員以外は報道の全文が読めない。後半の展開はわからないので、この報道について言及は控えたいが、後で示す海外報道の出だしと比較するとその差は興味深い。
 AFPの報道もあった。「WHO、組織改革を発表 エボラ危機の教訓受け」(参照)より。

【5月19日 AFP】世界保健機関(WHO)は、西アフリカで昨年起きたエボラ出血熱の流行への対応の遅さに対する批判を受け、緊急事態対応の抜本的改革を年内に実行する。WHOのマーガレット・チャン(Margaret Chan)事務局長が、スイス・ジュネーブ(Geneva)の本部で18日に開幕した年次総会(World Health Assembly)で発表した。
 チャン事務総長は、危機が発生した際にWHOがより敏速に効果的に対応できるよう「抜本的な改革」を行うことを決意したと言明。今後、危機的事態が発生した際に備えて「任意の柔軟な拠出によって」即時に調達可能な資金を用意する1億ドル(約120億円)規模の緊急用積立金の創設を呼び掛けたと述べた。またWHOは、事務総長に直接報告を行う公衆衛生緊急事態のための共同プログラムも発足させるという。
 またチャン事務総長は、WHOの緊急対応スタッフの技量を、物資調達の専門家や医療人類学者、リスクコミュニケーションの専門家などを加えることで強化する方針を示した。エボラ危機では、コミュニケーションの不足と流行発生地域の住民の伝統や習慣に対する理解不足によって、患者の隔離や伝染力の高い遺体の安全な埋葬方法に対し、地域の広範な抵抗を招いたと非難されている。
 さらにチャン事務総長は、16~17年度の予算を前年比10%増の44億ドル(約5300億円)とし、うち2億3600万ドル(約280億円)を監視・対応能力の拡充にまわすことを提案した。(c)AFP

 全文を引用したのは、全文に渡ってマーガレット・チャンWHO事務局長の名前があることを示すためである。この話題の焦点は、彼女にある。また、文脈からわかるように、改革の必要性は、彼女の運営下のWHOがエボラ危機に事実上失敗したことであり、覆われた修辞を除けば、ようするにチャン事務局長への批判であり、国際社会としてもただ彼女を批判しても今後の対応ができないことから、改革案とカネを出すという形にした、ということである。
 改革という点から見ると、実際にはエボラ危機はとりあえず最悪の予想を脱し克服したかに見えるその対応手法の実績があり、実際には、その対応手法をWHOに含ませるという意味合いもある。
 その前に、今回の年次総会でチャン事務局長のメンツを潰さずに前向きの改革の方向性を付けた立役者は、総会議長を務めるドイツのアンジェラ・メルケル首相であったことを特記しておきたい。議長なのだから当然とはいえ、この問題を国際社会の場に組み込んだ力業はみごとなもので、その他の点でもフォーブスによる「世界で最も影響力のある女性」の第一位に五年間通じて選出されたのもうなづける(参照)。
 メルケル首相の立ち位置は、英国のリベラル紙ガーディアンが報道している。「Plan to reform WHO after Ebola to be unveiled by Angela Merkel(アンゲラ・メルケルが公開するるエボラ出血熱の後のWHO改革計画)」(参照)。また、インターナショナル・ビジネス・タイムス「At World Health Assembly, World Health Organization Makes Plans For Change After 'Catastrophic' Response To Ebola Virus Outbreak(世界保健機構は世界保健総会で、エボラ出血熱ウイルス発生の「壊滅的な」反応後の変革計画を作る)」(参照)でも冒頭からメルケルの話題で始まっている。
 ただしどちらの記事も、チャン事務局長の事実上の失態には触れていない。この点は実際には、彼女の出身である香港を通して中国に対する国際社会の配慮もあると見てよいだろう。国際社会としてはできるだけ、中国の人材を国際社会の行政的機関に関連させたいと願っているが、現実の国際社会は中国国内のように政治的闘争に明け暮れていればいいわけではなく、本当の実力者が求められる。
 WHOの改革だが、従来からも「改革」が叫ばれていたが、それらが有効性を持たないでいたのは、どの行政でもそうだが、現実プランを持たない改革は絵空事になるからである。ところが今回のWHO改革では、エボラ出血熱対応において現実の改革を率先した国連エボラ緊急対応ミッション(UNMEER)が存在していた。
 UNMEERについては国連の広報センターに解説がある(参照)。簡素だが実はかなり興味深い説明である。

 国連エボラ緊急対応ミッション(UN Mission for Ebola Emergency Response UNMEER)が西アフリカで感染が広がるエボラ出血熱への対応のために設置され、展開しています。
 UNMEERは、公衆衛生に関して、国連が設置する初のミッションです。
 同ミッションの活動期間は限定的です。エボラ出血熱との闘いに関する緊急ニーズに対応します。
 設立の経緯としては、まず潘基文事務総長が2014年9月17日、国連総会と安保理宛てに書簡(A/69/389-S/2014/679[別窓])を送付し、同ミッションを設置する意向を示しました。同月19日、総会69/1[別窓]が決議を全会一致で採択し、これを歓迎したことを受けて、事務総長がミッションを設置しました。
 同ミッションは、エボラ出血熱の広がりを止めたり、感染者を治療したりすべく、迅速、効率的かつ一貫した行動のための業務的な枠組み、および統一した目的を提供します
 国連システム調整官のデビッド・ナバロ氏が戦略的なガイダンスを提供します。
 そして、事務総長特別代表が同ミッションを業務的に率います。アンソニー・バンベリー氏(Anthony Banbury)が事務総長によってその職に任命されています。
 同ミッションは、国連システム全体、とくに世界保健機関(WHO)の支援のもと、国連加盟諸国、地域諸機関、市民社会、民間セクターと密接に協力し、活動を展開します。

 ざっと読むとわかりにくいが、国際的な危機にWHOの対応が不能になったので、国連が直に関与するための「公衆衛生に関して、国連が設置する初のミッション」が形成された。WHOを上書きしたような事態になり、これがWHOと齟齬を起こさないように「事務総長特別代表」が設置された。つまり、国連事務総長名で動く特殊な組織が形成されたわけである。
 このミッションの意味合いなのだが、こういう表現はあまりよくないのだが、「国連総会と安保理宛てに書簡」という出だしからわかるように、事実上、国連軍的な相似性があり、いわば「連合国」出動という一種の軍事ミッションに近いものになっていた。
 誇張した文脈はよくないが、そう理解するとアンソニー・バンベリー氏の起用が理解できる。氏は米国出身1964年生まれで、2009年から国連平和維持活動(PKO)の現場支援担当の事務次長補を務めていた。以前は、1988年から1995年に、タイ国連国境救済事業やカンボジア国連暫定当局、ボスニア·ヘルツェゴビナ・クロアチア国際連合保護軍などで働いている。簡単に言えば、PKOの専門家であり、ロジスティックスの専門家でもあるが、基本的に軍事の専門家に近い。
 実際のところUNMEERは、軍事ミッションに近い国連=連合国の側面が現れた事例でもあり、そうしないとWHOでは直面できない国際危機には対応できなかった。
 日本では、軍隊=戦争、という先入観で語られることが多いが、戦闘地域の平和維持や今回のような感染症のアウトブレイクには、軍を当てることが有効になる。軍は、日本では武力集団としてまず理解されがちだが、兵站や医療の実態から見ても、動く食糧倉庫と動く病院でもある。
 日本が平和貢献をするのであれば、こうした動く食糧倉庫と動く病院を備えた軍事機能がより有効になる。
 WHOの改革後はそうした機能がより国際社会に求められるようにはなるだろう。ただし、もう一つの側面でいえば、人道危機にあっても、シリアやイラクが例になるが、政治・軍事的な地域への国連介入は難しいだろう。
 
 

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2015.05.27

日本の自衛隊が米豪軍事演習に初参加

 日本の自衛隊が米豪軍事演習に初参加するという話題を海外報道で見かけたが、国内ではあまり見当たらないのはなぜなんだろうと思って、ブログの記事を書いたら、その場で、ありゃ、私の勘違いとわかった。米豪共同訓練「タリスマン・セーバー」については、すでに大手紙などに18日に各種記事があった。というわけで、ちょっとおっちょこちょいすぎるブログ記事なので、改稿して以下。
 ただ、国際報道は25日以降に見えたこともあり、中国報道もそこから見える。中国網日本語版「日本が米豪合同演習に初参加、軍事協力を強化」(参照)より。


海外メディアは25日、米国とオーストラリアが今年7月上旬に実施する合同軍事演習に、日本が自衛隊を初めて派遣することになったと報じた。米海軍の「ロナルド・レーガン」空母は、8月に日本に駐留する予定だ。

この軍事演習には米国とオーストラリアの3万人規模の部隊が参加する。課目には、海上行動、上陸、特殊部隊の戦術、市街地戦などが含まれる。日本からは40人が参加。

シドニーのシンクタンク、ロイ研究所の国際安全研究室長は、「米国はこれを機に、同盟国の幅広い参与を促そうとしている」と分析した。

中谷元防衛相は、米豪合同軍事演習の参加目的は、両国との軍事協力の強化だと述べた。

これまでの報道によると、米海軍の「ロナルト・レーガン」空母が8月、駐留中の「ジョージ・ワシントン」空母と交代し、第7艦隊に加わりアジア太平洋に駐留することになった。

ロナルド・レーガンは2003年7月に就役した、米海軍の作戦能力が最も高い空母の一つとされている。米国に10隻あるニミッツ級原子力空母の中では、「ジョージ・H・W・ブッシュ」より先に配備された9番艦で、比較的新しい空母だ。

これは米海軍の「リバランス戦略」に向けた行動、昨年1月に発表された空母配備調整の一環と分析されている。この調整により米国は東アジアで空母の実力を維持し、太平洋で空母6隻態勢を維持することになる。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年5月26日


 中国がこの演習に関心をもって報道していること自体、すでに中国の文脈で話題になっている。Focus-asia「日本が初めて派兵へ、米豪合同軍事演習に参加―中国メディア」(参照)より。

26日付の中国メディア・人民網は、複数の海外メディアの報道を引用し、日本が初めて派兵して、7月初めに米国とオーストラリアの合同軍事演習に参加すると報じた。

日本側からは計40人が参加する程度だが、中国が南シナ海で岩礁を埋め立てて人工島を造成していることを受け、日米豪3カ国が団結を示すために決定したものとみられている。米国とオーストラリアは合わせて3万人あまりの部隊が参加し、海上作戦や上陸、特殊部隊戦や都市戦などの訓練を実施する。

ロイター通信によると、ローウィー国際政策研究所の国際安全室主任はこれについて、「米国の太平洋西部の同盟国のうち、日本は北部の拠点、オーストラリアは南部の拠点としての役割を担う」と分析している。中谷元・防衛相は「今回の演習参加は中国を念頭に置いたものではない。米豪両国との軍事協力を強化するためだ」と話している。

(編集翻訳 小豆沢紀子)


 該当の海外メディアの正体の一つはロイター、「Japan to join U.S., Australia war games amid growing China tensions」(参照)である。表題を見てもわるように、直訳的には「中国との緊張が高まるさなかの、日米豪の戦争ゲーム」である。
 ここでいう「中国の緊張」というのは、言うまでもない中国の海洋進出、つまり軍拡である。NHK「中国 アメリカの南沙諸島偵察強化に抗議」(参照)より。

また、中国のメディアは連日のように南シナ海の問題を取り上げていて、このうち中国共産党系の新聞「環球時報」は25日付けの紙面の社説で、アメリカがあくまでも浅瀬の埋め立ての停止を求めるのであれば「一戦は避けられない」と、米中の軍事衝突がありうると主張しています。一方で、社説は「南シナ海で平和を保てるか、戦闘が起きるのか、その責任はアメリカにある。アメリカが戦略上最低限の節度を保てば、情勢の危険度は限定的になる」として、事態をエスカレートさせる行動を取らないようアメリカ側に求めています。

 環球時報はけっこうお笑いメディアでもあるが、さすがに書かれていることはちょっとこれはないなという印象がある。ただこれは、環球時報だけの話題ではない。表現は抑えられているが、中国政府が国防白書でも踏み込まれている。NHK「米 中国の国防白書発表でけん制」(参照)より。

中国政府は26日、2年に1度の国防白書を発表し、各国が領有権を争う南シナ海に関して、「一部の域外の国が、南シナ海問題に全力で介入している」などとして、名指しは避けつつアメリカを非難するとともに、この問題で妥協しない姿勢を明確にしました。

 ようするに、中国が南シナ海を巡って戦争も辞さないと構えつつあり、また国内では日本が安全保障関連の法案の審議をしているさなかでの、「日米豪の戦争ゲーム」である。
 中国報道が孫引きしたロイター報道は重要だが、そこでにあって他の日本語報道で見えづらいのは、以下の部分だろう。

Some security experts say China might impose air and sea restrictions in the Spratlys once it completes construction work that includes at least one military airstrip. China has said it had every right to set up an Air Defence Identification Zone but that current conditions did not warrant one.


(南シナ海の島の埋め立てで)少なくとも一つ軍事滑走路を備えて工事が完了すれば、中国は南沙(Spratlys)で空路と海路に制限を課す可能性があると述べる安全保障専門家がいる。中国は、防空識別ゾーンを設定するためのあらゆる権利を有しているが現状は保証されないとは述べてきた。


 ごく簡単に言えば、中国が南沙諸島に滑走路を持てば、軍事進出は次の段階を迎えてしまう。そこで中国の海洋侵出を阻止するために米国が豪州と組んで軍事活動の示威をするというのが、今回の軍事演習の意味であり、日本がこれに初めて明瞭に組み込まれる。
 日本では18日ごろに報道されたため、この数日ではあまり見当たらない。その後の経緯を見てもそれほど国内で話題になっているふうでもない。気にはなるのでブログで触れておく。
 
 

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2015.05.26

[書評] 蓮池流韓国語入門(蓮池薫)

 前回のエントリーで、主に英語からの外来語について、ハングルとして「韓国語音韻の体系なかに取り込まれたか、その規則が気になるが、ざっと見たかぎり、よくわからない」と書いた。そう書いたものの、そんなものあるわけもないだろうと思う人も多いのではないかとも思っていた。だが、そうした「規則が気になる」という言語への感受性のあり方に私は一番関心を持っていた。そして、蓮池薫さんの『蓮池流韓国語入門』(参照)を実は念頭においていた。

cover
蓮池流韓国語入門
 同書は表題通り、蓮池薫さんによる『蓮池流韓国語入門』の書であるが、これは韓国語の入門書を超えて、言語に関心を持つ人や学者にとって、おそらく普遍的に興味深い書籍だろう。これは言語学習を発見していく物語になっているからだ。もっとも学問的に言えば、まったくのゼロのレベルから異国語を発見していくというものでもないし、日本語と韓国語は文法的に類縁の言語であるわけでもない。それでもなお、驚くべき本ではある。
 蓮池薫さんは、1978年7月31日、中央大学法学部3年在学中の夏休みに実家に帰省中、当時交際していた女性とともに北朝鮮に拉致された。彼は私と同い年だが現役の進学だった。優秀な学生だった。

 学習環境は決してよいとは言えなかった。
 まず、自分を拉致していった国の言葉など最初はとても勉強する気になれなかった。だが、招待所に閉じ込められるなか、時間をもてあますようになった。これから自分の運命がどうなるのかという不安と恐怖も付きまとっていた。一体、北朝鮮という国はどんな国であり、何を考えているのか? 今、自分はどういう立場に置かれており、これから自分の運命はどうなっていくのか。それを知るためにも、韓国語を学ぶ必要があると思い始めた。こうして韓国語の勉強が始まったのだ。
 最初に与えられた教材は会話ブック1冊だけだった。日本で作られたB6判程度の大きさのもので、1ページに同じ意味の4ケ国語の文章がずっと並んでいる。(中略)当然、本格的な韓国語学習はおぼつかない。

 これでは学習にならないということで、学習書を求めると、日韓両版の『金日成著作選集』を渡されたという。その後、辞書は与えられたがまともな教材はない状態で、北朝鮮のメディアのなかで学習を進めた。結果は驚くべきことだった。

 決して恵まれたとは言えない状況のなか、学習に励んだ。結果的に1年もしないうちに、大体のことは読み、書き、聞き、言うことができるようになっていた。昔学んだ英語とはあまりにかけ離れた「進歩ぶり」に私自身も驚いていた。

 本書はその要点を中心に、簡素に書かれている。
 これを読んで私も一年で韓国語が習得できるかといえば、無理だろうと思う。それでも、私も韓国語にぶつかってみて疑問に思ったこと考えたことは、蓮池さんが本書に書かれていたことをきれいになぞっていた。これは驚愕したと言っていい。冒頭触れた、韓国語への流入外来語の音声規則なども蓮池さんは本書できちんと考察している。
 ここで思わざるをえない。語学学習というのは何なのだろうか? これはしばしば、学習法として与える側として考えられる。単純なインストラクションの枠組みとして考えらるからだろう。そしてその枠組みからすれば、おそらくピンズラーの手法はもっとも合理的な体系に近いだろうは思われる。忘却曲線なども考慮されているからだ。
 しかし、語学学習というのは、原理的に、母語の習得能力の余剰を使って行われるのではないか。もちろん、その視点から考慮された語学学習法も存在する。いわく、母語のように学べと。しかし、これも原理的に言えば、母語は基本的に一つに固定すると他には動きにくい。このあたりは人間の種特性と言ってもよいだろう。
 それでも母語を持つものが異国語に触れたとき、ある違和感が一つの構造をなしてくる、その疑問の構造を満たすように語学教育は構成できるのではないだろうか、そういう視点が浮かびあがる。おそらく、ミシェル・トーマスはそこに着目している。彼の言語教育は、対象の生徒の母語と教える言語の接点から始まる。現状、日本語には、ミシェル・トーマス・メソッドの英語教育法は存在しないが、私はなんとなく予想できる。
 話を戻すと、蓮池さんは、韓国語に触れたとき、日本語の差違の疑問を構造的に満たす形で言語を習得したのだろう。
 そうした差違と学習の主要点となっているのが、音声であることも興味深い。本書はかなり明確に、発音の問題を取り上げている。

 あまり最初から、微妙な発音のことをうるさく言われたら、覚えられない。とりあえず「ウリ」でもいいのではないかと主張する人もいるかもしれない。もちろん最初から100%完璧に出来るはずがない。でも、最初だからこそ、発音の差をしっかり頭に入れておくべきである。いったん、日本語的発音が癖になってからでは、なかなか直せない。

 蓮池さんはそう説明するが、彼が短期に韓国語を習得できたのは、疑念からの学習法もだが、発音の結果的な重視があったからだろうと思う。
 ここで、しかし、私は奇妙なことを思った。以下は本書を読みながら、韓国語を学びながら私がぼんやりと考えたことである。
 それは疑念から始まる。韓国人・朝鮮人は、韓国語(朝鮮語)をきちんと発音できているのだろうか?
 言語学的に言えば、当然、きちんと発音している、というか、発音されている実態が「きちん」と同義で、発音の規範性はむしろ意味をなさない。だが、私が言いたいのは、そうではなく、ハングルという正書法が、発音の規範性を志向せざるを得ない点である。
 現状、「ㅐ」と「ㅔ」の母音音素対立は消えているように思える。これはむしろ、日本語の「え」に近い音に吸収されていくように見える。「ㅚ」「ㅟ」も音素対立としては存在していないだろう。おそらく現状の韓国語の母音は日本語の「アイウエオ」に近い「ㅏㅣㅡㅐㅗ」があり、これに「ㅓ」と「ㅜ」が付いているのだろう。蓮池さんの議論も実はそのことを結果的に述べているように受け取れる。
 私そこから疑問を発展して思っているのは、韓国語・朝鮮語は、日本語のような開母音構造の言語と膠着語の文法の言語が原形にあって、そこに中国語の語彙が入り、各種正書法で中国語の語彙の発音が定着され、固定化したが、もとの日本語のような言語に戻る傾向を持っているのではないか、ということだ。別の言い方をすれば、中国語を取り入れようとしてできた正書法が元の言語の特性を歪めた部分がある種の均衡になろうとしているように思えることだ。
 私は長く、岡田英弘説のように、日本語は、当時の朝鮮語(岡田は中国語の一種としている)の膠着語文法に、ポリネシア系の語を押し込んで作成した人工言語だと考えてきた。だがむしろ、日本語の原形のようなものがあり、百済か新羅の言葉は中国語とのピジン化でできたのではないだろうかと考えつつある。
 韓国語の起源は日本語だと言いたいわけではない。ただ、同型の言語の、中国語からの影響の差違が、日本語と韓国語を分けたのではないかと考えつつある。
 
 

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2015.05.25

英語をハングルで書けるか? その2

 英語をハングルで書けるか、という話を書くつもりが、前回は、そもそもハングルで他の言語が表記できるか、という一般論から展開した話になってしまった。確かにその前提がないと英語だって無理となるのだが、実際に英語をハングルで書けるかという話題でもなかった。じゃあ、どうなの?
 昨日そのエントリーを書いたあと、奇妙なサイトを発見した。失礼(실례)しました、ユニークというか興味深いというか。いわく「韓国語ができれば英語もわかる」(参照)というのである。誰が書いたのかと思ったら、アシアナ航空のスタッフさんらしい。趣向は「英語等のハングル表記から、そのもとの外来語を推定すると英語等の学習に役立つのでは、このシリーズは、そんな仮説にもとづいています」とのことだ。


「韓国語は日本語と語順が同じで漢字語も共通しているものが多いからいいが、英語はどうも……」といわれますが、日本語に英語等の外来語が多いように韓国語にも予想のほか英語等の語彙が多いのです。このシリーズでは、韓国語になった英語等の語彙を拾い、英語やカタカナ表記と対比していきます。

日本語母語者と韓国語母語者は、互いの英語の発音を聞いて、それが何を意味するか把握できなくて戸惑うことがあります。戸惑うだけでなく、相手の英語の発音を聞いて、自分が考えている発音とあまりにも異なるので、侮蔑するような嗤いを浮かべることすらあります。なぜでしょうか。

このシリーズでは、日本語英語と韓国語英語の発音の違いを認め、実際にそれがどういう形をとっているのか理解したいと考えています。語彙数が一定の量に達するまで、重複を恐れずにアップする作業を続け、日本語英語と韓国語英語のあいだにある法則性を最大限引き出したいと考えています。


 ということでかなりの量の、英語から韓国語への流入外来語のリストがある。それ自体でも面白いのだが、このリスト作成者さんの思い・考え方も興味深い。

前にも書きましたが、韓国語の表記には長音符号がありません。カタカナ英語で長音符号がついている単語の韓国語式表記や音を耳にすると、違和感が先立ちます。

サーバー、サービス、ユーザーがそれぞれ서버、서비스、유저になると、カタカナ英語と結び付かないことがあります。


 「서버」を日本語ローマ字風にすると「SOBO」になるし、音声もそれに近い。「ソボー」うーん、粗暴? 「서비스」は、「SOBISU」だが、「ㅡ」というか「으」は、「う」より「ぇ」みたいに聞こえる。うんとぉ、寂しぇ? 「유저」は、「YUJO」だが、湯じゃ、に聞こえる。まとめると、「서버、서비스、유저」は、音の感じでは日本人には「粗暴、寂しぃ、湯じゃ」に近いだろうか。英米人にはどうかというとわからないが、たぶん、「Shovel, So bit she, You just」のように聞こえるのではないだろうか。
 前回も触れたが、韓国語(朝鮮語)には有声唇歯摩擦音(V)がないのは日本語と同じ。しかし、長音がない、Vがない、ということが、これらの音変化を充分に説明しているわけでもない。英語の響きとあまり似てない印象もあるが、それでも英語の表記をハングルに移したとは言えないだろう。
 「Service」という表記の音韻をハングルに転写すると、おそらく、「설빗」(seolbis)となるだろう。韓国語(朝鮮語)には日本語同様、RとLもないので、そこは「ㄹ」で補うとする。また、シュワ音もないので、そこは「어」としてみたわけである。
 つまり、「Service」は、転写式には「설빗」(seolbis)だが、実際には「서비스」(seobiseu)になっている。この差の大きな部分は、「S」音が母音を伴った「스」に転記されることだ。日本語のように母音で終わるモーラの言語の場合、外来語末に母音が現れるのは当然だが、韓国語でなぜ似たような現象が起こるのだろうか?
 この点は、他に「Speaker」を例にすると面白い。ハングルでは「스피커」(seupikeo)なる。語頭の「SP」において、「S」一音がハングル「스」に対応し、「pea・ker」として「피커」に対応する。基本的に日本語の「ス・ピー・カー」と同じ対応になっており、むしろ、これは英語から日本語カタカナに転写したものをハングルに転写した見てもよさそうに思える。あるいは、ハングルはもともと中国語を移すように出来た仕組みなので、[sp]といった子音が重なるクラスターは原理的に表記できないのかもしれない。
 音の対応では、「p/f」でも困難が現れる。

포인트はポイント(point)ですが、폰트はフォント(font, 書体)です。스마트폰はスマホのことです。ハングルでは[p]と[f]が同じ表記なので混乱します。

 これらの韓国語の英語からの外来語がどのように韓国語音韻の体系なかに取り込まれたか、その規則が気になるが、ざっと見たかぎり、よくわからない。この点は日本語でも同じで、日本語にも英語外来語の転写規則はない。日本語の場合は、英語スペリングのローマ字読みという規則のようなものがあり、「Launcher」などは、しばしば「ラウンチャー」とか読まれていた。韓国語でも、「Noam Chomsky」が、「노엄 촘스키」(noam chomseuki)として「ㅓ」が出現するのも表記に引っ張られたと見てよいだろう。先のブログでは「韓国語の表記は文字からではなく、英語の発音と対応するからです」としているがそうとも思えない。音価主義の面からは次のようにも述べられているが……。

たとえば、hamburger[hӕmb3:rgə(r)]に対するハンバーガーと햄버거です。MacArthur [mǽkɑ́ːrθər] もよく例にあげられます。日本語はマッカーサーで韓国語は맥아더です。 米国人に確認しましたが、いずれも韓国語のほうが英語の発音に近いとのことです。

 日本人的には、「ヘンボコ」「メガタ」には聞こえる。
 先のアシアナのブログではいろいろ面白い示唆があるがこれもそうだ。

ポータル|포털、メディア|미디어、ペーパー|페이퍼、サービス|서비스、プラットホーム|플랫폼、ネーバー|네이버、ポータル|포털、アジェンダ|어젠다など、日本語のアが韓国語でㅓになることが多くみられます。

 批判や非難の意図はないのだが、元来のテーマが「韓国語ができれば英語もわかる」であり、英語の外来語がどのように韓国語・ハングル化するかなのだが、ここでは、「日本語のアが韓国語でㅓになる」とあるように、暗黙に、英語→日本語→韓国語のバスが想定されている。揚げ足取りではないが、そのように想定したほうがよいかもしれない。英語外来語ではないが、日本語での「アンデルセン」は韓国語で「안데르센」(andeleusen)なのも日本語を経由したように思える。
 いろいろと興味深いのだが、意外に思える指摘もある。

例えば、다채널は다が多、채널はchannelですが、分かち書きしていないと、すぐには理解しにくいですね。

 ここではそれ以上の解説はないが、「다채널」の「다채」だけ見ると、「多彩」の意味になる。「널」は「너를」(君を)の意味になる。そうした誤解がないように分かち書きを示唆しているのだろう。が、そもそも「다채널」は分かち書きにすべきなのだろうか? もちろん、ここでは分かち書きにしないとわかりにくいという指摘であって、分かち書きが正書法ということでない。
 分かち書きについては、例えば、「user interface」が「유저 인터페이스」となるようには使われている。気になって、韓国語の分かち書きの正書法がどうなっているのか改めて調べてみたが、いろいろ複雑だ。ざっとした印象でいうと、助字の扱いは日本語的で、語の扱いは欧文的に思えた。いずれにせよ、ハングルは、中国語のようにべたっと並べて書くことは基本的にできないと見てよく、外来語ではその傾向が現れやすい。
 余談だが、「다채널」(多チャンネル)だが、この「다」について、先のブログでは「多」を当てているのだが、これは日本語ではないか?とふと疑問に思った、が、ハングルの漢字対応でも「多」になっていたので、外来語の造語法が日本語とたまたま同じなのかもしれない。
 だらだらと続けるつもりはないが、もう一つだけ続ける。

에이비시、비비시、시엔엔は ABC、BBC、CNNです。NHKは엔 에이치 케이と表記するようです。Aが에이、Hが에이치になるのは日本語より英語に近いですね。データは데타ではなく데이터、ゲーム(game)は게임、メーク(make)は메이크ですから、日本語のカタカナ表記と比べ、はるかに英語の発音に近いのです。

 ここで「Aが에이、Hが에이치になるのは日本語より英語に近いですね」とあり、それを否定するものではないが、英語のこれらの「ei」の部分は二重母音なので、「에이」と二つの字母に分けてしまうのが英語に近いと言えるかは疑問が残る。ただ、ここで英語に近いとしているのは、「NHK」の「H」は「エッチ」との対応かもしれない。それでいうと、「Data」は日本語では「データ」でこの母音については日本語のほうが英語に近いだろう。
 さて、とりあえずの結論を出すと、英語をハングルで書けるか?だが、英語の正書法に引っ張られないとしても、ハングルには次のような制約がある。

     
  1. 英語表記には字母が足りない  
  2. 初音+母音+パッチムという構造で英単語を切るが、その切り方の規則はない  
  3. 同字子母が母音に挟まれると有声音化することがあるがこれを避けると表記が複雑になる  
  4. 漢字由来の語彙と簡単には区別が付かない

 ということは言えそうだ。しいて結論に結びつければ、英語をハングルで書くのはかなり困難だろう。
 あと、いろいろ見て思ったのだが、すでに触れたが、ハングルの場合、欧米語の外来語がそのままハングルなので一目見ただけでは、外来語であるかはわかりづらい。おそらく、かなりハングルになれていけば、ハングルの組み合わせから、元の字が漢字由来でないことはわかるかもしれないが、かなり難しいだろう。
 その点、現代日本語で欧米系の外来語をカタカナに押し込んだのは、慣れてしまえば、外来語の明示となってわかりやすいものだなと実感した。
 
 

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2015.05.24

英語をハングルで書けるか? その1

 英語をハングルで書けるか? と言われても、何を言っているかわからないだろうと思う。というのは、ハングル=韓国語(朝鮮語)というイメージが定着しているからだ。ハングルを使う韓国人も、英語についてはそう思っているかもしれないが、原理的には、ハングルは別段、韓国語(朝鮮語)を表記するための書記体系とは限らない。
 その前にハングルが世界でもっとも優れた文字であるという説があることを確認しておきたい。2012年の聯合ニュース「固有文字の優秀さ競う世界大会 ハングルが金メダル」(参照)より。


 第2回世界文字オリンピックが1~4日にタイのバンコクで開かれ、ハングルが金メダルを獲得した。
 世界文字学会が9日、明らかにした。2位はインドで用いられるテルグ文字、3位はアルファベットだった。
 自国で生み出された文字を使うか他国の文字を借用、改造して使っている国の学者が参加し、それぞれの文字の優秀さを競うという民間レベルの大会。文字の起源や構造・形、文字数、独立性などのほか、応用と開発の余地も重要な評価要素となる。
 今年はドイツやスペイン、ポルトガル、ギリシャなど27カ国から学者が参加し、自国の文字について発表した。
 2009年10月に16カ国から参加者があった第1回大会でもハングルが1位で、ギリシャ、イタリアの文字が続いた。
 今大会の執行委員長を務めたイ・ヤンハ元駐レバノン大使は「アルファベットで表現できる音は300前後だが、ハングルの24字は理論上1万1000、実際には8700程度の音を出せるという。短時間での情報伝達力は他の追随を許さない」と説明した。
 参加者は大会の最終日に「バンコク宣言文」を発表した。自国の大学に韓国語の専門学科や短期コースを設置するなど、ハングルの普及に努める方針を示した。

 第2回に日本語の文字が参加したかはわからないが、当時のキリスト教タイムズよると(参照)第1回では参加していた。残念ながら入賞もしなかったようだ。ここでもハングルが優れた理由も語られている。漢字を補ってみる。

특별(特別)히 한글(ハングル) 발제(発題)를 맡은 이현복(李炫馥) 박사(博士)(서울대학교 명예교수(ソウル大学名誉教授))는 한글(ハングル) 창제(創製)의 역사적의의(歴史的意義)를 중심(中心)으로 한글(ハングル)의 언어학적특징(言語学的特徴)을 설명(説明)해 나갔다. 또한 한글(ハングル)을 중심(中心)으로 만들어진 국제음성기호(国際音声記号)를 예(例)로 들음으로써, 누구나 쉽게 발음(発音)을 이해(理解)할 수 있는 한글(ハングル)의 장점(長点)을 설명(説明)했다. 이현복 박사(李炫馥博士)에 따르면, 한글(ハングル)이 가장 과학적(科学的)이며 편리(便利)한 언어(言語)가 될 수 있는 이유(理由)는 무엇보다도, 한글(ハングル)의 각낱말(各単語)들이 각각(各々)의 소리를 내는 음성학적특징(音声学的特徴)을 가시적으(可視的)로 보여준다는 데에 있다. 한글(ハングル)의 각형태(各形態)는 인간(人間)의 입, 혀의 위치(位置) 등을 고려(考慮)하여 만들어 졌기 때문에, 특정(特定)한 소리와 입 모양을 동시(同時)에 이해(理解)할 수 있는 장점(長点)을 가진다.

特別にハングル発題を受けた李炫馥博士(ソウル大学名誉教授)は、ハングル創製の歴史的意義を中心にハングルの言語学的特徴を説明した。また、ハングルを中心に作られた国際音声記号を例で聞くことで、誰でも簡単に発音を理解できるハングルの長所を説明した。炫馥博士によると、ハングルが最も科学的で便利な言語になることができる理由は、何よりハングルの各単語が各々の音を出す音声学的特徴を可視的に見せることであるある。ハングルの各形態は、人間の口、舌の位置などを考慮して作られたので、特定の音と口の形を同時に理解できる長所をもつ


 ハングルが世界でもっとも優れた言語であることの理由は、人間音声の正確な記述能力にあると言ってよさそうだ。このため、ハングルを世界に広めようと、まず文字を持たない言語への普及が推進されたことがある。最初の対象になったのは、インドネシアスラウェシ島沖にあるブトゥン島のネアチア語である。2009年中央日報コラム「初めて輸出されたハングル、世界公用文字になるか」(参照)より。

ハングルが初めて海外の少数民族の公式文字に採択された(本紙8月7日付記事参照)。インドネシア・スラウェシ州バウバウ市に住むチアチア族は、独自の言語を持っているがこれを表記する文字がなく、言語が消滅する危機にさらされていた。訓民正音学会の努力でチアチア族の生徒らはハングルで書かれた教科書を通じて民族語を学び、彼らの文化と伝統をつなげていけるようになった。
最初のハングル輸出後、残る課題を問う記事もある。学びやすく科学的なハングルの優秀性は認めるが、本当に世界化を果たすためにはハングルでできた高級コンテンツの開発に力を入れるべきとの指摘だ。2つの記事を読んでハングルの世界化の意味について考えてみよう。

① ハングルは音と文字が1対1で対応する唯一の表記手段だ。英語もハングルのように音を記号として示す表音文字だが、ハングルと違い発音記号を別に使用している。
ハングルの正確な表音性は創製当時から強調された。集賢殿(チプヒョンジョン、朝鮮時代の宮中に置かれた学問研究機関)の学者だった鄭麟趾(チョン・インジ、1396~1478)は、「訓民正音解例」の序文を通じ、「ニワトリの鳴き声まで表記できる文字」と完璧な表音文字を作り出した自信を示した。少数民族の言語が持つ多様で独特な発音を混乱なく表記する最適の条件を持っているということだ。
チアチア語の教科書を作ったソウル大学言語学科のイ・ホヨン教授は、「伸張した国力と韓流の影響が大きかった」と語る。

② ハングル輸出の目的と意味は
7000余りに達する世界の言語のうち、半分は2100年までに消滅する危機に置かれているとワシントンポストが3月に報じている。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は「ひとつの言語が消滅すれば、われわれは人間の思考と世界観について認識し理解する道具を永遠に失うことになる」と警告した。
世界の言語学界は消滅危機にある少数民族の言語を保存し、教育するのに力を入れている。ハングルが担当すべき役割がここにある。独自の文字がない少数民族の言語をハングルで記録することで、人類の文化の多様性を維持するのに寄与できるという意味だ。

③ ハングルの世界化に向けた課題は
小説「大地」の作家、パール・バック(1892~1973)はハングルについて、「24個の単純なアルファベットと数種類の組み合わせの規則だけで無限に近い音を表現できる驚くべき言語」だと称賛した。こうしたハングルの科学的で簡潔な体系のおかげで韓国の非識字率は1%にも満たない。ユネスコが世宗(セジョン)大王の誕生日である9月8日を「国際識字デー」にし、識字に寄与した個人と団体に授与する賞を「世宗大王文解賞」と定めた理由だ。
ハングルの優秀性が表記手段の側面にだけとどまってはいけない。チアチア族がハングルを受け入れるのには韓流の力が大きかったというように、ハングルで疎通できる質の高い文化コンテンツを開発していくことが重要だ。文字の科学性だけ強調する代わりに優秀なコンテンツで韓国と韓国文化に対する好感度を高めることがハングルの世界の礎石になるということだ。


 興味深い試みだったが、現状はうまく進展していないようだ。昨年、毎日新聞外信部副部長兼論説委員、澤田克己・前ソウル支局長も関心を持っていた。「韓国人のハングルへの思い入れ」(参照)より。

 2011年に2回目のソウル勤務を始めた私は、このニュースの「その後」が気になって取材してみた。新聞というのは「新鮮なニュース」が優先されるので、数年前の話題を追っても記事にできるとは限らない。この時は実際、記事にできなかったのだが、それでも取材してみたかった。そもそも、誰が、どんな考えで、こんな事業を始めたのだろうかと不思議に思っていたからだ。

 記事にはこの運動の背景について語られているが、進展しない理由には触れていない。主要な要因は資金不足だったようだ。2012年中央日報「突然支援を絶たれたチアチア族のハングル教育」(参照)より。

主な理由は財政問題だ。世宗学堂は文化体育観光部と韓国語世界化財団が世界各地に設立する韓国語教育機関だ。しかし運営機関である慶北大学が財政難を訴え撤収を決めた。慶北大学側は、「世宗学堂運営予算は文化体育観光部の支援金3400万ウォン(約239万円)と慶北大学の予算3600万ウォンの7000万ウォンだけだった」と話した。だが、実際には講師の人件費と教材費、機資材費などに最低1億ウォンが必要だった。このため最小授業時間だけをやっと満たして講義したという。世宗学堂運営を総括した慶北大学英語教育科のイ・イェシク教授は、「7月に直接文化体育観光部を訪ね財政的・行政的支援を要請したが何の返答もなかった」と話した。

 しかし、国家が本腰を入れればそれほど難しい問題でもないようにも思われるので、韓国政府側としてハングルの国際化には消極的だったと見てよいかもしれない。
 私はこの運動が頓挫した状態は残念なことではないかと思う。ハングルが世界でもっとも優れた文字であるという評価については、国際的に定まったものではないようにも思えるが、その音声学的な記述と習得のしやすさは原理的に内包している表記体系だろう。
 なにより、実際にこうした合理的と思われる表記系を任意の言語に適用するとどのような事態になるのかということは、言語学的にも興味深い。その適応の詳細は、東京外国語大学の趙義成氏が「チアチア語のハングル表記体系について」(参照PDF)でまとめていて、概要がわかりやすい。
 まず、対象のチアチア語だがざっと見る範囲では、母音構造は日本語に似た5母音で音節は開母音。なので、ハングルの文字種には問題ないだろう。子音については、日本語と同様に有声唇歯摩擦音(V)がないが、これは新規にㅸが当てられたようだ。気になるのは朝鮮語は日本語と同じでいわゆるLとRの区別がないが、この点については、Lに新規に「ᄙ」を当てたようだ。字母としては問題ないだろうと思ったが、ここまで理解した時点で私は、ちょっとやな予感がした。
 日本語のハングル転写規則でも、破裂音について語頭と母音に挟まれた環境で字母の書き分けを行うのだが、これがチアチア語にも適用されてしまうのではないかということである。日本語のハングル転写規則は基本的に、転写後を韓国人(朝鮮人)が理解するために音価主義が採られてよいのだが、チアチア語の正書法にそうした配慮を持ち込むと、それを使うはずのチアチア族にしてみると音韻体系の理解が混乱する。
 この点はどうかと見ていくとと、残念ながら悪い予想が当たっていた。先の趙義成氏の考察で触れられていた。言語学としてはごく初歩的な指摘とも言えるが、逆に今回のハングル普及運動では、そうした配慮なく朝鮮語の音価主義を持ち込んだことは、結果としては残念だった。
 加えて、思ったことがある。チアチア語のような比較的簡素な音韻構造をもつ言語であれば(音の構造が簡単であるとは限らないが)、ラテン字母でも問題ないだろうし、なにより、開母音構造をもった言語では日本語の仮名のほうが記法の効率を含めて合理的ではないか、ということだ。
 いずれにせよ、音価主義を採らなければ、ハングルを使って各国の言語の書記体系にすることは可能と思われる。そして、この機に英語の固有名詞のハングル転写を見てみた。そこで思ったのは、英語をハングルに収めようとするために、元の言語にパッチムの振り分けを行うように見える面白い現象だった。
 ということで、実は、その問題を「英語をハングルで書けるか?」として議論したかったのだが、前書きが長くなってしまったので別の機会としたい。
 だったら、表題を変えろよとも思うが、ブログだから、まあいいじゃないですか。ということで、とりあえず「その1」としておきます。
 
 

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