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2015.11.02

焦点化と非焦点化

 率直なところ書いても誤解されるだけの話なので、しばらくほとぼりがさめてから書くかもしれないなあと思っていたが、そういう話題がたまっていくうちに、別にブログに書くこともないなと思い、時は過ぎていったのだった……ということだが、いろいろ考えてちょっと書いてもいいかなと思うこともあった。その前に、ポーランドの政局について少し言及しておきたい。
 10月25日にポーランドで総選挙が行われ、それまで最大野党を甘んじていた右派政党「法と正義」が両院で単独過半数を獲得した。つまりポーランドが右傾化した。何をもって右傾化と言えるかというと、反EUなど各種の政策セットからなのだが、現下注目すべきことは、難民問題である。与党となった「法と正義」党で、その姿勢がもっともそれが顕著に表れているのが、同党のカチンスキ党首による「難民はヨーロッパに病気を持ち込む」と発言である(参照)。まあ、これはひどい。それでもポーランドの政権政党の党首がこの手の発言をしているというのが世界の現状である。そして総じて見ればポーランド国民がそれを支持していると言える。苦いアイロニーが伴う。ポーランドの総選挙で敗北した与党は「市民プラットフォーム」であり、この党のトゥスク前首相は現EU大統領なのである。
 さて話題だが、端的には、最近日本語版ができたBBCの「シリア難民少女の写真を日本人が挑発的なイラストに……人種差別か」(参照)である。そう、あれか。忘れていたでしょ。なので書いてみようかと思ったのだが、またその前に。なんでBBCが日本語版を出すようになったかという議論を見かけないのでちょっと言及しておくと、たぶん、広告でしょう。BBCは公共放送なのだけど広告あり。NPRもそう。NHKも広告ありにしても問題はたぶん、ない。
 当初この話題は英語だった(参照)が、サイトの日本語化にともない翻訳された。こういうのはたいてい訳が変になっているものだが、比較しみるとさほど違いはない。いやあるにはある。
 まず、その内容だが、ネットで大騒ぎだったので繰り返すまでもないようだが……なんだ? つまり、なんだ?
 邦題は「シリア難民少女の写真を日本人が挑発的なイラストに……人種差別か」であり。英題は「Is this manga cartoon of a six-year-old Syrian girl racist?」である。微妙に違う。邦題の「挑発的な」という語は英題にはない。英題を直訳すれば、「6歳のシリア人の女の子のマンガは、差別主義者なのか?」である。素直に読めば、こういうマンガ表現は差別主義なのか、どうなんでしょうねえ?という話題であるし、読めばそういうふうになっている。で、その件については、オープンな問いかけとなっている。結論はない。読者はどう考えますか?ということである。なので問われているわけだが、さて、そういう焦点化で問われているのだが、実際のことの対象は何なのか?
 つまり、語られた焦点化と、提示されたものは同じなのだろうか。焦点化は変わりえないのだろうか? なお、このマンガが著作権違反かについては、とりあえず非焦点化しておく。
 さて、この問いかけについてだが、該当の「マンガ」を書いたはすみ氏はこう述べたとBBCは伝えている、いわく「少女の画像を使ったのは意図的で、老人男性の絵を描いてもこれほど注目されなかっただろうとも書いている」と。六歳の女の子を焦点化したかったのだというのである。まあ、はすみ氏の、その点の意図はわかった、としよう。で、その焦点化のために、何がノイズとして除去され、何が強調デフォルメされたか、だが、ようするに、ノイズとデフォルメが焦点化を示している。逆に見れば、そこで非焦点化されたものも引き算でわかる。
 なんだろうと「マンガ」とジョナサン・ハイアムズ氏のオリジナル写真を見比べているうちに、あることに気がついた。まず、背景が違う。顔の表情のニュアンスも違う。だが、一番気になったのは、トリミングが違うことである。「マンガ」のほうがトリムされていない。オリジナルであるべき写真のほうがトリムされている。なぜだろうか。普通に考えれば、「マンガ」のほうがオリジナルにない部分を追加したのだと思える。疑問に思って、ソースとなる写真を見てみた。「シリア難民の少女の写真を加工したイラストに関する見解とお願い」(参照)にある。
 見るとすぐにわかるが、ソースとなる写真ではトリムされていない。つまり、BBCは報道の意図として、オリジナルに手を加えてトリムしていたのである。ここにも微妙な創作的な追加と焦点化が行われていたのだった。
 と、同時に写真の構図がわかると、マンガとオリジナルでは少女が着ているシャツの絵柄が違うことにも気がつく。「マンガ」とBBC報道では、このシャツの絵柄をあえて非焦点化していたのである。

 この女の子のシャツの絵柄は写真においてどのような意味を持つのだろうか? ジョナサン・ハイアムズ氏のオリジナルのサイトには、全体的な説明がある。


加工の内容は、被写体である少女の尊厳のみならず、紛争の影響を受け困難な生活を強いられている人々の尊厳を傷つけるもので、深い悲しみと憤りを覚えました。
私たちは子どもの写真を撮る際は常に、子どもたちが置かれている状況を世界に伝えるために写真を使うという許可を子どもと保護者から得て撮影しています。

 この子供の写真には、子供が同意した意図と子どもたちが置かれている状況が含まれているとことだ。
 ではBBCや「マンガ」で非焦点化された部分でそれはどのように、オリジナルで焦点化できているだろうか。
 それは、この"Lulu caty"というロゴの入ったキャラクターと少女のポーズから読み取れる。BBC報道や「マンガ」からはわかりにくいが、少女は左手を腰にあてて、ファッションモデルよろしく誇らしげにこのファッションを意図的に示しているように見える。いや、そのように焦点化もできる。

 では、そもそもこの"Lulu caty"とはなんなのだろうか。これは、シリアを含め、該当地域の事どもたちにどのような意味があるのだろうか。些細なことのようだが、子供にとって、こうしたキャラクターが大きな意味を持つのは、ポケモンや妖怪ワッチなどを連想しても理解できるだろう。そこで"Lulu caty"をGoogleで検索すると山ほど画像が出てくる。どうやらアラブ圏での人気キャラクターらしい。

 自分なりにそれなりにこの"Lulu caty"をさらに調べてみた。キャラクターは一見、ディズニー風にも見えるが、Rainbow Maxという会社が持っている(参照)。日本のキティのキャラクターも扱っているようだ。企業としては香港でこのLulu Catyから始まり、2005年にテレビのアニメ化。それから、香港、ドバイ、クウェートに営業拠点を置いている。アニメ制作は香港、台北、シリア、クエートで行っているともある。シリアは、Lulu Catyの一つの創作拠点でもあったのだろう。キャラクター商品としてLulu Catyは、2009年に世界で最大のスクールバッグとしてギネスブックに登録されているらしい。ほぉ。
 この写真を該当地域の子供たちがどのように受け止めているのか。アラビア語がわからないこともあり、今一つわからなかったが、それでも、この今回話題になった少女の写真を、同世代のアラブ圏の女の子が見たとき、そこに強い親近感を覚えるだろうし、そこが焦点化されるだろうとは、想像できた。
 その焦点化の意味は、連帯、であろう。その連帯の共感は、BBCや「マンガ」が非焦点化した部分に存在していた。
 
 

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