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2015.09.04

中国軍事パレードで気になったこと

 昨日、北京では6年ぶりに行われた大規模軍事パレードで、西欧諸国を除く各国から多くの首脳が参加したが、なかでも注目されたのは、国際刑事裁判所(ICC)から、人道に対する罪および戦争犯罪の容疑で逮捕状の出ているスーダンのオマール・アル・バシル大統領が参加したことだった(参照)。以下、バシル容疑者と記す。
 バシル容疑者が中国共産党政府からどのような扱いになるのかは気になることでもあったので、NHKの7時のニュースで記念写真を取る様子を見たところ、小柄ながら中央に目立つ韓国の朴槿恵大統領からずいぶん離れ、正面から見て右の端のほうにオマール・アル・バシル容疑者が映っていた。
 バシル容疑者への人道に対する罪および戦争犯罪の容疑は、20万人とも30万人以上が殺害され、数千人がレイプされ、数百万人が避難民となった2003年以降のダルフール紛争についてである。具体的には次のようにまとめられている。2009年の外務省より(参照)。


ICCによるスーダン・ダルフールに関する事態の捜査・訴追の経緯

  1. 2003年より、スーダン西部ダルフール地域において、政府の支援を受けたアラブ系民兵(ジャンジャウィード)と反政府勢力の間での戦闘が激化。現在は、政府軍と反政府勢力、反政府勢力間の抗争や反政府勢力の人道支援機関に対する襲撃などが頻発しており、現地の治安・人道状況は劣悪。現在までに約20万人の死者、約200万人の難民・国内避難民が発生したと言われている。
  2. 2005年3月、国連安保理は、このダルフール地域における事態をICC検察官に付託する決議第1593号を採択(賛成11(含:日本)、反対0、棄権4)。2007年2月、同検察官は現職閣僚を含む2名の被疑者を特定し、逮捕状の発付を請求。ICC予審裁判部は逮捕状を発付するも、スーダン政府は協力を拒絶(現在まで逮捕されず)。
  3. 2008年7月、ICC検察官は、集団殺害犯罪、人道に対する犯罪及び戦争犯罪の容疑で、バシール・スーダン大統領に対する逮捕状をICC予審裁判部に請求。
  4. 3月4日午後2時(オランダ時間)、ICCは、予審裁判部第1部がバシール大統領に対する検察局からの逮捕状発付請求に基づき、人道に対する犯罪及び戦争犯罪の容疑に関する逮捕状を発付する旨決定を行ったと発表。


 バシル容疑者が自国スーダンにおいて逮捕されないのは、多数の先進国では人道に対する罪および戦争犯罪に対する免責は認められていないのに対して、スーダンではその現行憲法で、国家元首(大統領)はその在職中、刑事訴追から免責されることになっているためである。
 それでも、スーダン当局は、国連安全保障理事会決議第1593号(2005年)によって、ICCから逮捕状の出た容疑者は誰であれ逮捕する法的義務を負っている。
 また、国際社会としては、バシル容疑者がスーダンから出国した場合、その先の、入国した国家がICC締約国(ICC設立に関するローマ規定の調印国)である場合、その国家はバシル容疑者を逃亡者として逮捕し、ICCに引き渡す義務がある。
 すでに日本では、バシル容疑者が日本に入国した場合に逮捕することを明確にしている。同じく外務省より(参照)。なおより詳細には「外務省調査月報 2009/No.2 」(参照)が参考になる。

国際刑事裁判所(ICC)によるスーダン大統領に対する逮捕状発付について
平成21年3月4日

  1. 3月4日(水曜日)、国際刑事裁判所(ICC)予審裁判部は、オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール(Mr. Omer Hassan Ahmed Al-Bashir)・スーダン大統領に対する逮捕状発付を決定しました。我が国はICC締約国であり、ICCの独立性及びその決定を尊重します。
  2. 我が国は、今回の決定がダルフール和平プロセスに影響することのないよう期待します。今回の決定にかかわらず、スーダン政府には、文民やPKO要員の安全を確保する責任を全うすることを求めます。またスーダン政府及び反政府勢力の双方に対し、AU・国連との協力関係、南北和平プロセス、ダルフール和平プロセス、人道・治安情勢に悪影響を及ぼすような行動を自制するよう求めます。
  3. 我が国は、ダルフールにおける「和平」と「正義」を両立させる道を国際社会が一致して、粘り強く探っていくことが必要であると考えます。
  4. 我が国は、今後もスーダンにおける和平プロセスを支援していくとともに、スーダン政府の責任のある対応を引き続き促していく考えです。


 同様の対応は、ICC締約国全体に当て嵌まるので、そこに含まれる南アフリカでもその対応が期待された。だが、見事に国際社会が裏切られるという事件がこの6月に起こり、フィナンシャルタイムズなども社説で問題視していた。「[FT]南ア、「お尋ね者」の引き渡し要請を無視(社説) 国際刑事裁判所に協力せず」(参照)より。

 国際刑事裁判所(ICC)は、ほんのわずかな時間だったが、探し求めていた人物を追い詰めたかのように見えた。オランダのハーグを拠点とするICCは過去5年間、スーダン西部のダルフールで起きた事件に関連して、大量殺りく及び集団殺害の容疑で同国のバシル大統領の身柄引き渡しを求めてきた。バシル氏は逮捕を恐れ、ほとんど外国訪問をしていない。そして同氏は、先週南アフリカのヨハネスブルクで開催されたアフリカ連合(AU)首脳会議への出席を決めた際に、判断を誤ったかにみえた。
 南アの高等裁判所は、ICCからの引き渡し要請を検証する間、同氏に出国禁止命令を出した。ところが同国政府は15日、自国の判事たちを無視して同氏を帰国させてしまった。この同政府の決断は、ICCにとっても、厳しい戦いで勝ち取った同国の人権問題における信頼性にも打撃となった。

 南アフリカの司法としては、ICCの規定に遵守する意図があったが、行政から裏切られた形になったのである。端的に言えば、南アフリカのズマ大統領に問題があると見てよい。

 過去の残虐行為に対する説明責任を求めるためにバシル氏の拘束を求める人々は、先週末の出来事に少し元気づけられている。同氏は急きょ、当惑の中でAU首脳会議から退席せざるを得なかったのだ。同氏はスーダンを再び離れる前にはよく考えなければならないだろう。だが、南アの行動が混乱の原因でもある。もしアフリカの道義的指導国を切望する国がICCに協力しないとすれば、司法への希望は見いだせない。

 その後の南アフリカのズマ大統領だが、ICC加盟脱退を含め(参照)、バシル容疑者への擁護に回っているらしく、今後米国を巻き込んで展開がありそうな話題もある(参照)。
 いずれにしても、日本国であれば、「今後もスーダンにおける和平プロセスを支援していくとともに、スーダン政府の責任のある対応を引き続き促していく考え」としていた。
 他方、中国共産党が支配する中国政府は、国際的な人道の理念もっていないためであろう、バシル容疑者を軍事パレードに安全に招待した。
 中国の場合、ICC締約国ではないとはいえ、確固たる信念のもと、ICCを軽視するとも言える態度を表明していると見てよく、フィナンシャルタイムズの言葉を借りれば「過去の残虐行為に対する説明責任を求めるためにバシル氏の拘束を求める人々」は、この事態に、絶望感に近いものを感じることになった。なお、ICC非締約国には米国も含まれる。
 問題は中国ばかりとは言えない。そもそも国際刑事裁判所(ICC)は国連のお墨付きで成立した仕組みであるとも見なせるのに(ICC規定は国際連合全権外交使節会議において採択された)、なぜその長ともいえる潘基文総長がこの軍事パレードで安閑とバシル容疑者と同席(参照)しているのだろうか?
 そもそもダルフール紛争における人道問題は、国際連合憲章第7章に基づく案件の付託を受けたものであり、こうした視点から考えれば、潘総長自身が中国をICC設立に関するローマ規定の調印国となるように説得し、バシル容疑者逮捕に向けて努力すべきである(参照)。それがかなわなければ、世界に向けてこの問題について中国のあり方を非難すべきだろう。
 国際刑事裁判所としては、2012年以降、この件で国連安全保障理事会が十分な対応をしていないと非難している。「国際刑事裁判所、ダルフール紛争で安保理の対応を非難」(参照)より。

(CNN) スーダン西部ダルフール地方の紛争を巡り、国際刑事裁判所(ICC)のファトウ・ベンソウダ検察官は13日、国連安全保障理事会が虐殺に関与した容疑者の摘発に十分な努力をしていないと批判した。
 ベンソウダ検察官は、「ダルフールにおける反乱を止めるという、(スーダン)政府が公言している目標に沿って、犯罪が進行している」と指摘。「どれだけの一般市民が殺され、傷を負わされ、家を追われれば責務を果たす気になるのか」と安保理を非難した。

 安保理の対応が遅れる理由は、むしろ、今回の中国軍事パレードで明白になったと言ってもよいかもしれない。安保理を担う国連の常任理事国は、中国、フランス、ロシア、英国、米国の5か国であり、このうちの2国が事実上、ICCの存在をこの件で事実上無効にしているに等しい状態があるからである。
 

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コメント

こんにちは。
いつも興味深く読ませて頂いております。

いきなりで申し訳ございませんが、誤字報告です。
2ヶ所ありました。

× ICC設立に関するローマ「規定」
○ ICC設立に関するローマ「規程」


スーダン政府のICC加盟国脱退や、南アフリカのズマ大統領の対応等、知らないことでしたので視野を広めるよいきっかけになりました。
国際連合における安保理と総会の力関係(逆ヒエラルキー)の矛盾はよく話題になりますので、finalventさんのお考えがいつか記事で読めたら嬉しいです。

長文失礼しました。

投稿: mittlee | 2015.09.05 02:38

mittleeさん、ご指摘ありがとうございます。誤字訂正しました。

投稿: finalvent | 2015.09.05 10:08

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