嫌韓として誤解されるのもなんだから、韓国のMERS感染が終息してから書こうかと思った思ったが、そうナーバスになる話でもないかなと思い、簡単に書いておきたい。繰り返すことになるが、嫌韓とかいう文脈ではないので誤解なきよう。話は、韓国のMERS感染で韓国人は誰でも知っているけど日本ではあまり報道されないことである。こういう言い方は、ちょっとブログっぽい提起のしかたなので厳密さには欠ける。が、関連の話題を日本版ニューズウィークで見かけたので、ああこの話、日本にも出て来たなあ、じゃあ、いいか、とも思ったのである。
原点となる問いは、「なぜ韓国でMERS感染が急速に拡大したのか?」である。ちなみに、この問いでべたに検索したみたら、レコードチャイナ「韓国だけで急速に拡大するMERS感染、その理由はなぜ?―韓国メディア」(参照)という記事が引っかかった。議論の参考にはなる。実際に引っかかったのはヤフーの再掲なので、元から引用してみたい。どう考えられているか、という一例である。
2015年6月8日、中国メディアの新浪は韓国・聯合ニュースの報道を引用し、韓国社会を騒然とさせている中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大について、「どうして韓国だけで感染が急速に広がったのか」と題する記事を掲載した。
韓国当局の発表によると、国内のMERS感染者は7日時点で64人に上った。患者の数はサウジアラビア(1019人)、アラブ首長国連邦(76人)に次ぐ多さだが、韓国では感染者が急速な勢いで増加。このためMERSコロナウイルスが韓国国内で変異したのではないかとの指摘が上がったが、国立保健研究院はこれを否定している。
これまでMERSの研究に取り組んできた高麗大学のある教授は、感染が急速に拡大した原因として韓国の気候、病院の環境、患者の免疫力、政府の対応の不備を挙げている。乾燥して適度な気温の韓国はウイルスにとって適した環境と言え、韓国の病院は病室が狭いことから患者同士の接触が発生しやすいと指摘。また、患者の中には免疫力が比較的弱い高齢者が多く、最初の患者が症状を訴えてから隔離されるまでに10日間もかかるなど政府の対応に遅れや不備があったと説明している。(翻訳・編集/野谷)
当の疑問は解けただろうか? いわく、ウイルスが凶悪なものに突然変異したというより、「韓国の気候、病院の環境、患者の免疫力、政府の対応の不備」といった複合原因だとしているのである。
- 韓国の気候 韓国はウイルスにとって適した環境
- 病院の環境 病室が狭いことから患者同士の接触が発生しやすい
- 患者の免疫力 免疫力が比較的弱い高齢者が多い
- 政府の対応の不備 最初の患者が症状を訴えてから隔離されるまでに10日間もかかるなど政府の対応に遅れや不備があった
常識を逸脱していないので、まあ、そうかなと思うだろう。私は、ちょっと首をひねった。間違った答えともいえないのだが、列挙された要因が今回のMERS感染拡大の真相にどれだけ近いだろうかがわかりづらい。もちろん、医学的な正確な分析は感染が終息してからなされるだろうが、ざっとこの説明を見たとき、まず、この感染の特徴と対応していないなとは思えた。そこはちょっと語りづらいのかもしれないとも少し思ったのである。
日本人にしてみると、列挙された4点は日本にも当て嵌まるだろうと推測されるし、実際に日本でならMERSは広まらない、とまでは言えないだろう。
他に検索してひっかかったのを見たら、BLOGSで団藤保晴さんの記事があった。これも元から引用しよう。「韓国MERS危機は共同体の安全を考えぬ国民性から」(参照)より。
韓国の中東呼吸器症候群(MERS)流行が病院内感染の枠を超え、地域拡散の様相すら見せ始めています。この危機を生んだのは無能な役人と医療関係者、そして共同体の安全を考えぬ手前勝手な国民性にあると見えます。
団藤さんとしては、「無能な役人と医療関係」と「共同体の安全を考えぬ手前勝手な国民性」と手厳しい。二点中後者については、おお、けっこうきついこと言われるなあと私は思った。
具体的に、それが何を意味しているかというと、こう続く。
者発生か滞在の病院公表を渋っていた政府が7日に初めて明かした24病院は「ソウル、京畿道、忠清南道、大田、全羅北道」で、17ある第一級行政区画の東部5区までに広がっており、離れた西南部の釜山で60代男性に陽性反応が出て2次最終判定にかけられています。《釜山で初のMERS感染者か…1次検査で陽性》は「陽性反応が出たこの男性は先月、京畿道富川市の斎場に行って来た後、MERS感染が疑われる症状を見せたという」と伝え、病院での患者との接触に限られていた感染経路ではなくなっており患者と確定すれば深刻な事態です。
指摘された点やこれ以降の議論もたしかに頷けるので、団藤さんの論旨もわからないではない。ただ、こうした考察のときに、原因を「国民性」や政治的要因に持ちこみそうなら、「ちょっと待て、そうかな?」と考え直したほうがよいことが多いと私は思う。実は、その一例としてこのエントリーを今書いておくべきではないかとも私は考えたのである。なお、これも誤解無きよう付け加えると、私は古参ブロガーの仲間意識もあるが、そのブログのありかたについて団藤保晴さんには敬意を持っており、批判の意図で取り上げたものではない。
団藤さんの記事では明確には触れていないか、彼に関心がなかったのか、事態の発端にはやや奇妙な点がある。この点は、WSJが取り上げていた。「韓国のMERS感染拡大、始まりは1人のせき」(
参照)より。
【ソウル】ある韓国人男性(68)が先月、ソウルから80キロ南に位置する地方都市、牙山(アサン)の診療所を訪ねた。中東から帰国して1週間後のことだった。
彼の妻(63)は地元テレビ局とのインタビューで、「風邪を引いたような症状だった」と話した。妻によると、夫は高熱とせきの発作に悩まされていた。医師は軽い病気だと思った。
しかし、それから3週間後、韓国で広まった中東呼吸器症候群(MERS)感染は、2012年に初めてMERSコロナウイルスが発見されたサウジアラビアに次ぐ最大規模に拡大した。韓国保健福祉省は8日、新たに23人がMERSに感染し、6人目の死者が出たことを確認した。感染者の数は計87人に上った。
保健当局者は、韓国での感染の全てのケースがこの68歳の男性に関連しているとしている。この男性がMERSと診断されたのは、男性が最初に診察を受けてから9日後だった。政府もまた、危機対応が遅いとして批判を浴びた。
ここまでは、団藤さんの記事を裏付ける形になっているが、問題はこの先である。というか、なぜこういう事態となったか、というのに、政府(政治)対応がまずいと直接一般論にリンクする前に事態の特徴を考慮すべきだった。つまり、事態の対応より、この事態の様相は何かを考えるべきである。
しかし、患者の妻のテレビインタビューによると、男性は5月11日から20日までの間、医師のもとを訪れ、医療機関を転々とした。症状が出る理由を聞こうとしたためで、どうやらその過程で少なくとも30人がMERSコロナウイルスに感染したらしい。感染先は医療関係者、病院の患者や訪問者などだった。
保健福祉省の説明によると、男性は最初に牙山で診察を受けた翌日、熱がさらに上がったため、近くの総合病院(平沢市の聖母病院)を訪れた。同院の2人部屋に3日間入院したが、医師たちはまだ男性がMERSに感染しているとは認識していなかった。男性は3日後に退院してソウルに行き、個人の診療所を訪れた。男性はその日のうちに2件目の総合病院(サムスン医療院)の緊急診療室に行き、翌日入院したという。
妻によれば、医師がレントゲン撮影後に夫が肺炎だとの診断を下していたが、それがいつだったかは覚えていないという。彼がMERSだと診断されたのは5月20日だった。
これを読むと、たしかに医療機関の初動に問題があったのだが、患者の立場に立ってみると、多少奇妙なことが浮かび上がる。なぜ、「男性は5月11日から20日までの間、医師のもとを訪れ、医療機関を転々とした」のだろうか?
患者の立場に立ってみると、「症状が出る理由を聞こうとしたため」である。患者にしてみると、医療機関に行っても「症状が出る理由」がわからないから、「医療機関を転々とした」わけである。
「医療機関を転々と」するのは日本でもあるが、「5月11日から20日までの間」、つまり、9日間に「医療機関を転々と」するというのは日本では、たぶんないだろう。これはどういう背景があるのだろうか?
まず、想定されることは、短期間に「医療機関を転々と」することが可能だということ。次に一つの医療機関で「症状が出る理由」が充分説明されないことである。おそらくこの二点は同じ事態の二側面で、基本的に韓国のある層では、「症状が出る理由」を知るべく短期間に「医療機関を転々と」が慣例化していると推測してよいだろう。この推測がどの程度一般的かについては、ごく印象的なものしかないが、いずれにせよ、事態の背景にそうした慣例を想定してもそう間違いではないだろう。
つまり、韓国人の国民性というより、韓国社会の慣例・慣習がどの程度、MERS拡大に関係しているかという視点である。実は、この視点に私がすぐに関心をもったのには理由があるのであとで触れる。
その前に、WSJの報道でもう一つ重要な指摘がある。
韓国疾病予防管理センターは、男性のMERS検査を当初行わなかった理由として、男性が医療関係者に対し、中東で訪れたのはMERSが発生していないバーレーンだけだと伝えていたことを挙げた。男性はまた、ウイルスの感染源となることが多い病人やラクダとの接触もないと報告していた。しかし実際には、男性はアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアを訪問していた。UAEではMERS感染の報告があるほか、サウジでは1000人以上がMERSに感染している。男性の妻は、夫は高熱で頭が混乱していたため、渡航歴の説明に食い違いが出たと述べた。
「男性の妻」の言い分が間違っているとも断定できないが、渡航歴は記載されているはずであり、問われた時、裏付けが記載参照になることを考えれば、概ね、弁護のための虚偽発言と評価してよいだろう。とすれば、この男性は、MERS感染地域に仕事を持ち、おそらくMERS感染の可能性を知っていたのだる。そう考えると、「医療機関を転々とした」行動も整合的である。
ただ、ここでこの男性を責めるというより、こうした中東ビジネスが韓国で盛んなのだということが背景にあると見てよい。日本社会は忘れているかもしれないが、韓国人会社員がイラクで殺害された事件などでもわかるように、中近東ビジネスに関わる韓国人は多い。ただ、これも日本人と比べて多いとまで言えるかについては議論は残る。該当発言が虚偽であれば、あまり公にできないビジネスに関わっているケースも多いのではないかとは推測されるが、今回の事例に限れば、バーレーンで農機具販売であった。
前口上が長くて申し訳ないが、核心に入るまえに、ロイター報道「アングル:韓国MERS感染はなぜ拡大したか」(
参照)について触れておきたい。ロイターは世界水準の報道社でもあるからだという理由ではない。読めばわかるが、理由の具体的な推測はほとんどない。気になるのは以下である。
今回のMERS感染者の半数以上は、首都ソウルから南西65キロにある平沢市の病院が感染ルートであることが分かっている。男性はこの病院の大部屋に入院していた。
平沢市の病院では、男性と相部屋だった別の患者がMERSに感染。見舞いに訪れた同患者の息子は隔離対象であったにもかかわらず、香港と中国本土に渡航し、中国でMERSと診断されて現地で入院している。
注目点は、院内感染と親族の感染である。まず、院内感染だが、今回の韓国MERS感染でもっとも特徴的なことは、この院内感染である。NHK「韓国MERS 死者9人に 大統領は訪米延期」(
参照)より。
保健福祉省は、これまで院内での感染が確認された9つの病院を公表していますが、新たに感染が確認された13人もすべてこれらの病院内で感染したということです。
チェ・ギョンファン副首相は、10日午前、緊急の記者会見を開き、感染はすべて病院内で起きていることを改めて強調したうえで、「院内での感染が確認された病院を確認し、その病院を利用した後に発熱などの症状が出た人は、必ず政府や自治体に連絡してほしい」と述べ、国民に協力を求めました。さらに、「空気感染することはないので過度に不安を持たず、落ち着いて日常生活を送ってほしい」と呼びかけました。韓国政府は、今週が感染拡大を防ぐための山場だと分析していて、対策に全力を挙げています。
ごく簡単にいうと、今回の韓国MERS感染の本質は、MERSの問題そのものより、院内感染にある。そして、ゆえに、なぜそんなに院内感染が発生したのか?ということがこの問題のもっとも本質的な問いであり、これに対応する理由が考えられなくてならない。もちろん、ここでも医療対応の問題と広義には言える。
常識的に考えて、不思議に思えるのは、「空気感染することはない」のに、なぜ見舞いの親族に感染したのだろうか? もちろん、なんらかの接触感染があったからには違いないのだが、なぜ見舞客に接触感染のリスクが高いのだろうか?
これは「看病人」が関与しているのではないだろうか?
看病人について、立命館産業社会論集「韓国における在宅介護サービスの現状と療養保護士養成の課題」(
参照)で主に介護の文脈ではあるが、こう触れている。
私的部門における介護人材の状況においては,まず韓国特有の介護状況を理解する必要がある。昔から家庭内の介護の大半は家族が担ってきたが,家族介護力の弱化により,今日では病院や家庭での一部の介護は,看病人によって行っている。韓国の介護人材の中で,もっとも大きな割合をみせているのが「看病人」である。しかし,このように病院や家庭などで看病人の活用が一般化されているにもかかわらず,看病人の役割や活動の内容は法律上の根拠がなく,身分の保障もない状態で活動しているのが現状である。
簡素に書かれているが、韓国社会では「今日では病院や家庭での一部の介護は,看病人によって行っている」のであり、「家族介護力の弱化」とあるように、基本は家族介護なのである。
この点、日本版ニューズウィーク「MERS感染の意外な「容疑者」」ではこう言及されていた。
韓国の病院では看護師は点滴など医療行為しか行わないため、入院患者の身の回りの世話は家族が泊まり込みで行うという習慣がある。都合がつかない場合、看病人と呼ばれる業者を雇う。
世界的にも珍しい習慣だが、患者が感染症だった場合、長時間接触する医療知識のない付き添い人が2、3次感染者となるリスクも指摘されていた。実際、感染者の中には付添人が含まれており、懸念が実現になった形だ。
同記事では、この家族介護の慣習がMERS感染拡大の背後にあるのではないかと指摘している。実態の解明は今後に待たれるが、この要因は少なくないのではないかと私も思った。このことは、韓国のMERS感染で韓国人は誰でも知っているけど日本ではあまり報道されないことだろう。
この関連で、もう一つ思ったことがある。これは「世界的にも珍しい習慣」なのだろうか?
柳美里の『命』(
参照)で彼女の母が付き添う光景があり、それはいかにも韓国的だなと思いまた、「しかし」とも思ったものだった。
しかし……それは日本でも同じではないのか? 入院患者の身の回りの世話を家族が泊まり込みで行うというのは日本でも同じではないか? いや、違う。それは日本では昔のことだ、と思う。私の父は十代を朝鮮で過ごした。同級生が戦地に送られるなか、父は大病をして病院生活をしたのだが、そのおりは祖母が寝泊まりで介護していた。おかげで父は戦死を免れて私が存在している。
私の推測には私の家の伝承しか裏付けがないが、韓国の親族による病院寝泊まり付き添いの伝統は、日本が韓国に残した日本文化ではないだろうか?
ついでに余談だが、先に引いたNHKのニュースの主眼はタイトル通り、朴韓国大統領が訪米延期することだった。この話、日本ではあまり話題にならないが、朝鮮日報「【コラム】朴大統領訪米、安倍訪米と比較するな」(参照)がわかりやすい。安倍首相訪米・議会演説のカウンターと見られていた。
朴大統領の今回の訪米は国賓訪問でもないし、実務訪問でもなく、ただの「訪問(visit)」だ。だが、形式よりも中身だ。米政府は、歴史問題について韓国の見解を十分に支持しながらも、日本というもう一つの同盟の枠組みのためあからさまには肩を持たなかった。それでも、ケリー国務長官が安倍首相の「人身売買」(human trafficking)発言について、旧日本軍が組織的に介入したことを明確にしたのは、それなりに気を使っている証拠だ。今回の朴大統領訪米時で、オバマ大統領も将来のために歴史問題に関する話をする可能性が高いと見られている。
しかし、朴大統領には果敢に歴史問題を克服してほしい。日本と中国のはざまで生き残ろうと必死な韓国の姿を象徴するかのように、今回の訪米は中・日両国首脳の訪米の間に行われる。ワシントンD.C.で行われた韓米専門家の非公開討論で、出席者は口をそろえて韓米同盟の強化、一段階上のグローバルな協力、日本を飛び越えた域内リーダーシップ発揮などを成果と見なすべきだという点で一致したという。最近、米国国内では「韓国は中国と接近しすぎではないか」と言われていることから、「『関係』を疑うムードをなくすだけでも十分成果はある」という結論も出た。
また、「朴大統領訪米:「血盟」強調で日本との違いをアピール」(
参照)より。
韓国政府の消息筋は9日「日本は敵として米国と戦ったが、韓国は6・25(朝鮮戦争)やベトナム戦争で米国と共に血を流して戦った仲。これを浮き彫りにするさまざまな行事を準備している」と語った。今年4月の安倍晋三首相訪米時の歓待と朴大統領の今回の訪米を比較する一部の見方と関連し、「血盟」をキーワードに、日本とは違うということを強調したいというわけだ。
日本のような平和憲法持たない韓国は、朝鮮戦争やベトナム戦争で米国と共に血を流して戦った仲となった。深い絆である。変わることはない。訪問(visit)の機会なら、またあることだろう。