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2015.05.16

平和安全法制をどう理解するか?

 昨日14日、政府は臨時閣議で「平和安全法制」関連法案を閣議決定した。これから国会で審議されることになる。同法制については、ネットなどを眺めても賛否の声がいろいろある。そうした国民の各種の声を国会での熟議に反映させることは民主主義国としてよいことだろう、と思う。
 私はこれをどう考えているのか?
 私はどういう意見を持っているのか。賛成なのか反対なのか? 率直に答えると、わからない、のである。
 しかし、いずれ可否が決まるのに、どうするのか?とさらに問われるなら、現時点で取り分け反対ではないので、結果が賛成ということになればそれでよいと考えている。
 なぜ、そんななさけないことになってしまったのだろうか? その理由をブログに書いてみたい。
 結論を先に書く。「平和安全法制」は私の理解を超えている。それはどういうことなのかというのは後で触れる。ようするに「わからない」のである。なさけないなと思うが、どうやら政府与党の自民党議員もわかっていないようなので、ほっとした。いや、冗談。ただ、与党議員がわかっていなさそうなのは確かである。朝日新聞「「平和安全法制、説明できないと言われた」麻生副総理」(参照)より。


■麻生太郎副総理
 これから国会で「平和安全法制」の審議が始まるが、みなさん方の奥さんに「この問題について全然地元で説明ができない」と言われた。誰か紹介しなさいということになったので、岩屋毅先生を予定していたら、総務会が入ってしまった。そこで、初級者向き(の岩屋氏)ではなく超上級者向きの(内閣官房副長官補の)兼原信克氏に説明に行ってもらったら「全然わからなかった」と。なかなか難しいものだ。有権者、後援会の方々に丁寧に説明していただけるよう努力していただきたい。(派閥の会合のあいさつで)

 結果、与党議員はわかったのだろうか? たぶん、わかっていないだろう。
 この問題の要点は、そもそも、「平和安全法制」について「わかる」ということはどういうことなのか?という問題でもあるからだ。
 もうちょっという。賛否両論の声があるが、わかったという人も、実際には、「かくかくしかじかとして、わかった」ということなのだろう。
 例えば、「日本の防衛や世界貢献のために必要だと、わかった」とか、「これで日本が戦争ができる国になったし、若者が徴兵されると、わかった」とかである。
 つまり、「かくかくしかじかとして」についてどのような信憑を持つかということが、現実の「かくかくしかじか」の声の実態だろう。
 ところが私は、そういうのが、いやなのである。
 私は、原典を読んで自分のあたまで考えて、おなかの底でずどーんと理解しないと、わかったとは言えないという種類の人間なのである。もっともすべての分野においてそうかというとそうでもないが、例えば若い頃、キリスト教というのに向き合ったときは、しかたないなと聖書をギリシア語で読み始めることから始めたものだった。
 では具体的に、「平和安全法制」の原典を読んでみようではないか?
 どこにあるのだろうか? そもそもあるのか?
 あるのである。これ(参照・PDF)。緩い字詰めの縦書きなので、新書で50頁くらいのものだろう。そう考えると大した量ではない。読めばわかるけど、無味乾燥。

第一条自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)の一部を次のように改正する。
第二条第五項中「第九十四条の六第三号」を「第九十四条の七第三号」に改める。
第三条第一項中「直接侵略及び間接侵略に対し」を削り、同条第二項第一号中「我が国周辺の地域における」を削る。
第二十二条第二項中「原子力災害派遣」の下に「、第八十四条の三第一項の規定による保護措置」を加える。

 どう現行法から変わったかが、これではよくわからない。困ったなと思う間もなくトンネルが、ではなく、具体的にどう変わったのかという新旧対照表があるといいなと思う。すると、ある。これ(参照・PDF)。細かい表組みになっていて、改正案と現行法の違いがわかるようになっている。みっちりした組で132頁。つまり、普通に一冊の単行本くらいの量。
 平和安全法制の賛否を納得いくまで考えるなら、この対照表をじっくり考えればいいだけである。
 で、全部読んでみた。どうか。いろいろ思うことはあった。
 例えば、新設「在外邦人等の保護措置」というのは、へええ、現行法になかったのかと思った。世間では、イスラム国の人質も救済できない安倍内閣といった批判も耳にしたが、自衛隊の法規定としてはそもそも存在してなかったわけで、するとそもそも実力で救済するというのは断念した上で、安倍内閣ならなんとかできるはずだったのにという批判だった。
 他には、「合衆国」がどうたらという改正が多いだが、これはようするに「新ガイドライン」を盛り込むとこうなるということだろう。
 「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」の改正では、逆に現行法がよくこれで法律として機能していたもんだなあ、というか、成文だけでは機能しない部分をいろいろと補っていたので、それで今回法律に盛り込んだのだろうなという印象を受けた。
 「自衛官の国際連合への派遣」なども新設されていたが、現状廃棄予定になってはいるとはいえ放置されている日本への敵国条項を保持する国連に対して、日本の自衛隊が合法的に派遣できれば、敵国条項の無効化が明確になってよいのではないか。
 総じて国連派兵については、かつて小沢一郎が述べたように、自衛隊とは別立ての国連支援軍があってもよいかと思うが、現実的には難しい。ので、こうした改正でもよいのではないかと読んで思った。
 「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」については、「周辺事態」という概念自体の変更もあり、興味深いものだったが、現行法も基本的に日米安全保障条約の主旨から展開されているため、「新ガイドライン」に準じればこういう改正になるのだろうと理解した。別の言い方をすればそれが日本国憲法に反するとすれば、そもそもの日米安全保障条約の問題に帰するわけで、平和安全法制特有の変更とは思えなかった。
 「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」については、具体的に日本を攻撃する可能性をちらつかせる隣国や、領土争いに軍をちらつかせる隣国がいる現状、隣国さんに日本の意思を伝える上でも、具体的な細分化が必要であり、細分化するとこういうことになっちゃうんだろうと思った。例えば以下の新設は、つまり現行法になかったんだと感慨深かった。

我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃であって、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるもの(以下「存立危機武力攻撃」という。)を排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使、部隊等の展開その他の行動

 その他、詳細を見ていくと、こうした改正が日本国憲法を逸脱しているかは気になるが、やはりそもそも日米安全保障条約が前提にあるとこういう実体的な諸法は必要になってしまうだろうという印象をもった。別の言い方をすれば、平和安全法制を改正するなら、根幹の日米安全保障条約をどうにかしないと、どうにもならない。
 しかし、日本国憲法というのは日本が米国を主導とする連合国の支配下でいわば、暫定法として成立した経緯もあり、日本の独立が実質この日米安全保障条約と自衛隊の設立を前提にした経緯からすると、平和安全法制をどうするかという次元ではどうにもならないような諦念がある。もっとも、かつての日米安全保障条約はフィリピン以北の極東地域の含みがあり、米国の安全保障状態の変更をそのまま日本国が受けちゃったなあとは思う。
 さてそれで、結局、どうなのか? 平和安全法制がわかったのか?
 わからないのである。困った。
 自分の考えとしては、繰り返すが、日米安全保障条約がある以上こうなるだろうなというくらいの理解しかできない。否定面でいうと、これが危険な法制度だという自信もまったく持てない。
 ただし、国際社会の平和と安全のための活動という側面については、これまで実質特別法でやってきたものを広義に一般化したものと理解できる。そもそもそういう役割を国際世界から日本が求められる事態が先行したのに、日本国内の法整備が不十分だったということなので、一般的な法制化は世界の変化に準じたものだとは言えるだろうということだ。
 まあ、みなさんも原文を読まれるといい。その上でこそ、いろいろ議論があればよいと思う。
 でも、たぶん、残念ながら、私のような感想に陥るのではないか。
 関連して、山本一郎さんが「しれべえ」でNHKの世論調査を引いて(参照)こう書いていたのが気になった。

で、最後にこんな内容があります。
「安倍内閣が進めている安全保障法制の整備の内容を、どの程度理解しているか尋ねた」
えっ。ある程度理解しているから、上記質問に対して国民は聞かれたことに回答しているんじゃなかったの。


お前ら、分かってねーのかよ!!
途中までふむふむと読み進めていた私は危うく椅子から落っこちそうになりました。知らないのに評価するとか、分からないけど日米安保反対などと、なんとなくな感じの空気で回答しちゃっていいものなんでしょうか。

 それも道理だなと思うけど、今回実際に、平和安全法制の全容を全部読んでみたけど、私もまた、「お前ら、分かってねーのかよ!!」の部類であることは確かである。
 というか、日本国の安全保障と平和国際貢献がどうあるべきかという全体指針があって、そのなかで今回の法制がどういう意味を持つのかという国民的な合意が必要になるだろう。
 わかるということは、むしろ、そうした全体指針への合意なのだろう。
 では、そこがあるのか?と問われると、なんと、私はそれもわからないのである。
 そして思うのだが、今回の法制のプロセスを見ていると、「そこをわかれ」というのは日本国民には無理だけど、日本国民を守るためには、こうするしかねーじゃん、みたいにお仕事をする機構が、きっちりお仕事したのではないかという印象を持った。やたらと微に入り細に入りという改正だったし。
 それと先の山本氏だが、こうも言っていた。

分かってなくても判断を強いられてしまう、この社会の仕組みというものは、果たして私たちにとって本当に過ごしやすいものなのでしょうか。

 ということに困ったなと思う。だが、他の分野でも、例えば金融でも医療・福祉でも、実際の法制の詳細になると理解できるだろうか。無理だね、という領域は発生してしまう。
 どうするのか。そうなると、それでも多様な意見に耳を傾けつつ、「こうするしかねーじゃん機構」がきちんと民主主義の制度のなかで動いているか、つまり手続きの正さをまず見つめていこうと思う。
 
 

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コメント

平和安全法制を論ずるには、日米安保が前提にあって、その前提に日本の安全保障が有るのですから、そもそも日本の安全保障をいったいどうするつもりなのかという明確な意見がなければ、この法案について分かったとか賛成反対というのは難しいのでしょう。

投稿: murasaki | 2015.05.17 01:30

単純に、帝国軍隊への理解と関心より、自衛隊を比べたら、まったく知られていない。知られていないことは、民主主義では、決めようがないはずなんだけどな。だから、アンケートの結果が、「わからない」ってことを示すわけで。で、ま、どうどうと「わからない」って答えられるようになっただけ成長してるなぁぐらい。

で、自衛隊の実弾訓練の予算やグローバルの中での比較って、どのくらいの人が知っているのだろうか。とくに政治家の人は知っているのかね。実弾、一発一発が税金で、練習のために、消えるわけだし。それに、備蓄も必要なわけだ。その上、実戦経験もないんでしょ。なんかしらないけど、隊員が、昔みたいに、人間実弾になれば解決するみたい思ってるんじゃないかな。

ネットでみて、賛成派の人は、相当、自衛隊は優秀らしいみたいだし。愛国心が多い人が多いらしいことは確かみたいだけど、人間実弾で、なんとかなるわけないのに。どういうつもりなんだろう。結局、情報公開されてないことが多いし、秘密にしてないとならないのもわかるけど、それは、アメリカでも同じだろうけど、アメリカの場合、ちゃんと市民同士の口コミで共有されている情報量は多いんじゃないかな?

ま、とりあえず、自衛隊経験者が、大企業の経営にも参加するようにならない限り、政府の方針には興味がない。やっとのこと、立候補する人が現れただけ、進歩しているとは思うけど、もっといろいろな自衛隊出身者が市民生活に参加しつつ参政するようになってからだよな。

いくら、器の見栄えを世界並みにしても、役に立つようにはならないと思うぞ。とりあえず、政治家や役人の一部が、自衛隊に入隊して、4年ぐらい経験と実力をつけるようにならないことには、ま、法整備する必要があるなら、すればだろうね。

とにかく、国民が知らないことを、勝手に決めるなよ、笑。 ついでに、大阪市民は、市長の顔しかしらないで決めないとならないんじゃね?

投稿: | 2015.05.17 07:04

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