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2015.05.23

韓国語から日本語をどのように読み出すか?

 韓国語の数字を学んでいて思った。韓国語から日本語をどのように読み出すか? 話はそういう次第なのでまず数詞から。
 韓国語も日本語と同様、数を数えるときに、母語の数詞と漢字に由来する数詞の二系がある。ここでは漢数字に注目。日本語で言えば、イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、ク、ジュウがあたる。韓国語の場合は、일(イル)、이(イ)、삼(サム)、사(サ)、오(オ)、육(ユク)、칠(チル)、팔(パル)、구(ク)、십(シプ)となる。
 起源は漢字の数字なので、その意味では同語源になるはずだが、日本と朝鮮がどの時代のどの地域の漢数字を取り入れて、どのように音変化したか、については、私は調べていない。基本は同じだろうというくらいしか関心がなかった。
 それでも中国語の基本も学んでいるので、自然に現代中国語との比較が頭に浮かぶ。1(yī)、2('èr)、3(sān)、4(sì)、5(wǔ)、6(liù)、7(qī)、8(bā)、9(jiǔ)、10(shí)である。
 現代中国語は入声音が失われているが、中国と歴史的に関連の深い周辺地域の言語にはその片鱗が残り、朝鮮語にも日本語にも残っている。例えば、日本語の「ハチ(/hati/)」は呉音だが中古音の[pat]の[t]を残したものだろう。これが朝鮮語(韓国語)では、팔(/pal/)になる。朝鮮語では、[t]の入声音は、ㄹのパッチムに対応する。
 日本語の「十」は古語では呉音の「ジフ」であり、/zifu/のようになる。日本語では入声音は後続の子音によって促音になるという規則があり、このため、「分(フン)」が後続すると、「ジフ」+「フン」=「ジップン」となる。これがいちおう正しい日本語だということで、現代でもNHKのアナウンサーはニュースなどではそう発音している。ので、注意して聞いてみると面白い。ただし、旧仮名遣いを忘れた現代日本人はもう「ジフ」の入声音を知らないので、「ジュウ」+「フン」=「ジュップン」となることが多い。国語行政的には「ジップンというのを正しい日本語の選択として残したいこともあり、常用漢字音訓表には「ジュウ」「ジッ」「とお」「と」の4種類が残っている。この「ジッ」は入声音への配慮である。
 朝鮮語(韓国語)でも、「十」は십(シプ)で入声音を残している。「十分」は「십분」なので「ㅂ」の連続で自然に日本語の拗音のように聞こえる。
 面白いなと思ったのは、朝鮮語の6の육(ユク)である。これは、北朝鮮の「李」さんが「li(리)」だけど韓国では「이(イ)」になるように、初音のㄹが脱落したものだろう。と思っていると、「육」も語中では「륙」が現れることもあるようだ。
 こうしたことをつらつら思っていると、ハングルのパッチムから逆に漢字音の推定が規則的に出来そうだなと思うようになり、さらに、これはグリムの法則みたいに、ハングルから漢字音の想定が規則的に出来そうに思えてきた。
 とはいえ中国の中古音に戻しても実用的ではないから、中抜きで、ハングルから日本語の漢字音への変換規則が存在するだろうか、と思ったのである。なお、この規則はグリムの法則みたいに祖語の変化の規則ではなく、あくまで便宜的なものである。
 もうちょっと言うと、ハングルの読みかたの規則を変えれば、日本語の漢字音が出てくるなら、つまりは韓国語から日本語が読み出せるのではないかと思ったのである。
 そう思って、1を意味する、漢字の一(yī)、日本語のイチ、ハングルの일(イル)を見ていると、ハングルのパッチム「ㄹ」は、日本語の「チ」へ組織的に変化できそうなので、これは、「日(ニチ)」と「일(イル)」でも言えるだろうと連想した。일(イル)は、닐(ニル)の変化形だろう。そこで、「金日成」を連想する。「キムイルソン」から「キンニッセイ」が導出できるだろうか。やってみよう。
 「金日成」はハングルで「김일성」である。
 「金」については、「김」の「ㅁ(m)」のパッチムが日本語漢字では「ン」になる。そこで「キン」になる。これは簡単。次に「일」は「닐」で、「ㄹ」は、日本語の「チ」へ変化するから、「ニチ」。
 難しそうなのは「성」だが、韓国語ローマ字で「seong」だが、原語の漢字の中国語では"ong"音は日本語で「ウ」に対応し鼻音が消える法則性がある。「南(nán)」は「ナン」だが、「東(dōng)」は日本語では「トン」ではなく「トウ」になる。「春(chūn)」は「シュン」だが、「冬(dōng)」は「トウ」。同様に、「音(yīn)」は「イン」で、「英(yīng)」は「エイ」になる。同じことが朝鮮語の鼻音パッチム「ㅇ」にもあてはまるだろう。なので、この規則だけだと、「성」から「ソイ」のようなものが出来る。
 ここでもう一つ、日本人には「オ」に聞こえる「ㅓ」だが、韓国語ローマ字で「eo」とするように、「エ」に近い印象があるが、ハングルと漢字を眺めていくと、こじつけみたいだが、「ㅓ」「ㅕ」は/ei/の対応が見られる。「서」では「西」「棲」「誓」が呉音で「セイ」に対応している。そこで、鼻音パッチム「ㅇ」を日本語の音便化とるとすると、「성」から「セー」ができる。余談だが、ハングルには/ei/の二重母音がなく、「ㅓ」も「オ」に近い。また、日本語の「エ」に「ㅓ」「ㅕ」も吸収される。
 なんだか難しい規則のようだが、まとめるとそうでもない。

 「김」 パッチム「ㅁ」は「ン」で、「キン」
 「일」 脱落の「ㄴ」を補い、パッチム「ㄹ」は拗音化で、「ニッ」
 「성」 「ㅓ」音は「エ」でパッチム「ㅇ」は音便化で、「セー」

 合わせて、「김일성(キムイルソン)」→「キンニッセー(金日成)」ができる。
 同じルールで、「일본(イルボン)」→「ニッポン(日本)」もできる。
 というか、ハングルの音価コードを変更すると、「김일성」が「キンニッセー」と読めるようになる。「일본」はそのまま「ニッポン」と読める。
 つまり、ハングルの音価コードを変更で、韓国語から日本語を自然に読み出すことが可能になる。
 もっとも、これは語源が漢字音である場合に限られるが、韓国語彙の大半が漢字起源としていると、かなり日本語化が可能だろう。
 さらに、日本語も韓国語も格表示の助詞を使う膠着語なので、格助詞のハングルに日本語読みを与え、その上さらに、朝鮮語固有の語に漢字の訓読みを与えて訓読化すれば、ハングルはほとんど日本語としてそのまま読めるのではないだろうか?

cover
漢字のハングル読みを
マスターする40の近道
 少なくとも、日本語変換用のハングルの音価コード変更は体系的に規則化したいものだなと探していくと、まあ、誰でも思いつくもので、『漢字のハングル読みをマスターする40の近道』(参照)という本を見つけた。この本では、そのコードを「漢字のハングル読み」と読んでいる。
 それを元に私なりに体系的にこうまとめてみた。

初声
 1 ㅎ(h) → k/g
 2 ㅇ(φ)→ g
 3 이(li) → i
 4 ㅈ(j) → s/z
 5 ㅁ(m) → b
 6 ㅂ(b) → h/b
 7 ㅍ(p) → h
 8 ㄴ(n) → r

母音
 1 ㅓ/ㅕ(eo/yeo) → e
 2 ㅖ(ye) → ei
 3 ㅐ(ae)/ᅬ(oe)/ᅫ(woe) → ai
 4 ㅗ(o) → ô
 5 ᅴ(ui)/ᅱ(wi)/ᅰ(we) → i
 6 ᅪ(wa) → a

パッチム
 1 ㄱ(g) → ku/ki/促音化
 2 ㄹ(l) → tu/ti/φ(無音化)/促音化
 3 ㅁ(m) → n
 4 ㅂ(b) → fu(旧仮名)/tu
 5 ㅇ(ng) → R(音便)
 6 パッチム → 日本語入声 e.g. 고→告

 実際にはルールが曖昧な点と、ルールで補足できない例もあるので概ねのルールとしても、基本の漢字とハングルの規則的な対応については、個別の漢字ごとにまとまめた字典ふうの書籍があるといいなと思ったら、これもあった。『当てずっぽうの法則 漢字でひらめく韓国語』(参照)である。

cover
当てずっぽうの法則
漢字でひらめく韓国語
(リー先生の日本人のための
韓国語レッスンシリーズ)
 書籍に「当てずっぽう」とあるように、適応できない事例も少なくはないが、それでも語変形の規則の類推があって面白い。
 ちなみに「金正日」の「김정일」はどうかというと、「金」「日」の変形は見てきたとおりだが、「正」はどうかというと、「정」で「セー」とだいたい読める。まあ、それはそれでよいのだが、「정」(jeong)を見ながら、中国語の「正」(Zhèng)が近いなあとも思った。それでも、ハングルから日本語読み出せるのは、どちらも古代の中国語の漢字音をベースにしているからで、現代中国語の漢字音だとむしろルール化はさらに難しい。
 この本には少しワークブックもあり、「일본져1의도시。일본의중심지신주꾸」という例文が載っている。「ニッポン・ダイ1イ・トシ。ニッポン・チューシンジ・シンジュク」と読み下せる。「日本第一の都市。日本中心地新宿」と当てることができる。こうなると、日本語と朝鮮語との差違は方言くらいになる。
 もちろん、万事がそういうわけにもいかない。むしろ日常の会話は漢字語のほうが少ない。所詮、外国語は外国語ではある。ただ、それでも、構文などは日本語と朝鮮語ではほとんど変わりない。
 
 

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コメント

言語ネタで検索した引っかかりました。久々にコメントします。最近は韓国語をやっているんですね。韓国の漢字音は、基本的に、呉音と関連付けると大きな違いはありません。呉音そのものが本当は百済音なんですが、この辺はアカデミックに探求できない分野なんで。
それと、「金」は例として良くなくて、「金」は人名のときだけ例外的に「キム」で、一般名詞だと「クム」と読みます。これは、日本語の「金色夜叉」の「コン(呉音)」と同源です。
「金日成」ですが、広韻から演繹した呉音のローマ字表記は「kom nit zyang」です。「金」は人名だと「kom(呉音)」でなく「kim(漢音)」になるので、「kim nit zyang」(キムニトジャング)です。もごもごいうと「キムイルソン」になるのかなと。
同様に「キムジョンイル」と「キムジョンウン」は「kim zyang nit」「kim zyang on」となります。
それと中国の漢字読みですが、「呉音」「漢音」「唐音」と大きく異なるようですが、これは中国語が音韻変化を起こしたのでなく、単に政治の中心地が変わっただけで、同じ地方に固定するとそれほど大きな変化は起きていません。
日本語だって古語と現代語って大きく違うようですが、古語がそのまま現代語に変わったのでなく、あれは京都弁、東京弁の違いで、古語の文法や語彙は現代京都弁でもある程度成り立つのと同じです。

韓国の漢字音は以下のサイトが参考になるかと
http://homepage3.nifty.com/jgrammar/ja/data/ksoundk.htm

投稿: YT | 2015.05.23 22:19

 はじめまして
 訓民正音など関連の記事も興味深く読ませていただきました。
 韓国語の漢字の読みですが、日本で言う「漢和辞典」、「漢韓辞典」を購入すると面白いのではないかと思います。
 私は20数年前に購入しましたが、日本円で800円ぐらいだったと記憶しています。手元のものの奥付を見たら、6000ウォンになっています。
 この程度のものでも、日本語の音読み、訓読みが日本語で記してあり、私のものは旧仮名遣いで記してあります。
 コリアタウンなどに行けば、購入できると思います。
 私は、簡易で持ち歩きが出来るポケット版を買いましたが、もっと詳しいものも出ていました。

投稿: 柴田晴廣 | 2016.12.02 19:08

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