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2015.05.20

そこに神社が建つだろう

 こんなエントリー書いていいのか戸惑っている。炎上が怖いとか、ご一同様のバッシングに打たれ弱いからとかいう理由ではない。昨今人気ブロガーさんのように炎上を狙いたいわけでもないし、ご一同様を刺激したいわけでない。書くべきじゃないんじゃないかとなんとなく思うのだが、そのなんとなくがなんなのかよく自分でもわからない。とか言うのは、これは書いておいたおいたほうがいいんじゃないかという気分もあるからだ。なぜ書くのかというのははっきりとはしないのだが。まあ、うだうだした前口上を述べたのも口ごもりの修辞ではある。
 そこに神社が建つだろう、と思うのである。実はずっと思っている。これだけ書いてぴんとくる人がいるだろうか? いたらそれはそれで怖いんだけど。
 そこがどこかというと、多摩川の河川敷である。川崎市中1男子生徒殺害事件である。すでに一つエントリーは書いた(参照)。
 今日が事件三か月後になる。現場はどうなっているかというと、今も花を手向けに来る人が絶えないらしい。朝日新聞「絶えぬ献花 川崎中1殺害」(参照)より。


 ボランティアが置いたバケツ三つにあふれるほどの生花。上村さんが好きだったバスケットのボールは、20個を超える。月命日の20日は、朝早くから花を手にした人がやってきた。
 「彼の死を無駄にしてはいけない。ちょっとした働きかけで、結果を変えることはできる」。埼玉県所沢市から訪れた新井近之さん(56)と妻の恵美さん(52)はそう言って静かに手を合わせた。

 その所沢のご夫婦の思いがじんとくる。年が近いせいもあるかもしれない。私もぼんやりしていると、花を手向けに行くかと考えていることがある。行ってない。無神論者である私は霊も死後の世界も信じていない。いや、そういうことではないなと思う。感じる。そのもやっとした気持ちの行方がどうも落ち着かない。
 そして、これはいつかそこに神社を建てるしかないんじゃないか、という奇妙な想念に捕らわれている。言うまでもないが、私は神道は信じない。初詣とかは行くが、祈りとかはしない。まあ、言い訳みたいな話はもういいだろう。なんとなく、この無意識を突き動かす変な気持ちはなんだろうと、前回エントリーを書いたあとも思っていた。
 ああ、これは神社が建つんだろうな、とダメ推しみたいにことさら強く思えたのには、きっかけがある。18日のNHKニュースである。「少年法の対象年齢引き下げ 今国会で方向性を」(参照)より。一見、意味不明なニュースに見える。

 自民党の成人年齢に関する特命委員会は、川崎市の河川敷で中学1年の男子生徒が殺害された事件の現場を視察し、今津委員長は、少年法の保護の対象を18歳未満に引き下げることも含めて検討し、今の国会の会期中に一定の方向性を出したいという考えを示しました。
 自民党の成人年齢に関する特命委員会は、選挙権年齢を18歳以上に引き下げる公職選挙法の改正案が今の国会に提出されたことを受け、成人年齢を20歳以上と定めている民法や、20歳未満を保護の対象としている少年法などの見直しを検討しています。
18日は特命委員会の今津委員長ら8人が、ことし2月、川崎市の河川敷で中学1年の男子生徒が殺害された事件の現場を視察し、警察の担当者から説明を受けたあと花を供えて全員で黙とうしました。
 視察のあと今津氏は記者団に対し、「刑罰を厳しくすれば犯罪がなくなるという実証は必ずしもなされてはいないが、悲惨な少年事件が連日起きていることは間違いなく、放置することはできない」と述べました。
 そのうえで今津氏は、少年法の見直しについて、「何らかの形で、きちんと手を打たなければならず、できるだけ早く結論を得たい」と述べ、保護の対象を18歳未満に引き下げることも含めて検討し、今の国会の会期中に一定の方向性を出したいという考えを示しました。

 ニュースを見ながら、あれだ、寄生獣で田村玲子の頭が割れて空っぽだよんというシーンがあるが、そんな感じがした。これは、いったい、なんのニュースなんだ?!
 表面的には、自民党の成人年齢に関する特命委員会が少年法の見直しを考えているがその際、最近の凶悪な少年犯罪について警察からレクチャーを受け、レクチャーだけではわからない点があるので、現場視察をし、合わせて、死者の霊を弔った、という話になっている。
 でも、実際はというかその心理は、殺害された中1男子生徒の鎮魂であり、その鎮魂なくして少年法を見直したら、祟られる、みたいな話だろうなと、私は思った。まあ、私の思い込みというテンプレ批判は了解の上なのでご勘弁。そんな奇妙なことを思ったのは、冷静に考えれば、少年法の見直しと、犯罪現場での献花には繋がりがないからだ。私がこの一団だったら、学校や関係者の話の場に出ていくだろうと思う。ただし、そうした場に出たあと、現場に献花せずに済むとも思えない。詣出するだろう。
 この話、社は建っていないけど、すでに神社化しているよなあ、とも思ったのである。
 繰り返すけど、妄想だと言われてもいいが、そういう奇妙な心性を感じてやまないので、いちおう書いて起きますよ。ということ。
 神道がなんだかわからないし、国家神道と結合してからはさらに意味不明ではあるんだが、それでも、日本民衆の神社というのは、すべてがとは言わないが、つまり御利益信仰とかもあるだろうから、でも、少なからず、こうした鎮魂で建ったのではないかな。
 というか、率直に言えば、自分は古代日本人の心性に向き合っているような奇妙な感じがしている。
 該当の教育委員会はすでに公式に最終報告書案を了承している。毎日新聞「川崎・中1殺害:市教委臨時会、最終報告書案を了承」(参照)より。

川崎市川崎区の多摩川河川敷で同区の中学1年、(中略)殺害された事件で、川崎市教委は18日の臨時会で、検証委員会の最終報告書案を了承した。上村さんが1月以降、学校を欠席し続けたにもかかわらず、交友関係などを十分に把握できなかったことが事件を防げなかった大きな要因と総括した。


 報告書案は61ページに及んだが、公開されたのは「プライバシーに配慮する」との理由で27ページ分にとどまった。渡辺直美教育長は「(この公表内容で)市民の理解を得るのは難しい面もあるが、被害者への配慮が必要だった」と説明した。

 この報道では、最終報告書の大半が公開されてないことで、市民の了解が得られるかと懸念しているが、おそらく市民の了解というのは、もっと宗教的な感情のほうではないだろうか。
 まあ、さすがにべたに神社が建つということはないだろうとは思うが。
 
 

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