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2015.05.21

韓国人は漢字が読めないのだろうか?

 韓国人は漢字が読めないのだろうか? 答え、人による。たいていは読める、ようだ。それどころか、読める人はかなり読める。もちろん苦手な人はいる。たぶん日本人のように常用漢字2136字を読める人は、おそらくそんなには多くないだろう。
 とはいえ、常用漢字というのは、日本独自の規定でそもそも他の国には当てはまらない。漢字の字形も違うし、訓読みも規定されている。
 中国はどうかというと、「常用漢字」と呼んでもそう間違いでもないらしい。以前は「现代汉语常用字表」というのがあったが改訂され、、2013年から「通用规范汉字表」(参照PDF)に統合された。これには8105字が含まれている。常用漢字の4倍もありそうに見えるが、クラスに分かれている。概ね、教育用の1級3500字、出版物用の2級3000字、専門用語用の3級1605字である。日本の常用漢字に相当するのは2級と見てよいから、中国で通常使う漢字は日本の三倍の漢字はあると言ってもいいだろう。
 初等教育での漢字数だが、日本の場合は教育漢字が1006字なので、この点でも中国は三倍はある。小学校でそんなに教えられるのか疑問に思えてネットに当たると、人民教育出版社の小学校中国語教科書の常用漢字表(参照)というのがあり、学年別で総計2207字あった。総字数で見ると日本の中学校までの漢字教育を小学校で詰め込むという印象がある。
 余談だが、この中国人向け小学校漢字2207字に「犬」があるかと検索すると、ない。なぜないかわかりますか? たぶん「町」もないだろうなと思ったら、なかった。「村」はある。他に「糸」もない。
 中国で使われる漢字は多い。そこで以前のように簡体字にない漢字は台湾や香港そして朝鮮でも使っている繁体字(旧漢字)がオーソライズされたかと思いきや表を眺めると、そうでもない。さすが科学的社会主義の国だけのことはある。漢字を全面的に改良したようだ。康煕字典の時代は終わると言っていいかもしれない、ま、それはないだろうけど。
 台湾はどうかというと私には正確にはわからないが、「常用國字標準字體表」4808字、「次常用國字標準字體表」6341字などがある。基本、康煕字典ベースの繁体字の整理というふうに見られるがいろいろ複雑そうだ。小学校で覚える漢字の規範もよくわからないが、2000字くらいだろうか。
 漢字を使う地域の教育という次元で覚えるべき漢字数は、2000字くらいだろう。それでも多いようには思えることもあって、800字程度に制限する中日韓の共通常用漢字の模索がある(参照)。
 さて韓国だが、朴正煕政権下の1970年に漢字廃止を宣言したが反対が強く、1972年に撤回され、中学校・高校での選択科目の漢文学習用ということで漢文教育用基礎漢字(대한민국 중고등학교 기초한자 목록)の1800字が制定された。だいたい9割方は日本の常用漢字が占められているが繁体字が採用されている。
 この時点の実態はおそらく漢文学習というより、韓国語における漢字文化の維持ではなかったかと思われる。そもそもこの表題「대한민국 중고등학교 기초한자 목록」だが、「대한민국(大韓民国)」「중고등학교(中高等学校)」「기초한자(基礎漢字)」「목록(目録)」、つまり、ハングルを漢字に戻すと「大韓民国中高等学校基礎漢字目録」ということで、字面で見ると日本語と変わらない。音価も「テハンミング・チュンゴトハッキョ・キチョハンチャ・モクロ」といった感じで漢字が想像つけばだいたいわかる。
 自分の記憶からも1970年代では韓国人は日本の新聞がそのままあらかた読めたし、日本人も漢字ハングル混じりの韓国の新聞がだいたい読めた。その後、漢字教育は選択でもあり、入試に関連しないことから、実際上は教育の場から消え、それに準じてメディアからも消えていったため、韓国は漢字を捨てたかのような印象を与えるようになった。
 しかし、先の「대한민국 중고등학교 기초한자 목록」と「大韓民国中高等学校基礎漢字目録」を見てもわかるように、ハングルは漢字に対応しており、意味を理解する上では漢字があったほうがよく、またこの間、韓国は中国に経済的に依存するようになったので漢字教育の声が再び高まった。
 ということに加えて、2003年以降、小学校低学年向けの学習マンガ『마법천자문(魔法千字文)』がヒットし子どもたちに千字文ベースの漢字学習が流行した。

 「千字文」については10年ほど前ブログで触れたことがある(参照)。ネタ話を書いたこともある(参照)。日本でも朝鮮でも漢字文化受容の原点にあるのが『千字文』であり、なかでも日本では、百済人の王仁が千字文と論語を日本に伝えたとされている。
 漢字の文化は古代では習字の文化と一体化しており、王羲之の手によるものなど習字の手本ともされてきた。簡単にいえば、習字として学び、漢字も覚え、そして中華文化の基本を学ぶというとても便利な教育ツールであった。
 千字文教育は文字がベースになるため、音価については、朝鮮や日本など周辺国では各種工夫があった。つまり、漢字の字形を元に、その地域での正統音価と意味をどのように学習するかである。
 朝鮮の場合は、両点式が使われたようだ。冒頭「天地玄黄 宇宙洪荒」だが、一例だが、漢字音価「天(천)」に、朝鮮語の「하(ハ)」を当て、「ハは、天」ということで、「하늘 천」と下す。続いて、「タン、地」で「땅 지」となる。訓は別の方法もあるが、いずれ一字一字訓じていくのが両点である。基本的にこうしないと、漢字はその地域の言語の音価とは結びつかない。
 これが日本だと文選読みで、「天地(テンチ)のあめつちは」として二字が基本になる。「天はアメ」「地はツチ」という両点式にはならなかった。あるいは両点があって、それが文選読みに変化したのかもしれない。日本は漢字の訓読みに関心を持つ志向があったのだろう。
 なお、千字文は名前のとおり、全て違った文字で重複のない千文字で作られた詩で、あり、「いろは」歌の着想の原形でもある。教育ツールではあるが、漢数字が抜けていたり、方角の「北」、四季の「春」がないなど、基本的な漢字が選ばれたわけでもなく、四分の一近くが常用漢字を逸脱する。当然、現代の漢字教育に向くとはいえない。
 それでも朝鮮では伝統的に子供は千字文を習うものだったので、漫画ではあれ千字文のリバイバルは朝鮮の漢字文化の復興を意味した。文化の底力だろう。
 こうした背景を受けて、2018年には小学校教科書への漢字併記の方針が決まった。が、当然反対論も多い。5月1日聯合ニュース「小学校教科書への漢字併記 ハングル関連団体が反発」(参照)より。


 同団体らは「教科書への漢字併記の方針が漢字の私教育(塾や家庭教師など)をあおり立て、学習の負担を増やすのみで、新しい教育過程が目指す創意・融合型人材の養成や学習負担の軽減に全く役に立たない」と主張した。
 また、「中国でも漢字が難しいため簡体字を作って使うのに、わが国だけが昔の漢字を書くのは、歴史を逆に進む行為」と指摘。その上でハングルだけで行われた46年間の教育を無視して教科書に漢字を併記するのは、漢字が分かる層と分からない層を分けようとする反民主的発想と批判した。
 さらに私教育費の負担増加に対する懸念も表明した。同団体らは「漢字併記は児童生徒の学習負担を増やし、私教育費を増加させること」とした上で、「中・高校で漢文を独立した教科として学ぶため、小・中・高の教科書に漢字を併記する理由がない」と指摘し、方針の撤回を求めた。

 反対論点は意外と多岐にわたっているが、「漢字が分かる層と分からない層を分けようとする反民主的発想」という視点は興味深い。逆にいえば、従来は「漢字が分かる層」抑制してたとも取れないではない。
 いずれにせよ、韓国の漢字教育の復活は併記であって、正書法には及ばない。つまり、漢字ハングル交じり文にはならない。
 というところで冒頭の疑問に戻って、「韓国人は漢字が読めないのだろうか?」というとき、韓国の漢字の識字率の統計があるか探したが見つからなかったが、その理由も察せられる。識字率というのは文字が読めるというより、正書法を理解しているという意味であり、韓国語には漢字の正書法がそもそも存在していない。それでは、漢字の識字率自体が問いにすらならないのである。
 
 

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