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2015.05.18

大阪都構想住民投票否決について

 大阪都構想については、ブログで語ってこなかった。ツイッターでもほとんど語らなかった。理由は三つある。一つは、基本的にこれは大阪という地域住民の問題で、その視点からの問題意識が自分には持てないことだ。別の言い方をすれば、では日本国民として東京都民としてどう考えればいいかという課題には変奏できる。それはあとで触れる。
 二つ目は、橋下徹氏にまつわる議論に関わりたくないからであった。彼の公開された考え方については、それが話題になるごとに、共感する点もあり反対する点もある。今回の大阪都構想自体について言えば、方向性は正しいと思う。だが端的に言ってネットではアンチ橋下徹が多すぎて、そうした是々非々の議論をしても是の部分だけで橋下シンパ認定を受けて嫌がらせをいっぱい受ける。それははっきり言ってうざったい。ブログについて批判は受け止めるのだが、毎度毎度強迫めいたコメントを読まされるのは、もううんざりしている。
 三つ目は、今回の住民投票の結果が読めなかったこと。後出しジャンケンのようだが、どっちかといえば否決されるだろうとは思っていたので、否決の結果が出て違和感もない。また、橋下氏がこれを機会に大阪市長の任期後に政治から引退するのもさほど違和感はない。そういう人だろうなと思う。ただ、予想段階で可決の線もあるなあとは見ていた。これが東京都知事選であれば、石原候補や猪瀬候補にどれだけメディアやネットでネガティブキャンペーンがあっても、生活空間で都民の動向を知っている自分としては、開票とともに決定することはわかっていた。そうした感覚が私は大阪についてはまったくもっていない。地方について、私が感じ取れるのは関東地方と、祖先の長野県と、八年暮らした沖縄くらいである。
 結果はしかし、少し驚いた。こんなにも僅差になるとは思っていなかったからである。これでは読めないなと納得した。このことは同時に、今回の否決は、僅差という視点以外からは読み解けないだろういうことだ。大阪市のなかに、都構想について賛否が拮抗しているということは明らかである。
 では当然、どのように対立しているかということに関心が向く。誰もそうだと言っていい。その期待に合わせて、ネットでは早々に解釈が飛びかう。いわく、すでに大阪市には地域的分断がある、年代的な差がある、男女差がある、などいったものである。是か非かで色分けすればそうした差は「見える化」できるし、実際色分け図なども流れてくるのだが、二値の色分けではなく段階的な数値で見れば、大阪市のなかで都構想について顕著な地域差というものは見られない。年代的には差はでるが、そこから意味を読み取れるほど顕著でもない。結局、対立は地域全体に均質的に存在していたとしか言えない。安易な解釈ができない難しい結果だった。
 ちょっと視点を変えて、ではどうすれば僅差でなかったかと考えると、橋下氏のアクの強さがマイナスに働いただろうという印象はあるので、可決に向けてならそこに改善の余地はあっただろう。この点について数値化はされていないが、この間、メディアやネットを見ていても、NHKニュースでの該当インタビューなどを見ても、そのことはうかがわれた。もっとも、彼はそのアクの強さが魅力だったのではないかという意見もあるだろう。私はそうとも思えない。橋下氏は、本来の政治家業以外のことに口を突っ込みすぎてそこで面白がって世論の炎上を招いていたようにしか見えない。
 橋下氏の文脈はもういいだろう。ではこの結果を、日本国民として東京都民としてどう考えればいいかというテーマで考えてみたい。
 結論は、とても残念なことだと言えるだろう。なぜか。メディアでは二重行政の無駄を省くという、ネットで言うところの「新自由主義」が叩かれていることが目立ったが、この様相の根幹は政令指定都市という存在の矛盾にある。行政の無駄を省くというより、なんのための無駄を省かねばならないのか、という根の議論に至ってなかった。
 今後の日本国内の大きな課題は、少子高齢化である。あるいは諸問題はその派生である。そして変な議論が多いが、少子化自体は避けられない。問題は、そのことによる人口縮小もだが、子供が減ることで将来の労働者が減り生産力が減退し、他方、その労働者に依存しなけれならない高齢者の数が増えることだ。このことは地方と都会の双方を疲弊させる。地方は端的に自治体の衰退や消滅となるし、都会では多数の高齢者を抱え込む社会システムが用意されていない。ではどうするかといえば、都会の問題はいったん切り離したなら、地方自治体の整理統合を進めなければならない。ここで、二つの方向性が生じる。
 一つは、中核都市に近隣の弱い自治体をぶら下げることである。
 もう一つは、強い自治体を効率よく分散することである。
 今回の都構想についていえば、大阪市という巨大な自治体を分割することで少なくとも大阪府全体の整理が期待できた。が、その意味でいうなら、この路線は今後、他の地域でも無理になったということだろう。
 残された道は、中核都市に近隣の弱い自治体をぶら下げることだが、強い政令都市というのは、そこの市民としても自分たちだけが繁栄して生き延びようとしてしまう。つまり、弱い自治体をそこに上手にぶら下げるには権限と独自性が強すぎるのである。
 こうした問題をどのように政治課題として取り組むについては、それなりに学問的な手法があるので、あまりブログで踏み込んでも意味がないが、現状の日本の地方行政で言えば、県である鳥取県の人口は約57万人、島根県が約70万人、高知県が約73万人、対して、政令指定都市では、横浜市が約370万人、大阪市が約268万人、名古屋市約227万人となり、県と政令指定都市の行政規模の関係が都道府県という行政の仕組みと整合しづらい。大阪府については、約885万人だが、その30%を政令指定都市が占めている。都道府県としての本来のあり方すれば、稼ぐ地域の富を他の地域に効率よく分散する主体として県が機能しづらくなっている。
 「大阪都構想」に国民の視点で意義を見るならそういう文脈であったし、その芽がもうないのであれば、都道府県を整理統合し、政令指定都市をどうそこに組み込んで、その上で政令指定都市にある稼ぎ頭の地域や病院などのサービスをどのように地域全体に循環させるか、が問われなくてならなくなるだろう。
 しかし率直に言えば見通しては限りなく暗い。おそらく今後の実態は、住民が強い政令指定都市に向けて移住するしかなく、その結果を現状と受け止めてから国の行政が介入してくるのではないだろうか。
 
 

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