英語をハングルで書けるか? その2
英語をハングルで書けるか、という話を書くつもりが、前回は、そもそもハングルで他の言語が表記できるか、という一般論から展開した話になってしまった。確かにその前提がないと英語だって無理となるのだが、実際に英語をハングルで書けるかという話題でもなかった。じゃあ、どうなの?
昨日そのエントリーを書いたあと、奇妙なサイトを発見した。失礼(실례)しました、ユニークというか興味深いというか。いわく「韓国語ができれば英語もわかる」(参照)というのである。誰が書いたのかと思ったら、アシアナ航空のスタッフさんらしい。趣向は「英語等のハングル表記から、そのもとの外来語を推定すると英語等の学習に役立つのでは、このシリーズは、そんな仮説にもとづいています」とのことだ。
「韓国語は日本語と語順が同じで漢字語も共通しているものが多いからいいが、英語はどうも……」といわれますが、日本語に英語等の外来語が多いように韓国語にも予想のほか英語等の語彙が多いのです。このシリーズでは、韓国語になった英語等の語彙を拾い、英語やカタカナ表記と対比していきます。日本語母語者と韓国語母語者は、互いの英語の発音を聞いて、それが何を意味するか把握できなくて戸惑うことがあります。戸惑うだけでなく、相手の英語の発音を聞いて、自分が考えている発音とあまりにも異なるので、侮蔑するような嗤いを浮かべることすらあります。なぜでしょうか。
このシリーズでは、日本語英語と韓国語英語の発音の違いを認め、実際にそれがどういう形をとっているのか理解したいと考えています。語彙数が一定の量に達するまで、重複を恐れずにアップする作業を続け、日本語英語と韓国語英語のあいだにある法則性を最大限引き出したいと考えています。
ということでかなりの量の、英語から韓国語への流入外来語のリストがある。それ自体でも面白いのだが、このリスト作成者さんの思い・考え方も興味深い。
前にも書きましたが、韓国語の表記には長音符号がありません。カタカナ英語で長音符号がついている単語の韓国語式表記や音を耳にすると、違和感が先立ちます。サーバー、サービス、ユーザーがそれぞれ서버、서비스、유저になると、カタカナ英語と結び付かないことがあります。
「서버」を日本語ローマ字風にすると「SOBO」になるし、音声もそれに近い。「ソボー」うーん、粗暴? 「서비스」は、「SOBISU」だが、「ㅡ」というか「으」は、「う」より「ぇ」みたいに聞こえる。うんとぉ、寂しぇ? 「유저」は、「YUJO」だが、湯じゃ、に聞こえる。まとめると、「서버、서비스、유저」は、音の感じでは日本人には「粗暴、寂しぃ、湯じゃ」に近いだろうか。英米人にはどうかというとわからないが、たぶん、「Shovel, So bit she, You just」のように聞こえるのではないだろうか。
前回も触れたが、韓国語(朝鮮語)には有声唇歯摩擦音(V)がないのは日本語と同じ。しかし、長音がない、Vがない、ということが、これらの音変化を充分に説明しているわけでもない。英語の響きとあまり似てない印象もあるが、それでも英語の表記をハングルに移したとは言えないだろう。
「Service」という表記の音韻をハングルに転写すると、おそらく、「설빗」(seolbis)となるだろう。韓国語(朝鮮語)には日本語同様、RとLもないので、そこは「ㄹ」で補うとする。また、シュワ音もないので、そこは「어」としてみたわけである。
つまり、「Service」は、転写式には「설빗」(seolbis)だが、実際には「서비스」(seobiseu)になっている。この差の大きな部分は、「S」音が母音を伴った「스」に転記されることだ。日本語のように母音で終わるモーラの言語の場合、外来語末に母音が現れるのは当然だが、韓国語でなぜ似たような現象が起こるのだろうか?
この点は、他に「Speaker」を例にすると面白い。ハングルでは「스피커」(seupikeo)なる。語頭の「SP」において、「S」一音がハングル「스」に対応し、「pea・ker」として「피커」に対応する。基本的に日本語の「ス・ピー・カー」と同じ対応になっており、むしろ、これは英語から日本語カタカナに転写したものをハングルに転写した見てもよさそうに思える。あるいは、ハングルはもともと中国語を移すように出来た仕組みなので、[sp]といった子音が重なるクラスターは原理的に表記できないのかもしれない。
音の対応では、「p/f」でも困難が現れる。
포인트はポイント(point)ですが、폰트はフォント(font, 書体)です。스마트폰はスマホのことです。ハングルでは[p]と[f]が同じ表記なので混乱します。
これらの韓国語の英語からの外来語がどのように韓国語音韻の体系なかに取り込まれたか、その規則が気になるが、ざっと見たかぎり、よくわからない。この点は日本語でも同じで、日本語にも英語外来語の転写規則はない。日本語の場合は、英語スペリングのローマ字読みという規則のようなものがあり、「Launcher」などは、しばしば「ラウンチャー」とか読まれていた。韓国語でも、「Noam Chomsky」が、「노엄 촘스키」(noam chomseuki)として「ㅓ」が出現するのも表記に引っ張られたと見てよいだろう。先のブログでは「韓国語の表記は文字からではなく、英語の発音と対応するからです」としているがそうとも思えない。音価主義の面からは次のようにも述べられているが……。
たとえば、hamburger[hӕmb3:rgə(r)]に対するハンバーガーと햄버거です。MacArthur [mǽkɑ́ːrθər] もよく例にあげられます。日本語はマッカーサーで韓国語は맥아더です。 米国人に確認しましたが、いずれも韓国語のほうが英語の発音に近いとのことです。
日本人的には、「ヘンボコ」「メガタ」には聞こえる。
先のアシアナのブログではいろいろ面白い示唆があるがこれもそうだ。
ポータル|포털、メディア|미디어、ペーパー|페이퍼、サービス|서비스、プラットホーム|플랫폼、ネーバー|네이버、ポータル|포털、アジェンダ|어젠다など、日本語のアが韓国語でㅓになることが多くみられます。
批判や非難の意図はないのだが、元来のテーマが「韓国語ができれば英語もわかる」であり、英語の外来語がどのように韓国語・ハングル化するかなのだが、ここでは、「日本語のアが韓国語でㅓになる」とあるように、暗黙に、英語→日本語→韓国語のバスが想定されている。揚げ足取りではないが、そのように想定したほうがよいかもしれない。英語外来語ではないが、日本語での「アンデルセン」は韓国語で「안데르센」(andeleusen)なのも日本語を経由したように思える。
いろいろと興味深いのだが、意外に思える指摘もある。
例えば、다채널は다が多、채널はchannelですが、分かち書きしていないと、すぐには理解しにくいですね。
ここではそれ以上の解説はないが、「다채널」の「다채」だけ見ると、「多彩」の意味になる。「널」は「너를」(君を)の意味になる。そうした誤解がないように分かち書きを示唆しているのだろう。が、そもそも「다채널」は分かち書きにすべきなのだろうか? もちろん、ここでは分かち書きにしないとわかりにくいという指摘であって、分かち書きが正書法ということでない。
分かち書きについては、例えば、「user interface」が「유저 인터페이스」となるようには使われている。気になって、韓国語の分かち書きの正書法がどうなっているのか改めて調べてみたが、いろいろ複雑だ。ざっとした印象でいうと、助字の扱いは日本語的で、語の扱いは欧文的に思えた。いずれにせよ、ハングルは、中国語のようにべたっと並べて書くことは基本的にできないと見てよく、外来語ではその傾向が現れやすい。
余談だが、「다채널」(多チャンネル)だが、この「다」について、先のブログでは「多」を当てているのだが、これは日本語ではないか?とふと疑問に思った、が、ハングルの漢字対応でも「多」になっていたので、外来語の造語法が日本語とたまたま同じなのかもしれない。
だらだらと続けるつもりはないが、もう一つだけ続ける。
에이비시、비비시、시엔엔は ABC、BBC、CNNです。NHKは엔 에이치 케이と表記するようです。Aが에이、Hが에이치になるのは日本語より英語に近いですね。データは데타ではなく데이터、ゲーム(game)は게임、メーク(make)は메이크ですから、日本語のカタカナ表記と比べ、はるかに英語の発音に近いのです。
ここで「Aが에이、Hが에이치になるのは日本語より英語に近いですね」とあり、それを否定するものではないが、英語のこれらの「ei」の部分は二重母音なので、「에이」と二つの字母に分けてしまうのが英語に近いと言えるかは疑問が残る。ただ、ここで英語に近いとしているのは、「NHK」の「H」は「エッチ」との対応かもしれない。それでいうと、「Data」は日本語では「データ」でこの母音については日本語のほうが英語に近いだろう。
さて、とりあえずの結論を出すと、英語をハングルで書けるか?だが、英語の正書法に引っ張られないとしても、ハングルには次のような制約がある。
- 英語表記には字母が足りない
- 初音+母音+パッチムという構造で英単語を切るが、その切り方の規則はない
- 同字子母が母音に挟まれると有声音化することがあるがこれを避けると表記が複雑になる
- 漢字由来の語彙と簡単には区別が付かない
ということは言えそうだ。しいて結論に結びつければ、英語をハングルで書くのはかなり困難だろう。
あと、いろいろ見て思ったのだが、すでに触れたが、ハングルの場合、欧米語の外来語がそのままハングルなので一目見ただけでは、外来語であるかはわかりづらい。おそらく、かなりハングルになれていけば、ハングルの組み合わせから、元の字が漢字由来でないことはわかるかもしれないが、かなり難しいだろう。
その点、現代日本語で欧米系の外来語をカタカナに押し込んだのは、慣れてしまえば、外来語の明示となってわかりやすいものだなと実感した。
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