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2015.04.07

[書評] MASTERキートン Reマスター(浦沢直樹・長崎尚志)

 たぶん、私は平賀キートンと同い年である。同じというのはそのくらいかもしれない。違いはある。ありすぎる。が、別段、彼と自分を重ねたいわけでもない。そこに描かれた人生の出来事が奇妙にシンクロしてわかる部分が多いくらいに思う。
 恐らくストリーを作っている長崎尚志が私より一つ年上なので、そういう設定になっているのだろう、浦沢直樹は彼より5歳若く、10代の娘がいる。まあしかし、概ね、同じ世代である。

cover
MASTERキートン Reマスター
(ビッグ コミックス)
 つまり、20年が過ぎて、歳を取ったのである。男が歳を取ったのである。そのことの意味は、娘が大人になっていくということである。もちろん、娘がいるなら、ということではあるが。
 20年ぶりの「Reマスター」が連載の再開を意味しているのか、わからない。一読した印象では旧作の世界を上手に繋げているようにも思える。そうした期待に応えているようにも見える。だが、この連作にはReマスターされる一貫したテーマがある。「娘」である。老年に足を踏み入れた男の思いとそれを受け取る娘の琴線である。あるいは琴線の幻想だろう。
 もちろん、とまた言う。そのことはことさらに強く打ち出されているわけではない。あたかも、平賀キートンという変わった男の物語であるかのようにさりげなく描かれている。それでも20年を経て老いた男なら、なんとなくわかる。「娘」の意味は、自分が愛した娘というだけではなく、青春つまり愛の蹉跌をReマスターさせるすべての意味であり、それは夢を譲ることでもある。「つらいことを半分に……」と笑うキートンに泣ける。
 個人的にはもう一つ、奇妙に胸熱くこみ上げる物語でもあった。その「娘」の話題の頂点がマルタに置かれていることだ。私は海外経験が乏しいが、あの島でクリスマスの一週間を過ごしたことがある。狭い島といえば狭く、観光は4日もあれば足りる。あの島で退屈して見て回ったので、漫画のシーンがよくわかる。キートンが泊まっているはサンジュリアンである。入り江の先に見えるドームは聖公会のパウロ聖堂である。ヴァレッタの家屋は緑に塗ったバルコニーに特徴がある。ちなみに、このブログの色はその色合いを真似たものだった。
 
 

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コメント

最初はYAWARAの方が圧倒的に代表作でしたが、気付けば関係が逆転してますね。あの二作品を並行連載していた事が一番驚きますが。

ヒットしたのも連載終盤からだったのを、初期からの読者としては複雑に思っていました。

REマスターを読んだキッカケで関心を持ったのは英国の東欧での経済活動でした。
結構えげつない事もしていたようで…、その辺りもさり気なく触れてますね。

投稿: 下町の三代目 | 2015.04.09 22:19

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