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2015.01.26

[書評] ベートーヴェンとベートホーフェン―神話の終り(石井宏)

 先日、同著者の『反音楽史―さらば、ベートーヴェン』(参照)を読んで面白かったのと、最近ベートーヴェンに関心を持っていたので『ベートーヴェンとベートホーフェン―神話の終り』(参照)も読んでみた。これも面白かった。基本的に前著のトーンでベートーヴェンの評伝をまとめてみたという感じの本である。

cover
ベートーヴェンと
ベートホーフェン―神話の終り
 表題のベートーヴェンとベートホーフェンだが、日本ではベートーヴェンと呼ばれているが、当時はどちかというとベートホーフェンではないか含みがある。そして二枚の想像画を組み合わせた表紙の絵が、その二つを暗示している。簡単に言えば、楽聖と言われるベートーヴェンと、なにかと人生に苦労したコンプレックス多きベートホーフェンである。余談だが、先日、ドイツ人の演奏家の話を聞いていたら、発音はベートーヴェンに聞こえた。現代では「ベートーヴェン」という表記でもいいんじゃないかと思えた。
 ベートーヴェンの実像はこういうもんだった、とほほ、という感じで楽しく読めるし、彼の生存していた時代についての描写も面白い。ベートーヴェン好きには関心の高い「不滅の恋人」についての言及も面白いには面白いが、この考察が決定版とは言えないのではないかとも思った。
 自分は知らなかったのだが、生前一番人気を博していたのが、通称戦争交響曲「ウェリントンの勝利」だという話が面白かった。というか、同時にあの第七が公開されていのかというのは感慨深い。まあ、なんだかんだいっても名作は古典として残っていくじゃないかという感じもした。
 基本的に面白ろ可笑しく読めるし、ベートーヴェンの脱神話化ということなのだが、それでも後期作品の圧倒的な音楽性については、著者も認めるところだし、この機会にいろいろベートーヴェンの後期作品を聞いてみると、さすがにこれはすごいやと改めて思った。
 この本で描かれている、ぽんぽん痛いよのベートーヴェン君だが、その可哀想な滑稽さがなんであれ、偉大な音楽家であることはまったく変わりようもないし、改めて「楽聖」っていうことでいいんじゃないかと思う。
 というか、そういうふうに後期作品を味わって、逆に中期から初期を下ってみると、それはそれでいい作品が多いなと思う。
 いろいろ面白い。

 こうしてカント哲学の”美は崇高にあり”という理念の体現者だったようなベートフォーフェンの”高きを目指す”音楽の座はゆらぎ、戦前には至高のベートホーフェン演奏とされたシュナーベルの全曲録音も、いまの人たちが聴けば「なに、この人、テンポがでたらめじゃない。音もまちがっているわよ」となる。そうした批評にはもはや古き佳き日の精神主義、教養主義のカケラも見えてこない。偶像は落ちたのである。

 シュナーベルの全曲録音へのその評も笑えるところがあるが、最近のピアニストのベートーヴェン演奏を聴けば、偶像というのではないにせよ、ベートーヴェンの音楽の本質は依然新しく輝いていることがわかる。
cover
ジョナサン・ビス
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集
 っていうか、レオン・フライシャーを介してシュナーベルの孫弟子になるジョナサン・ビスのベートーヴェンのピアノソナタとか、陶酔的によいです。最初は甘いなあ、凡庸だなとか思っていたけど、なんどか聴いているうちにすっかり惹かれてしまいましたよ。ビス先生についてはまた何かの機会に書くかもしれないけど、この最初の「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集」の「悲愴」もいいのだけど、 「ピアノ・ソナタ 第30番」はいいですよ。とくにその第3楽章はあるときふとその美しさに、なんか初恋のように心臓がときめいてしまいましたよ。(僕は手フェチではないけど、あの手もすごい。)
 ああ、いつか、ビスが31番や32番の演奏を公開する日もあるんだろうなあ、聴いてみたいな、と思いました。(すでにあるの?)

 
 

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コメント

真面目にレスしてみよう。クソ重たい「ベートーヴェン事典」を読むことがお勧めです。「ウェリントンの勝利」についても”事典的”に書かれていて勉強になりますよ。

投稿: けろやん。 | 2015.01.27 09:26

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