[書評] 羊皮紙に眠る文字たち(黒田龍之介)
というわけで、新年が明けてからロシア語の勉強を続けています。
教材は、先日書いたようにミッシェル・トーマス(Michel Thomas)の入門用(参照)。12枚組CDで最後の2枚が語彙復習用らしいので、正味10枚。12時間くらいのレッスン。現在、4枚目がなんとか終わったところ。
ミッシェル・トーマスによる言語教育の手法は、オーラルでしかも易しいのが特徴。たしかにCD1枚目はそうだなと思った。が、2枚目以降になるとそれなりに難しい。やはり語学に近道はなさそうだ。もちろん、それでも、この手法は、かなり易しい。
どうロシア語の学習を進めるか?
ピンズラーでわかったが、語学の入門時は音に専念して学んでいくと、数日経つと脳のほうが音に慣れてくるものだ。それを慌てず待ったほうがよいだろう。今回もしだいにそうした効果が出てくるように感じられる。
とはいえ、この教材、どのように勉強しなさい、という指針は一切ないので、当初は戸惑った。
ポール・ノーブル(Paul Noble)でドイツ語を学んだときは(参照)、この教材がもともと易しいこともあり、3日で終えた。が、ミッシェル・トーマスのだと、さすがにそこまでは無理。
基本、ポール・ノーブルがその教材でよく言っていたように、「わかんなくなったら、わかるところまでレッスンを戻しなさい」方式にした。あと、微妙に脳みそが疲れたらおしまいにする。だいたい、1時間くらいで疲れる。
ここまでやってみて、ミッシェル・トーマスのメソッドによる教え方はどうか?
当初、サンプルを聴いていたときは、なるほどポール・ノーブルと同じだな、というか、ポール・ノーブルのほうがミッシェル・トーマスの真似なんだろうと思っていたが、しばらく使って慣れてみると、似ているようでけっこう違うものだなというのが実感。
このあたりの、各種の語学学習法の話は、機会があればまとめてみたいと思っている。
ミッシェル・トーマスのロシア語の教材の教師は、ナスターシャ・バーシャダスキ(Natasha Bershadski)さん。ミッシェルの手法を使っていると思えるほかに、ネイティブならではのナスターシャさんの独自の感性が光っていて面白い。ようは、語学というのは、メソッドより先生による面が大きいということだろう。
ポール・ノーブルの場合は、彼はかなりのIQからして普通に天才で、たぶん、各種言語をかなり上手にしゃべれるのだろうが、そのドイツ語の教材のときには、自分では発音せず、ネイティブをアシスタントに使っていたので、発音矯正とかで直接彼のインサイトがそのまま活かされるということはなかった。その点、ナスターシャさんは、とても上手に生徒の発音矯正をやっている。
というあたりで、ナスターシャさんの情報をググってみると、この教材を作成したころの思いが書かれている文章が見つかって面白かった(参照)。
関連していうと、ミッシェル・トーマス自身の教材はどうかだが、彼のフランス語やドイツ語のコースのサンプルを聴くと、かなりなまりがひどいので避けていた。改めて聞き直すと、これはこれで面白いかとも思う。
おっと、どこが、本の話なんだ?
今回、ロシア語を学ぶにあたって、ちょっと補助教材はないかなと、いくつかあたってみて、この『羊皮紙に眠る文字たち』(参照)に出会ったのだった。
フランス語を学んだときには、補助教材を揃えることが学習のモチベーションの向上にもつながっていたし、それが中国語を学ぶときもその傾向があったが、ドイツ語を学ぶときは、さすがに補助教材探しは減らした。それでも、『文法から学べるドイツ語』(参照)や『Collins Easy Learning German』(参照)など、いくつか役立つ書籍もあった。
ロシア語はどうか? いくつか入門書を見ると、大学のときにロシア語を少し学んだときの絶望感が押し寄せてきて、これはしばらくやめていこうという気分になった。
学部生のとき、大学院進学のための第二外国語の単位が少し必要だということで、ドストエフスキーを読み出した中学生のときからの憧れだったロシア語を学んだが、これがもう難しくてトラウマ。特に、筆記体の勉強で発狂しそうになり、結果、脳になんも残っていない。
でも逆に、今回各種入門書とかを見てると、キリル文字はそれなりに覚えているものだなと思う。
キリル文字については、学部で古典ギリシア語を学んでいたので、さほど抵抗なかったせいもある。それでもあの忌まわしい、ロシア語の筆記体!
![]() 羊皮紙に眠る文字たち スラヴ言語文化入門 |
ロシア語とか知らなくても、普通に読書人にとって面白い書籍だろう。もちろん、ロシア語やスラブ語に関心あると、各段に面白い。あるいは語学に関心がある人も興味深い本だろう。
あとがきにもあるが、「スラブ世界とはなんの関係もないさまざまな人びと」も読者とした、特に高校生、を念頭に書かれたというのが納得できる。
ウクライナ語とロシア語の関係も実体験で書かれていて、こういう機微を知ると、現状のウクライナ情勢への考えも深まる。
読みながら、我ながら、こんなことも知らなかったなぁ、ヒャッハー、がけっこうある。先ほど、私の大学時代の語学のことに触れたが、著者は大学でロシア語を教えていて、最初は学生にじっくりキリル文字を教えるらしい。思い返すと、私はそのあたりで、脱落したのだろう。
他、ヒャッハーの例として思ったのは、「ア音化現象」がある。
いま指摘したように、ロシア語は単語のなかで一つの母音だけを強く発音する。では残りの母音はどうなるか。当然、弱く発音される。標準ロシア語の場合、アクセントのないoは、アクセントのないaと同様に軽く〈ア〉と発音される。つまり、oとaの区別がなくなるわけだ。この現象をロシア語では「アーカニエ」という。日本語でなんと訳してよいのか分からないが、ここでは「ア音化現象」と名付けておこう。標準ロシア語ではこの「ア音化現象」が規範となっている。だからせっかく苦労して文字を覚えても、実際の発音と少し違うことになってしまうのだ。
なんとも不条理な現象だ。しかしこれに納得がいかないのは、何も外国人ばかりではない。(後略)
このあたりは、ナスターシャさんも、英語のシュワを引いて説明していたし、言語学的には音韻としては同じだろうが、ア音自体は弱化では十分に説明できないなと思っていたので、この本の説明で納得した。
たとえば、"хорошо"とか。「ホロロショ」ではない。ハラショー!
ほかに、"Москва"も、「モスクヴァ」ではなく、「マスクヴァー」。
正書法としては、基本正書法は音韻論を追うほうがよいので、そう考えてしまえば、「ア音化現象」はロシア語の正書法の問題ではないけど、発音としては、音自体がかなり違う。
この「ア音化現象」関連でいうと、本書にも話があったけど、"Достоевский"も「ドストエフスキー」ではなく、「ダスタイェフスキ」。
「ベートーベン」でも思ったが、日本語の外来語表記は、かなりゆがんで定着している。「ファオスト」も、「ファウスト」だし。
今後のロシア語学習だが、とりあえず、入門終わったら、おしまいにするつもり。
筆記体のトラウマを呼び起こすのもなんだけど、本書を読んでみて、ロシア語教師である著者はたぶん嫌うと思うが、現代ロシア語でも、表記はローマ字化、つまり、拼音(ピンイン)でいいんじゃないかと思う。
例えば、"Достоевский"も、"Dostoyevskiy"でいいのではないかと。
北京語でも思った連想だけど、ロシア語の入力として、そもそもどうやってラテン字母キーボードでキリル字母入力しているか調べてみると、ピンイン方式もあるようだ。
そこまでロシア語を書くニーズはないように思うが、もしロシア語をさらに学ぶようなら考えてみたい。
У меня русский интересно.
U menya russkiy interesno.
語学学習といえば、Duolingoだが、これで英語からロシア語を学ぶコースの公開は、まだまだ来年くらいになりそうだ。あれ、どうやってキリル字母を入力させるつもりなんでしょうね?
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