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2014.02.28

中国語の勉強を開始した

 若い頃はいろんな外国語ができたらいいなと思うもので、いろいろな外国語の基本みたいなものを概説書や入門書などで読んだりもした。が、実際に勉強するとなると、きつい。義務教育や受験勉強でこってりやっているはずの英語でもきつい。第2外国語とかやってみるとそのきつさがさらに実感される。そんなわけで、なかなか語学はものにならない。
 が、昨年秋から集中的に四か月間、ほとんどゼロのレベルからフランス語学習を始めてみた。いろいろ思うことはあったし、その過程についてもブログで書いてきた。ある程度までの学習成果はあったかと思うが、やはり語学は難しいものだとも思う。もうこれ以上手を広げるのもなんだなとも思っていたが、ふと、フランス語のときほどの意気込みなく、ちょっと中国語もやってみるかと思い、学習を開始した。

cover
Chinese (Mandarin) I,
Comprehensive
 今回もピンズラー方式である。つまり、英語で中国語を学ぶということ。また、音声中心での学習になる。ちなみに、ピンズラー方式の中国語については、ユーキャンから日本語から中国語を教える教材が出ている。前回、フランス語についてユーキャンの紹介をしたら、広告ブログですかみたいなコメントを貰ったが、実際のところ、私はユーキャンの教材についてはほとんど知らない。
 ピンズラー方式の教材は基本三段階から四段階に分かれている。それぞれが30日かかる。フランス語は四段階まであり、全部で120日かかる。それをとりあえずやってみたわけですよ。
 中国語も四段階まであるようだが、今回は、一段階まででやめようと思っている。30日分。
 フランス語のときの経験でいうと、一段階までは効果的で楽しく進められたがその先はだんだんときつかったので、現状そこまで気力はないだろうなと思う。
 しかし、前回ピンズラー方式でフランス語を学んだときは、当初第一段階まで終わることができるか自信がなく、5レッスン毎購入していったが。最後の第四段階は30日分一括販売なので、これ、できるのか自分?と思ったが、一括購入した。で、なんとかそれなりにこなせた。そこで、今回の中国語も第1段階(フェーズ1)の30日はなんとかできるんじゃないかと、一括で購入してみた。
 かくして、今日で5日目。どうか。
 まだ大したことは学んでいない。語数でいったら、うひゃわずか。40語あるだろうかくらいなものではないか。で、それがきっつい。いや、中国語の学習ってこんなきついものだろうか?
 私は高校生のとき漢文はけっこう得意なほうだったし、四書五経とか漢詩とかもよく読んでいるほうではないかと思う。共産党中国には行ったことがないが、台湾や香港とかには行ったことがあり、現地の中国語表記などもそれなりに読めたりもした。旧漢字が読めるのもメリットの部類だ。
 それと、若い頃にちょっと中国語の入門を囓ったとき、そんなに難しい言語でもないようにも思えたものだった。簡体字との差はあるとしても、基本の漢字はすでに覚えているから、日本人にとっては中国語は、英米人がフランス語を学ぶようなものじゃないかと、かく思っていたのである。
 全然!
 いやあ、全然違うな。なんじゃこりゃと思った。
 結論からいうと、自分の頭がすっかり中国語に向いてないということかもしれない。
 それと、ピンズラー方式ゆえのきつさがあるように思えた。英語で中国語を学ぶ、しかも音声だけ、ということで、漢字という文字は使わないことになっている。
 わかったのだ。漢字を見ていると、表意文字の性質からなんとか意味がわかったような気がしているだけで、言語の本質である音声から見ると、こりゃ、全然違うもんだ。
 よく英米人やフランス人で中国語を流暢に使う人がいるので、音声から学ぶほうが正しいんじゃないかと思ってもいたのだが、いやあ、まるで漢字が想像できない中国語の学習は、きついきつい。
 ウォーシャンチューイーテアルトンシ
 I would like to eat something.
 は?
 ウォーは「我」だ。シャンは「想」だ。チューは「吃」だ。これは知っていた。「イーテアル」はフランス語のun peuというか、れいの「儿」だな。れいのってなんだよ。
 で、「トンシ」は何だ?
 って、意味はsomethingだよ。quelque choseだよ。で、それって中国語でっていうか漢字でなんだ?
 「東西」
 え?
 なんか陰陽五行に関係しているらしいが。まいった。
 で、そんなことを知る必要があったのか?
 ピンズラー方式の原則からいうと、ない。それどころか学習の邪魔である。
 困ったなあと思った。
 しかし、中国語の音が頭に残ると、なんとなく、ぼわわわんと漢字が浮かぶのである。そこに漢字があるはずだよなという脳の働きが無意識に止まらない。
 ほんとまいった。
 まあ、ある程度は漢字を探すかなと諦めたが……。
 ついでに思ったのは、ピンインはどうだろ。
 ピンインで覚えたらいいじゃないか。そうだそうだ。そもそも文革のころの中国人というか、毛沢東は漢字を廃止しようとしていたくらいで、中国人にとっても漢字というのは、中国語の正書法みたいなもんで、言語の本質ではないはず。
 ちょっとピンインを調べてみた。
 Wǒ xiǎng chī yīdiǎn er dōngxi
 確かにカタカナよりはましだし、なにより四声がはっきり表記できる。が、わかったのだ。だめだ、俺には。
 你会说英文吗?
 Nǐ huì shuō yīngwén ma?
 って、ピンインの音と同じにはどうしても聞こえない。特に、会がhuìとは聞こえない。ホエ、って聞こえる。
 さらにちょっとこれも知らべてわかったのだが、ピンインというのは音の表記というより、これもまた正書法の一種なのな。あーあ。
 自分がどこまで中国語が学べるかわかったものではないが、ためにしにパソコンのIME(入力システム)を中国語にしてみたら、やはりピンインが使えないと使えない。ので、中国語をある程度勉強するなら、どこかの時点でピンインをきっちり覚えないといけないのだろう。
 ふー、溜息が出るなあ。
 ある意味、英米人みたいに、まず漢字の呪縛を離れて中国語を学べたらそれはでよいのかもしれない。
 でも、そのあと、日本語を学ぶのは、絶望的に無理なんじゃね? 漢字の読み体系が全然といっていいほど違うし。
 まあ、いいや。
 そういえば、沖縄で暮らしていたころ、作家の大城立裕先生から直接いろいろ教わる機会があったのだけど、先生は中国語ができる。で、朝鮮語というも中国語に似ていますねと、いろいろ例を上げて教えて貰ったことがある。
 朝鮮の場合、ある意味、言語政策では文革の先行をして漢字を潰して、ピンインみたいなハングル(オンモン)を使うようになったわけで、音だけにすると、そういう現象がはっきりしてくるのかもしれない。
 中国語は私には無理かもしれないが、それでも少し学んでいろいろ思うことはあった。西洋語だと、YES/NO思考というか、ロマンス系はそれ以外もあるし、英語もそれ以外があるようなないようだが、それでも、基本は疑問文はYES/NOで答えられるもんだが、ピンズラー方式ではちょっこっと、中国語にはそれはありません、とあって、そういうレッスンの仕組みになっていた。思うのだが、日本語でも元来はそうだったのではないかな。
 あと、私は道元が好きでその残してくれた文を読むのだが、彼は和語の達文を書く人でありながら、どうもところどころ、これって、中国語まんまじゃねという部分があり、中国語がわかるようなったら、少しそういう部分がわかるといいなと思っている。
 さらに言えば、李白の詩とか、普通語発音でもいいから、きちんと発音できたら、もっと美しいんじゃなかろうか。
 はあ。遠い目。
 你是美国人吗?
 是。我是美国人。
 え?
 
 

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2014.02.26

読みが難しかったウクライナ争乱

 ウクライナ争乱については読みが難しくなかなか書けなかった。まあ、私などが書いても毎度ながらいやなコメントを貰うくらいがオチだが、実のところ、2月20日以降、私の読みは外していた。そのあたりから少し書いてみたい。
 外したなあと思ったのは、21日時点の暫定的な和解でとりあえず政権崩壊は避けられるだろうと見ていたからだ。
 少し振り返る。21日AFP「ウクライナ政府、反政権側と「暫定的な和解」と発表」(参照)より。


【2月21日 AFP】ウクライナの首都キエフ(Kiev)で起きた反政権デモと機動隊の激しい衝突により多数の死者が出た前日から一夜明けた21日、同国のビクトル・ヤヌコビッチ(Viktor Yanukovych)大統領は3か月に及んでいる反政権派との対立を終結させるために、両者間で暫定的な和解が成立したと発表した。
 欧州連合(EU)が確認したところによると、ヤヌコビッチ大統領と野党の指導者らは長時間に及んだ協議の末、21日に「一時的な」合意書に調印する見込み。旧ソ連からの独立以来、最悪の危機から脱出するための大きな一歩となることが期待される。


 前日20日には、キエフの独立広場(Independence Square)でのデモ隊と機動隊の衝突により、昨年11月にデモが始まって以来最悪の少なくとも60人が死亡した。警察はデモの参加者に対して実弾を発砲し、またデモ側の医療関係者によれば、政権側の狙撃手が建物の屋上からデモ隊を狙い撃ちしたという。
 この事態に国際社会が懸念の声を強める中、政権側と野党側の緊急協議を仲介するためにポーランド、ドイツ、フランスの3か国は外相を、ロシアは特使を派遣した。

 ウクライナを取り巻く関係国の結束がこれでできたのでこれで、とりあえずなんとかなるだろうと私は見ていた。
 今回のウクライナ騒動は18日に大きな転機があった。

 今回の事態は、ロシア寄りのヤヌコビッチ政権が昨年11月にEU加盟への前提となる連合協定の署名を見送ったために、怒った親EU派が抗議行動を開始したことが発端。抗議デモはこれまで1月下旬の一時期を除き、概して平和的だったが、今週18日に戦場さながらの騒乱へと豹変した。政権側は過去数日間の死者は77人と発表しているが、反政権側は20日の1日だけで60人以上が警官隊に撃たれて死亡したと主張している。21日には独立広場に2万人が集まり抗議した。
 抗議に参加したセルゲイ・ヤンチュコフさん(58)は「(和解の)ステップは我々が必要としていたものだが、これだけたくさんの血が流された後で、あまりに遅すぎると思う。これは人道に対する罪で、ヤヌコビッチ(大統領)はハーグ(の国際刑事裁判所)へ送られるべきだ」と語った。

 18日の大争乱が大きな転機だった。私はこれを関係国の強力でなんとか押さえ込めるだろうと見ていたわけである。
 この時点では、その動向が強いようでもあった。同じくAFPで22日「ウクライナ大統領と野党代表が合意文書に署名、露は署名せず」(参照)より。

【2月22日 AFP】反政権デモと警官隊の衝突で3日間におよそ100人の死者が出たウクライナで21日、ビクトル・ヤヌコビッチ(Viktor Yanukovych)大統領と反政権派が、旧ソ連からの独立以降、最悪の危機の収束に向けて合意文書に署名した。


 合意文書は欧州連合(EU)の大国である独仏と、文化的にウクライナと関係が深いポーランドの3外相がEUを代表して2日間にわたって行った仲介でまとめられたもの。EUはウクライナ政府幹部らに対し、暴力行為に関わった責任があるとして、域内への渡航を禁止する制裁措置を発動している。

 ところがこの直後、大きな変化が起きる。
 反政権デモ隊によって首都キエフが掌握され、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領が首都キエフを出て、職権乱用罪で服役中のティモシェンコ元首相が釈放された。
 簡単に言えば、EUなどの合意が反政権デモ隊によって無視された形になった。合意に参加した反政府派はどうなっていたのか?
 そこが今回の争乱の、自分にとっては一種の謎であり、報道から未だに見えてこない。
 印象でしかないのだが、和平合意を崩す武装勢力がよほど大きな意味合いをもっていたのではないか。
 連想されるのは極右連合「右派セクター」である。毎日新聞1月31日「ウクライナ:極右連合「右派セクター」が第三勢力に」(参照)より。

【モスクワ真野森作】反政府デモが激化したウクライナで、極右連合「右派セクター」が第三の勢力として台頭してきた。今月19日、首都キエフでの治安部隊との衝突で、デモ隊側の反撃の中心となり、過激な「武闘派」として注目を集めると同時に、ヤヌコビッチ政権と交渉を重ねる野党指導者も批判し、独自の要求を掲げて、情勢を複雑にしている。
 ロシア通信によると、右派セクターは複数の極右団体の連合体として昨年末に登場した。ソ連崩壊後の1990年代に誕生した「ウクライナの愛国者」「ウクライナ国民会議」といった古参組織と、この数年に結成された「白いハンマー」など若者組織で構成。違法カジノの襲撃や取材記者への暴行で知られる組織も含まれ、反ユダヤ主義者や熱狂的なサッカーファンも加わっている。特定のリーダーはなく、集団指導体制をとる。


 同国の政治学者コルニロフ氏は、露有力紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」に対し、「極右団体は今回のデモに当初から参加し、勢力を伸ばした。メンバーの戦闘訓練を行ってきたため、衝突にたけている」と語る。野党第3党の極右政党「自由」と一体の関係にあり、欧州的価値観を理想とする他の野党勢力や一般市民とは異なる民族主義的な国家像を目指しているという。

 この勢力が今回の争乱の転機をもたらしたということであれば、彼らの動きは、ウクライナの「一般市民とは異なる民族主義的な国家像を目指している」ことになり、俯瞰的な国際情勢の読みは今後も外れることになる。
 どうなのだろうか。この勢力の動向については、1月24日AFP「流血のウクライナ反政権デモ、過激化の裏に謎の右翼集団」(参照)が参考になる。

■親露でも親欧でもない新勢力
 「右セクター」はウクライナを「強い独立国」ととらえており、ロシアの影響を完全に排除したウクライナ国民による「人民の統治」の実現を目指している。同時に、野党主流派の掲げる欧州連合(EU)への加盟にも同意していない。
 「われわれ民族主義者は、祖国を占領する政権を革命的な方法で転覆しなければならない。それ以外の方法は存在しない」。AFPの取材に応じた「右セクター」指導者の1人、アンドリー・タラセンコ(Andriy Tarasenko)氏は、こう断言した。
 ごく最近までほとんど知られていなかったこの集団は、政権への効果的な対抗勢力になれなかったとして全野党を批判し、あらゆる野党勢力との協力を拒んでいる。
 ウクライナの既存の極右政党「自由(Freedom)」とも、その党首オレフ・チャフニボク(Oleg Tyagnybok)氏とも、全くつながりはない。11月以降のデモを率いてきた元ボクシング世界チャンピオンの野党指導者ビタリ・クリチコ(Vitali Klitschko)氏や、連合野党「祖国(Fatherland)」幹部のルセニー・ヤツェニュク(Arseniy Yatsenyuk)氏に対しても、拒否感をあらわにしている。
 「人々は抗議のために街頭に繰り出したのに、その間2か月にわたって舞台を占拠してきた野党指導者たちは、現状維持に全力を尽くしただけだ」とタラセンコ氏は非難した。19日の大規模集会では、クリチコ、ヤツェニュク、チャフニボクの3氏に、デモ参加者から中傷が浴びせられた。


■ネット通じて組織、「これは戦争だ」
 熱心なサッカーファンの集団をメンバーに含む「右セクター」は、SNS最大手フェイスブック(Facebook)を始めとするソーシャルネットワークを通じて運動を組織している。
 同連合は「ウクライナの伝統的なキリスト教と民族主義のイデオロギー」を原則に掲げる団体「トリズブ(Tryzub)」の分派だ。トリズブは、第2次世界大戦(World War II)中~1950年代に旧ソ連と戦った「ウクライナ蜂起軍(Ukrainian Insurgents Army、UPA)」の指導者、ステパン・バンデラ(Stepan Bandera)氏から影響を受けたと主張している。

 繰り返すことになるが、この勢力が今回の争乱にどれだけ関与していたのかが、よく読めない。
 ただ、私が当初想定していたように、いわゆる国際情勢に関心を持つ人々が、できるだけマクロ的に見てきた像とは異なる世界が突然出現したと言えるのではないか。
 補足すると、いわゆる国際情勢的な線でウクライナを見ていくと、大変化が発生する前までは、例えば、21日時点でのWSJ「ウクライナで何が起きているのか―理解のためのクイックガイド」(参照)や、同じく21日のAFP「ウクライナはなぜ炎上しているのか?」(参照)といった解説で事態が説明できたはずだ。しかし、これらの論説は現下の状況説明にはすでに弱い。もちろん俯瞰図は今後のウクライナや世界を考える上で重要な基礎知識ではあるが、今回の事態についていえば、私の予想と同様、読みの点で決定的に失敗していた。
 ともあれ、実際にこのように展開してしまったウクライナ情勢だが、今後をどう読んだらよいのか。
 私が修正した現在の状況認識は、手の施しようのないアノミーである。
 とにかく国家に収納される暴力が市街に露出している状態をなんとかできるかにかかっている。その方向が現状見えるのかというと、わからないとしか言えない。
 とはいえ、マクロ的な状況はそれなりに明確になっている。
 決定的なことは2つ。ウクライナはEUには入らない。そして、ロシアはウクライナを失うことは絶対にしない。
 この部分はブログらしく説明すべきなのだが、おそらく大方の識者の見解でもあるだろうから省略する。
 それに関連するのだが、ウクライナは分裂するか、という問題がある。東側のロシア寄りの住民がロシアに庇護を求めて、それをきっかけにロシアに編入される可能性はあるだろう。そうなるかまでは読み切れない。
 西側社会としては、ティモシェンコ元首相を5月の大統領選挙で支援してなんとか形だけはウクライナ統合持っていきたいところだろう。西側報道からはこの件で悪役に仕立てられがちなプーチンだが、メルケルと会談して所定の合意は取れているようにも見える。
 余談だが、報道という点では、ヤヌコビッチの悪政を暴く報道はロシア側から出ていることにご注意。これはロシアの今後の意向を踏まえた物語もあるだろう。
 
 

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2014.02.25

公立図書館開架の『アンネの日記』や関連図書の破損が発見されたというニュースの関連で

 東京都内の公立図書館開架に置かれている『アンネの日記』や関連図書の多数でページを破られていたことが発見された奇っ怪な事件は、海外にも大きく報道された。
 英語圏のニュースは特に意識しないでも見ているので、その範囲でもいろいろ見かけた。が、大半はBBC記事「Anne Frank's Diary vandalised in Japan libraries」(参照)のように抑制的に書かれていた。
 特にこのBBC報道でが適切に思えたのは、欧米などでよく見られる反ユダヤ主義(anti-Semitism)が基本的に現実にその社会に存在するユダヤ人を排除する意図、さらには、民族浄化の文脈で語られるものなのに、日本にはそうした背景が存在しないことを指摘している点だった。


For many Japanese the book forms the basis of their knowledge about the Jewish holocaust, the BBC's Rupert Wingfield-Hayes in Tokyo reports.

多くの日本人にとっては、この本がユダヤ人ホロコーストについての知識の基礎になっている、と東京在BBCのルパート・ウィングフィールド・ヘーズは報告する。

But what might have motivated the attacks remains a mystery. Japan has no history of Jewish settlement and no real history of anti-Semitism, our correspondent adds.

しかし、何がこの攻撃を動機づけたのかは、依然ミステリーであり続けている。日本、はユダヤ人入植地の歴史と反ユダヤ主義の本当の歴史を全然持っていないのだ、と、私たちの特派員は付け加える。


 日本について所定の知識がある見られるBBC特派員にしてみると、今回の事件が反ユダヤ主義(anti-Semitism)の文脈であるという印象はなかったようだ。
 また、『アンネの日記』が日本社会において独自の位置を占めていたことも記名の専門家のコメントで示唆されていた。

Professor Rotem Kowner, an expert in Japanese history and culture at Israel's University of Haifa, told the BBC that the book has been exceptionally popular and successful in Japan.

イスラエルのハイファ大学で日本の歴史と文化を専門とするローテム・コウナー教授は、この本は日本では例外的と言えるほど人気があり成功しているとBBCに語った。

He says that in terms of absolute numbers of copies of the book sold, Japan is second only to the US, and adds that for Japanese readers the story transcended its Jewish identity to symbolise more powerfully the struggle of youth for survival.

この本が販売された総数で見るなら、日本は米国についで二番目にあり、日本人の読者にとってこの物語は、そのユダヤ人アイデンティティとは別に、青年期の生きづらさを力強く象徴していたと、彼は語った。


 簡単に言えば日本における、『アンネの日記』は、日本特有の文化と戦後史のなかで、他国とは異なった独特の読まれ方をしていたし、それゆえに日本に影響力を持っていたということだ。
 とすれば、今回の事件もそうした、日本という特異な文脈のなかで考えらるのかもしれないが、BBCの記事はそこまで踏み込んでいない。
 いずれにせよ、欧米圏での主要メディアでは、今回の奇っ怪な事件が、日本という異文化の奇っ怪さの文脈で、ある意味で正しく報道されていそうだなという印象を持った。
 が、微妙な例もあった。
 欧米圏ではなく、実際にホロコーストが社会に生じた欧州ではどうだろうか(余談だが、米国の場合は、日系人がユダヤ人のように強制収容所に送られた)と気になって、フランス語関連を覗いて見た。
 いくつか見たのだが、フィガロの記事「Des exemplaires du Journal d'Anne Frank vandalisés au Japon」(参照)が興味深いものだった。

Cet incident survient alors que les critiques se multiplient contre le Japon à la suite de nombre de déclarations jugées «révisionnistes» sur le passé fasciste du pays, notamment depuis l'arrivée au pouvoir du nationaliste de droite Shinzo Abe.

今回の事件は、日本のファシズム時代についての「修正主義者」と判断される多数の表明に向けて批判者が増えていくなかで発生した。特に、国家主義者の安倍晋三が政権についてからのことである。

Le premier ministre avait choqué ses voisins coréens et chinois en visitant en décembre dernier le controversé santuaire Yasukuni pour honorer les âmes de 2,46 millions de militaires tués au combat pendant les guerres modernes.

この首相は、昨年12月、現代戦246万人戦死兵の魂を称えるために、異論の多い靖国聖堂を訪問したことで、隣国の朝鮮人と中国人に衝撃を与えた。


 フィガロ特派員は、今回の事件を、日本の「修正主義者」への反発の文脈で見ているし、特に、安倍首相の登場をその文脈の中心においている。
 こうした見立ては日本でも見られるので、フィガロ特派員の個人的な見解というより、日本での取材の反映もあるかもしれない。
 もっともフィガロ特派員も、日本における『アンネの日記』の特異的な読書現象についてはその前段で明確に述べている。そこに微妙な含みもある。

Le Journal d'Anne Frank connaît un succès étonnant au Japon, où il a été traduit en 1952. Symbole de la persécution des Juifs en Europe, le livre prend un tout autre sens aux yeux des Japonais pour qui la Shoah est un événement lointain.

『アンネの日記』は日本で1952年に翻訳され、その驚くべき成功が知られている。ヨーロッパにおけるユダヤ人の迫害の象徴であるこの本は、ショア(ホロコースト)が遠い国の出来事であるため、日本人の目には別の意味を持つ。

Dans l'après-guerre, de nombreux adolescents du pays, ayant eux aussi vécu les affres de la Seconde Guerre mondiale, se sont identifiés à cette histoire. Le Journal d'Anne Frank trouve encore un écho dans le Japon de nos jours.

戦後、第二次世界大戦の苦難なかを過ごしていた、この国の10代の子どもたちは、この物語のなかに自分たちを見いだした。『アンネの日記』は現在の日本でもその余波を持っている。

L'adolescente est même devenue un personnage de manga. Le journaliste Alain Lewkowicz s'est récemment intéressé à ce phénomène dans une BD-reportage publié sur le site d'Arte.

この10代の子は漫画のキャラクターにもなった。ジャーナリストのアラン・リューコビッチは最近、アルテのサイトでの漫画レポートでこの現象に興味を示した。


 このユダヤ人アラン・リューコビッチの作品は、ユダヤ人社会を持つ社会ではけっこう有名になったようだ。
 タイムズ・オブ・イズリアルの「Behind Japanese fascination with Anne Frank, a ‘kinship of victims’」(参照)も今年の1月に取り上げていた。ここで示されたリューコビッチの見解は、わかりやすい。

“She symbolizes the ultimate World War II victim,” said Lewkowicz. “And that’s how most Japanese consider their own country because of the atomic bombs — a victim, never a perpetrator.”

リューコビッチによると、彼女(アンネ・フランク)は、第二次世界大戦の究極の被害者の象徴であり、原爆によって大半の日本人はそのように自国を捉えている。被害者であって、けして加害者ではないのだ。


 同記事を読むとイスラエルのユダヤ人社会も、日本人の『アンネの日記』の受容には奇妙な印象を持っているようだ。

Currently, approximately 30,000 Japanese tourists visit the Anne Frank House every year, 5,000 more than the annual number of Israeli visitors. That figure places Japan 13th in a list whose top 10 slots are all occupied by European and North American nations.

現在、毎年3万人もの日本人観光客がアンネ・フランクの家を訪問する。これは、イスラエルからの年間訪問客より5千人も多い。この数字はリストの13位にあたるが、上位10位までは西欧人と北米人が占めている。


 リューコビッチの話に戻ろう。こう続く。

“Basically, every Japanese person has read something about Anne Frank, which is even more amazing considering the shocking ignorance on history of many young Japanese today,” Lewkowicz said. “The older generation has read the book, and they buy the manga adaptation for their children.”

「基本的に、すべての日本人はアンネ・フランクについて作品を読んでいる。これは、今日の多数の日本の若者が歴史に呆れるほど関心を持たなことを考慮すると、驚くべきことだ。年長世代がこの本を読み、そして彼らは子どもたちに漫画の翻案を買い与えている」とリューコビッチは語る。



“The Anne Frank-Japan connection is based on a kinship of victims,” Lewkowicz said. “The Japanese perceive themselves as such because of the atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki. They don’t think of the countless Anne Franks their troops created in Korea and China during the same years,”

「アンネ・フランクと日本の結びつきは犠牲者の親近感に拠っている。日本人は広島と長崎に原爆を落とされたゆえに自分たちをそのようにとらえている。彼らは、同時代、朝鮮や中国で彼らの軍隊が生み出した無数のアンネ・フランクを考えない」とリューコビッチは語る。


 日本人には厳しい指摘と言えるだろう。だが、今回の、『アンネの日記』や関連図書の多数でページを破られる事件は、そうした日本人の犠牲者欺瞞の象徴ゆえに起きたとも考えにくい。国際的に見て過剰なほどに『アンネの日記』が強調される日本の戦後社会の動向での、なんらかの反動という文脈にあるのかもしれない。
 いずれにせよ、どのような形で今回の事件の決着が付くとしても、日本人と『アンネの日記』の、特異な関係に今後もあまり変化はないだろうという気はする。
 
 

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