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2014.10.04

「ホラサン」への空爆は何だったんだろうか?

 自分なりに調べてみたがわからなかった。9月22日に米国が実施した「ホラサン」への空爆である。心にひっかかったままというのもなんなので、ブログに書いておこう。
 疑問の核は非常に簡単である。イスラム国に空爆をすると言ったオバマ米国大統領が、それとは関係のない「ホラサン」に空爆をしたのは何故か?
 もちろん、あとから理由は付くし、その理由はあとで触れたいと思うが、率直に言って、そんな話は事前に聞いてなかったし、いったい、どんな根拠で、そんな空爆が可能だったのだろうか? もっと、言えば、どさくさにまぎれにこんなことやっていいのだろうか?
 事態をNHKのニュースで確認しておこう。「米軍 別の過激派組織「ホラサン」も空爆」(参照・リンク切れ)より。


9月23日 19時53分
 アメリカ中央軍は今回、イスラム国に対する空爆に加えて、シリアで活動する別の過激派組織「ホラサン」に対しても、空爆を行ったと発表しました。
 「ホラサン」は、アフガニスタンやパキスタンなどの出身者からなる国際テロ組織アルカイダ系の過激派組織で、アメリカの情報機関は、イスラム国と同様にアメリカにとって脅威になり得るという見方を強調しています。
アメリカ中央軍は今回、シリア北部のアレッポの西で、「ホラサン」の司令部や爆発物などを製造する施設、それに訓練場などに対し、8回にわたって空爆を行い、作戦はアメリカ軍が単独で実施したと発表しました。
 また、空爆の目的は「ホラサン」が即席の爆発装置の開発や欧米諸国から戦闘員を勧誘するなどの活動をし、アメリカなど欧米諸国に対する差し迫った攻撃を計画していたことを阻止するためだと説明しています。

 NHK報道はアメリカ中央軍の話をまとめただけで、あまり報道の体をなしていない。そのことは、NHKにも自覚されているらしく、こう続く。

米にとって脅威の「ホラサン」
 アメリカのメディアは、イスラム過激派組織「ホラサン」について「アメリカにとっては『イスラム国』よりも脅威になり得る」などと、相次いで報じていました。
 アメリカの新聞、ニューヨーク・タイムズやAP通信は、今月に入ってアメリカの情報機関の当局者などの話として、「『ホラサン』はアメリカを狙って攻撃することを目標としており、その脅威は『イスラム国』よりも大きい」などと報じました。
 また、CBSニュースも18日、CIA=中央情報局の元高官へのインタビューで「『ホラサン』は攻撃の対象をアメリカやヨーロッパにしており、空港の警備をすり抜けて機内に持ち込める爆弾を開発している。シリアでは、実際に運ぼうとした欧米の戦闘員も見つけている」と伝えていました。

 米国メディアをNHKがまとめてみましたということで、正直といえば正直だが、ブログの記事みたいなものにしかなっていない。もっともそれは日本の報道社は他も同じではあるが。
 さて、どうにも変な話である。
 シリアはとりあえず主権国家である。そこにひょっこり空爆してよいものだろうか。いいわけはない。そして、今回のシリア空爆は、シリアの防空網を考えると、ますますよくわからない。ごく簡単に言えば、米国はシリアの防空網を抜けたか、あるいは、シリア政府(アサド大統領)が暗黙に自国空爆を認めたか?
 おそらく後者だろうと見られている。
 そこで「ホラサン」への空爆を当てはめると、特段に陰謀論というわけでもなく、「ホラサン」への空爆はシリア政府というかアサド大統領の、暗黙かもしれないけれど、認可があったと見てよい。そして、認可するのも当然で、「ホラサン」はシリア政府(アサド大統領)の敵だからだ。しかも、アレッポはアサド側にとって激戦の要所である。
 この先は陰謀論めく。ここから陰謀論……シリア空爆にあたって米国とシリア側で裏の交渉があって、「アレッポ近いあそこを叩いておいてくれたらOK」みたいなことになっていたんじゃないだろうか。……ここまで陰謀論。ただ、この陰謀論は否定できない。陰謀論は終わり。
 さて、このホラサンへの空爆理由だが、ブルームバーグ「米本土への「差し迫った攻撃」計画、「ホラサン」空爆の理由」(参照)ではこう伝えていた。

 イラクとシリアで支配を拡大する「イスラム国」が注目される中、より差し迫った脅威としてここ数週間にホラサンが浮上。米国の情報当局は、ホラサンの方が米国と欧州への攻撃に一段と的を絞っていると分析する。
 国防総省は声明で、ホラサンは国際テロ組織アルカイダの「経験豊富な古参兵士のネットワーク」で構成されていると指摘した。米当局はホラサンの攻撃計画や、それに関する情報の信頼性に関する詳細を明らかにしていない。
 ランド・コープ(サンタモニカ)のインターナショナル・セキュリティー・アンド・ディフェンス・ポリシー・センターでディレクターを務めるセス・ジョーンズ氏はホラサンについて、「西側を脅かす組織の頂点に位置する」と指摘した。
 国防総省によれば、アレッポ西方のホラサンへの攻撃には巡航ミサイル「トマホーク」が使用された。これとは別に、米国とアラブ5カ国はイスラム国の14の目標物に対し空爆を行った。

 いろいろ書いているが重要なのは「米当局はホラサンの攻撃計画や、それに関する情報の信頼性に関する詳細を明らかにしていない」ということ。わからない、というのが確実なのである。
 以前のブッシュ大統領のとき、不確かな情報を元に軍事行動に走ったとかよく批判されたものだが、今回のオバマ大統領も構図としてまったく変わらないが、なぜか十分な批判を見かけない。なぜなんだろうか。なんとも不可解でならない。
 ブルームバーグ報道はこう続く。

 米国が懸念しているのはイエメンを拠点とするアルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の爆弾専門家イブラヒム・アシリ容疑者とホラサンがつながっているとみられることだ。アシリ容疑者は衣服や人体内に爆弾を埋め込む技術を開発しているといわれている。米国は同容疑者殺害を図り無人機による空爆を行ってきたが成功していない。
 オバマ米大統領は23日にホワイトハウスで、「アメリカを攻撃し、アメリカ人に危害を加えようと策略を立てる者に対し、はっきりさせておかなくてはならない。米国は市民を脅かすテロリストの隠れ場所を放置しない」と述べた。

 さらっと書かれているが、この情報はまったく不確かである。
 また、「米国は同容疑者殺害を図り無人機による空爆を行ってきた」ともさらっと書いているが、ようするにイエメンでオバマ大統領が認可した殺人ロボットを使って日夜暗殺を繰り広げていたわけである。
 「ホラサン」グループだが、イスラム国に匹敵するような脅威なのだろうか。もちろん、そう語られているのだが、事実関係を見ていくと疑問は深まる。AFP「アルカイダ系組織「ホラサン」、シリア空爆で一躍注目の的に」(参照)より。

 米国防総省は、ホラサンが欧米に対する「大規模な攻撃」を計画中だったとした上で、欧州あるいは米国に対する攻撃計画の「最終段階」にあったホラサンの戦闘員らを殺害したと発表した。
 専門家やバラク・オバマ(Barack Obama)政権によれば、アルカイダの元最高指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者の仲間や古参工作員らが率いるホラサンの存在は、以前から知られていた。メンバーは最大1000人ほどで、イスラム国の戦闘員推定3万1000人よりもはるかに小規模だ。

 つまり1000人ほどの組織である。イスラム国の規模には匹敵しない。もちろん、それでも脅威だったということだが、どういう脅威なのかは、はっきりしない。

 ホラサンが計画していたとされる攻撃の内容はこれまでほとんど分かっていなかったが、米当局は先週になってその計画を把握したと報じられている。米CNNテレビは情報当局筋の話として、ホラサンの計画には、歯磨き容器や爆発物に浸した衣類などの非金属製の爆弾の使用も含まれていたと伝えた。

 驚くべきことは「米当局は先週になってその計画を把握した」ということで、これは、それほど緊急性があったということか、なんとなくその時のノリで空爆しちゃったかのどちらかだろう。案外、後者ではないのか。
 さていずれにせよ、「ホラサン」への空爆は意味があったのだろうか。時事がロイターの孫引きでこう伝えている。「アルカイダ系指導者の死亡認める=戦闘員がツイッターで」(参照)より。

【エルサレム時事】米テロ組織監視団体SITEは28日、国際テロ組織アルカイダの戦闘員がツイッター上で、アルカイダ系の武装組織「ホラサン・グループ」の指導者ファドリ氏が、米軍による空爆で死亡したことを認めたと明らかにした。ロイター通信が伝えた。

 やはり不確か情報であり、先の中心人物イブラヒム・アシリ容疑者については話が途絶えた。
 結局その後、どうなったのだろうか。というか、この空爆はなんだったのだろうか? 率直に言って、こんな変な話はないと思うのだが。
 あまり疑問が投げかけられているふうでもないが、9月28日のヒューマン・ライツ・ウォッチは「米国/シリア:米国が違法な攻撃か 調査必要」(参照)で疑問を呈していた。

(ニューヨーク)— シリアのイドリブ県で米軍が行ったとみられるミサイル攻撃で、少なくとも7人の一般市民が死亡した。武力紛争法違反の可能性を念頭においた調査が必要だ、と本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。2014年9月25日のマスメディアに対する声明内で米国防総省のジョン・カービー報道官は、米国による攻撃でシリアの一般市民に死傷者が出たという報告を検証したが、一般市民の死について「現地から信頼に足る報告」を米軍は受けていないと述べた。
 地元住民らがヒューマン・ライツ・ウォッチに語ったところでは、9月23日早朝にイドリブ県北部の村落Kafr Deryanで、少なくとも男性・女性がそれぞれ2人、子ども5人が死亡した。未確認ではあるが、男性2人はイスラム過激派組織アルヌスラ戦線のメンバーだったという情報がある。これら一般市民が、米国の保有するトマホーク巡航ミサイルにより殺害されたという目撃者証言と一致する動画もある。

 奇妙なのはこの先である。

 米国防総省は9月23日にフェイスブック上で声明を発表。同日に米中央軍が、アレッポ県西部を拠点にするアルカイダ系過激派組織「ホラサン集団」に8回の攻撃を実施し、同省がいうところの「米国および西側諸国の利を損なう差し迫った攻撃構想の粉砕」をしたと認めた。同省は空爆地域の特定をさけ、アレッポ県西部に位置するKafr Deryanへのいかなる攻撃についても詳細を発表しなかった。
 「人権のためのシリア・ネットワーク(SNHR)」の報告によると、Kafr Deryanへのミサイル攻撃で直撃を受けたのは、武器庫を含むアルヌスラ戦線本部だという。同ネットワークはしかしながら、武器の隠し場所への米軍攻撃で起きた二次爆発で、100メートルほど離れたところにある民家が崩壊し、12人の一般市民も犠牲になったとしている。これら犠牲者の氏名にはヒューマン・ライツ・ウォッチが収集した目撃者証言と一致するものも含まれる。

 正直いって、ヒューマン・ライツ・ウォッチの情報もよくわからない。私の誤解かもしれないが、ホラサンへの攻撃のどさくさで秘密裏に市民への空爆をしていたのだろうか。
 ところでその後だが、昨日、3日付けのロイター「U.S. strikes on al Qaeda group in Syria did not inflict decisive blow: sources」(参照)の記事があった。それによると、現状まだ調査中ではあるが、「ホラサン」への空爆は失敗だったようだ。空爆した地域の「ホラサン」グループは実際にはもぬけの殻でもあったようだ。
 おいっ。
 
 
香港・真正的普選
 
 

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2014.10.03

なるほど捕鯨を自由化すれば捕鯨は終わるかも

 日本の捕鯨問題は微妙な問題だと思う。個人的には、各国から捕鯨はやめろ言われているのだし、日本にとって捕鯨がさほど重要だとも思えないので、やめればそれで終わりではないかという印象はある。が、少し考えると、なかなか実態は複雑だなと思える。考えるに怯むという感じもする。なのでごく簡単に、3月31日国際司法裁判所(ICJ)下された判決あたりから振り返ってみる。
 今回問題となったのは、2005年から実施されている第2期南極海鯨類捕獲調査事業(第2期調査)の実施についてである。判決は、南極海に限定されるが、第2期調査の実施を差し止め、さらに今後は日本政府の調査計画も差し止めるというものだった。
 なぜこうなったかだが、前提は、科学的な調査は認められるが、商業捕鯨は認められない、ということ。そこで第2期調査の実態を見ると、日本側の科学的な調査ではないと判断された。だったら、実質商業捕鯨になっているではということだった。
 なぜ、科学的な調査ではないと判断されたか。科学的な調査なら対象となるミンククジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラの三種について、前提として統計的な有意レベルの捕獲数が必要だが、にもかかわらず、それが現状捕獲されていないからだ、ということだった。
 逆に言えば、ミンククジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラが予定どおり捕獲されているなら、その統計的な有意レベルになっただろうし、商業捕鯨とは見なされなかっただろう。
 実態はどうか。ザトウクジラはゼロ。ナガスクジラはわずか。ミンククジラは計画の4分の1だが、全体から見るとミンククジラだけ捕獲しているかに見える。これでは科学調査になりえない。
 これだけ見ると、これでは調査になっていないと思う。だが、裁判に上がらない背景がある。ザトウクジラは主にオーストラリアからの政治的圧力で実質2005年から捕獲をすでに断念していた。ナガスクジラの捕獲が少ない理由はよくわからない。ミンククジラも捕獲が少ないことから、同様に反対意見に配慮したためではないかと思われる。
 いずれにせよ、これでは調査になっていないということは言える。そもそも調査できないじゃないですかと言えないこともない。
 その現状を判断すると今回の結論になったということではないだろうか。その他にも、規定の解釈に異論もありそうだった(参照)が、法議論は私にはよくわからない。
 南極海以外に三種のクジラはいるし、この点については直接的には今回の判決には影響しないので、三陸沖から東経170度、北緯35度以北の海域の調査捕鯨は継続する。
 それでいいのかという問題が起きる。
 率直に言うと、その枠組みでは私にはわからない。
 ただ、今週のニューズウィークにも翻訳記事が掲載されているが、ディプロマット寄稿による視点、「日本:クジラを食わせてやれ(Japan: Let Them Eat Whale)」(参照)は興味深かった。捕鯨を自由化すれば捕鯨は終わるかもしれないというのだ。
 記事は、南極海での捕鯨調査が実際上難しいという現状についての言及がないので、あまり公平ではないなという印象もあるし、また、そもそもこの記事はネタかもしれないなという印象もある。だが、指摘自体は興味深い。


That Japan is now going all out to morph its bogus research program into something the international court would legally sanction is not surprising. For years, its whaling programs have enriched and empowered an interlacing web of business, political, and bureaucratic interests often at odds with many of Japan’s larger national objectives, such as environmental stewardship.

日本は現在、偽の研究計画を国際法廷が法律上是認可能なことに変更すべく全力を尽しているが、これは驚くべきことではない。何年にもわたり、その捕鯨プログラムはビジネス、政治で、官僚的な利益が交錯する関係で資金投入され強化されてきた。これらは、しばしば環境保全など日本のより大きな国家目標にそぐわないにもかかわらずだ。

The result is that whaling in today’s Japan is neither “research” nor “commercial.” Now an essentially state-run enterprise, it has all the trappings of the worst kind of market-distorting subsidies and wasteful government spending that rival the world’s most inefficient state-owned corporations.

その結果、今日の日本の捕鯨は「研究」でも「商業用である」でもない。今や、本質的には国営で企業であり、それは市場を曲じまげる最悪の補助金と、世界で最も非能率な国有企業に肩を並べる無駄な財政支出で全体が覆われている。


 ごく簡単にいうと、捕鯨というのは、一種の国家事業で、商用と言っているわりに、商業的な基盤が予期されているわけでもないということ。
 水産庁関係の存続が目的なのだとの指摘もある。

Set up in 1987, the non-profit Cetacean Research Institute runs Japan’s whaling program. It owns Japan’s whaling fleet, hires its mariners, and distributes and stores whale meat. It receives tens of millions of dollars annually in government subsidies for its services -- more than $50 million just for the most recent fiscal year. It is also where many retired officials from Japan’s fisheries agency and other bureaus go after retirement, forming an extended iron rice bowl system of lucrative sinecures that helps ensure Japanese whaling survives.

1987年に設立された非営利団体である鯨類研究所が日本の捕鯨プログラムを運営している。それは日本の捕鯨船団を所有し、要員を雇用し、鯨肉の配布・保管を行う。それは、このサービスのために政府補助金として、毎年数千万ドルを受け取っている--最新会計年度で言えば5000万ドル以上である。それはまた、日本の水産庁や他局からの多くの退職者に退職の世話を行っているし、儲かる閑職に食いはぐれのない職種システムを形成し、日本捕鯨を存続を手助けしている。


 そこはよくわからない。それほど強固な団体とも思えないからだ。
 しかし、捕鯨が商業的であると海外から見られているわりには、実際に市場で求められているかというと、日本人として、まったく生活実感がない。この点も同記事に言及されているが、そもそも現状でも余剰在庫があり、日本人が鯨肉を食べていない。ときどき食べるとまれに食べるを合わせても日本人の14%。食べないとするのは37%とある。実感に近い。
 ということから、同記事では逆に、捕鯨をきちんと自由化させ、日本国家から切り離したら、捕鯨は終わるだろうというのだ。
 まあ、そうかなとは思う。近未来的にはそうだろうと思う。世界史を眺めてもわかるようにそもそもクジラの乱獲を長年やってきたのは、日本だけではないし、当時の乱獲ニーズが現在世界にあるとも思えない。食材として、ミンククジラより他のクジラが美味しいといっても、それが理由で即座に乱獲が始まるとも思えない。
 市場原理に従えば、日本の捕鯨は終わるだろうと思う。
 なんとも皮肉な話だが、ディプロマット記事は日本での捕鯨団体の利権を批判しているが、実際のところ、世界の反捕鯨団体もまたそのシステムの中にある。捕鯨を批判するから、市場が適正化されないのである。
 もっとも、捕鯨というのはそもそも市場の問題ではなく、生態系の問題であるとも言える。だったら、国際機関で調査捕鯨をすればよいのではないか。
 
 
香港・真正的普選
 
 

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2014.10.02

[書評]愛は、あきらめない(横田早紀江)

 どさっと届いたDMのカタログの一つの表紙がもうクリスマスっぽくなっていて、おやおや気の早いことだなと見ると、「いのちのことば社」の「クリスチャンライフ カタログマガジン」だった。「だったらそうだよなあ」と思いつつ、ぼんやり表紙を眺めていたら、「私の力の源は、祈り」とある。福音派的な信仰の人はいつもそうだよねと、普通に見過ごしてしまいそうになったが、その横に「横田早紀江さん」と書いてあって、驚いた。

cover
愛は、あきらめない
(横田早紀江)
 横田早紀江さんは、北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみのお母さんである。彼女はクリスチャンだったのか? 知らなかった。まさかとまでは思わなかったが、そこに思いが至ることがなかった。各種媒体で彼女を見かけることがあっても、品のいい女性だなあという以上に、この人はクリスチャンだろうと思うことはなかった。
 カタログを捲ると巻頭に特集があり、この書籍が「横田早紀江さんを囲む祈りの会」での話を中心にまとめたものであることを知る。まあ、読んでみよう。
 読んだ。泣けた。
 横田めぐみさんが拉致されるということは、こういうことだったのだなというのに初めて向き合ったようにも思った。
 そして、北朝鮮という国家と、それを支持してきた人たちへの憎悪のような感情が胸にこみ上げそうになる。だが、そこで憎悪は終える。横田早紀江さんが願うのは憎しみではない。この本は信仰という一つの奇跡の書籍なのだし、涙もそうした思いに集約されてくる。いや、そう紹介すべきではないかもしれないし、そう読まれるべきではないかもしれない。ただ、私はそう読んだ。
 北朝鮮による日本人拉致問題を軽視する思いはない。だが、この本は、そうした文脈で読まなくてもよいと思う。この本には、人生でとてつもない理不尽な不幸に向き合ったとき、信仰が何を意味するかということが、普遍的に描き出されていると思った。それはもしかすると、信仰やキリスト教というものを越えたなにかかもしれないとも思う。
 彼女がクリスチャンになったのは、拉致問題が公にされる前のことだった。めぐみさんの生死もわからずに過ごした日々のことであったらしい。

 そのうち雪の降る季節がやってきて、雪が降るまでに見つかってほしいと思っていましたが、見つかりませんでした。なぜ娘がいなくなったかもわからず、本当に苦しみました。あの子に対して何か悪いことをしたのだろうか、親として至らなかったのであの子がいなくなったのだろうか、と自分を責めました。追い詰められて、死にたいとも思いました。

 あっさり書かれているが、こうした不可解な絶望に触れたときに、人が辿る思いがきちんと書かれている。そこには確固とした普遍性のようなものがある。

 そのような時に私は聖書に巡り会いました。お友達が「読んでごらん」ともってきてくれて、初めて聖書を手にしました。その人は「難しいけれど、大事なことが書いてあるから」と言いました。ヨハネ福音書に、1人の盲人の人について弟子たちがイエスに尋ねているところがありました。「これはこの人に罪があるからでか、それとも両親にあるのですか」。イエスは、「この人が盲人なのは、本人の罪でも、両親の罪でもなく、この人の上に神のみわざが現れるためです」と言いました。
 私には難しくてよくわかりませんでしたが、でも何だか救われた気がしました。神のなさったことなら、ものすごく大きな意味があるのかもしれない。そう思いながら聖書を読んでいきました。(後略)

 彼女はそこからキリスト教を、というか、その神を信じるようになる。その信じるありかたは、素直にこう書かれている。

 新約聖書のマルコの福音書5章を読むと、ヤイロの娘が亡くなって、父親がもうあきらめていた時、イエスは「恐れないで、ただ信じていなさい」と一言おっしゃいました。それは今の私と同じだと思いました。神様がいらっしゃることは確信していますが、神様が何をお考えになり、何をなさろうとしているのか私にはわからないので、信じるだけなのです。

 「信じる」というということの一つの普遍的な形が簡素に表現されている。神の御業は理解できないが、信じる、あるいは、それの理解できない状態であることが信じるというということである。微妙なので、こう言ってもいいかもしれない。御業が理解できたらそれは信じるというのは少し違うのかもしれない、と。
 私にはそういう信仰はない。まるでないと思う。人生にはなんらかの意味がなければ生きることは難しいだろうと思うし、人生は無意味だという人もどこかで意味を隠して生きているのだろうと思う。私が思うのはそこまでである。
 だが、振り返って横田早紀江さんの人生に示されたものは何だろうかと考えると、畏敬の念に打たれる。私の人生にはありえないことだ。では、それは奇跡だと言えるのか。
 私は奇跡と言っていいと思う。それを生み出したのが信仰だというなら、そう思う。

 
 
香港・真正的普選
 
 

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2014.10.01

赤い羽根の原価はいくらなんだろうか?

 テレビの国会中継をちらと見たら、政治家が胸に赤い羽根をさしていた。そうか、10月1日かと思った。赤い羽根共同募金が始まったわけである。そしてぼんやり、あれの原価が500円だという話を思い出した。

 500円? そんなわけないでしょと自分でも思う。その話を聞いたときにもそう思ったので、逆にたぶん、その記憶自体は違っていないのかもしれない。困ったことに、なぜ原価が500円もするかという理由は、けっこう経費がかかってねという以外は忘れてしまった。あるいは、町内会で渡される募金用の専用封筒に「500円一口」とあったことでそういう話になったのかもしれない。実際、これ500円なんだし……みたいな。

 この手の話は、たぶん誰も疑問に持つことだろうと、調べてみると、ある。「赤い羽根の原価は、1本あたり1.6円です」という話はよく出てくる。他に人件費込みで2円くらいという話も出てくる。まあ、いろいろ出てくる。

 だが、どこにも根拠がない。まいったなとさらに調べていくと、かつて赤い羽根共同募金のサイトに「1.6円」という情報が掲載されていたことがわかった(参照・リンク切れ)。現在では同サイトを探してもみつからない。2007年ごろの話である。さらにネタとしてはさらに古いかもしれない。

 常識的に考えて、あれの原価が500円というのもなさそうだが、1.6円というのもありないように思う。ピンを付ける手間を省いても、もう少しかかっていそうに思えるし、そもそも加工賃を含めると、どのくらいになるだろう。

 ここで、またマヌケなことを思い出す。現在は、ピンではなくてシールになっている。調べてみると、昭和の時代からそうなっていたらしい。ピンの加工がなければ、普通に鳥の羽を赤く染めたくらいで済むから、かなり原価は低く抑えることができるはずだ、それでも1円とか2円とかでは、材料の購入も可能とも思えない。

 しかしと思う。今朝見た国会議員の胸についていたのは、ピンだったように見えた。あれ、特注品じゃないの?

 というわけで、この愚問について調べてたのだが、やはり皆目わからない。赤い羽根共同募金のサイトには、決算事業報告書や事業報告書があるのでそれを見るとわかるかなと読んでみるのだが、わからない。私に決算報告書を読む能力が足りないというのは認めるが、ここからわかるもの? たとえば、赤い羽根の原価とか?

 率直なところ、「原価厨」というわけでもなく、別にあんなもので暴利をむさぼっているとも思いもしない。大半は、町内会とかで実質強制的にする募金のほうが多いだろうと思うからだ。だが、事業規模として「毎年169億円以上に上ります」というのと、さきの決算事業報告書の関係がよくわからなかった。募金というのは、それ自体は事業の収益とは異なるからだろうとも思うが。

 つらつらと関連の資料を見ていくと、率直なところ、なんのためにこの募金活動をやっているのか、そのミッションが理解できなかった。スローガンは「自分の町をよくする仕組み」とある。それはわからないではない。基本的に寄付金は都道府県ごとに使われているからだ。

 だが、それでも実態はほぼ強制に近く、税に近いことを考えると、なんでこの規模の地方行政が、現実の地方行政と別立てに存在しているのか、わからない。これも皆目わからない。

 ウィキペディアの情報は不確かなのだが、このあたりは、私が聞いた話でもそうだったようなと思うので、引用する。


 この赤い羽根は、アメリカにおいて共同募金の象徴として使われていたものを日本でも戦後の混乱期に戦災者への募金の象徴として援用したのがはじまりである。アメリカの共同募金は自主的なものであるが、GHQの指示でそれを日本でも行う際、募金を自主的に行う団体が立ち上がるまでの暫定措置として自治体やその関係機関で募金を行っていたところ、占領が終わって自主団体が立ち上がらないまま現在に至っているものである。

 なんとなくGHQの名残が惰性で続いているだけなんじゃないだろうか。あるいは、自治会会費を集めるのと込みになっているんじゃないだろうか。

 このあたりは、社会福祉協議会とも関連するし、同じようなGHQの名残であるPTAなんかとも似ている。これらの組織は、基本的に初期段階のGHQの日本統治構想から出て来たものだろうが、GHQが冷戦対応で逆コースになっていくうちにそまま放置され、その後は官僚制の末端と接合されて、あとはただその団体の存続がために続いているのではないだろうか。

 赤い羽根共同募金をなくせ、とか奇矯なことを言うつもりはないけど、自分としては、戦後のこうしたタイプの制度とその変遷についてなにかまとまった本でも読みたいものだと思うが、見つかりませんねえ。
 
 
香港・真正的普選
 
 

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2014.09.30

IKEAのミートボールを真似てみた

 IKEAのミートボールを真似てみた。スウェーデン風ミートボールである。
 料理自体は別にどうってことのない料理なんだけど、リンゴンベリージャムが普通の店は売ってないので、つい他のジャムとかにしたり、ソースはグレービーでいいや、とかやっちゃいがち。でも先日、IKEAに行ったおり、ソースの元とリンゴンジャムを買っておいたので、いつか作ろうと思っていた。
 今日でいいんじゃね、というわけで作ってみた。

 作り方は、IKEAのサイトに書いてある(参照)。レシピカードもダウンロードできる(参照)。

 ミートボールは普通にハンバーグを作る要領でいいので、ハンバーグ作れる人なら特に問題はない。というか、なんか違いがあるのか? ハンバーグより簡単。ちなみに、できあいのもIKEAに売ってはいた。
 ソースはIKEAに粉末のが売っていたのでそれ使った。これ、グレービーでもいいのだけど、ほいとグレービーだけが出来るわけでもないし。
 マッシュトポテトは圧力釜使うと8分くらいで簡単に出来ちゃう。

 というわけで、作ってみたら意外に簡単だった。
 喰ってみた。ありゃ、自分で言うのもなんですが、おいしいです。
 IKEAで食べたのよりおいしいんじゃないか。そりゃ、しかし、ソースとリンゴンベリージャムがIKEAのまんまだものね。

 でも、気のせいか、ソースもリンゴンベリもおいしかったような気がするというか、ソースがやっぱこれがええわ。こんなのただのグレービーじゃんと思ったけど、かなりポイントだった。こんどこれで、プーティンを作るかなあ。カナダ料理のあれ。料理っていうのか知らないけど。
 そして、リンゴンジャムがすげーミートボールとこのソースに合う。ちょっと他のジャムで代替しちゃだめだね。というか、だったら別の料理にするほうがいい。

 というわけで、そんだけ。

 飲み物はIKEAで売っていたエルダーフラワーのジュースがおいしいです。というか、シロップを薄めるのだけど、けっこう酸味があって、十分薄めるとちょっと白ワインふうになる。酒を飲まなくなったので白ワインの代わりに使えてこれも便利。

 私は、料理が満足にできるとその後は作らない人なんだけど、これはまた作ってもいいかなとも思った。簡単だし。

 IKEAの飯というと、あとはザリガニかなあ。冷凍みたいのが売っていたし、IKEAでは食べて意外においしくて驚いたのだけど、ちょっと冷凍の買ってまで食べるのはどうかなあ。
 
 
香港・真正的普選
 
 

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2014.09.29

御嶽山の噴火のニュースで困惑したこと

 御嶽山の噴火のニュースを聞いたとき、噴火というだけで驚いたが、その後しばらくよくわからない状態でいた。変な言い方だが、何がわからないのかわからないという感じだった。
 御嶽山は以前にも噴火した。1979年(昭和54年)に水蒸気爆発したときは前橋にも灰が降った。休火山と見られていた御嶽山が噴火したということも合わせて大きなニュースだったが、人的な被害が出たという記憶はない。だが、今回は被害が出たらしい。(追記:記憶違いで当時は「死火山」と見られ、これを機会に「死火山」「休火山」がなくなった。)
 当初けが人は少なくとも8人、4人が灰に埋まっているといった報道(参照PDF)だったので、それほど人的な被害はないだろうとも思っていた。ただ、山頂に150人以上取り残されているとの報道(参照)もあり、被害者は膨らむ可能性はあるなと思った。いずれ、水蒸気爆発の影響で溶岩流ということではないさそうだ。
 被害者が増えれば大事件だろうとも思ったが、今まさにその救出活動なのだろうと思い、報道を見守ることにした。NHK系の報道が厚かったが、災害者を気遣ってというのもあるだろうが、関係者の情報が入手できたので報道にしているような印象もあった。
 その後、心肺停止者が31名という報道も流れ、大きな災害であることは察せられた。反面、千人単位の人が亡くなるような巨大な天災とまではならなかったかとも思った。
 今回被害者が多かったのは、なぜだろうかとも考えた。そこがよくわからない部分だった。仮にこう言えるだろうかとも思った。つまり、被害者は登山客であり、わざわざ危険な地域に入っていたから被害にあったのだ、と。しかし、彼らとしても、安全だと想定して入ったのだから、そうも言えない。
 ここで、自然に思考はこう向かう。事前に危険性は予知できなかったのか。また、事前に危険地域は指定できなかったのか?
 前者については、振り返ってみると、無理だったと考えるのが妥当だろう。いろいろ調べてみると予兆と見られる地震はあった。10日からである。気象庁「火山の状況に関する解説情報の発表状況 御嶽山」(参照)にまとめられている。16日はこうだった。


 9月10日からの火山性地震及び火山性微動の回数(速報値を含む)は以
下のとおりです。
             火山性地震 火山性微動
 9月10日        52回     0回
 9月11日        85回     0回
 9月12日        10回     0回
 9月13日         7回     0回
 9月14日         8回     0回
 9月15日        27回     0回
 9月16日(15時まで) 12回     0回

 その後はこの情報は途絶え、27日に次のようになる。

1.火山活動の状況
 御嶽山では、本日(26日)11時53分頃に噴火が発生しました。
 山頂火口の状況は視界不良のため噴煙の高度は不明ですが、中部地方整備局が設置している滝越カメラでは南側斜面を噴煙が流れ下り、3キロメートルを超えるのを観測しています。11時41分頃から連続した火山性微動が発生し、現在も噴火が継続していると推測されます。
 15時までの火山性地震及び火山性微動の回数(速報値)は以下のとおりです。
           火山性地震
  9月26日11時   79回
  9月26日12時  159回
  9月26日13時   31回
  9月26日14時   23回
 
 噴火発生後も火山性地震の多い状態が続いています。

 この経緯を見ると現時点の体制では今回の噴火は予測できなかっただろう。
 なお、この16日だが噴火警戒はレベル1だった

<噴火予報(噴火警戒レベル1、平常)が継続>

 今回の噴火後はレベル3となっている。

<火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)が継続>

 レベルの解説も公開されている(参照)。これでもわかるように、レベル3は「有史以降の事例なし」である。
 単純に考えると、今後は、10日のような兆候があった時点で、レベル2に引き上げれば、人的な被害は避けられそうだ。


 だが、ここで思うのである。今後の噴火はそのように起こるのだろうか? つまり、今回は予兆があったが、この次の噴火は今回と同じ予兆があると言えるのか?
 たぶん、答えは、ノーだろう。
 予兆なく、レベル3状態は発生すると考えたほうが妥当だろう。
 すると、どうなるのか?
 つまりこれが冒頭記した「変な言い方だが、何がわからないのかわからないという感じだった」という核にある。
 被害を絶対に出すなというなら、いかなる時でも入山禁止とすればよいということは言える。だが、それも可能だろうか。そう疑問に持つのは、その地域の産業全体とのバランスでそういう決定がどういう手順で下せるのか、よくわからないということである。
 ここで私はふと、そういえば、日本の新聞の社説はどんな意見を出しているのかと気になる。覗いて見る。
 朝日新聞の社説を読んだ。率直にいって雲を掴むように思えた。29日「御嶽山噴火―火山リスクの直視を」より。


 今回、噴火するまで御嶽山の警戒レベルは、5段階で最低の「レベル1」(平常)だった。
 気象庁は噴火を予知することは困難だったとしている。火山性の地震が今月になって増えたが、ほかに異常がなく地震も落ち着いていた。地震の続発は、地元自治体に伝えてもいた。
 もし地震が増えた段階で、火口周辺への立ち入りを規制する「レベル2」に警戒レベルを引き上げていたら、あるいは立ち入り自粛を呼びかけていたら、被害を減らすことができただろうか。検証が必要だろう。
 自己責任にゆだねられる部分が多い登山で、こうした警戒情報をどのように伝え、万が一の事態にどう備えるのか。それぞれの火山で、地元自治体は気象庁や登山愛好者らと相談してみてはどうだろう。
 火山噴火予知連絡会の拡大幹事会はきのう見解をまとめた。今回の噴火は、地下水がマグマで熱せられて起きた水蒸気爆発で、火砕流を伴った。今後も同程度の噴火や火砕流の発生に警戒が必要と呼びかけている。
 国内の噴火で犠牲者が出たのは、1991年の長崎県の雲仙・普賢岳以来だ。110もの活火山がある日本だが、全体としては静穏な歳月が続いてきた。
 火山噴火は比較的低いリスクと見なされ、他の災害に比べ対策が遅れている。火山予知連が監視強化を求め、気象庁が常時監視する47火山でさえ、必ずしも観測体制は充実していない。


 世界有数の火山国である以上、政府は火山のリスクを軽視していてはならない。
 火山の観測や研究を強化するとともに、噴火被害の軽減策を着実に図るべきである。

 揶揄したいわけではないが、ナンセンスなことを言っていると思う。レベル2に上げていたらというのは今回の事例であって、今後はわからない。検討対象でもないだろう。「地元自治体は気象庁や登山愛好者らと相談してみてはどうだろう」というのはなんかのギャグということでもないだろう。
 結語に至っては、およそ、ではどうしたらいいのかというのがわからず、提言にすらなっていないように思える。
 というわけで、他紙も見たが、率直に言って、引用する意味も感じられなかった。それでも部分的に見ると。
 読売新聞社説。

 最近は、中高年の登山ブームもあり、登山客でにぎわう火山は多い。周辺には温泉など有名観光地もある。万一の事態があることも忘れてはならない。

 毎日新聞社説。

 00年3月の有珠山(北海道)噴火では、地震活動が活発化したことを受け、噴火2日前に自治体が住民に避難指示を発令したが、11年1月の霧島山系・新燃岳の噴火では、事前予知ができなかった。こうした経緯を教訓に、噴火警報の在り方や活火山の監視・観測体制の見直しについて、今後、検討を重ねてほしい。

 産経新聞も結語は似ているが途中、率直に不可能だと認めている。

 観測技術の向上により、自然災害の予測がある程度可能になった分野もある。しかし、全ての災害を予測し、リスクを回避することは不可能だ。

 結局、どういうことかというと、今回程度の被害を考えるなら、「常時、御嶽山は入山禁止にすべきだ」ということになる。ただ、これが新聞各紙社説で主張されてないのは、ちょっとそれは言えないよねということだろう。
 あるいは、「入山するなら災害の覚悟はしてくださいね。災害時には救助は行いますが」ということだろうが、それもちょっと言えないよねということだろう。災害後の責任の問題は厳しくなるだろうし。
 困ったなと思う。
 そして、困ったなと思うのは、たぶん、この問題、なんとなく忘れ去られて、20年後くらいにまた災害を起こすのではないだろうか、ということだ。
 
 

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