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2014.09.27

北朝鮮はそろそろ崩壊するか

 北朝鮮の崩壊という話はもう20年くらい定番で外し続けているので、もはやネタにしかならない。崩壊しない強固な理由があるからだと考えた方がいい。外的には関係諸国のどこも崩壊を望んでいないこと(大量破壊兵器があっても米国は攻めない)と、内的には人民が疲弊していて反抗もしそうにないことだ。
 加えると、アノミー(無秩序)になるのを防ぐほどには警察力や軍事力が保持されていることもある。
 内情は見えない。かくして北朝鮮国内の人権侵害が深刻化するが、北朝鮮についての人権活動家の活動は、ないわけではないが、にぶい。ついでに余談だが、現在米国では北朝鮮で強制労働刑を宣告されたマシュー・ミラーさんのことが話題になっているが日本での報道はないわけではないが少ない。
 とはいえ、昨今の外部の動向を見ていると、北朝鮮が崩壊する可能性はあるかもしれないとも思う。なぜそう思うかという理由を最初に述べておくと、安倍政権が進めている拉致被害者調査がどうにもきな臭く、その先に不安があるからだ。
 日本側からオファーに北朝鮮が応じるメリットが、そもそもきな臭いと言ったほうがいい。日本は、それ相応のシナリオとカネを北朝鮮側にちらつかせたと思うのだが、ようするにそれで釣られる勢力が北朝鮮内の権力機構にあるということだ。なぜそんな勢力があるかというと、北朝鮮あるいは一派が、経済的に追い詰められているからだろう。また、追い詰めができるのは中国ということになるので、その面から言えば、北朝鮮が日本に色目を使うのは対中バランスでもあるのだろう。どちらかというとそのバランス面が濃くなってきたのか、安倍政権のシナリオは狂い始めているようにも見受けられる。
 もう一つ理由がある。張成沢の粛清である。率直に言って私は想定外だった。金正恩というのはただのハリボテで、背後は中国チャネルを持つ張成沢か、あるいは彼が他の利権グループ(呉克烈)、あるいは軍など、と調停した象徴だろうと思っていた。利権の奪いの結果だろう、と。それが粛清までさらりとやってしまうのだ。権力構造がとても不安定である。
 いずれにせよ張の粛清を誰が行ったかというのは諸説があるが謎だったが、張後の権力構造から概要は結果的には示されることになるはずだ。
 その相貌が少し見えてきた。今日のNHK「北朝鮮 ファン氏が国防委副委員長に」(参照)より。


 北朝鮮は25日、ピョンヤンで国会に当たる最高人民会議を開き、キム・ジョンウン第1書記は出席しませんでしたが、キム第1書記が提出した議案に基づいて、国の最高指導機関と位置づけられている国防委員会の人事が承認されました。
 それによりますと、国防委員会のチェ・リョンヘ副委員長がその職から解かれ、新たな副委員長に軍のファン・ビョンソ総政治局長が就くことが決まりました。
 ファン氏は、ことし4月に軍の要職である総政治局長に就任するなど軍で急速に頭角を現し、今回、国防委員会の副委員長となることで、キム第1書記の最側近として存在感をさらに強めそうです。

 ナンバー2だった崔竜海(チェ・リョンヘ)は国家体育指導委員会委員長に就任したので粛清というわけではないらしい(参照)。浮上したのが黄炳瑞(ファン・ビョンソ)だった。
 どのような意味か? 黄炳瑞による他派追求の一環だろうとは思われる(参照)。だが、経緯はよくわからない。
 張粛清の指揮は、金元弘(キム・ウォンホン)と崔竜海であるという話もあり(参照)それにつなげると、黄炳瑞が金元弘を抑えたのかもしれない。
 さらにきな臭い話につなげると金元弘が日朝協議を実質的に取り仕切っていたらしい(参照)ので、そのあたりの事態が現在の対日外交の歪みと関係あるのかもしれない。内情の人脈の動きはわからず、憶測を越えることは難しい。
 いずれにせよ、基本的な枠組みは利権の争いだろう。そうなる理由は、北朝鮮の利権が外貨獲得経路に関係しているためだ。軍もまたその外貨なくしては存続できない。
 そうしたなか、産経新聞のネタ記事だろうと思っていた「「金正恩の権力強くない、台本を書いているのは組織指導部」「体制崩壊は5~7年後」 脱北者ら分析」(参照)という記事のウラが意外に興味深いものだった。まず同記事だが。

北朝鮮に関する学術会議がオランダ南西部ライデンで開かれ、体制内で高官を務めた脱北者7人が金正恩(キムジョンウン)体制の現状などについての分析を語った。元高官らは、権力の中心は朝鮮労働党組織指導部だとした上で、金正恩第1書記は金正日(キムジョンイル)総書記ほどに権力を掌握できていないと指摘。内部闘争の恐れや統治システムの衰退を踏まえ、体制崩壊も遠くないとの見解を示した。

 ここでは、「権力の中心は朝鮮労働党組織指導部」としている。

 張真晟氏は「張成沢氏排除で団結した人々も、もはや同じ船に乗っている必要がなくなった」と語り、新たな内部闘争が起こる可能性を指摘。さらに争いの目的もかつては最高権力者に近づくため、金総書記への忠誠心を示すためだったのが、今は「ビジネスや貿易への影響力」の確保に変わっていると分析した。
 食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きも強まっているという。張真晟氏は体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあるとした上、「体制崩壊はそんなに遠くない。5年後か、遅くとも7年後だ」と強調した。

 ネタ記事として読み飛ばしていたが、大筋でそういうことなのではないかと思いネタ元を探したところ、ライデンの会議の情報が簡単に見つかった。「North Korean exiles expose the regime’s rationale at Leiden conference」(参照)である。
 会議の要点は「'The North Korean regime will collapse within five to seven years’」(参照)にまとまっている。さらに経済面での要点はWSJ「Q&A: High Level Defector On North Korean Trade」(参照)にまとまっていた。
 これらを読むと、現在でも基本的に中国が北朝鮮の経済の鍵を握っている状態に変更はなさそうだ。その意味では国家の骨組みには問題はない。だが、外貨稼ぎのために、まとまりのない諸活動とその統制の繰り返しは今後も頻繁に続くだろうことは予想される。
 当面の目安としては経済改革措置の実施が気になる。22日時事「個人の自由経営、全面実施か=北朝鮮、来年から農場、工場など」(参照)より。

【ソウル時事】韓国のYTNテレビは22日、消息筋の話として、北朝鮮が来年から、全ての農場、工場、企業などを対象に、生産の一定割合を個人が自由裁量で処分できる経済改革措置を全面実施すると伝えた。既に各工場などを通じ住民に公示されたという。
 配給制度が崩壊し、市場経済化が進んでいる現実を踏まえ、労働意欲の向上を図る措置。北朝鮮は2012年からこうした措置を一部で試行してきたが、全面実施が事実とすれば、一定の成果があり、体制の動揺も招かないと判断したとみられる。(2014/09/22-10:15)

 記事では「体制の動揺も招かない」というふうにまとめられているが、富が北朝鮮に流入すればその利権の対立はさらに深刻化するのではないか。
 北朝鮮の混乱が具体的な崩壊に結びつくには、利権による全体的な富の流入を前提とするだろう。北朝鮮を美味しいビジネス先とする諸勢力が十分うごめいたころに、統制を失ってがらがらと崩壊するのではないか。
 米国側ではそうした北朝鮮崩壊のシナリオもそれに合わせてそろそろと策定されているようではある。フォーリン・アフェアーズより「北朝鮮の崩壊を恐れるな ―― リスクを上回る半島統一の恩恵に目を向けよ」(参照)。以下、「統一」と修辞されているのは北朝鮮の崩壊である。

 だからといって、半島の統一を回避すべきだと考えるのは間違っている。一般に考えられているのとは逆に、統一コストが韓国を押しつぶすわけでも、アメリカ、中国、日本に受け入れ難いリスクを作り出すわけでもない。むしろ、統一は朝鮮半島と近隣地域に非常に大きな経済・社会的な恩恵をもたらす。北朝鮮国家の長いストーリーをハッピーエンドで終わらせるには、民主的な統一国家を半島に誕生させるしかない。半島の統一に向けて、関係諸国はあらゆる手を尽くすべきだろう。

 こうした動向に日本や韓国が戦略を持っているのかというと、どうも、両国とも似たような国家のせいか、なさそうには見える。
 
 

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2014.09.26

オバマ大統領が後世に残す名言「武力でわからせてやる!」

 ぼけっと国際ニュースを見ていたら、オバマ大統領が出て来て、またなんかごにょごにょ言っているなあと聞き流していたのだが、ふと、え?と思った。ちょっと待って。今、なんて言ったの? ほかのこと考えていた。
 ニュースは録画したのを見ることにしているので、おもむろに今のところに戻ってみた。あんだ? 赤毛のアン? ちがう。おいおい、なんか、すげーこと言っているぞ。
 話は、24日、ニューヨーク開催の国連総会で演説である。イスラム教過激派組織「イスラム国」打倒の演説である。ブッシュ大統領のときのように各国に支援を求めていたのだが、その中で、こう言っていた(参照)。

The only language understood by killers like this is the language of force.

こんな人殺しがわかる言葉は、唯一、軍事力という言葉である。

 「ランゲージ(language)」なんて面白い修辞を挟んでいるけど、言っていることは、こう。

人殺しには武力で叩きのめす以外わからんだろう。

 まいったなあと思った。
 これがノーベル平和賞受賞者の言葉なのである。戦後70年の平和主義が、どっかーんとふっとんだような感じだ。
 どんな残虐な人間でも人殺しをしているのには、それなりの理由がある。平和を求めるなら、まずそこを考える。そして、言葉で可能なかぎり対話を試みる。それが平和の基本なんだが、なんなの、これ?
 確かに世界は残酷に満ちている。オバマ大統領の奥さんのミッシェルさんも、私たち少女を返して(#BringBackOurGirls)と訴えていたが、そこにも殺戮はある。シリアのアサド政権に至っては、現状のイスラム国の数倍もの殺戮を行ってきた。だが、そこには関与してこなかった。
 本来なら、オバマ大統領がイスラム国に対応しなければならないのは、「こんな人殺し」だからという理由ではない。軍事力を行使するのも、それ以外に通じない相手だということではない。
 なのに、こんな最低の修辞を繰り出すようになってしまったのはどういうことなのだろうか。
 イスラム国をどう見るかは、いろいろな考えがあるだろうが、そこには、世界の少なからぬイスラム教徒によるカリフへの待望と、西側社会に絶望した若者の姿がある。それらが石油の利権や、イラクのスンニ派の不満などの構造と奇妙に結合してイスラム国が出来ている。
 そこには、「こんな人殺し」でくくれない構造がある。
 平和というのは、その平和を崩す構造への対応である。その対応のなかで「武力」というオプションも限定的にある、というなら理解できる。今回の件でも、実際にはそういう対応になっている。なのに、そのリーダーたるものが、こんなめちゃくちゃな修辞を投げかけてしまった。
 ヘンテコな修辞だけ切り出して批判していると思われてもなんなので、関連の文脈も引用しておく。


This group has terrorized all who they come across in Iraq and Syria. Mothers, sisters and daughters have been subjected to rape as a weapon of war. Innocent children have been gunned down. Bodies have been dumped in mass graves. Religious minorities have been starved to death. In the most horrific crimes imaginable, innocent human beings have been beheaded, with videos of the atrocity distributed to shock the conscience of the world.

このグループは、彼らがイラクとシリアで出会うすべての人にテロをしかけてきた。母、姉妹、および娘は戦争の武器としてレイプを余儀なくされている。罪のない子供は銃で撃ち殺されている。遺体は共同墓地の中に放り出されている。少数派の宗教派は餓死している。想像できる最も恐ろしい犯罪として、無実の人が斬首され、世界の良心に衝撃を与えるために、残忍なビデオが配布されている。

No God condones this terror. No grievance justifies these actions. There can be no reasoning - no negotiation - with this brand of evil. The only language understood by killers like this is the language of force. So the United States of America will work with a broad coalition to dismantle this network of death.

このテロを容赦する神はない。どんな不満があるにせよ、これらの行動は正当化されない。この種類の悪には、情状酌量もありえないし、交渉もありえない。こんな人殺しがわかる言葉は、唯一、軍事力という言葉である。だから、アメリカ合衆国は、この死の連鎖から死を除去するために幅広い連合で働くことになる。


 刮目してビデオで見ると、これは、黙示録的修辞である。この世の終わりのような最終的と思わせる残虐な行動を言葉で絵として描き出し、その映像的なイメージで人々の感情を呪縛させ、そのなかで正義を語る。
 これをやってはいけない。正義は黙示録的修辞で語っていけないというのは、平和主義の基本である。
 そして、処罰するとき、軍事行動を取るとき、神を語ってはいけない。「このテロを容赦する神はない」として武力を行使するとき、自らを神の側にして立ってはいけない。その愚行を普通人は歴史から学ぶものだ。
 このオバマ大統領の演説には、もう一つ、ぞっとするような修辞も使われていた。それは排除すべき対象を「癌」と描くことだ。

There is much that must be done to meet the tests of this moment. But today I’d like to focus on two defining questions at the root of many of our challenges - whether the nations here today will be able to renew the purpose of the UN’s founding; and whether we will come together to reject the cancer of violent extremism.

現時点の課題満たすためにすべきことが多くある。しかし今日は、私たちの課題の根幹で、二つの疑問を定義することに焦点を当てたい。それは、ここに集まる諸国家が国連(連合国)設立目的を更新できるかどうかということ、また、暴力的な過激主義の癌を拒絶するために力を結集できるかどうかということだ。


 演説の主目的は国連の再定義ではあるだろう。そこは理解したうえで、排除すべきものに「癌」という修辞のレッテルを貼るべきではない。
 「癌」の修辞はこの演説でもう一箇所使われている。

On issue after issue, we cannot rely on a rule-book written for a different century. If we lift our eyes beyond our borders - if we think globally and act cooperatively - we can shape the course of this century as our predecessors shaped the post-World War II age. But as we look to the future, one issue risks a cycle of conflict that could derail such progress: and that is the cancer of violent extremism that has ravaged so many parts of the Muslim world.

相次ぐ問題について、私たちは、異なる世紀に書かれた規則書に頼ることができない。私たちが私たちの限界の向こうに目を向けるなら、また私たちがグローバルに思考し協調行動を取るなら、私たちの先人が第二次世界大戦後の世界を築いてきたように、私たちもまたこの世紀の道を形作ることができる。しかし、私たちが未来に目を向けるとき、一つの問題が紛争の循環を危険にさらし、その進展を逸脱させうる。それが、暴力的な過激主義の癌であり、イスラム教世界の多数を破壊してきた。


 率直に言えば、イスラムの世界の内紛に、連合国(国連)の論理をそのまま接合することは危険だろう。連合国によって可能なのは、それがただ、連合国の世界秩序に逸脱した場合の対処だけであり、その内部にイスラム世界の多数を取り込み、それによって一部のイスラム教の動向を癌として排除することは、大きな誤りである。
 この、西側には陶酔的にも響きかねない変な演説は、私をとほほな気分にさせた。どうしてこうなってしまったのか。スピーチライターが無教養なのか、あるいはオバマ政権に多文化を理解するブレインが存在しないのか。
 いずれにせよ、間違った道に世界が進むときには、そのしっぺ返しが必ず生じる。いやそれ以前だろう。実際のころ、大げさな修辞が語られるとき、事態は行き詰まっているのである。
 
 

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2014.09.25

韓国は侵略戦争の被害者ではなく共犯者だったと言っても韓国政府に通じない理由

 この手の議論には参戦したくはないし、する気もないが(原理的に不毛だからということをこれから説明する)、このところなんどかツイッターとかで見かけたブログの話題に、韓国は侵略戦争の被害者ではなく共犯者だった、というのがあった。
 そういうネタを書く人々のことがまったく理解できないわけでもないし、いやそれは違うと反論したいわけでもない。だがそれ以前に、そのネタ話は、原理的に韓国政府に通じない理由は、はっきりさせておいたほうがいいんじゃないかとは思った。ネタを真面目に受け止めている人が多そうなである。
 ところが、ネタを正す話になるとあまり見かけないように思う。ネットだとどうしても反韓か反日みたいな紅白歌合戦風になってしまうので、しかたがないのかもしれない。簡単に概要だけはメモしておきたい。

 このネタ話だが、前提を簡単にまとめておく必要があるだろう。曰く……戦前の朝鮮半島は日本の領土であり、その地の市民は日本国籍であり、志願兵は日本兵である。だから、朝鮮人も朝鮮民族国家も日本の侵略戦争の被害者ではなく共犯者だ……という枠組みである。
 私としはその枠組みにはさほど関心はない。現在の日本から見るとそういう見方もありうるだろうなというくらいである。それが歴史観であれば、よほど史実に反する歴史修正主義というのでなければ、人それぞれなんで、いろいろあるでしょうということだが、現存の国家間の関係にその歴史観を持ち出しても、まったく意味はない。
 なぜ意味がないか。まず、日本を知るには日本を構成(constitute)している憲法(constitution)を知らないといけないが、同じことは韓国にも言える。そこで、韓国という国がどういう国なのかということと、外交とかの次元で言うのなら、その国の憲法による自国規定を理解しておかないといけない。それがわかれば、この枠組みが無意味なことは簡単にわかる。

 韓国、つまり大韓民国の憲法で韓国はどういう国となっているかだが、日本国憲法の前文同様、韓国憲法の前文にはっきり書いてある。なお原文は朝鮮語で書かれているし、以下の訳文はちょっと手間を省いてウィキペディアから拾ってきたものなので、間違いがあるかもしれない、ということを念頭に置きつつ、訳文を引用する(参照)。


悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に即して正義、人道と同胞愛を基礎に民族の団結を強固にし、全ての社会的弊習と不義を打破し、自律と調和を土台とした自由民主的基本秩序をより確固にし、政治・経済・社会・文化のすべての領域に於いて各人の機会を均等にし、能力を最高に発揮なされ、自由と権利による責任と義務を果すようにし、国内では国民生活の均等な向上を期し、外交では恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで我々と我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを確認しつつ、1948年7月12日に制定され8次に亘り改正された憲法を再度国会の議決を経って国民投票によって改正する。

 ポイントは「3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」である。つまり、韓国(大韓民国)は、大韓民国臨時政府によって作られた国家であるということになっている。

 この大韓民国臨時政府というのがいつできたかというと、「3・1運動」として明記されているように、1919年、日本でいうと大正9年である。朝鮮の暦法でいうと檀君紀元4252年あるいは主体8年、あるいは「大韓民国」という年号があって、当然大韓民国元年になる。
 いわゆる韓国併合が1910年なのでその9年後にこれを認めない大韓民国という国家が臨時政府という形でできた、ということになっている。
 1910年に臨時政府ではあるが建国した大韓民国がどこに出来たかというと、上海である。
 それから中国各地を転々として、1940年(日本では昭和15年)に重慶に移り、大韓民国の軍部として光復軍総司令部を設立し、日本が太平洋戦争(大東亜戦争)として宣戦布告した翌日、大韓民国は日本政府に向けて、対日宣戦布告した。大韓民国は日本と戦争していたのである。
 その後は、大韓民国軍と日本軍との戦闘があったのではないかと思われるが、そのあたりの史実の評価は難しい。いずれにせよ、韓国ではそういうことになっているということだけ確認しておく。
 日本と戦った大韓民国は日本に勝利したということになり、今日の大韓民国を朝鮮南部に樹立し、現在に至る、ということになっている。
 つまり、大韓民国はその憲法によれば、日本に対して戦勝国だし、被害者である。まして共犯者であるわけはない。
 そういうふうに自国を規定した韓国に、日本から、韓国は侵略戦争の被害者ではなく共犯者だったと言っても、通じるわけがない。

 ちなみに、大韓民国臨時政府が朝鮮半島南に移るまでの経緯だが、概略は以前も記したが、こうなっている。
 1945年8月15日に、日本はポツダム宣言を受け入れたが、朝鮮半島でのその統治機構である朝鮮総督府の統治は継続していた。日本の敗戦は本土では9月2日、沖縄は9月7日、そして、これに続いて朝鮮総督府が米軍との間で降伏調印したのが9月9日である。
 この間にはややこしい経緯がある。日本は8月15日以降、朝鮮総督府の統治機構を朝鮮市民に移譲しようとした。具体的には、17日には朝鮮市民側の建国準備委員会に権限を委譲し、その結果、ソウル市中では太極旗の掲揚が推進された。
 ところがこれと並行して米軍は、16日の時点で暫定的な朝鮮統治を、日本の朝鮮総督府に命じていた。日本としては米軍の命令に従うしかなく、統治権限は18日には再び総督府に戻され、一日限りの太極旗も日章旗に戻った。
 なぜ米軍がクチをはさんだかというと、米国としては朝鮮が日本から独立したという形態を避けたかったらしい。なぜそれを避けたかったについては諸論ある。連合国による分割の問題も関連はしていだろう。
 その後、連合国としては、南北朝鮮で総選挙を実施し朝鮮統一政府を樹立させようともしたが、ソ連の反対により頓挫した。しかたなく米軍は、韓国だけで1948年5月10日に憲法制定国会の総選挙を実施させ、この結果、「大韓民国臨時政府」の李承晩が初代大統領なり、1948年8月13日に大韓民国が建国した。なお、現代韓国では、この日は、日本の終戦の日に合わせて2日ずらして15日になっている。

 この韓国側から見た韓国の歴史を世界がどう見ているかというと、支持している国は存在しないようだ。経緯から見ても、米国も認めていない。では間違いかというと、歴史学的には間違いと言ってもよいのかもしれない。そもそも大韓民国臨時政府による対日宣戦布告も他国に認められていないはずだ。また、独立は米国によって創作されたと見るほうが自然だろう。
 とはいえ、ではそれは「嘘歴史」かというと、主権国家である韓国が憲法がそのように規定しているのだから、その歴史観に他国が外交上はとやかく言うことはできない。

 韓国としてはそれを自国歴史として整備するのも自然だし、それを韓国国外に理解を広めたいと願うのも自然である。
 中国も理解を示している。中国国務院は今年、浙江省杭州時代の大韓民国臨時政府庁舎遺跡を含む国家級抗日戦争記念施設および遺跡とした。これには、1932年日本による天皇誕生日(天長節)式典で日本人要人を爆弾で暗殺した尹奉吉を称える記念館も含まれている。
 こうした動向を大韓民国が日本にも広めたいとするのも、それはそれで自然ななりゆきと言えるだろう。日本がその歴史を認めれば、日本国内でも「韓国は侵略戦争の被害者ではなく共犯者だった」とは言えなくなるだろうし、案外それが最終的な目的なのかもしれない。

 とはいえ、歴史的に見れば、現行の大韓民国憲法の自国規定にはちょっと無理があるのではないかという意見もあるだろう。仮にそうだとするなら、どうすればよいかというと、韓国の憲法を改定してもらうという方向性もある。現行憲法前文にもあったように、「1948年7月12日に制定され8次に亘り改正された憲法を再度国会の議決を経って国民投票によって改正する」ということで、こうした韓国の建国の考え方は、1948年に国家が成立してからしだいにその国民史観にそって「8次に亘り」組み上げられてきたものだ。
 今後、こうした面をことさらに強調することもないと韓国市民が考えるなら、日本国憲法ほど硬性憲法でもないなので、また韓国憲法は改定できる。しかし、当然だが、そうしてくださいと他国が言えるものでもない。
 
 

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2014.09.24

「若い女性がおだやかな環境でブログ書くためにはどうすればいいか」

 ツイッターで「若い女性がおだやかな環境でブログ書くためにはどうすればいいか書いてほしい」と聞かれて、いいよと安請け合いをした。答えがすぐに浮かんだからではなかったが、その問いかけに、なんというのか、詩情のようなものを感じたからだった。絵が浮かんだという感じに近い。フェルメール作「おだやかな環境でブログ書く若い女性」みたいな。
 考えてみると、問いには「環境」の意味合いから、二つの面がある。一つは、実際にブログを書く環境、もう一つは、ブログを書き続ける発表の場という意味での環境である。
 どっちかなと思ったが、二つには関連があるので、分けて考えればいいというものでもない。

 最初の側面は、単純な形にするとブログを書くことにかかわらず、「若い女性がおだやかな環境をどう得るか?」ということだろう。実際にはそこがとても難しい。あるいは、それが難しいと感じられる女性の、人生の局面を意味している。

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本を読む女 (新潮文庫)
 ここで唐突だが世の中には本を読む女性がいると言ってみたい。いや、当然いるだろう?男にだっている、とありがちに言われるかもしれないし、男女を問わない問題かもしれない。
 私が「本を読む女性」というのは、林真理子『本を読む女』(参照)というような意味合いに近い。なのでその本読んでご覧なさい、いい本ですよ、とも言いたいが、とりあずそれはさておき、本さえあれば幸せな女性がいる。なぜ「女性」というと、そういう女性ってなんだろうと社会の側から女性として認識されがちだからだ。それ以上の意味はない。特定の女性の特質ということではない。
 誰でも学校時代を思い返すと、「本を読む女性」がいたことも思い出すのではないだろうか。その女性の姿を思い出すと、本を読んでいるのである。フラゴナールの絵のように。そしてその女性の周りには、おだやかだけど誰も入り込めないような沈黙がある。男性でもそういう人はいるがどこか女性的な陰影を持つようには見えるかもしれない。
 私が言いたいのは、そういうおだやかな沈黙をどこでも作り出せる人がいるということ。あるいは一時的にそれが無理でも、そういう人は自然に新しい静かな環境に移っていく。そういう人にとっては、改めて「若い女性がおだやかな環境をどう得るか?」という問いが存在しない。
 それは一つの自然な生き方の反映だからだろう。むしろ、「どうしたらおだやかな環境をどう得るか?」という問いは、矛盾から生じている。おだやかな環境も欲しいけど、それだけではいられない自分がいるという矛盾である。
 矛盾を責めても矛盾が深まるばかりだから、少しづつ自分を静かな環境に移していくといい。誰にも声を掛けられない、なんの情報も耳に入らない、そんな静かな20分から30分、一時間、二時間というふうに持つようにする。
 個人的に思うのは、すぐさま個室に一人籠もるより、その前に静かに町や自然を一人歩くといいと思う。うまく言えないのだが、そうしていると、脳のなかに孤独のパワーというか、おだやかな環境を作り出す力みたいのが自然に充電されるように思うからだ。あるいは、雑踏やあえて騒がしいカフェのなかでぼーっとしてみるのもいいかもしれない。まるでホワイトノイズのように頭のなかの混乱が散らばって消える。
 以上はしかし、ちょっと迂遠な話だった。
 現実、その女性、というふうに特定の女性を考えるなら、20分ですら静かな環境がもてない状態にあるのだろう。育児のある時期には10分の読書すらままならないことがある。しかしそうした時期は一種の非常時であり、非常時として対応して、一般的な解決策はないだろうと思う。

 もう一つの面は、「若い女性がおだやかな気持ちでブログを書き続けられるか」というふうに考えると、それはブログを書いて発表する場に大きく影響を受けると思う。
 一般的に、有名人でもなければ、ブログを書き始めたころは誰も読んでくれない。誰も読んでくれないと空しい気持ちがして続かない。それは、しかし、それで自然な状態である。それはそれでおだやかさの基礎でもある。
 おだやかさを揺るがす問題は、二点から生じる。一つは、読ませたいような話をブログに書き始めることと、突発的に読まれてしまう想定外の事態である。
 ブログを書いてある一定数に読まれるにはどうしたらいいかというと、学校の定期テストでいい点を取るのとさして変わりない。学校の定期テストでいい点を取るには先生の思惑やウケを想定して、勉強すればいいだけだ。つまり、そういうことができるずる賢い奴が学校ではいい成績を取るし、そのずる賢い能力がブログで一定数の人気を得るのにも役立つ。
 あるいは、バカを演じて人気を得ていたクラスの人気者みたいなのもいる。でも、こいつらもずる賢い点では同じ。他者のウケみたいのをさささっと自分に織り込めるずる賢いやつがブログで人気を得る。
 でも、そうなったら自分を見失う。そして、自分を見失ったら、おだやかな環境なんてない。
 ウケを狙わなくても続けられるようなブログはなんだろうと考えておくといい。自分はこういう人だから、このブログを書くのだ、ということが、自分のなかできちんと了解できていることが大切になる。
 もう一点は、突発的に読まれることがあってこれが、ブログのおだやかさを破壊する。
 人気があって共感があっていいじゃないかと思うかもしれないけど、かならず変な人が湧いてくる。とんでもない誤解から罵倒の言葉を投げかけたりもされる。特に、書き手が女性だとわかるとひどい事態になりかねない。
 どうしたらよいかというと、突発的に読まれることがあることを想定しておくことと、そうなったとき、不可解なリアクションから自分を守るような場をあらかじめ選んでおくとよい。具体的にどこ?と言うなら、はてなブログはおやめなさい。noteを選びなさい。あるいはその二つの場を軸に場を選ぶといい。
 もっと具体的に、「若い女性がおだやかな気持ちでブログを書き続けられるか」についてブログの実技論での話をするなら、ブログを始める前に、伝わる人の範囲の感覚というものをSNSのようなもので掴めるよう訓練しておくといい。
 TwitterやLineで、ブログの読者の核となりそうな人たちの感覚を掴んで、「ああ、この人たちに読んで欲しいな」という視点からブログを書く。そしてブログが書き上がったら、その人たちにさりげなく伝わるように通知をするといいと思う。あくまでさりげなく(余計な人の気を引かないように)。
 以上が、僕からの回答。
 回答になってなってなかったらごめんね。
 あと一つ付け足す。
 ブログを書き続けると、自分の内面からとてもおだやかじゃいられないような嵐のようなものが吹き出てくる。そもそも書いて発表することができるというのは、一種の業(ごう)のようなものだからだ。表現という行為そのものの本質が現れてくる。
 それは怖いものだし、自分というのはこういう存在なんだという、自分の正体を知るような不思議な感覚でもある。その感覚は、どうやら、生きるという感覚の何かにつながっているので、それが感じられるようになったら、そこからブログの意味が自分に本格的に問われるようになる。
 
 

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2014.09.23

普天間飛行場の辺野古「移設」で新設される「軍港」機能について

 ブログをエバノート代わりに使うのもなんだが、自分の備忘のためにもちょっとメモしておこうかなと思う。ブログを選んだのはこのメモは公開してもいいんじゃないかということ。そういう次第で特に目新しい話題があるわけではないが、普天間飛行場の辺野古「移設」で新設される「軍港」機能についてである。
 話の焦点がしょっぱなから反れてしまうかもしれないが、この問題の現状の一般的なイメージを知る点からも、普天間飛行場の辺野古「移設」の最新のニュースを拾っておきたい。まあ、現状、この問題は政府側からはこんな感じで語られているという一例である。「防衛相 辺野古移設の計画推進を強調」(参照)より。


9月23日 16時00分
 沖縄県を訪問した江渡防衛大臣は、アメリカ軍普天間基地の移設を計画している名護市辺野古沿岸部を視察したあと、記者団に対し、辺野古への移設が基地の危険性を除去する唯一の解決策だとして計画を推進する考えを強調しました。
 就任後初めて沖縄県を訪れた江渡防衛大臣は、宜野湾市にあるアメリカ軍普天間基地を一望できる高台を訪れ、同行した宜野湾市の佐喜真市長から、市街地にある基地が住民生活に及ぼしている影響などについて説明を受けました。
 そのあと江渡大臣は、移設を計画している名護市辺野古の沿岸部をヘリコプターで上空からおよそ1時間にわたって視察しました。
 視察を終えた江渡大臣は記者団に対し、「沖縄の皆さんのなかに、移設への反対意見があることは承知しているが、日米両政府の間では唯一の解決策は辺野古への移設だと決定している。県民に理解を深めてもらうよう努力していきたい」と述べ、辺野古への移設が基地の危険性を除去する唯一の解決策だとして計画を推進する考えを強調しました。

 つまり、「辺野古への移設が基地の危険性を除去する唯一の解決策」という点を政府は強調している。しかも、「反対意見があることは承知している」というので、最善の策ではないが次善だろうという含みがある。
 普天間飛行場は、自著でも言及したが、現状、市街地に置かれて米国の基準も満たしていないので(米国なら即座に撤去となるはず)、その危険性を第一に考えると、とにかく移設したほうがよいというのが政府側の押しのポイントだ。カレー味のうんこより、うんこ味のカレーのほうがいいんじゃなか論である。
 この義論についてはそれ以上ここでは立ち入らない。
 では何のメモかというと、ちょっとその議論の前提に嘘があるよなあ、と思う点だ。どこが嘘かというと、「移設」ではなくて「新設」でしょ、ということ。
 「新設でも移設でしょ」という言い方もあるかもしれないけど、新しい機能を加えて機能まで変えちゃったら「移設」って言わないないんじゃないのか、というのがメモのポイントである。
 辺野古の新基地は、既存普天間飛行場に何を加えて機能を変えるのか?
 答えは、軍港。
 これも自著に書いたけど私は1995年の沖縄少女暴行事件の際に沖縄で暮らしていて、普天間飛行場撤去に関する話題は当時でずっと見てきたのだが、東京に戻ってしばらくした2007年、辺野古新基地についてニュースがあった。琉球新報「普天間代替 米が大型岸壁、戦闘機装弾場を要求」(2007年10月24日)より。

 米軍再編に伴う米軍普天間飛行場の名護市辺野古沿岸部への移設をめぐる2006年5月の最終合意直前の日米協議で、米側が代替施設に現在の普天間飛行場にはない戦闘機装弾場(CALA)や214メートルの岸壁を要求していたことが米公文書で分かった。現飛行場にない施設の整備方針が明らかになったことで、単なる移設でなく基地機能強化の性格が鮮明になった。
 代替施設建設の埋め立て用土砂を採取する予定の辺野古ダム地域や、移設でつぶれるキャンプ・シュワブの陸域部分についても米側は環境影響評価(アセスメント)を実施すべきだと求めている。防衛省が現在進める普天間代替施設のアセスの方法書は辺野古ダムに言及しておらず、装弾場や岸壁の存在も示していない。
 214メートルの岸壁は、従来の施設計画図で大浦湾側に示されていた燃料用の小規模桟橋とは別物。海兵隊員とヘリを海上輸送する輸送揚陸艦も着岸可能な規模で、普天間代替施設の軍港機能を担うとみられる。
 公文書は、普天間移設問題に関連してジュゴン保護を米国政府に求めた訴訟で米政府が提出した資料で、同訴訟の原告団が23日夜、名護市での報告会で明らかにした。文書は、普天間の代替施設で名護市と防衛庁(当時)が基本合意した直後の4月20日付で、日本側の提案に対し米側が逐一コメントを付している。
 一連の文書には、代替施設建設の年次ごとの工事進ちょくを示した地図も添付されている。それによると、工事着手から1年後(アセス着手から4年後)には大浦湾側の海中に堰(せき)を建造し、2年後から3年後に順次海域を埋め立ててV字形滑走路を途中まで整備、4年後までには予定海域をすべて埋め立てる予定だ。

 2006の時点で、当初の移設計画にはなかった軍港機能を追加してしまっていたのだった。請求したらわかったということで、極秘ということでもなかったのだろう。
 その後の経緯だが、どうやら、これは「軍港ではない」という話になっているようだ。昨年の沖縄タイムス「辺野古 新型の軍港に 県「岸壁」主張 識者ら「既に機能保持」」(参照)より。

 辺野古埋め立て申請書で判明した272メートルの係船護岸や斜路(スロープ)設置などによる新基地の軍港機能について21日、申請書審査中の県土木建築部はこれを否定し、「審査への影響はない」とした。在日米軍基地に詳しい識者は、新基地はうるま市の米海軍ホワイトビーチ同様に「米軍港湾としての補助的な支援機能を持つ」と説明する。山口県の岩国基地沖合移設時に係船護岸建造が突然“後出し”された経緯を振り返り、「不足する設備は米軍の将来的な運用の中でいくらでも追加され得る」と指摘している。
 本紙の取材に県土木建築部は「冬場の波の高さ」「波の影響を軽減する防波堤のような施設もない岸壁で、港の形態を持たない」などと軍港機能を否定している。


 また辺野古新基地計画には、ホワイトビーチのような艦船向けの給水設備や高圧電気供給設備といった支援施設がない。だがホワイトビーチの高圧電気供給設備も運用途中で建設された。県の軍港機能否定について、篠崎さんは「軍港と呼ぶか呼ばないかの違いだが、軍の荷役機能を持つ岸壁があることに何ら変わりはない」と話した。

 「岸壁」であって、軍港ではないということだ。なるほど納得、というべきなのか、苦笑すべきなのかよくわからない。
 このあたりは比較的公平に見てきたNHKでも、「軍港」という言葉は使わないものの、疑問を投げていた。「時論公論「説明置き去りで進む辺野古移設」」(参照)より。

加えて、新たに建設される代替施設の機能です。面積自体は205ヘクタールと、普天間基地の半分以下ですが、4分の3にあたる160ヘクタールは、沿岸部を埋め立てて作り、1本しかない滑走路は、V字型の2本になります。さらに全長250メートルを超える大型船が係留できる岸壁や、航空機に弾薬を搭載するエリアなど、普天間基地にはない機能が整備される予定です。代替施設は完成すれば簡単に撤去というわけにはいきません。これで負担の軽減と言えるのか、むしろ基地機能の強化と固定化ではないかという疑問は、移設に肯定的な人の中にもあります。

 で、この先、まだ続きがある。今年の7月31日沖縄タイムス「米軍、辺野古に高速輸送船配備検討」(参照)より。


 【平安名純代・米国特約記者】米軍が名護市辺野古の新基地に高速輸送船(HSV)を配備する可能性を検討していることが29日、分かった。沖縄で前方展開している第31海兵遠征部隊(31MEU)を辺野古から乗艦させることで機動力を高め、アジア太平洋地域への即応展開能力を拡大するのが目的。複数の米政府筋が沖縄タイムスの取材に明らかにした。


 日米両政府は、2005年の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)の共同文書に、「海上輸送を拡大し、共に実施する」などと、相互輸送協力の方針を明記。一方で、米軍内では、新基地にホーバークラフト型揚陸艇(LCAC)や高速輸送船(HSV)が運用できる軍港機能を整備する必要性を検討していた。
 メイバス海軍長官は28日、米海軍横須賀基地(神奈川県)で講演し、太平洋地域に両用即応群(ARG)を追加配備し、佐世保基地に20年までに沿海域戦闘艦(LCS)を配備する方針を説明。軍事費大幅削減などで遅れが生じていたアジア重視戦略について「確実に実施される」と強調した。
 同長官は昨年2月、米下院軍事委員会に提出した書面証言で、新たに獲得した高速船を沖縄とオーストラリアに配備された海兵隊の輸送用として運用する方針を明らかにしている。

 この話がどのように沖縄タイムスにリークされたのか、いやリークじゃないよ公開情報みたいなものだということなのか、まだまだ懸案という事態なのか、その後の報道を私は知らないこともあってよくわからない。
 ただ、「軍港」と呼ぶか呼ばないかという問題より、これもう、普天間飛行場の代替移設基地、とかいう話ではないよな。
 この点について、政府側からの明確な説明というのがあったのかどうか私は知らない。ないんじゃないかと思う。だとしたら、きちんとまとめて情報を公開し日本国民全体に説明しないといけないのではないか。
 
 

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2014.09.22

巧妙に修辞で覆ったオバマ米大統領による第三次イラク戦争

 今月の10日のことだが、米国オバマ大統領はイスラム国の残虐報道に反応してか唐突にイスラム国の対処計画を発表した(参照)。
 先月28日では、対処を計画を問われた彼は、素直に「戦略はまだない」と発言して、米国民から落胆と失笑を買っていた。共和党ジョン・マケイン上院議員などは嘲笑もした(参照)。
 オバマ大統領は何も考えていなかったか。そう見えるのも、さすがにまずいと思い直し、新しい演説を考えたのが10日のこれではなかった。
 内容は、イラクでの空爆を拡大するという、特に意味のない修辞だけではすまかったので、これまで否定してきたシリア国内での空爆も承認した。ただこれも、当初から軍からも言及されていたことで特に新しい対応計画というほどのことでもない。
 彼は加えて、期限の定まらない長期的な対応になるとした。つまり、前回同様、「戦略はまだない」という発言の言い換えのようにも聞こえた。米国民も議員もこの件はほとんど、えんがちょみたいなものだし大した反応もなかった(参照)。
 その後、ケリー国務長官の動向や米議会での経緯を見ていると、実態は少し違う。どうやら、戦争忌避の修辞と正義の旗を掲げて、オバマ大統領はまたイラク戦争を始めるんじゃないかなと思えてきた。そのあたりを少し書いてみる。
 話題の前提は、今回の米国の介入は空爆に限定されることだ。地上軍の投入はない。もっともそれを言えば、子ブッシュのイラク戦争も当初はそうだった。
 オバマ大統領が空爆、というときは、東京大空襲で焼夷弾をむやみに落としたみたいに爆弾を落とすのではなく、リビアでやったように、ドローン型殺人ロボットで効率的に殺人することになる。そこで重要なのは、地上側からの誘導である。
 だが、この地上側誘導にも直接的には米側の人員が荷担しないとなると、いわゆるシリアの反政府組織を使うか、独自に米国兵ではない傭兵部隊を使うことになる。だが、シリア内の反政府組織はイスラム国よりアサド政権の打倒が重要なので、後者の養成が重要になる。
 そんな筋で見ていくと、なるほどなあという展開になってきた。
 その前に、日本人の戦争観はちょっと独自なので最初に補足説明すると、戦争を実質的に継続するときに、国民として戦争賛意の意思として示されるのは議会における戦争予算の承認である。日本の太平洋戦争でもこの手順は踏んでいるので、ようするに日本人は戦争を承認していた。
 オバマ大統領の戦争計画だが、まず下院で予算承認された。この際に、内容も当然説明される。概要は日経「米下院、シリア反政府勢力への軍事支援予算を可決」(参照)より。


【ワシントン=川合智之】米議会下院は17日、過激派「イスラム国」に対抗するためオバマ大統領が求めたシリア反体制派勢力への軍事支援を認める修正予算案を、賛成多数で可決した。早ければ18日にも上院で最終承認される見通しだ。米軍地上部隊を派遣しない代わりに、シリア反体制派の訓練や空爆を通じてイスラム国の壊滅を図るオバマ氏の包括戦略が実現に向け動き出す。
 穏健なシリア反体制派がシリア領内のイスラム国と戦うのに必要な武器を提供するほか、サウジアラビアで要員約5千人を軍事訓練する。米政府は必要経費を5億ドル(約540億円)と見込む。

 重要なのは、「サウジアラビアで要員約5千人を軍事訓練」というあたりである。
 その後の上院ではどうか。APを受けた記事のようだが毎日「米議会:シリア反体制派の訓練承認 「イスラム国」に対抗」(参照)より。

【ワシントン和田浩明】米上院は18日、シリアとイラクで活動するイスラム過激派組織「イスラム国」に対抗するため、穏健派と米国が認定したシリア反体制派を訓練し、武器などを供与する権限をオバマ政権に付与する決議案を賛成多数で承認した。前日に下院も認めており、オバマ大統領は「議会との共同歩調で米国は強くなれる」と歓迎した。
 支援対象は「自由シリア軍」などの主に世俗系の反体制派。ケリー国務長官は18日の下院外交委員会公聴会で、「少なくとも七つの組織がある」と証言した。オバマ大統領によると訓練は「複数のアラブ諸国」と連携してシリア国外で行われる。サウジアラビアは受け入れに同意した。反体制派には小火器や車両の提供から始め、信頼できる部隊にはより高度な装備を渡す計画だ。
 AP通信によると、米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長は18日、訓練開始までに3カ月、完了に1年かかるとの見通しを示した。1年間の訓練可能数は5000人を超える見通し。

 上院でも承認された。
 ただ、毎日新聞記事だと、対応は「複数のアラブ諸国」で、「サウジアラビアは受け入れに同意した」ということで、サウジアラビアはその一つというトーンで書かれている。記事としては誤りではないが、実質サウジになる点が重要ではないかと思われる。
 この点は、下院についての読売新聞「米、シリア反体制派の訓練承認…内容は示されず」(参照)に関連情報がある。

シリア反体制派への軍事支援は、「イスラム国」掃討に向けた戦略の「四つの柱」の一つ。「イスラム国」よりも戦闘能力や装備で劣るシリア反体制派に対し、米軍がサウジアラビアで訓練を行うとの方針を示していた。ただ、下院が可決した法案では、反体制派への訓練内容や武器供与の具体的な内容は示されていない。

 一連の報道で重要なのは、「四つの柱」である。これが、表面的であれオバマ戦略になるからだ。だが、ざっと見渡した範囲ではこのあたりについての国内報道は見当たらなかった。
 「四つの柱」については、直接米軍からも提示されている。DoDニュース「Hagel Explains President’s Strategy to Destroy ISIL」(参照)より。重要なのはサウジについての言及である。

And, the president has asked Congress for $500 million to train and equip moderate opposition forces to confront terrorists operating in Syria. “We have now secured support from Saudi Arabia to host the training program for this mission, and Saudi Arabia has offered financial support as well,” Hagel said.

そして、大統領は議会に向けて、シリアで働いているテロリストに対して適度な反対勢力が立ち向かえるよう訓練と装備のために5億ドルを頼んだ。「私たちは今や、この任務に向けて教育プログラムを主催するよう、サウジアラビアから支援を獲得し、またサウジアラビアはさらに財政援助を提供した」とへーゲルは言った。


 以上を簡単にまとめると、サウジアラビアを実質的な傭兵訓練と後方基地にして、第三次イラク戦争に突入するということだ。
 前回の子ブッシュまでは米国兵が参加することに意義があるとして、実質は米国内の民間傭兵を活用したが、国家の戦争とした。これがもう受けないので、オバマ時代では、タックスヘイブンならぬソルジャーヘイブンのようにして、米国関与を表面的に消して、さらに金銭面もサウジに依存するということになる。
 頭いいなあオバマ大統領、戦争の「飛ばし」みたいだ。
 私はこれ話の流れは、しかし子ブッシュの時と同じで、サウジアラビア主体なのではないかと思う。
 7月ことだったが、こういうニュースがあった。共同「国境にサウジ兵3万 過激派「イスラム国」の勢力拡大を警戒」(参照)より。

 中東の衛星テレビ、アルアラビーヤは3日、サウジアラビア軍がイラクとの国境地帯に兵士3万人の部隊を配置したと報じた。イスラム過激派「イスラム国」の勢力拡大を警戒した対応とみられる。詳細は不明だが、イラク軍が国境地帯の警備から撤退したとの情報がある。サウジは、イラクと約800キロの国境を砂漠地帯で共有している。国営サウジ通信によると、アブドラ国王は「サウジの治安と安定のために必要なあらゆる手段を講じる」との方針を示していた。

 もとからサウジの動きの準備は出来ていた。あとは、どういうふうに米国を巻き込んで戦争を始めるかがこの数か月問われていたと見てよさそうだ。
 この時期の流れでもう一つ気になるのは、6月ごろ5億ドルの支援を議会に求めていたことだ。6月27日「シリア反体制派支援を強化=5億ドル支出、装備供与-米」(参照)より。

【ワシントン時事】オバマ米大統領は26日、シリアのアサド政権と戦う反体制派への装備供与や訓練に必要な経費として、5億ドル(約510億円)の支出を承認するよう議会に要求した。シリア内戦は隣国イラクに飛び火するなど、地域情勢を一段と不安定化させており、オバマ政権は反体制派への支援を大幅に拡充することで、内戦終結に向け局面転換を図りたい考えだ。(2014/06/27-07:55)

 私の勘違いかもしれないが、今回のオバマの対イスラム国対応計画費は、これではないだろうか。
 6月時点の予算問題の話はよくわからないが、サウジアラビア側が主導でオバマのお尻を叩くような話は7月ころから進められていた、ということのように見える。
 
 

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2014.09.21

フランス経済の低迷とオランド政権の迷走

 フランス経済が低迷している。今年度の成長率は0.4%、来年は1%と見られている(参照)。また、現在10.2%の失業率も、さらにこれを越えていくとも見られている(参照・(参照)。
 とはいえ、それをもってフランス経済が危機的な状況にあるとまで言えないのは、昨日ムーディーズがフランス国債を「Aa1」に据え置いたことからもわかる。ちなみに日本はAa3である。
 フランス経済の低迷の原因についてはいろいろな議論があるが、関連して目立つのはオランド政権の迷走がある。象徴的なのは、先月25日、モントブール経済相(当時)を更迭し、内閣改造を行ったことだ。
 更迭理由は、モントブール元経済相が、緊縮財政路線のオランド政権の意向に反し、緊縮財政路線の撤回を主張したことだった。ロイター記事で拾っておこう。8月26日「フランスが内閣改造、大統領は緊縮財政批判の経済相更迭へ」(参照)より。


 モントブール氏は24日、2008年の金融危機以降実施されてきた財政赤字削減策はユーロ圏経済を台無しにしており、各国は迅速に方針転換しなければ有権者はポピュリストや過激主義の政党に流れると警告した。
 さらにドイツに対して緊縮財政という「妄想」によってユーロ圏経済を破壊していると強烈に批判するとともに、自身と同調する2人の閣僚は職にとどまる意向がないと表明していた。


 モントブール氏は会見で「全世界はわれわれにこの馬鹿げた緊縮政策をやめるよう懇願している。緊縮政策はユーロ圏をどんどん景気後退の深みへと沈ませ、ついにはデフレをもたらそうとしている。われわれは緊縮政策が財政赤字を縮小させるどころか生み出していることを認める知恵と政治的勇気を持たねばならない」と言い切った。

 どうだろうか? 私はこれは社会党左派であるモントブール元経済相の主張が正しいように思われる。欧州中央銀行(ECB)ドラギ総裁も緊縮財政についてすでに懸念を表明している。
 モントブール氏の発言は同時に現在のフランス政局にも関連している。

 オランド大統領にとっては今後、モントブール氏ら造反閣僚が議会で勢力を糾合し、改革実行に必要な左派与党内の多数派が切り崩されるリスクがある。

 現下の混乱は、オランド内閣の倒閣運動にもつながっていると見てよいだろう。
 このあたりは、フィナンシャルタイムズも言及していた。「[FT]左派閣僚更迭で賭けに出た仏政権(社説) 」(参照)より。

 第2に、モントブール氏の排除で政権運営が不安定になることが考えられる。オランド政権の求心力は弱く、支持率は17%にとどまる。モントブール氏は、社会党や緑の党の反対派が構成する国民議会の反緊縮派を支持できるようになった。これによりフランス政界は「ねじれ状態」に向かう。最悪の場合、解散総選挙に追い込まれ、(その結果として)左派の大統領と右派の内閣が共存する混乱した事態に陥る恐れがある。

 あまりよい言い方ではないが、「左派の大統領と右派の内閣が共存する混乱した事態」が想定される。欧州左派の混迷と矛盾が浮かび上がってくる一例とも見られる。
 こうしたフランス政局の文脈を眺めると、一昨日のサルコジ復活宣言がただの悪い冗談だとも思えなくなる。朝日新聞「仏サルコジ氏、表舞台に復帰へ 2017年大統領選視野」(参照)より。

 フランスのサルコジ前大統領(59)が、政治の表舞台への復帰を表明した。2017年の大統領選をにらみ、まずは最大野党・民衆運動連合(UMP)の党首選に立つ。社会党オランド政権の任期半ばで、仏政界は「ポスト・オランド」へと動き出した。

 それにしても、なぜ左派オランド政権がこのような混乱に至ったのか。もともと当初から政策的な無策が指摘されていた点については特に弁護もできないが、緊縮政策に固執するのは、EUの財政赤字基準(対GDPで3%)を守ろうと公約していたことがある。しかしこれも、15年ですら4.3%までしか下がらないと見られている。それにしても、そうした公約がするっと通ってしまった空気、つまり経済的な問題を政治問題に還元しようとした政局の成功は、逆に現在となっては仇となった。
 結局、フランスでの政局の混乱は、モントブール元経済相とオランド大統領の対立に見られるように経済政策における左派の混乱と、それに乗じた政局の右傾化の二つの動向があるように見える。そしてどちらも、旧来の左派的な枠組みでは解決できない。
 こうしたフランスでの混乱がEUに再び危機をもたらすまでにはまだ時間がかかるだろう。だが、そろそろスケジュールに乗り出したようには見える。
 
 

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