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2014.09.20

ウクライナ情勢は今どうなっているか

 ウクライナ東部での、ウクライナ政府と親ロシア派の紛争だが、当初から想定されていた落とし所(東部二州に特別な地位を与えること)にようやく向かっているようにも見える。16日にウクライナ議会はこの二州に特別な地位を付与する法案を可決した(参照)。
 だが、現実的な和平はまだ先のことにかもしれない。そのあたりについて現時点で思うこと少しまとめて記しておきたい。日本を含めて西側メディアからは事態がとても見えづらいせいもある。
 事態が見えづらいのは西側ジャーナリズムの問題だけではない。そもそも、ジャーナリストの立ち入りが可能だったガザに比べて、同程度の被害を出しているにも関わらず、ウクライナ東部の戦闘の実態はあまり報道されてこなかった。
 事態の転機となるのは、5日に成立したウクライナ政府と親ロシア派の停戦だが、この背景もなかなか見えにくいものだった。なぜ、ここに来て、停戦という流れになったのか?
 私の印象では、8月24日のウクライナ独立記念日軍事パレードで盛り上がっていたように、ウクライナ政府側はこの時点までは優勢であった。だが、そのころからロシア側からの支援の影響だろうと思われるが、親ロシア派が急速に盛り返した。象徴的なのは、8月28日にウクライナ政府が暫定州都とした港湾都市マリウポリを「ほぼ包囲した」(参照)ことである。

 ロシアとしては、3月に併合したクリミアへの通路を確保するという意味でマリウポリの掌握はごく基本的なお仕事の内にある。その当たり前の観点から逆に考えると、むしろこれを阻止できないウクライナ政府側の勢力はどうなっているのだろうかと、疑問を抱かせる事態だった。
 結果論ではあるかもしれないが、親ロシア派の盛り返しによって、ウクライナ政府がようやく落とし所に向かう動向となった。これが5日の停戦協定につながる。
 流れを見ていると、ロシア側からの軍事的な支援によって、和平への道がようやく開けた形になっている。平和というのは現実にはこうして実現されることがあるものだなと奇妙な感慨を持つ。
 かくしてようやくこぎ着けた停戦協定だが、次に関心が向くのは、どのような顔ぶれが揃うのかということだ。特にウクライナ政府側から誰が出てくるのかは注目された。
 ウクライナ側から出て来たのは、レオニード・クチマ(Leonid Kuchma)元大統領であった。過去の経緯からロシアとのチャネルを持っている人物だと言える。
 クチマ元大統領が出て来たことで、少し踏み込んだ推論ができる。今回の停戦協定だが、この交渉のひな形は3日ロシアのプーチン大統領が示した段階的停戦案を踏襲した形になっているところに、ロシア側チャネルの人間であるクチマ元大統領の登場である。こうしたことから考えると、和平の段取りと筋書きは、全てプーチン大統領が整えたものではないだろうか。
 クチマ元大統領の登場には他の疑問も残る。ウクライナ政府内でどのような力学でクチマ元大統領が選出あるいは承認されたかである。別の言い方をすれば、停戦協定において彼はどのくらいの権限をウクライナ政府から委託されているのだろうかということだ。
 この疑問はつまるところ、ウクライナ政府が現状、どのように維持されされているのかもよくわからないことに関連する。この不明性が、現状の散発的な停戦協定違反を意味しているように思われてならない。
 こうした文脈で見ると、米国の動きもまた薄気味悪いものである。19日NHK「米 ウクライナ軍への支援強化」より。


アメリカのオバマ大統領は、ホワイトハウスで、ウクライナのポロシェンコ大統領と会談し、ウクライナ軍への装備品の提供など5300万ドル規模の追加支援を行う方針を示しました。

 ロシア側からの落とし所は東部二州に特別な地位を与えることであり、いずれそこに落ち着く以外の道も見えないなか、米国のウクライナの軍事支援はどういう考えなのだろうか。
 しかし米側の支援は、金額も少なく構造的な軍事支援でもないことから考えると、その意味はむしろ逆説的に、ウクライナ政府に対して、ロシア側の落とし所を飲めという意志であるかもしれない。
 あとは、余談的な話題。
 ツイッターにファンの多い在日ロシア大使館だが、9日、いまひとつ切れの悪いジョークが上がった。いや、これはジョークじゃないかもしれないなと思わせるものがあった。


 リンクはないものの、アムネスティ・インターナショナルが明示されているので裏は簡単に取れる。「Ukraine: Mounting evidence of war crimes and Russian involvement」(参照)だろう。
 アムネスティの記事を読むと、冒頭、親ロシア派を支援しているロシア側の関与を示す衛星写真があがっているが、それは別にさほどニュース性はなく、「戦争犯罪(war crimes)」に関心をもって読んでいくと、後半に僅かだがウクライナ側の「アイダル大隊(Battalion Aidar)」関連の言及があった。
 気になってその関連の情報を読んでいくと、西側報道だが、グローバルサーチ記事(参照)やニューズウィーク記事(参照)があった。特にニューズウィーク記事は表題「Ukrainian Nationalist Volunteers Committing 'ISIS-Style' War Crimes」だけでもわかるように、ウクライナ側の勢力がISIS並みの非道を展開していることを伝えている。
 ウクライナ政府側の勢力には、ウクライナ政府のコントロール下になさそうな、過激な極右勢力が混じり、かなり手ひどいことをやっているように思える。
 こうした事態については、残念ながら、ウクライナ政府を支持する西側報道からはそれ以上、はっきりしたことはわからない。
 また、そもそもウクライナ情勢について日本でもあまり話題になっていないようだし、「戦争犯罪」に関心をもつ日本人も、この件についてはあまり関心がないように見える。
 
 

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2014.09.19

スコットランド独立住民投票(レファレンダム)、否決

 イギリスからのスコットランド独立の賛否を問う住民投票(レファレンダム)で、予想通りの接戦の末、予想通りに独立が否決された。自分にとっては予想通りの結果ではあった。だが、強い確信を持っていたわけではなく、関心をもって見つめていた。
 今回の結果で、スコットランドの独立が否定されたとはいえ、これもすでに書いたが、実質的にはスコットランドの自立化は進み、事実上、独立に近い状態に変わっていくだろう。
 一連の動きを振り返って思うことが3点あった。

 1つは、労働党の失策である。左派政党の失策と言ってもよい。
 この点は日本からは見えにくいかもしれない。日本の政治風土は特殊なので、左翼と右翼、左派と右派、あるいはリベラルと保守といった基本的な対立が他の先進国とは異なっている。
 国際的には労働者の政党が左派であり、今回のスコットランド独立の動向はその左派である労働党の政策に対して違和の表明という点が大きかった。その点を延長して言えば、今回の独立運動は保守化の動きであった。後でも触れるつもりだが、より正確に言えば、地域文化・生活に対する保守的な動向でもあった。
 左派的な動向への違和がスコットランドで沸き起こったのは、その政策への失望なのだが、失望というのは期待の裏返しであるように、前段には期待もあった。
 少し大戦後の歴史を振り返る。日本では新自由主義というふうに、なんでも放り込める分別なしゴミ箱のようなレッテルで理解されることの多いサッチャリズムが焦点になる。この政治改革は、日本では英国病という独自の用語で形容される、1960年代以降の産業保護政策がイギリスの国際競争力を低下させてきたことへの対策であった。サッチャリズムの評価は一概には言えないが、この改革の影響を大きく受けた、あるいは受けたと理解したのがスコットランドだった。まず、サッチャリズムや保守政治への反発があり、これが労働党への期待に結びついていた。
 スコットランドはもともと、労働党色の強い地域で現保守政権の前の労働党政権時代の首相であるトニー・ブレアやロバート・ブラウンもスコットランド出身であり、スコットランド人と言ってよい。
 こうしたスコットランド人材によるイギリスの労働党政治が、おもにイラク戦争とリーマンショックへの対応をきっかけに、地元のスコットランドから忌避されるようになっていた。
 経緯を簡単にまとめると、サッチャリズム的な保守主義にも、グローバル化に沿った労働党左派主義にも、そのどちらにもスコットランドは否定的な思いが高まり、そこに地域政治への希求が高まっていたことがある。もちろん、これに北海油田といった利権の思惑も絡みはする。
 労働党政権への失望というものをどう考えるかという点からは、今回のスコットランドのレファレンダムは日本も含めた幅広い意味合いを持つだろう。

 2点目は、ツイッターでいろいろな人の意見を見ていて思ったのだが、今回のスコットランド独立運動を民族自決・民族独立と誤解している人が少なからずいそうで驚いたことだ。大学教授といった肩書きをもつかたや、識者も含まれていた。
 こうした素朴な誤解が日本で生じるのは、今回スコットランド独立を主導した政党"Scottish National Party (SNP)"が「スコットランド民族党」と訳されているせいもあるだろう。NHKもこの用語を使っており、NHKに登場した解説者も多少戸惑いながら軽くこの訳語に言及して、すぐ「SNP」という略語に切り替えている心情が面白かった。
 この奇妙な定訳語が日本国内で使われている経緯もわからないではないし、原語の"National"を「民族」ではなく「国民」とし、「スコットランド国民党」というふうに、あたかも台湾与党のように、呼べばよいのかもしれない。だが、常識的にもわかるように、スコットランドという国家は目標であり、独立前に呼ぶのもためらわれるものもあるだろう。いずれにせよ、SNPには民族主義的な傾向は実質的にはほとんど見られない。にもかかわらず、日本の政治風土では、なぜか、こうした問題を民族主義の問題に押し込みたい政治的な枠組みが存在している。
 スコットランドの独立は地方自治の国家的な規模の問題である。米国とカナダがなぜ国家を分けているのかという問題に近い。
 そこでスコットランドが国家化する場合の規模について触れておくと、スコットランド人口はだいたい500万人(5,254,800)である。世界には500万人以下の国家は世界に多い。フィンランドも500万人ほどである。その点から考えれば500万人国家としてのスコットランドに違和感はない。
 だが、以前にも考察したが国際的な影響力のある国民国家は2000万人規模を要するラインがありそうだ。独自の軍事力を持ち得るラインでもあるだろう。そうした点からざっとした印象ではあるが、スコットランドは独立してもその後国家運営は、イギリスに依存することになっただろう。
 余談だが、500万人というとだいたい日本の北海道の人口(5,507,456)に匹敵する。当然、北海道も地方自治の主体が独立を志向することもできる。戦後日本では、日本を分割し、北海道をソ連領とする可能性もあった。北朝鮮同様、ロシア側の政府を樹立する可能性がまったく不可能ということでもなかった。

 3点目は今回のレファレンダム参加の年齢基準が16歳以上という点だった。数の上では、有権者登録者約430万人のうちの約11万人程度と少数ではあるが、この層が、名目上の独立は果たせなかったものの今後のスコットランドの地域を担っていくことになる。
 その意味で、今回のレファレンダムは若者世代への政治参加への教育的な効果が大きくあった。この点は日本も今後学ぶ点が大きいだろう。言うまでもないことだが、国際的には有権者は18歳以上が普通という状態に向かっていて、日本はこの点で後進国に位置している。

 以上、3点であるが、もう1点、しいて言えば、主に通貨混乱と原子力政策に関連して想像も付かない事態にならなくてほっとしたということもある。
 
 

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2014.09.18

広島市の土砂災害で心にずっとひっかかっていたこと

 広島県広島市で先月20日に発生した土砂災害のごとか、ぼんやりとだが、ずっと心に引っかかっている。
 なにが、どう、自分の心に引っかかっているのか、うまく言葉にならないので、さらに心にひっかかる。結論も主張もないが、そのひっかかりの感覚からブログで少し言葉にしてみたい。
 心のひっかかりの一つの焦点は死者が多いことだ。正確には思い出せないが、海外報道で、日本の自然災害でこれだけの多数の死者を出したのは東北大震災以降初めてのことだ、という指摘を見かけた。海外報道で見ることで、これは大災害だなと私は思った。BBCなどもよく報道していた。
 災害後しばらくは死者数が確定しなかった。現時点では、死者73名、行方不明者1名、重軽傷合わせた負傷者44名(参照)とのこと。行方不明者の探索はほぼ終わり、死者数も確定したかに見える。
 なぜ先進国の日本で土砂災害で多数の人が亡くなってしまうのだろうか。そうナイーブに疑問を発してみて、問いの立て方が間違っているようにも思うが判然としない。
 国際的な土砂崩れの災害リスト(参照)を見て、今年の3月米国ワシントン州で大規模な土砂災害が起きていたことを思い出す(参照)。
 この災害に関連して、ナショナルジオグラフィックは「米国疾病予防管理センター(CDC)によると、アメリカでは、土砂崩れや地滑りによって年間平均で25~50人の死者が出ている」と書いていた。
 この種類の自然災害は、先進国だからどうという問題でもなさそうだ。
 また、こうした災害は結果の被害から見るよりも、個別の自然と人がどう暮らすかという問題でもある。
 それでもワシントン州の地滑りと広島の地滑りを見ると、ずいぶん土砂の量が違うようにも見える。
 印象にすぎないのだが、広島市の災害は、人家が多い地域で発生したために被害が大きくなったようにも見える。

 そして疑問が続く。なぜこの地域にこれだけの家屋が存在しているのだろうか。
 今回の被害は、八木、緑井、可部、山本の順で激しかったようだが、私は八木について災害発生当初、Googleマップのストリートビューでこの災害前の昨年の風景を、なんとなく見て回っていた。そこには田舎なら日本中どこでも見られる普通の風景があった。「ああ、こんな普通に見える風景のなかで大災害が発生したのか」という奇妙な感じに打たれた。
 ストリートビューで見た光景を脳裏に置いたまま災害写真などを見てると、該当地の県営団地は流されていなかったように見えた。団地のような集合住宅ならこの災害の被害は最小限に食い止められただろうかと疑問に思った。県営住宅における実際の被害はよくわからない。災害報道を見ていると、一部取り壊していた。

 八木の県営住宅のつくりや、その周りの家屋を見ていると、新しい建造もあるようだが、総じて昭和の建物のように思えた。昭和50年代か40年代かはわからない。40年代ではないだろうか。
 昭和40年代なら、と思う。日本の産業成長期にこの地域を造成して家屋を建ててしまったものの、その後の防災基準と対応が取れずに放置されていたら、大災害になってしまった、ということではないか。
 11日毎日新聞「広島土砂災害:「警戒区域」基準見直しを 県が国に要求」(参照)に関連の気になる話があった。


 広島市の土砂災害で、広島県が土砂災害防止法に基づく「特別警戒区域」に指定しようとしていた範囲を超えて多くの建物に被害が出ていた問題で、県が国に対し、同区域を指定するために使う計算式を見直すよう要求していることが分かった。全国的にも同様の災害で指定区域外の建物被害が相次いでいることが判明。専門家からも「国の基準は実態に合っていない」との指摘が出ている。

 専門家から見ると、土砂災害防止の基準が合っていないということだし、これは潜在的な危険でもある。今回の広島の災害も、とりあえず、それが健在化したと言えるのだろう。
 微妙に「とりあえず」といったふうに口ごもるのは、後の引用にも関連するが、この問題を誰かをバッシングするいつもの構図に落とし込むのを避けたいという思いがあるからだ。災害の人災面を強調してそれに一斉にバッシングの声を上げるという、昨今のネットの風潮は問題の解決を結果的に阻むようにも思える。
 記事で気になるのはここだ。

 国土交通省は今後の対応について明らかにしていないが、仮に計算式などが見直されれば、新たに特別警戒区域に指定された地域で不動産の価値が下がるなど住民にとって不利益が出る恐れがある。それでも県の担当者は「技術的に裏付けのある基準で区域を決め、住民に危険な場所を知ってもらうことが先だ」と語る。

 明確に書かれているわけではないが、ハザードの計算式の改訂を実質阻んでいるのは、地域住民の不動産価値の意識ではないだろうか。
 もう一つ先の県営団地と関連するのだが、県営団地のような公的住宅は、かなり余裕のあるハザード計算で建てられているのではないか。
 こんな疑問は、たぶん識者なら即答できるのだろうと思う。ネットのどこかにその即答があるのかもしれない。ただ、私にはわからなかった。
 話をここで一般化する。
 居住環境に自然災害のハザードがあるなら、なぜ日本人は堅牢な集合住宅を形成しないのだろうか? 
 なぜ日本人は、火災があれば一気に燃え広がるような住宅を密集させているのだろうか?
 堅固な集合住宅からコンパクトシティを設計していこう、という発想なぜ出てこないのだろうか。いや、そんなの当然出ているけど、現状こうなっている、ということなのか。
 これも微妙に不動産市場の動向がこのマッチ箱みたいな家屋の密集と関連しているようには思える。
 さらに話題を一般化する。
 この問題に対応するのが政治というものなのではないだろうか。つまり、政治を必要とする生活上の問題があり、それが自然災害として顕在化しているのだから、政治がきちんと問われるべきなのではないか。
 ところが、現在日本で政治として問われているのは、安倍内閣が右傾化しているとかいうイデオロギー問題ばかりに思える。なぜかそこに焦点化されている。
 と、書きながら、少し一般化しすぎたなと思う。
 心のひっかかりをさらに覗いて再び、70余人の死者を思う。すると、自分でも不思議なのだが、誰がこの死者を追悼するのだろうかという疑問が沸いてきた。
 私は、国家による死者の追悼といったものにはあまり関心を持たない人なのに、なぜここでこの災害者の追悼の思いがわき上がるのだろうか。
 とりあえず、ということで、言葉にしてみると、それがあるべきコミュニティの機能だからではないか。
 国家というイデオロギーを巻き込む政治の文脈で追悼が置かれることと、地域という生活空間の大量死への追悼は意味合いが違うように思う。
 今回の自然災害で、そのコミュニティを追悼できる立場に私はないとも思うし、私の立場があるとすれば日本の市民ということだけだ。いったん国家を迂回する。
 それでも、どこかで上手に国家を迂回させずに、コミュニティ間で追悼のような共感を繋げて、新しい市民生活の空間を形成する原理の構築は可能なのではないか。そう考えている。そうした追悼の共感は、新しいコミュニティの倫理的な基盤にもなるように思える。
 
 

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2014.09.17

ヘルベチカの語源を知ってますか?

 全国の、おちいさいみなさん、ごきげんよう。雪の降る世は愉しいベチカ、ベチカ燃えろよ、ヘルベチカ。ごろが悪いです。洒落になっていません。蝉の音がやんだばかりの季節にもあっていません。ところで話題はこうです。ヘルベチカの語源を知ってますか?
 ヘルベチカというのは、私は、このフォント(書体)というかタイプフェースの名前だと思っていました。

 誤報です。
 これは、ヘルベチカ(Helvetica)ではありません。エイリアル(Arial)です。アライアルとかアリエルって読むんじゃねーぞ。とかふかしてみたいわけですが、実際にはArial読み方はスコットランド以外では決まってないみたいです。でもま、これ"aerial"の駄洒落なんで、エイリアルでいいかと。
 なぜ、Helveticaの話題にArialを持ち出したかというと、この記事を書いているマシンはWindowsなので、Helveticaは入っていないからです。Macには入っています。簡単にいうと、Windowsの世界だと、Helveticaの代わりにArialでいいじゃんということになっているのでとりあえず、洒落にしたまでです。Arialの詳しい話はこちらへ(参照)。
 で、MacにHelveticaが入っているとは言っても、TrueType。でも商用にはPostScriptなんで、これが別途売っているというか、それ自体がかつて話題になりました。

 というようなことは知っていたのに、がっちょーん、Helveticaの語源を今日たまたま知って、自分の無知さかげんに呆れて、これはブログのネタにいいやと思ったまでのことです。誰にも知識の盲点みたいなものはあるもんです。例えば「カニバリズム(cannibalism)」を「カーニバル(carnival)」としていても生暖かく見守ってあげてください。
 して、そのHelveticaの語源ですが、語源も糞もなくて、そのまま意味が「スイス」でした。永世中立国とか言われている国のスイスです。
 このところドイツ語勉強しています。スイスも一部ドイツ語圏で、スイス・ドイツ語として、ドイツのドイツ語とも馴染み深いです。では、ドイツ語でスイスのことをなんていうか? 最近知りました。Schweizといいます。シュバイツです。
 ドイツ語で「スイス人」はというと、Schweizerといいます。シュバイツアーですね。
 え? じゃあ、人道家として有名なシュバイツアーさんはスイス人なのかというと、アルザス人です。
 正式には、スイスの国名は、"Schweizerische Eidgenossenschaft"です。
 でも、今朝、あれれ、スイスって公用語はドイツ語の他にフランス語もあるよな、すると、Suisseじゃない正式名があるな、と調べたら、"Confédération Suisse"でした。「スイス連邦」ですからね。
 そこで、さらに発見、イタリア語での正式名もありました。"Confederazione Svizzera"です。国境も接しているし、なによりバチカンを守るのもスイス兵だし。これですね。

 というあたりで、さらに発見。スイスのラテン語の正式名がありました!

Confoederatio
Helvetica

 つまり、Helveticaって、正式にスイスのことでした。知らなかったぁ。
 さらに知らなかったのが、スイス・ドメインの".ch"がこのラテン語国名の略語だったことです。
 もともとは、このあたりの地名のローマでの呼称「ヘルヴェティア」だったらしいです。
 ではなんで、いまだにスイスが正式に「ヘルベチア」を残しているかというと、ヴァチカンとの関わりとかもあるようですが、中立国として、独仏語に偏らないためみたいです。
 これで今日のお話はおしまいです。ごきげんよう。
 

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2014.09.16

[書評]ツタンカーメン 死後の不思議な物語(ジョー・マーチャント)

 奇妙なという表現も適切ではないが、なんとも不思議な読後感を残す本がある。なんというのだろうか、その視点に立つと現前の風景やメディアを通して見る映像が微妙に揺らぎ出す。『ツタンカーメン 死後の不思議な物語(ジョー・マーチャント)』(参照)の読後、そうした感覚を持った。

cover
ツタンカーメン 死後の奇妙な物語
 書籍は、帯に「最新DNA鑑定は3000歳のミイラをどこまで解明したか」とあるように、古代エジプト学の科学的探求について、総合的な意味合いから最新の知見が披露されている。ツタンカーメンを巡る各種の珍説はきれいに批判されていると言ってもよい。本書はいわば「破邪」の書ともいえるだろう。
 あるいはもっと素直に、ツタンカーメンと限らず、古代エジプト学について関心のある人や、『ツタンカーメン展 黄金の秘宝と少年王の真実』などを楽しまれた人には、必読書としてもよいだろう。
 一般の読者からすると、悪い意味ではないがそこは少しずれる。不思議な違和感が残るだろうし、その違和感のありかたに、筆者の独自の思い入れが感じらる。そこをどう言い表してよいかもどかしい。まあ、読んでみてくださいとしか言えないものかもしれない。
 私の読書の焦点がその違和感に置かれたせいもあるかもしれないが、ナショナル・ジオグラフィックなどで著名な考古学者ザヒ・ハワス博士らが主導する「エジプト考古学」的なありかたへの疑念は共感した。
 少し勇み足な言い方をすれば、古代ロマンと限らず学問に仮託されたロマン、あるいは科学を道具にしつらえた正義などもそうかもしれないが、それらに本質的に関わる科学というものの問題点が謙虚にかつ描かれている。
 著者にとってもそこは執筆の動機でもあったようだ。著者は、ハワス博士らによるアメリカ医師会ジャーナル(JAMA)論文に関する、興味深い5通の投書に出会ったという。それらは、JAMA論文を否定していた。しかもそれぞれに専門家としての否定であった。著者は、遺伝子学の博士号を持っていることからも、その否定の内実に向き合っていった。
 しかしこの書籍では、その問題の焦点にパラシュート降下はしていない。一般的な読者を対象に、ツタンカーメン発見に至るエジプト考古学の歴史を、1881年から紐解くことになる。その探求自体が興味深い歴史である。
 さらに本書はその探求の背後で、多数の人々が寄せる古代ロマンの情感についても上手に掬い上げていく。この描出の手法こそ著者が前作『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』(参照)でも見せた特質だったなと安堵感も感じられる。
 私にとって本書の圧巻は、各種ツタンカーメンの真実よりも、著者の専攻であるDNA学に関連する部分だった。概要的には知っていたが、「DNAが汚染される」ということの意味合いについての解説は非常にためになった。
 私たちは、つい、科学に神のような真実性を期待しがちだし、その枠組みのなかでDNAという熟語がよく現れるが、純粋に科学的な熟語がどのように社会的関心に翻案されるかというようすが、本書では詳しく吟味され、そこで私たちがどう間違いやすいかがわかってくる。
 こうしたことは科学的知識と限らないかもしれない。知識とはそれ自体、扱いの難しいものだ。インターネットが興隆してから、わからないことがあれば「ググレ」(Googleで検索せよ)と言われる世相になった。
 しかし、本書を読んでしみじみ思うのは、本書に示された内容は、おそらくGoogleでは検索できないことだ。あるいは、いつかの断片を上手に統合すれば本書のような見解に達するかもしれないが、それが可能になるのは、本書の思索があってのことだ。
 ネットに溢れる大衆的な知識やあるいは科学的だと称させる知識、そうした知識は検索すれば集まる。だが慎重な思索の過程は検索できない。当たり前のことだが、その当たり前は、書籍でしか提示できないものだろうか。原理的にはそうではないのかもしれない。それでも、こうした思索過程を示す書籍を読むと、なんとも奇妙な思いに駆られる。
 個人的には、読みながらツタンカーメン・マスクが懐かしいなという思いもしていた。私はツタンカーメン・マスクを20分くらいだったろうか、ただ一人見とれていたことがあった。
 トランジットでカイロに立ち寄ったらアテネ便まで数時間も待つというので、カイロの博物館に行った。そのころもテロ事件で観光客が激減していた。だが私は空港で読んだ英字紙に、軍が出動して治安は確保されているというのを読んだので、意外に穴場かなと出かけていったのだった。本当にがら空きだった。
 本書では、エジプトでのいわゆる「アラブの春」とそれが世界の古代史にもたらす言及もある。あの博物館を思い出すと、今はどうなっているだろうかと不安にもなる。
 
 

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2014.09.15

なぜ従順に殺害されてしまったのだろうか

 イスラム教過激派組織ISIS(イラク・シリア・イスラム国)が、人道支援団体メンバーのスコットランド人デービッド・ヘインズ(David Haines)さんを殺害した。13日の報道である。首をナイフで切断するという残酷な殺害である。同種の殺害として3人目になる。
 一人目は、8月19日、米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー(James Foley)さん、二人目は、9月2日米国人ジャーナリストのスティーブン・ソトロフ(Steven Sotloff)さんである。
 私はフォーリーさんが殺害されたおり、残酷性が弱められたとされる動画をたまたまネットで見た。実際の殺害シーンはボカされていた。断頭後の死体も見なかった。あの動画はあくまで処理されたものだろうと私は思っていた。
 その後、「あれは本当に処刑の映像なのか」という疑問を投げかける報道を見かけた。もしかすると私が見た映像はISISが流した映像そのものであったのかもしれない。つまり最初から残酷性は弱められるように処理されていた映像だったのだろうか。
 疑問を解明したいとは思わなかった。リアルに首を切り裂いて殺害されるようすを見たいとは思わなかったからだ。
 あとの二人についても同様である。なんとなく、海外報道が取り上げる一部の映像を見ただけだった。
 私は、ある衝撃的な映像報道がなされたとき、当然持つべきはずの印象とは別の印象を持つことがある。疑問と言ってもよい。映像が想定する印象を多くの人が想定どおりに抱いて感情的になっているとき、そこからずれて、些細なことに、なぜなんだろうかと一人考え込んでしまう。
 今回の事態で思ったことは、殺害者はなんでオレンジ色の服を着せられているのか、ということだった。なにか特別な意味があるのだろうか?
 自分なりに調べてみたが、わからなかった。すごく基本的なことで、こんなことも私はわからないのかというような知識が背景にあるように思えたが、わからないものはわからない。報道では、"orange jumpsuit"(オレンジ色のつなぎ服)と表現されていることが多いが、あれはつなぎ服ではない。
 いや、そうじゃない。最初の殺害映像でわかっていたともいえる。囚人服である。グアンタナモ湾収容キャンプの囚人はオレンジ色のつなぎ服を着せられていた。また、米国では"Orange Is the New Black"というドラマがあるが、ここでいう「オレンジ」は囚人服のことである。
 これはさらなる困惑を私に引き起こした。ISISがやっていることは米国民にわかりやすいビジュアル表現としてオレンジ色の囚人服を着せている、ということのだろうか? すると、ISISの行動というのは、広義にアメリカ文化なのだろうか。
 かくしてわからない。しかし、それはもしかすると些細なことかもしれない。
 もう一つの疑問は、なぜ従順に殺害されてしまったのだろうか、ということだった。
 どうせ殺されるのである。頭突きでも歯で噛みつくでもなんでもして殺害者にわずかな痛みくらい与えて死んでもいいのではないか。あるいはあらん限りの呪いの言葉を残して死ぬことはなかったのだろうか。サムソンのように。


サムソンは主に呼ばわって言った、「ああ、主なる神よ、どうぞ、わたしを覚えてください。ああ、神よ、どうぞもう一度、わたしを強くして、わたしの二つの目の一つのためにでもペリシテびとにあだを報いさせてください」。

 いや、状況はそうじゃないのだろう。これは断頭台に立つ人とは違う。最後の自由は実際には与えられていないのだ。
 自分が彼らの立場に立ったとき、どうするだろうか。
 自分が愛する人に、自分の死の真相と、最後の姿を伝えたいと思うのではないだろうか。
 おそらくそうだろう。確信はないが。
 あるいはこうしたとき、欧米文化でのなにか基本的な対応というのもあるのかもしれない。
 もしかすると、最後のあがきをした人間が他にいたかもしれないが、ただ殺されて闇に消え、映像として使えるのがこの三人だったということかもしれない。
 もう暫く考える。
 三人の死は、死の威厳というものかもしれないと思う。最期に愛を伝えることができる確信が私には感じ取れたから。
 彼らにはその処刑の理由はない。彼らは無罪である。無罪であるものに死を与えることは不正義である。
 彼らは不正義を、静かに最後に、威厳をもって、訴えていた。
 
 

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2014.09.14

歴代天皇名とか中二病でつい暗記してしまうもの

 最近はどうかなあ。僕が中学生くらいのころは、クラスの一人か二人、歴代天皇名が全部言える!とか言って、ぶつぶつ言っているのがいた。知ってますか? こんな感じ。あってるかな。


神武綏靖安寧懿徳孝昭孝安孝霊孝元開化崇神垂仁景行成務仲哀応神仁徳履中反正允恭安康雄略清寧顕宗仁賢武烈継体安閑宣化欽明敏達用明崇峻推古舒明皇極孝徳斉明天智弘文天武持統文武元明元正聖武孝謙淳仁称徳光仁桓武平城嵯峨淳和仁明文徳清和陽成光孝宇多醍醐朱雀村上冷泉円融花山一条三条後一条後朱雀後冷泉後三条白河堀河鳥羽崇徳近衛後白河二条六条高倉安徳後鳥羽土御門順徳仲恭後堀河四条後嵯峨後深草亀山後宇多伏見後伏見後二条花園後醍醐後村上長慶後亀山後小松称光後花園後土御門後柏原後奈良正親町後陽成後水尾明正後光明後西霊元東山中御門桜町桃園後桜町後桃園光格仁孝孝明明治大正昭和今上

 僕が子どものころは、戦中これを暗記させられた大人たちがけっこういて、たまに洒落でご披露してくれた。たぶん、これ暗記していて友人もそういう親戚とかいたんじゃないだろうか。
 ところで、これ279文字。僕が無駄に覚えた般若心経とほとんど文字数同じ。
 区切りがないと読みづらいので、中点で区切ってみる。

神武・綏靖・安寧・懿徳・孝昭・孝安・孝霊・孝元・開化・崇神・垂仁・景行・成務・仲哀・応神・仁徳・履中・反正・允恭・安康・雄略・清寧・顕宗・仁賢・武烈・継体・安閑・宣化・欽明・敏達・用明・崇峻・推古・舒明・皇極・孝徳・斉明・天智・弘文・天武・持統・文武・元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳・光仁・桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明・文徳・清和・陽成・光孝・宇多・醍醐・朱雀・村上・冷泉・円融・花山・一条・三条・後一条・後朱雀・後冷泉・後三条・白河・堀河・鳥羽・崇徳・近衛・後白河・二条・六条・高倉・安徳・後鳥羽・土御門・順徳・仲恭・後堀河・四条・後嵯峨・後深草・亀山・後宇多・伏見・後伏見・後二条・花園・後醍醐・後村上・長慶・後亀山・後小松・称光・後花園・後土御門・後柏原・後奈良・正親町・後陽成・後水尾・明正・後光明・後西・霊元・東山・中御門・桜町・桃園・後桜町・後桃園・光格・仁孝・孝明・明治・大正・昭和・今上

 可読性があがって、それなりに、ああ、こいつなあ(不敬!)とか思う天皇が幾人かいる。個人的には若い頃、日本の古代史に関心をもったので、「崇峻・推古・舒明・皇極・孝徳・斉明・天智・弘文・天武・持統・文武・元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳・光仁・桓武」あたりはそれぞれキャラが浮かぶ。
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天上の虹(22)
 ふと連想で、「天上の虹」はどうなったかなと調べてみたら、えええ!まだ完結してなかったのかよ!で、次巻で完結!いつその次巻?
 話戻して。
 この歴代だが、「今上」というところが、ちょっと感慨深い。僕が中学生のころは「大正」の次にこのEOFマーカーがあったはず。
 こういうこと知らない世代も増えたのかもしれないけど、この歴代天皇名というのは、諡号と言って一種の戒名みたいなもんで死んでからおくったものだから、今の天皇を「平成天皇」とか言っちゃだめなんですよ。ちなみに、天武天皇は生前からそのように名乗っていたらしい、ほかにも後醍醐もそうかもしれない。ただ、後醍醐は「後醍醐天皇」と言っていたわけでもないとは思うけど。
 時代というとあれかな、こういう話すると、それだけで右翼みたいに思われる時代になってしまったようにも思うけど、この歴代天皇というのは、実は日本の伝統でも天皇制というものでなく、極めて基本近代国家の産物。
 別の言い方をすると、「歴代天皇の順番はこういうふうにしろ」というイデオロギーの産物で、だから、そういうイデオロギーがないと困ちゃうなぁ(山本リンダ)ということだった。実質できたのは、大正時代に入ってから。天皇というのをこう考えるというのは、だいたい百年くらいの歴史しかない。
 史実的には大逆事件で幸徳秋水が、やけくそ紛れであったかもしれないが、南朝の天皇を殺害した北朝の天皇の裔を殺害するのは大罪か、とかぶち上げて、これで国論が沸騰したことがあった。日本人って実質的な意味のないものについ沸騰しちゃうよね、というか、どの国民でもそういうものか。
 現在の天皇家は北朝だが、明治維新のイデオロギーは南朝正統論で、矛盾があった。秋水が処刑されたのが明治44年のことで、実は、明治時代中、歴代天皇名は確立していなかった。皇統譜がなかったわけでもないが。このごたごたを経て、結局、北朝の裔の明治天皇が南朝を正統するということでいちおう話がまとまった。
 どういうことかというと、「後醍醐」から「後小松」の北朝側の5人の天皇がこの天皇名から削除されてしまった。

現状:後醍醐・後村上・長慶・後亀山・後小松

北朝:後醍醐・光厳・光明・崇光・後光厳・後円融・後小松

 「後小松」の北朝の子孫が現行の天皇家になる。後小松は一休さんのお父さんでもあるらしい。
 南朝の「後亀山」の後はどうなっているかというと、後亀山天皇には小倉宮恒敦というお子さんがいて、彼が南朝の天皇と称したかは不明。明治時代の終わりになって、三種の神器がない南朝系の天皇は自称ということになった。自称芸術家みたいなもんか。違うか。
 この三種の神器によって正統とするというのはまた別の議論を引き起こす。立ち入らない。
 このエントリは、中二病でつい暗記してしまうものとして、その他のくだらないものを挙げていこうかと思っていたが、ちょっと史実の確認していて手間取った。
 天皇家の話については、オタクな人が多いので、いろいろ議論があるかと思う。それなりにけっこう沸騰する話題でもある。私としては、この手のものは、中二病でつい暗記してしまうものの一例くらいに思っている。
 
 

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