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2014.07.04

「ター(เธอ)」というベトナム戦争の恋の歌

 あるとき突然、わけもなく、ある歌が自分の魂を奪う。最初、そう思っていなくても、すでにすっかり奪われてしまうことがある。そうした歌が、どのくらいあるのかわからないけど、ふと出くわしてしまう。
 ヤンニーン・パラウィー・ワイゲルさんという、ドイツ・タイのダブルの14歳の少女のタイ語の歌が、そうだった。最初、へえというくらいにしか思っていなかったのに。
 そして、歌詞が知りたい。
 私はタイ語はさっぱりわからなので、英語からの重訳でちょっと訳してみた(参照)。


อยู่ไกลจนสุดสายตา ไม่อาจเห็นว่าเราใกล้กัน
Yoo glai jon soot sai dtah mai aht hen wah rao glai gun
As far as my eyes can see, I can’t see us together
私の目が見える限り、私たちが一緒の姿は見えない

และทุกครั้งหัวใจฉันยังคงไหวหวั่นกับความท­รงจำ
Lae took krung hua jai chun yung kong wun gup kwahm song jum
And every time, my heart still trembles with the memories
そしていつもそう、私の心は思い出にふるえる

นึกถึงครั้งแรกเราพบกัน เธอและฉันไม่เคยต้องไกล
Neuk teung krung raek rao pob gun tur lae chun mai koey dtaung glai
I think of the first time we met, you and I never had to be far apart
出会ったとき私たちはけして別れないと思った

ในวันนี้ฉันต้องเผชิญความไหวสั่นอยู่ภายใน­ใจ
Nai wun nee chun dtaung pachern kwahmw ai wun yoo pai nai jai
Today, I must confront the nervousness inside my heart
今日、でも私は自分の苦しい心に向き合う

กลัวการที่เราไกลกัน กลัวว่าใจจะเปลี่ยนฝันไป
Glua gahn tee rao glai gun glua wah jai ja bplian fun bpai
Afraid of our separation, afraid that your heart will change your dreams
別れるのが怖い。あなたの心の夢が変わるのが怖い

ฝนพรำเปรียบเหมือนครั้งฉันพบเธอ
Fon prum bpriap meuan krung chun pob tur
It’s raining like the time I met you
出会ったときのように雨が降っている。

แววตาของเธอยังคงติดตรึงในใจไม่ลืม
Waew dtah kaung tur yung kong dtit dtreung nai jai mai leum
The look in your eyes is still stuck in my heart, I won’t forget it
あなたの目を見れば私の心が痛む。私はけして忘れない。

รักเรายังไม่เก่าลงใช่ไหมหรือกาลเวลาหมุนไ­ป
Ruk rao yung mai gao long chai mai reu gahn welah moon bpai
Our love hasn’t aged yet, right? Or has time moved on
私たちの愛は老いてしまったの? 時は過ぎたの?

เปลี่ยนใจเธอเป็นอีกดวง
Bplian jai tur bpen eek duang
Changing your heart into a new one?
あなの心はもう変わってしまったの?
(*)

เธอ เธอยังคิดถึงฉันไหม เมื่อสองเรานั้นยังคงห่างไกล
Tur tur yung kit teung chun mai meua saung rao nun yung kong hahng glai
You, do you still miss me when the two of us are still far apart?
私たちが別れたとき、あなたは私をさみしく思った?

เมื่อเวลาพาเราให้ไกลกัน
Meua welah pah rao hai glai gun
When time led us to separate
時が私たちを引き裂いた

รู้บ้างไหมคนไกลยังคงหวั่นไหว เมื่อเขามองดูภาพเธอทีไร
Roo bahng mai kon glai yung kong wun wai meua kao maung doo pahp tur tee rai
Do you know that this far-off man is still anxious whenever he looks at your picture?
歳をとってもあなたの写真見ればいまでも心がたかなると、知ってほしい

น้ำตามันยังไหลออกมา
Num dtah mun yung lai auk mah
The tears still flow out
そして、涙も流れる

หยาดน้ำค้างในยามเช้า กับลมหนาวจับใจ
Yot num kahng nai yahm chao gup lom nao jup jai
The raindrops in the morning and the cold wind grab my heart
朝の雨粒と肌寒い風が私の心をつかむ

สายลมโชยอ่อน พัดพาคามรักฉันไป ส่งถึงใจเธอที
Sai lom choy aun put pah kwahm ruk chun bpai song teung jai tur tee
Gentle wind, blow my love to you
やさしい風よ吹け。私の愛をあなたに届けて
(*)

กาลเวลาอาจทำให้ใจคนเราเปลี่ยนผันในวันต้อ­งไกล
Gahn welah aht tum hai jai kon rao bplian pun nai wun dtaung glai
Time might make the human heart change when people must be separated
人は別れたときから、心は変わっていくもの

แต่ฉันยังคงมีแต่เธออยู่ในหัวใจเสมอ
Dtae chun yung kong mee dtae tur yoo nai hua jai samur
But I’ll still have only you in my heart, always
でもわたしの心のなかにはいつまでもあなたがいる
(*)


 「ター(เธอ)」というのは「彼女」という意味で、私みたいに老いた男の若い日の恋人を思い出しているようだが、ヤンニーンさんの歌のイメージで、ちょっとユニセックスで訳してみた。
 ところで彼女の歌はカバー。本歌はやはり男の歌で、元の映画で歌われている。

 ヴェトナム戦争での恋の映画のようだが、それがなぜタイ語で?というあたりがよくわからないのと、歌の内容と映画と対応しているのかもよくわからない。映画と歌とは直接関係はないのかもしれない。
 吹き替えとかで見たい映画だけど、どういう扱いになっているかはわからない。


追記(2014.7.5)
 映画について英語で書かれたブログ記事「The Vietnam War Through Thai Eyes」(参照)を見ると、ベトナム戦争に参加したタイ人男性とヴェトナム女性の転生の物語らしい。


There is a monologue in the beginning in which the ex-soldier explains that he is looking for the girl, and he says that he is tormented by the fact that he doesn’t know who she is. He then asks, “Have you been reborn? Or did you die?”

最初の独り言で退役兵が、ある少女を探しているが、彼女が誰かわからなくてつらいとある。そして彼は問いかける、「きみは転生した? つまり死んだ?」

As the song plays we come to learn that the girl he fell in love with died in 1965, however, she was reborn and he finds her in 2014. However, she doesn’t recognize him, until he dies, and then she comes to realize that she was in love with him in her past life.

歌詞にあるように、映画の観客は、彼が恋に落ちた少女が1965年に死んで転生、2014年に彼が彼女を見つける。しかし、彼女のほうは彼がわからないでいるが、彼が死んだとき、彼女は前世で彼と恋いに落ちていたことを理解する。

We also learn that he actually died in 1965 too, so the “ex-soldier” who went to Vietnam in 2014 was actually the reincarnation of the soldier who died in 1965.

映画の観客はまた知ることになるのは、彼もまた1965年に死んでいて、ベトナム戦争に行った退役兵もまた1965年に死んだ転生であったことだ。


 ついでだけど、ヤンニーンさんが軍服を着ている演出はなかなか。
 

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2014.07.03

集団的自衛権・閣議決定、雑感

 安倍首相は7月1日の臨時閣議で、自衛権発動の要件について憲法解釈を変える閣議決定をした。
 具体的にどう変わったのだろうか。
 変更部分のビフォー・アンド・アフター(before and after)はどうなったのだろうか。
 ビフォーについては自衛隊サイト「憲法と自衛権」(参照)から引用し、アフターについては、閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備ついて」(参照)の該当部分を抜き出して三点の項目に整理してみよう。


ビフォー:自衛権発動の要件
① わが国に対する急迫不正の侵害があること
② この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


アフター:自衛権発動の要件
① 日本への武力攻撃や密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
② 日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない
③ 必要最小限度の実力行使にとどまる


違いについて。②と③
 項目数に変更はない。
 今回の要件は前要件を踏襲していることはあきらかである。
 ③については、表現を含めて同じ。
 ②については、前要件では、①を受けて「わが国に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するために他に適当な手段がないこと」だったが、新要件では、「日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない」として、①からは切り離された。
 また、②では「日本国家」と「国民」という防衛対象が明確にされたが、
前要件では侵害の事後を暗黙に想定しているのに対して、新要件ではその点、「危険がある」という想定として曖昧になった。


違いについて。①
 ①については文言上、大きな差がある。
 しかし、前要件①「急迫不正の侵害」と新要件における日本言及部分を抜き出した「日本への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の関係は、前要件の文言をより解説的に展開したことであって、解釈上の大きな差はない。
 ①の違いは、新要件で「密接な関係にある他国への武力攻撃」が加わったことだ。
 これが個別的自衛権から集団的自衛権への憲法解釈の変更と言われる理由である。


新要件「密接な関係にある他国への武力攻撃」の限定
 新三要件の構成では、①「密接な関係にある他国への武力攻撃」への自衛隊発動については、②と③の要件が限定となっている。
 つまり、集団的自衛権行使は、「日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がなく、必要最小限度の実力行使にとどまる」という限定があると理解してよい。
 こうした文脈的な解釈が許されるのは、実際の閣議文(参照)は以下のように、後ろの要件にかかるような文章で構成されているからである。


 こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。


集団的自衛権が採用された理由はどう示されているか
 今回の新要件で、集団的自衛権が新たに採用されたか理由はどう示されているか?
 同じ閣議文に次のように示されている。


 これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。

 簡単に言うと、時代が変わったからという程度の表現であり、ここでは具体性にかけている。


集団的自衛権を必要とする8つの事例
 新要件が具体性にかけることは政府側にも意識されていたため、事前に政府側から、集団的自衛権を必要とする8つの事例が示されていた。
 簡素にまとめられた赤旗サイトの8項リストから引用する(参照)。


  1.  邦人を乗せた米輸送艦の防護
  2.  周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
  3.  周辺有事の際の強制的な停船検査
  4.  米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃
  5.  周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
  6.  米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護
  7.  国際的な機雷掃海活動への参加
  8.  武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動


これらの8事例は妥当だろうか?
 これらの8事例は、集団的自衛権を必要とする理由として妥当だろうか?
 あるいは、この8事例の解消に集団的自衛権は必要なく、個別的自衛権で足りるといった意見があるだろうか。
 個別的自衛権で足りるとした意見もこの間に見かけたようにも思う。だが、改めて見直すと、包括的なその種類の議論は簡単には見つからなかった。
 そこで、一例から考えてみる。
 一例「4 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃」を考えた場合、これが「集団的自衛権は必要なく、個別的自衛権で足りる」とは言えるだろうか。
 これについては、専門知識がなくては言えないだろう。
 では、これらについて、識者はどう考えていただろうか?
 評論家・田原総一朗を識者と言ってよいか私には自信がないが、一例として彼は関連してこう述べていた(参照)。


 そこで政府は与党公明党を説得するために15事例を提示し、与党内で協議を進めようとしているのだ。ところが、具体的な事例を出してから矛盾や疑問がいくつも見えてきた。
 たとえば、「武力の行使」に当たり得る活動として提示された「米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイル迎撃」。北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定したケースだが、弾道ミサイルは日本のはるか上空を飛んで行くため、それを迎撃することは難しいと言われる。弾道ミサイル迎撃という想定自体がおかしいというのだ。
 あるいは、同様に「武力の行使」に当たり得る活動として挙げられた「邦人輸送中の米輸送艦の防護」。朝鮮半島で戦争が起きた場合、米艦が韓国に住む日本人を救出し、その軍艦を自衛隊が守るという想定である。これに対しても、本当に「米艦は邦人を輸送してくれるのか」という疑問が投げかけられている。

 私の率直な感想を言うと、議論が噛み合っていないと思う。
 「弾道ミサイル迎撃という想定自体がおかしい」や「本当に「米艦は邦人を輸送してくれるのか」」というのは、8要件の妥当性という議論に対応していない。
 また、田原の意見から離れて、「7 国際的な機雷掃海活動への参加」については、かつては、機雷をまいた側の国の防御力を低下させるため国際法上「武力行使」に相当するとして、自衛隊が参加できなかった経緯が実際にあった。
 この問題についても、そもそも機雷掃海活動への参加すべきではないと言うのなら、それも別議論ではあるだろう。


8事例の妥当性をどのように考えたらよいのか?
 8事例の妥当性をどのように考えたらよいのだろうか?
 私にはこれらの妥当性を議論するだけの専門知識がない。おそらく、大半の国民にとってそうだろう。
 ゆえに、こうした問題こそ専門家が議論をするか、あるいは反対政党が明確にすべきだろう。残念ながら、私はその詳細を知らない。
 ただし、この経緯を粘り強く検討した公明党の対応(参照)を見るかぎり、概ね妥当な線で同党が同意したのではないかと思われる。


全体的な印象
 率直なところ、なぜこの機に拙速に集団的自衛権といった問題に内閣が関わるのかは私には理解できない。急ぐべきことは、消費税10%増税の停止のほうではないかと思うくらいである。
 その上で、今回の閣議決定について全体的な印象を述べると、今回の集団的自衛権についての憲法解釈決議決定は、ちまたでよく言われるような安倍政権の右傾化や戦争ができる国への変更というよりも、8事例を見るかぎりは、外交・防衛に関連する各省庁の現場の要請を内閣側で原則としてまとめたという印象が強い。
 例えば、「4 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃」などは、そもそも米軍と組んだ現在のMDシステムの前提になっているはずで、これ自体を拒絶するなら、北朝鮮が日本を狙っている弾道ミサイル防衛そのものの前提が揺いでしまう。
 このことは同時に、「そもそも集団的自衛権という解釈が許されないのだ」というのであれば、なおのこと、具体的な8事例についてどのような対処が必要なのか提示されなければならない。


今後はどうすべきか?
 今後、日本国の市民はどう集団的自衛権をとらえたらよいだろうか。
 あるいは、今回の集団的自衛権の行政府の解釈が日本の戦争につながるだろうか。
 この閣議決定が直接集団的自衛権の行使に結びつくものではないことは、当の安倍首相が明白に認識を表明している(参照)。


 また、この閣議決定で集団的自衛権が行使できるようになるわけではありません。国内法の整備が必要であり、改めて国会の御審議をいただくことになります。これに加えまして、実際の行使に当たっても、個別的自衛権の場合と同様、国会承認を求める考えであります。民主主義国家である我が国としては、慎重の上にも慎重に、慎重を期して判断をしていくことは当然であろうと思います。

 これが安倍首相の「本心か?」という議論は置く。
 重要なのは、国内法の整備であり、「改めて国会の御審議をいただくこと」としている点である。
 今回の閣議決定は、どうにも拙速感はあったが、具体的な問題点は、法制化の議論の過程で明らかになる。
 その意味で、専門家や代議士は、その点の解説に注力してほしいと思う。その過程で、日本が置かれている防衛上の状況を踏まえた上て各種の問題点を明らかにしてほしい。そして、それらの議論を法制化の際に盛り込んでもらいたいと思う。
 
 

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2014.06.30

「脱法ハーブ」は英語でなんと言うのか?

 問題は、「脱法ハーブ」は英語でなんと言うのか、ということだ。なんと言うのだろう? 
 仮に分けて考えてみると。「脱法」はなんと言うのか、そして「ハーブ」はなんというのか、その二要素を組み合わせると、「脱法ハーブ」が英語で表現できるのか。とりあえず、そう考えてみよう。
 「脱法」って英語でなんて言うのか? ちょっと思い浮かばない。こういうときは、反対語を思うといい。脱法の反対は「合法」である。「合法」は"legal"または"legitimate"かな。すると、その反対は、"illegal"または"illegitimate"か。おっと。それは「非合法」だよ。
 というあたりで、「脱法」は「非合法」とどう違うのか。ここで気がつくのは、「脱法ハーブ」は「非合法ハーブ」ではないこと。「合法」なんだけど、なんだかよくない、ということで、「脱法」とか呼んでいるわけな。あるいは、過去形で、呼んでいた。
 そういうのを表す英語はなんなのか?
 それには「法」というのを「なんとか逃れる分野」を想像する。あれだ。「脱税」。それは"evasion of taxes"あるいは"tax evasion"。
 でもこの場合、"evasion"は「回避」ということ。
 それって「脱法ハーブ」に使えるのか? "herb evasion"? 無理。
 他に似たような「脱」ってなんかあるか?
 「脱原発」!
 そういえば、「脱原発」って英語でなんと言うのか?
 フランス語だと"Sortir du nucléaire"(参照)って言うのだけど、英語ではどうなんでしょ。話が逸れていくなあ。
 というわけで、「脱法ハーブ」の「脱法」がよくわからない。
 そこで意味から考える。と、脱法できるのは「法の不備」なんだ、が、"defectiveness(不備)"なわけはない。
 「法の抜け穴」と考えると、"loophole"なる。このあたりで手を打ってみて、"loophole"と"herb"で検索すると、あった。毎日新聞だ(参照)。


According to police, Nagura has admitted the allegations against him. He was quoted as telling investigators he drove into the pedestrians shortly after smoking a so-called "loophole" hallucinatory herb. Police searched Nagura's car, as he said he had kept the substance there.

 というわけで、「脱法ハーブ」は"loophole hallucinatory herb"ということかな。
 実はこの記事にもっと簡単な表現がある。

A driver suspected to have been under the influence of a quasi-legal drug veered onto a crowded sidewalk in Tokyo's Ikebukuro district on June 24, hitting and killing one woman and leaving seven others injured, police said.

 つまり、"quasi-legal drug"。"quasi-"は「疑似の」ということで、ようするに、「疑似合法麻薬」ということ。
 共同もこの訳語を採っている(参照)。

A man under the influence of quasi-legal herbs slammed his car into pedestrians Tuesday evening in Tokyo’s bustling Ikebukuro district, injuring seven people, police said.

 とはいえ、日本語の表現としては、「ハーブ」と「麻薬」の差の微妙さを「脱法」で表現していたわけで、「疑似合法麻薬」と言われると、ちょっと違うなあという感じはする。
 そのたり、毎日新聞の記事で、"loophole hallucinatory herb"という表現をしたのは、"herb"の語感を残したかったからだろう。
 先の共同だと、おもむろな表現もある。

Police quoted the man as telling investigators that he had inhaled “dappo herbs,” or quasi-legal herbs containing cannabis-like ingredients.

 ちょっと話がずれるが、「脱法ハーブ」って成分なんだか報道ではよくわかんないが、ようするに「cannabis-like ingredients」ということで、「大麻に似た成分」ということ。
 すると、「大麻」は、いずれ米国では合法化されるしかないくらいなものだから、さほど危険な薬物ではない。なので、むしろ、大麻より「大麻に似た成分」が危険だということなんだろうか。とか考えると、なんとなく、脱法ハーブの報道って、大麻規制で警察が焦点化しただけなんじゃないのという印象も生まれるが……。
 実は、「脱法ハーブ」は実体的には、大麻の「有効」成分「テトラヒドロカンナビノール(Tetrahydrocannabinol)を似せて合成したものが多いらしい。なので、こうした合成薬の毒性は大麻よりわかっていない。
 ウィキペディアなんかだと、「脱法ハーブ」をあっさり、"synthetic cannabis"としている。つまり、「ハーブ」っていうなんか自然のイメージとは別に、たいていは薬学が生み出した合成品なわけな。
 言葉の問題に戻ると、ジャパンタイムスの記事(参照)だと、写真のキャプションには" quasi-legal herbsがあるが、本文は"dappo herbs"で通しているんで、まあ、「脱法ハーブ」の英語は"dappo herb"でいいんじゃないか。
 ついでにジャパンタイムスの記事だとこうもある。

It was not until last April that the Pharmaceutical Affairs Law was finally revised to make possession and use illegal.

 法が変わったから、合成カンナビノイドが規制されたということなんでしょう。そこを警察としては、ちょっと危険をもって演出しているかなという印象はある。
 ほいで、「脱法ハーブ」という言葉のネタは以上でおしまい。

 なんだが、ついでなんで、ここでもう一つ。

 "Herb"の発音できますか?

 "Herb"なんだから、「ハーブ」だろ?
 まあ、そうでもあるんだけど、ちょっとそういうことでもない。
 解答から言うと、英国英語だと「ハーブ」なんだけど、米国英語だと"h"の音が抜けて「アーブ」です。というか、米国人、これは、"hour"や"honest"なんかと同じタイプのフランス語の外来語だと思っているようだ。
 日本の英語教育だと、英国英語と米国英語の差は、なんとなく適当にごまかすから、米人が「アーブ」って、hを落としているのを知らない人も多い。
 これで、おしまい。
 
 

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2014.06.29

やっぱりピンズラーでドイツ語をやりなおそう

 とほほ。ドイツ語についての、このなんとも言えない、微妙な残念感はなんなんだろう。ドイツ語という言語がどういう言語かはよくわかったし、英語をある程度知っている人がドイツ語を学ぶときのキモもよくわかった。そして、英語の表現を微妙にドイツ語に移し替えるコツみたいのもわかったが、が、なんか、この微妙な残念感。一つには音楽性だろうな。
 どの言語にも、美しいといってよい音楽性のようなものがある。いや、どの言語にもあるのかまではわからない。少なくともその言語の国民が、努力して母語の音楽的な美しさを守ろうとする意識に対応してだろうと思うが、それはある。自分がなんとか中国語を120日間勉強できたのも、ああ、中国語(マンダリン)って美しいなあ、という思いがあったからだ。フランス語にもある。というか、フランス人はこれに執拗にこだわりすぎる。ついでに言うと、英国英語や米国英語にもあるのだけど、日本の英語教育だと、そこは語学学習上どうでもいいみたいになっていて、あまり考慮されない。日本人の英語は日本風でよいとか、英語は国際語だからネイティブの発音にこだわらなくてもよいとか。でもなあ、言語というのは、あの音楽性において学ぶもんだろうと思うんだよ。
 と。
 いうわけで、ピンズラーのドイツ語教材が30分無料であるんで、まあ、聞いてみるかなと聞くと、フランス語や中国語のときと同じ感じで、いきなりの状況から始まる。そして有無も言わさず、"Entschuldigen Sie?" "Ich verstehe ein bisschen Deutsch."とくる。最初は若干遅いけど、すぐにナチュラルスピードになる。ああ、ドイツ語やん、という感じ。
 こりゃ、やっぱりピンズラーでドイツ語をやりなおそうかと思った。
 中国語のときは、どうせ自分は中国語なんか習得できっこないから、フェーズ1で挫折したらやめようと思ったけど、結局、現在あるフェーズ4までやって、文化やビジネスや現代中国がわかるフェーズ4はとても楽しかった。
 そうなんだよな、ピンズラーの教材は、文化的にとても楽しい。フランス語のときでもそう思った。なかなかドラマ性もあった。母と息子がのみの市に行くんだけど、息子がやだあ、とかいう状況なんか、おお、そうなんだろうと思った。じゃあ、フランス息子、なにが好きなの? B.D.(ベデ)。なんじゃ、それ。Bande dessinéeのことだ。たぶん、日本の漫画だろう。
 ドイツ語はどうだろう。言語の内側に入って見える文化はなんだろう。そこまで到達できるかわからないが、植田重雄先生の思いの一端が見えたらいいだろうな。
 というわけで、ドイツ語もやるかな。
 中国語のときよりもさらに脱力でピンズラーで向き合ってみるかな。
 ということで、フェーズ1を実は昨日購入して、今、二日目を終えた。"Wie geht es Ihnen, Frau Meyer""Es geht mir gut. Danke. Herr Gordon"。まあ、ありがち。しかし、容赦ないナチュラル・スピードで、とても音楽的。ドイツ語ってこういう言語だ。マグニートーの母語ですよ。
 話はそんだけなのだが、ふと昔のことを思い出した。

cover
German I,
Comprehensive
 中学生のとき、友だちで、ドイツ好きという変なやつがいて(そいつに言わせると私のほうが変だとのことだったが)、NHKで一生懸命ドイツ語勉強していた。おまえもドイツ語学べみたいなことだったかな。当然挫折したのだけど、Rの音はできた。そして、なぜか、「ラウフン・ジー・イェト?」という文だけ記憶に残った。「タバコ吸いますか?」という意味もついでに覚えた。思うに、当時のNHKの語学講座でも初歩で学ぶのは、そんな話が多かったのだろう。そうけば、オリジナルのピンズラーもそういうのだったらしい。まあ、30年くらい前の語学の教材ってタバコでもいかが?という時代だったのだろう。
 「ラウフン・ジー・イェト?」がなんであるかは、ポール・ノーブルの教材を聞きながら思い出したし、文法もわかった。"Rauchen Sie jetzt?"ということだ。
 なんか奇妙なものだなと思う。40年以上もまえのことだ。
 そういえば、NHKでそのころだったが「天下堂々」という変な時代ドラマがあって、そこで謎の言葉「イクベヨイヒト」というのがあった。謎はついにオランダ語だということで、ふーむオランダ語かと、オランダ語ってそう聞こえるのかと思った。オランダ語ってドイツ語に近いんじゃなね、"Ich bin recht"かなとか、そんなことを思っていた。
 少年の日のなんか無意味な一言が、40年以上もたって、奇妙な果実となるというのも人生って、不思議なものだな。
 

 
 

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