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2014.01.03

正月風景

 寝正月であることが察せられ、食事会に来ないか、と誘われた。
 行くことにした。この時期、都心は、寺社やショッピング街を除けばけっこうがらんとしている。悪くないじゃないか。電車も比較的空いているだろう。そう思ったのだが、ハズレだった。
 乗り慣れない路線なので、始発が出る駅で乗り換えて座った。ぼんやりしていると奇妙な疲労感に襲われて眠くなり、何とはなしに社内アナウンスを聞いていた。うつらうつらとした意識のなかで、あれは日本語か英語か、それともフランス語か。
 20分もたってないだろう。隣からぐいと押された。見回すと車内は存外に混んでいた。
 そして眼前に、セーターで覆われた大きなおなかがあった。
 妊婦?
 即座に思った。
 反射的に立ち上がろうとしたとき、彼女の顔を見て、なんというのか、パズドラのボスキャラ、とか一瞬思った。
 失礼。
 何歳なのだろう、この女性。40歳はがちで越えている。
 そして大きなお顔があった。『あまちゃん』に出て来た、あの人みたいと思ったが、あの人が誰か知らない。
 僕はまだ立ち上がってはいなかったが、気が抜けたように脱力した。それから本格的な困惑がやってきたのだ。
 妊婦?
 ここで顔を上げるべきなのか悩んだ。いや、40歳すぎても妊婦というのはある。でも、妊婦なのか。ただの、太ったオバサンなのか。悩む。自然に眼前のおなかを見ている自分がいる。
 妊婦?
 そのまま自然にまた顔を見た。さっきよりも見てしまった。50歳は入っている顔だろう。
 50歳で妊婦?
 そういうことだって世の中ある。
 50歳じゃないかもしれない。49歳とか、あるいは今年は年女で48歳だとか。
 悩む。
 めんどくさい。妊婦であろうが、太ったオバサンであろうが、いいじゃないか、席をゆずったほうがいい。
 決意したそのときに、その大きなおなかが僕のおでこ寸前に迫った。
 立てない。すごく混んでる。いや、こんな混んでるときこそ、席をゆずるべきじゃいのか。
 ねえ、みんな。
 左を見ると、10代か20代の女の子でスマホでゲームしている。パズドラ? 右を見ると、10代か20代か男の子が寝ている。疲れているのか。
 他人のことなんかどうでもいい。
 しかし、この状況は席をゆずる以前ではないか。どうしようか。
 そのときだった。「あらやーねえ」という声がした。彼女の声だった。その、大きなおなかの女性の声。
 僕に語りかけたものではない。彼女の連れに向けての言葉だった。隣は連れだったのだ。そのとき初めて僕はその隣の人に関心を向けた。
 その人、年齢不明。
 性別不明。
 女性なら40歳くらい。男性なら30代から40歳。短髪。メガネ。
 着ているものから男女がわかりそうなものだが、コートのようなものを着ているのだが、さっぱりわからない。
 そもそも、この大きなおなかの女性とどういう関係なのかもわからない。夫?
 そんなことどうでもいいじゃないか。そんなことは僕に関係ないことじゃないか。そう思いつつ、その隣の人の声から男性か女性か判別しようとしたのだが、わからない。
 まったくわからないのだ。
 僕はずっとうつむいて、そういえば、吉野弘先生の詩を思い出した。先生には高校生のとき詩を見てもらったのだった。その詩は、お年寄りに席を譲った若い女性がもう一度別のお年寄りに席を譲って、それから三度目に席を譲るのが恥ずかしい気持ちでいるという状況が描かれている。


可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。

 その詩を思い出して、自分を重ねた。

滑稽に
中年男はうつむいて
そして今度も席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
男はどこまで行ったろう。

ねじれた心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず加害者となる。
何故って
ねじれた心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じられないから


 詩にならないね。
 洒落にもならない。
 そのうち乗り換え駅について、どっと、乗客が降りた。僕の眼前のその大きなおなかの女性も去って行った。
 ほっとした。
 僕は、その駅で降りるべきだったことなんか、すっかり忘れていた。
 
 

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2013.12.31

2013年を振り返って

 大晦日。年越しと正月の買い物はあらかた昨日に済ませた。今日になっていざとなるとどの店も混んで面倒だからだ。そのわりに、あるいはそのせいなのか、のんびりと朝起きて、ああ、今日は大晦日だったな、と改めて思ったりもした。今年はどんな年だったか。
 今年、個人的に一番大きなできごとは、自著『考える生き方』(参照)を出したことだった(参照)。これまでブログを読んでいた層とその少し先の域のかたまでよく読んでいただけて嬉しかった。ありがとう。
 この本では、本人としてはブログにこれまで書かなかった、どちらかというとパーソナル部分を、普通の市民の立場から書くことで、もう少し広い層にまで届くことを願っていた。

cover
考える生き方
 客観的に見れば、それは充分にはかなわかったかと思う。非力だった。書籍のビジネスとしては成功とはいえないし、その線で僕がまた本を書くことはないんじゃないかとも思う。
 それでも個人的には、60歳の時点でこの本の続編は書きたいかなという気持ちは、その後、あった。ブログにあえて書かなかったことや、パーソナルな思いなどは今年も貯まってきた感じはする。では、そういうチャンスがあるかというと、それ以前にその歳までできるだけ健康に生きていたいものだ。
 自著を書いたのはブログを書いて10年という節目と、55歳という年齢の節目があった。ブログを書いてきてよかったかというと、自分としては楽しいことも多かったが、振り返るとつらい部分もあった。随分とひどい罵倒を多くもらったし、裏でけっこう嫌がらせも受けた。
 コメント欄も率直にいうと閉じようかと思った。個人的な名指しの罵倒でなければ、どのような意見もあってもよいというのが自分の立場だが、そもそも掲載に値しないトンチンカンなコメントをそのまま落書きのように公開してよいのだろうかという疑問が、なんとなくつのり、コメント欄のメンテナンスが億劫になってきた。
 コメント欄の常連さんにはある種の妄想に近い感性を持っている人がいるようにも思えた。というわけで、今後はコメント欄で、「これは普通の神経ではどうなんだろうか」というコメントは公開しないかもしれない。むしろ、きつい批判は今後とも公開したいとは思っている。
 微妙なコメントもある。たとえば。

お久しぶりです。

最近はツイッターが主なフォローソースなんですか?コメント欄が寂しいですね。それともコメント欄は基本的に非公開にしたんですか?

ところで、弁当さんは最後まで評論家なんですね。もっとも、子供もおらず、年齢的にも評論家として逃げ切り可能なので、まあ幸せな時代に生きたということでしょうね。

日本は、我々の世代が当事者として支えていきますから、弁当さんも、目と指が健康なあいだは、評論家として頑張ってくださいね。


 いやはや、どう応答してよいのだろう。「やあ、君も元気?」ということかな。
 率直に言って、コメント欄に公開する意味はないだろうと思う。
 一つわかるのは、自著『考える生き方』は、このかたには読んでいただけてないんだろうなということ。それでいいとは思う。だけど、もし気になるなら読んでいただけたらよいのに、と悔やまれはする。
 健康については、難病を患っていることは自著に書いた。幸い今年は大きな発作は少なかった。このコメントのかたは「目と指が健康なあいだ」と書かれているが、たぶん老眼を指しているのではないだろうか。かねてから言っているが僕は老眼はない。老眼かなと思うのはどうも乱視のせいのようだ。目は難病の影響のほうが大きい。指はさして問題ない。喋るより早くブラインドタイプができる。なので、悪い目とブラインドタイプが結合すると誤字脱字になりがち。
 健康状態がわりとよかったのは、この半年の筋トレの効果だったかと思う。半年、続けた。冬に入るころまで体調は妙に好調だったが、先月下旬、風邪を引いた。寝込むほどではないが、体調の不調はだらだらと続き、筋トレがうまくいかない。
 半年筋トレやってどうだったかというと、残念ながら、筋肉むきむき、とはいかない。もともと標準体型の部類なので、何キロ痩せましたということもない。肩の筋肉は少しついた。自然な肩パットみたくなったのでその分、着るものが着やすくなった。体型は30代ころと変わらない。筋トレでさらに締まった。いわゆる中年体型ではないので、遠目には30代くらいに見えるのではないかと思う。
 筋トレの成果は、そのくらい。実際のところ、並行している有酸素運動のほうが健康には効果があったようだ。現状、年末年始で体調は不調だが、これも来年も続けていきたい。その意味では、今年は、自分にとっては筋トレ元年だったし、そうでありたい。
 個人的にも今年はいろいろあったし、来年もいろいろあることがわかっている。先にも触れたが、それはもし『考える生き方』の続編でも書く機会があったら書くというタイプの話題なので、ブログのほうに書く気力がない。
 自著に似た活動では、今年も、cakesの書評『新しい古典を読む』(参照)の連載にけっこう注力した。
 この連載だけのために既読書を含めて一日二冊ペースくらいで読んだだろうか。けっこうきつい読書でもあった。が、いずれ人生のどこかでこれらの本や著者については、きちんと書くべきだったという思いがあったので、ライフワークのような意識で取り組んだ。が、その割には、山本七平や小林秀雄などについてはまだ書いていない。
 この連載は、ツイッターでの応答からは定期的に読まれているかたがいる。ありがとう。
 広く読まれているふうはない。またネットでの話題にもなっていないようには思えた。その意味で、この連載も成功とは言いがたいのかもしれない。個人的には、この書評もできたら書籍にまとめたい気はしている。『考える生き方』で書かなかった部分もだいぶ表現できたようには思う。もっとも、それが読まれるかたにどういう意味があるのか。そこは悩むところだ。自分の書くものにそんな意味はないんじゃないかとも思う。
 今年の思い出で、個人的なこととネット的な活動の中間にあるのは、この三か月間のフランス語の学習だった。56歳になって、ほぼゼロ状態の外国語を学習して、なんの意味があるのだろうか? ということが当初あったが、やってみてよかった。
 先日、三ヵ月終えたという記事を書いたが、その晩、なんとも言えない奇妙な幸福感があった。ああ、自分ってまだ成長しているじゃないかというか、自分もそうダメなもんじゃないんじゃないかというか。そういう言葉にするとうまく表現できていないが、なんか10代のころの知への向かい方を思い起こしていた。
 ちなみに、ピンズラー方式のフランス語学習だが、ちょうどフェーズ3まで基本は終わりで、その後は、むしろ応用になるようだった。今日もフェーズ4の二日目を終えた。
 このフランス語学習のために自分の持っている時間をだいぶ調整することになった。結果的にブログを書く時間を削ることになった。ブログを書く時間があれば、フランス語学習に充てた。
 それでも、ぼんやりとだらだら、ツイッターでつぶす時間はあったりもするが、そこを削るのはなんとなく無理のように思えた。
 ブログに時間を割かなくなったことの関連で、毎年書いていたクリスマスの短編も書かなかった。まあ、今年は無理だ。書いても、いやなコメントもらうくらいだし。ダメなものはダメと受け入れようと思った。ツイッターで今年は書かないの?と聞かれても、ええ、くらいに答えた。
 が、不思議なことに、書き出したら、まるで預言のように書けた。心のどこかでこの短編のことが引っかかっていたせいもあるんだろう。書いてみて、その内容とは別に、まあ、でも、今年もブログを書けたんじゃないかと思えた。それはなにか、自分に、ブログを書くということが神様のプレゼントにように与えられたような感じだった。
 今年は、ブログの世界も変わってきたなと思えた。もちろん、自分も変わってきたが、どちかというと僕とブログの基本的な関係はあまり変わっていないように思う。
 僕を政治的に非難する人は左派にも右派に多い。今年はどちらかというと左派からの批判が多かった。僕を「保守主義者」と呼ぶ人もいた。別にかまわない。僕は自分では保守主義者ではないと思っているが、その人に釈明する義務はない。
 僕は、まだブログを書き続けるようには思う。僕は自由でありたいと思うからだ。自由な市民でありたい。
 僕のブログは、僕が自由な市民であることの、ひとつの表明である。それ自体――自由に市民が発言すること――が一つの戦いだとも思っている。
 Liberté, Égalité, Fraternité !
 
 

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2013.12.30

奥克彦さんと井ノ上正盛さんの死から10年

 先日、安倍首相の靖国神社参拝が話題になっていたが、結果としては、彼の思いとしては「いつ行くか」というタイミングの問題だけでもあったのかもしれない。現下の国際状況を鑑みたら、別の考えもありうるだろうとも思いつつ、それはそれとして、ふとではいつだったら、例えば、自分にとってその心情なりが伝わるだろうかと、とりとめなく思った。
 自分の思いの裏にあったのは、奥克彦・駐英参事官と井ノ上正盛・駐イラク三等書記官のことだった。2003年11月29日、日本国の命令でイラクに派遣されていた二人が、バグダード近郊で射殺された。
 あれから、10年たった。
 10年前、2003年、その9月に、安倍晋三氏は、当時の小泉首相によって、自民党幹事長に抜擢されたのだった。その彼のことだから、奥氏と井ノ上氏のことは、かたときたりとも忘れることはなかっだろう。その追悼はどうされたのだろうか。二人は靖国神社に祀られてはいないはずだ。
 安倍氏に次いで幹事長となった武部勤氏は、2005年、当時の小泉首相が靖国神社に参拝したおり、こう述べていた。2005年6月1日の共同通信「首相は今年も靖国参拝 武部氏、新追悼施設が必要」(参照)より。


首相は今年も靖国参拝 武部氏、新追悼施設が必要
 自民党の武部勤幹事長は10日午後、札幌市で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について「今年もご自身の考えに基づいて参拝するのではないか」との見方を示した。
 靖国神社には戦没者が祭られているが、武部氏は「外国の元首がお参りできない、天皇陛下もお参りできないのは良いことではない」と指摘。さらに、イラクで殺害された奥克彦大使らを挙げ「テロと戦って心ならずも命を亡くした人々。世界で活躍し、命を亡くしている人々を慰霊する墓地をつくるべきだ」と述べ、新たな追悼施設の必要性を強調した。

 新たな追悼施設ができていたら、今頃、奥氏と井ノ上氏はその追悼施設で慰霊されていたことだろう。
 二人の慰霊に気に掛けていた国会議員もいた。奥克彦氏がラガーであったことから、超党派議員19人による「国会ラグビークラブ」主催で奥大使追悼試合が11月18日に開催された。一番の後ろ盾はおそらく、この会のキックオフをした日本ラグビー協会会長の森喜朗氏であっただろう。
 奥大使追悼試合だったからといって井ノ上氏の追悼がなされなかったわけではないだろう。ただラグビーをオモテに立てたので、新聞記事などでは奥氏がおもに語られることにはなったのだろう。
 その点、宮崎県都城市では10年目にあたる日、井ノ上氏の母校で井ノ上氏の追悼式があった。事件当時の校長だった田爪俊八氏が中心になって呼びかけたものだ。読売新聞「「井ノ上桜」に平和誓う イラク外交官殺害10年」(参照)より。

 上長飯小の校庭には「平和の木『井ノ上桜』」と名付けられた1本の桜がある。
 井ノ上さんは生前、妻のおなかの中にいた2人目の子どもが女の子だと分かると、名前に「桜」の文字を入れると決めていた。その話を聞いた当時の校長、田爪俊八としやさん(61)(宮崎市)や6年生が先輩の遺志を継いで平和の大切さを伝えていこうと、卒業記念に植樹した。
 追悼式には開催委員長を務めた田爪さんや当時の6年生、その保護者ら約40人が参加。「井ノ上桜」の横に置かれた井ノ上さんの遺影に花を手向け、遺徳をしのんだ。
 植えた当時、高さ2メートル足らずの幼木だった「井ノ上桜」はいま、2階建ての校舎の屋根に迫るほど。田爪さんは「立派な木に成長し、井ノ上さんもうれしく思っているだろう。彼が願っていたように、世の中が平和になってほしい」と語った。
 植樹した介護士、上原智恵さん(22)は「井ノ上さんのように頼りにされる存在になりたい」と話していた。
     ◎
 集会には都城市内に住む両親も駆けつけた。
 妻と小学6年生の長男、そして事件当時、妻のおなかの中にいた小学4年生の長女の3人は県外で暮らしているが、年に4回程度は都城を訪れるという。
 父親の靖夫さん(69)は「正盛は桜が好きだった。こんなに立派になって、天国で喜んでいることだろう」。母親のイク子さん(67)はこの10年を振り返り、「早いもの。孫たちはどんどん大きくなっていく。よく遊びに来てくれるので癒やされています」と話していた。

 安倍首相や国会議員がその追悼式に参加していたかについて記事にはない。電報なりでメッセージは伝えたのかもしれない。
 
 

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2013.12.29

ピンズラー方式のフランス語学習、3か月目を終えた。ふー。

 3か月経った。
 基本、音声だけを使ったピンズラー方式の外国学習がどのようなものか。自分が習得してない英語以外の外国語を対象に、自分を実験台に学習の実験をしてみようと思って試してみた。学生時代わずかにかじったもののすっかりだめだめなフランス語を例にした。
 当初、1か月で脱落するかと思ったが、1か月はなんとかクリア。ピンズラー方式は、もう徹底的に耳から学ぶから、発音はさすがにフランス語っぽくなる。内容もちょっとフランスに旅行したら楽しいかなくらい。
 そのあとも、もうちょっと深めたいなと、2か月目に入る。これもなんとかクリアした。この時点で、なんとかフランス語がわかったような気がしてきた。
 そしてようやく3か月目もクリア。
 クリアというのがどういうことかというと、音声教材で求められる応答や意味了解ができるということだ。聞いてて、ちんぷんかんぷんじゃないし、応答が求められて、口ごもってしまうということもない、ということ。「ああ、なんか、俺、フランス語聞いて理解し、しゃべっているじゃん」という不思議な体験である。

cover
French III, Comprehensive
 3か月めに入って10日目を過ぎたあたりからが、きつかった。現在形、未来形、過去(複合過去、単純過去)、受動態などいろいろ組み合わさってくる。もうダメかもを思ったが、できるだけていねいに二回、学習していくとなんとかついていけた。
 自分はけっこうなんでも挑戦したら3か月はやりぬこうという人なんだが、今回もそれなりに達成できた。90日間、フランス語。
 それで実際のところ、フランス語の学習としてはどのくらいなものなのか?なのだけど、3か月目を終えて思ったのは、1か月目や、2か月目のときとは違って「あー、ようやくフランス語学習の入り口に立てたような気がする」ということ。ま、たいしたことないなあということ。
 いわゆるフランス語の入門書のようなものを見ると、だいたいこのレベルかなというか、書店でNHKの「まいにちフランス語」の教材を見たら、「ふむふむ、これやったら楽しいかな」と思えるくらい。
 基本単語は結果的に500語くらいは覚えたんじゃないだろうか。動詞も50個くらい基本的な活用はできそうな気がする(音だけ)。
 語学ってこうやって学ぶものかというのを、もう一段、納得した感じがする。
 あと、フランス語のおかげで、英語の、なんというのか、呪いのようなものが解けてきた感覚もある。
 例えば、今朝方、ツイッターで「地政学を英国で学んだ」というブログの「留学する際に最も必要なもの」(参照)という記事のリンクがあって、さらっと読んでみたら、こんな話があった。

日本ではあまりこのあたりは意識されておりませんが、使う語彙が豊富であるということは、英語圏ではどうも社会の階層を上がっていく際に必須とされているようで、私は以前あるオーディオブックで「ビジネスで成功するために必要な500ワード」というものを何度か聞いたことがあります。

この一例ですが、「溝」(gap)という言葉を使う代わりに、「亀裂」(fissuer)という言葉を使えば、相手にインテリジェントに聞こえる、というものがありました。

たしかにこのような洗練された言葉や単語を使うことができる人というのは、世界のどの国でも尊敬されます。しかもそれが留学先の国で、しかも学問をやるということになると、そもそもの地頭を構成している単語の知識量を問われてくるのは、当然といえば当然のこと。


 あ、それ、フランス語だよと思いましたね、"fissuer"。
 どうも一世代前の米人知識人の傾向なのか、それ以前からなのか、英語の知的な単語にフランス語が混じっていて、普通の米人は使わないけど、インテリは使うという感じ。"pose a question"とかの表現もフランス語からでじゃないのかな。
 話、戻して。
 ピンズラー方式はとにかく、耳だ。聞く聞く聞く。聞いて理解して、それを元に、声で問われて自分の声で答える。だから、喋る喋る喋る。
 思うに、英語ですら、こんなに徹底的に喋るっていう訓練は受けたことないなあというか(ネイティブの教師はけっこうゆるい)、振り返ると、英語の学習でも、英文のネイティブ録音とか聞くとかくらいはするけど、単語はスペリング見て覚えた。いわゆる学校の英語教育っていうやつかな。
 でも今回はとにかく耳で覚えるようにした。"Mon mari est resté en haut."とかの"en haut"とか当然、スペリングを知らないので、あとで気にあって調べて驚いた。聞くと、「あお」というだけだったのだ。
 面白いことに、滝川クリステルさんの今年有名になった「お・も・て・な・し」も、なるほど、フランス語だと、けっこうそれぞれ意味をなしているんだとわかった。「お」は水、「も」は言葉、「て」は茶、「な」は単独ではないけど、"On a"とかでよく出てくる。「し」は"if"。というように、それぞれ意味が付いている。英語だとそうはいかない。
 というわけで、音声を基本に学んでいるので、依然、スペリングはわからない。それで語学の勉強なのかよというのはあるが、それでも、最低限の読みのレッスンもピンズラー方式には入っているので、簡単なフランス語は読めるようになった。フランスとかベルギーのお菓子を買うと、ごにょごにょ書いてあるのがなんとなく読める(全部理解はできない)。世界史で学んだ「レッセフェール」は、なーんだ、"laissez faire"じゃないかとか。
cover
フランス語筆記体レッスン
たのしく、おしゃれに始める
フランス語の第一歩
 書くのは難しい。ピンズラー方式にはあともう1か月レッスンがあるので、それにも挑戦してみて、そのあと、書く練習もしてみたいと思い、試しにパソコンのワープロに仏文モードを入れようとしたが、これが実に使いにくい。iPadのフランス語ワープロのほうがまだまし。
 というあたりで、ふと、映画とかで見たフランス語の手書きを思い出し、そういえば、あれ、英語と違うよなと思い出し、調べてみると、うむ、違う。いろいろな筆記体があるのは知っているが、フランスの学生が書いているのは違う。なんか教材はあるかと探すと、「フランス語筆記体レッスン―たのしく、おしゃれに始めるフランス語の第一歩」(参照)があって、絶版だったのだけど、たまたま近所の本屋にあったら棚にあったので買ってみた。まだやっていない。フランス語って、手書きに向いているじゃないだろうか。よくわからないが。
cover
文法から学べるフランス語
 ピンズラー方式に参考書は不要だけど、文法がどうなっているのだろうと疑問もあるので、参考用にフランス語初心者向けの本をいくつか買ったが、「文法から学べるフランス語」(参照)が結果、わかりやすかった。結果的に、これ一冊も並行して学んだ感じがする。
 あと、英語で書かれたフランス語の文法書、「Collins French Grammar」を当初、Kindle版で買ったけど、どうも不便なので、えいっと紙のものも買ってみた。正解。紙の書籍のほうがはるかに便利だった。こういう体験は初めてなので、驚いた。
cover
Collins French Grammar
(Collins Easy Learning)
 物語とかエッセイとかだと、比較的最初から読んでいく本は電子書籍もいいんだけど、語学の参考書とかは、とくにこのコリンズのがそうなんだが、レイアウトがきれいだから、紙の書籍が向いている。動詞の活用作品なんかもはるかにわかりやすい。
 紙の書籍ほうが語学に向いているじゃないか。すると、もしかして辞書なんかもけっこう紙のが便利なんじゃないか。という気がして、「大学1年の仏和辞典」(参照)という小さいハンディな辞書も買ってみた。古い本で絶版なんだけど、古本屋にあった。これ買った理由はもうひとつある。著者の林田遼右先生は、ちょうど僕が大学生のときNHKでフランス語講座やっていた先生だったのだ。
cover
大学1年の仏和辞典
 この辞書は名前のとおり、初心者向けで、動詞なんか変化したままの形で辞書を引ける。ピンズラー方式で音で聞いて、こんな感じかなとみると、だいたいスペリングがわかって重宝した。できたらできるだけ早く「大学1年」のレベルは卒業したいものだけど。
 
 

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