[書評]初代総料理長サリー・ワイル(神山典士)
ミラノ風ドリア? 知らないでいたら、どうも知らないのは私くらいらしく、そのことで私のほうが驚いた。ツイッターや周りの人に訊いたりしてなんとなくわかった。調べてみて、なんでミラノ風かということもわかって、苦笑した。
初代総料理長 サリー・ワイル |
後世にその料理が残って日本に定着するほどの影響力をもっていた料理人である。どんな人だったのだろうかと、ちょっと興味を持った。しかも、彼はスイス系のユダヤ人らしいというのも興味引かれる。そこで書籍を探したらそのまま『初代総料理長サリー・ワイル』という本があったので読んでみた。これは面白い。
サリー・ワイルは、1897年(明治30年)に生まれ、1927年(昭和2年)、横浜ホテルニューグランド開業にあたり、パリのホテルから招請されたらしい。当時の年齢は30歳になったばかりなので、かなり若い人のようにも思うが、本書を読むとわかるが、その年齢で欧州の諸処でいろいろ料理の経験を積んだ人らしい。ただ、なぜこの時期に来日を望んだかというのは、著者がこだわりをもつように、いろいろ考えさせられるものがある。
Kindle版 初代総料理長 サリー・ワイル |
小泉八雲の来日前の生涯を追ったときも思ったのだが、自由な個人という陰影が深く、本質的に理解しづらい人物だと思わせる部分がある。八雲同様、女性遍歴もいろいろあったようにも察せられる。それなりの資産を形成したはずなのだが、戦禍という不遇はあったにせよ、晩年は質素に暮らしているのも奇妙には思える。
80近い年齢まで生きて、日本の弟子からも慕われたが、直系の子どもがなかったこともあるだろうが、本書が書かれた2005年にはその墓の所在も苦労して探すように忘れられていたようだ。
人物像に関連し、これも著者の関心をなぞることになるが、戦中日本にいたことも興味深い。最初に連想されるのはユダヤ人なので欧州を恐れたということはある。が、そのあたりも判然とはしない。それでも当時日本に残っていた西洋人たちが軽井沢の「つるや旅館」付近で事実上の軟禁状態にあった歴史なども、こういうとなんだが、面白い。。
サリー・ワイルを一流の料理人という点から見ると、私もその存在を知らなかったのだが、同書が出るまで本格的な研究はなかったようだが、他面、これも本書でわかるのだが、きらびやかといってほどの弟子の人材・人脈を日本に残している。彼は戦後も欧州にあって、日本のフランス料理人の育成多大な貢献をしたことが本書からうかがわれる。
そうした日本との交流の結果的な一端とも言えるのが、彼の創案の「ドリア」らしい。なぜ「ドリア」という名称なのかは本書でもわからない。
いろいろディテールが面白い書籍でもあり。戦争だの政治・経済、あるいは大衆芸能史などで語られやすい昭和史も本書のようなハイカラな描写も見直すと興味深いものである。
そうした逸話的な部分でちょっと驚いたのが、「ハンバーグ・ステーキ」である。私は以前から、この日本の「ハンバーグ・ステーキ」とはいったいどこの西洋料理なんだろうかと疑問に思っていた。似たようなものは米国料理にもあるが、違う。どちらかとミートローフに近いがそれでもない。そもそもパン粉を混ぜるところが面妖である。
ところが本書にあるようにサリー・ワイルが伝えるその調理法は、なるほど現在日本のハンバーグ・ステーキに近い。というか、これだろう。印象ではあるが、日本のハンバーグ・ステーキというのもサリー・ワイルの創案なのではないだろうかと思える。
スイス人という視点も興味深い。サリー・ワイルという人物を著者の感覚で追いながら、その視点でとても納得するのが「スイス人」という見立てである。いろいろ考えさせられるのだが、なかでも以下の一言には感銘した。
誰とも与しないかわりに誰とも対立しないという永世中立国の理念は、そうした国民の行動様式がベースになっている。
そのことを端的に示す例として、スイスの小学校の教えの一つにこんな言葉があると聞いた。
「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」
この教えに、世界の中でも特異なスイスのありかたが凝縮されている。
いい言葉である。「一つの言語を覚えると、一つの戦争がなくなる」
世界の平和を希求する日本人としても、一つ一つ戦争を無くすために一つ一つ言葉を覚えていくとよいだろう。習得できなくても、覚えようとするだけでも、それは本当に平和につながっていくのではないだろうか。
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