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2014.08.05

朝日新聞による慰安婦強制連行証言記事の一部取り消し、雑感

 なぜ今日なのかという疑問がふんわりと心に残ったままだが、いずれにせよ今日付けで、朝日新聞が、過去の同紙の慰安婦強制連行証言記事の一部取り消しを発表した(参照)。具体的には、吉田清治証言を報道機関として明確に虚偽だとした。


■読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

 この発表に触れたとき、私は意外な感じがした。意外というのは、吉田清治証言に信憑性がないことは、今回の取り消し発表の関連記事にも言及があるが、すでに1993年の時点で吉見義明・中央大教授などから指摘されていた。そこで私は、1990年代に朝日新聞では事実上、吉田清治証言に関連した記事は取り消されているものだと理解していた。
 そのため、産経系メディアなどでこの件について近年になっても糾弾しているのは、なんらかの誤解ではないかと思っていたのだった。例えば、藤岡信勝・拓殖大学客員教授によるZAKZAK「【元凶追及! 慰安婦問題】誤報を意地でも認めない朝日新聞 吉田証言のウソ露見後も謝罪せず」(参照)などがある。

 韓国・済州(チェジュ)島で、慰安婦を強制連行したという懺悔(ざんげ)本を書いた吉田清治氏に、最も入れ込んだメディアは朝日新聞である。1992年1月23日付夕刊では、論説委員が次のような吉田氏の証言を丸ごと無批判に引用している。
 《国家権力が警察を使い、植民地での女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、一年二年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います》
 ところが、この記事の2カ月後に、吉田氏の証言は完全な創作であることが露見した。現代史家の秦郁彦氏が92年3月、吉田氏の本で強制連行が行われたとされる済州島の貝ボタン工場の跡地に行って調査した。工場関係者の古老に「何が目的でこんな作り話を書くんでしょうか」と聞かれ、秦氏は返答に窮した。
 それ以前に、地元紙「済州新聞」の女性記者が、吉田氏の著書の韓国語訳が出た89年に調査し、「事実無根」との結論を記事にしていた。その記事の中で、ある郷土史家は吉田氏の著書について「日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物」と憤慨していた。

 ここで引かれている1992年1月23日朝日新聞夕刊の論説委員記事での吉田清治証言だが、今回の取り消し発表にもあるように、1997年3月31日朝刊で「真偽は確認できない」との認識が示され、以降、吉田清治証言を朝日新聞が扱うことはなくなっていた。私はこれで事実上、この件についての朝日新聞報道の問題は終了していたと思っていた。
cover
昭和史の謎を追う〈下〉
 なお、関連する歴史家・秦郁彦の話題は現在は絶版のようだが『昭和史の謎を追う』(参照)に収録されている。
 しかし、今回の発表を読むと、この時点では「吉田氏の証言が虚偽だという確証がなかったため」とあり、対比して、今回の発表では、吉田清治証言が明確に虚偽であり、ゆえに関連過去記事の取り消しとなったようだ。
 こうして流れを確認してみると、1997年3月31日から今日2014年8月4日まで17年以上も、吉田清治証言の虚偽性を朝日新聞は認識していなかったのだなと感慨深い点もある。
 今回の発表では、吉田清治証言以外に、慰安婦と挺身隊を過去記事で混乱していたことも「誤用」として明確にした。「「挺身隊」との混同 当時は研究が乏しく同一視」(参照)より。

■読者のみなさまへ
 女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。

 この件については、私は基本的に苦笑という以上の関心はもっていなかった。私の母親は「女子勤労挺身隊」ではなかったが、国民学校の生徒として戦時下軍需工場で働かされていた。機械のグリスかなにかをなめたら甘かったとかいう同級生の話など、実感のこもったしょーもないディテールなども私は聞かされている世代なので、挺身隊と慰安婦を混同すること自体ありえないと思っていた。ついでにいうと、当時の朝鮮は日本の植民地として日本であり基本的にではあるが、住民は日本人として扱われていた。慰安婦に日本人が多いのもそのためで、ここでは日本人と朝鮮人との区別は基本的にはない。
 話を、吉田清治証言の虚偽性に戻すと、私としてはこの問題は1990年代に終わっていて、いわゆる従軍慰安婦の問題は、その枠組みとは別のものだと考えてきた。
 ただし、国連人権委員会報告書「女性への暴力特別報告」(E/CN.4/1996/53) 、通称「クマラスワミ報告」(参照)では、作成年代が1996年であることから吉田清治証言が虚偽ではなく歴史証言として参照記載されていることには困惑を感じていた。この点については、2006年の米国下院121号決議(参照)の審議にも影響を与えていたが、翌年の改訂報告では日本国側からの指摘で削除された。米国の議会レベルでの吉田清治証言の扱いも、慎ましやかであれ、虚偽として終了したものと見てよい。
 他面、韓国における吉田清治証言の流布はその後も続いた。日本における従軍慰安婦問題では、吉田清治証言の意味合いはほとんどなくなっていたが、韓国ではようすが異なっている。例えば、韓国の主要紙中央日報では2007年3月10日のコラム「【噴水台】河野談話」(参照)は、こう記していた。

 河野談話が出てくるにあたっては、慰安婦強制募集事実を暴露した吉田清治の証言が起爆剤になった。 吉田は「太平洋戦争当時に‘国民総動員令’を執行する労務報国会の山口県動員部長として朝鮮人6000人を強制連行し、その中には慰安婦女性も多かった」と明らかにした。 彼の証言は、91年に朝日新聞に集中報道されて慰安婦問題への関心を触発させ、韓国では元慰安婦の公開証言が相次いで出てきた。

 韓国側としても、2007年の時点ですら、河野談話の起源を吉田清治証言に見ていることがわかる。
 中央日報コラムはその後、これをどう見ていたか。その虚偽性はどのように認識されていただろうか。

 しかし吉田はその後、多くの批判に直面することになる。 著名な歴史学者である秦郁彦は済州道(チェジュド)現地調査を行い、「吉田の言葉を裏付ける証拠や証言は何も出てこなかった」とし、吉田を‘職業的作話師’だとして攻撃した。 窮地に追い込まれた吉田は「一部の事例の時間・場所には創作が加味された」と告白した。
 これをきっかけに河野談話に対する批判的認識が日本で相当広まった。 政界では安倍晋三首相がその代表だ。 彼は首相就任前である2005年4月の講演会で「慰安婦は吉田の作り話で、朝日新聞がこれを報道し独走した。日本メディアが作り出した話が外国に広まったのだ」と述べた。 しかし吉田が強制動員事実自体を否認したわけではない。 彼は自費を投じて韓国天安(チョンアン)に「謝罪の碑」を建てたりもした。

 翻訳のせいかもしれないが、微妙な含みで書かれている。「吉田が強制動員事実自体を否認したわけではない」という点の理解は難しい。本来なら、強制動員事実自体は吉田清治証言とは関係ないとしたほうがよい。だが、「彼は自費を投じて韓国天安(チョンアン)に「謝罪の碑」を建てたりもした」という情感的であるが、肯定心情もうかがわれる。
 韓国での、こうした傾向はさらに近年でも見られた。例えば、2012年9月9日の朝鮮日報「【コラム】「慰安婦狩り」を告白した日本人」(参照)ではこう書かれていた。

 「慰安婦強制連行の証拠はない」と主張する野田首相の発言に憤慨した読者のキム・ウォンテさんが、自身の所有する日本の本を送ってきた。吉田清治という日本人が1972年に書いた手記だった。吉田氏は戦時中、下関で、労働者の徴用機関だった「労務報国会」の動員部長を3年間務めた。吉田氏は、数多くの朝鮮人を強制的に連行して戦地に送ったが、当時の蛮行を悔いて『朝鮮人慰安婦と日本人』と題する本を執筆した。
 吉田氏の証言は、現場を見ているかのように詳細かつ具体的だ。吉田氏は、日本政府の指示を受けて韓半島(朝鮮半島)に渡り、朝鮮人を集めた。警察の護送車を先頭に慶尚北道永川一帯を回り、若い男性を連行したという。当時、吉田氏の一行は朝鮮人を強制的に徴用することを「狩り」と呼んだ。確かに、他人の家に押し入って人を連れていくという行為は、人間狩りにほかならない。


 後に吉田氏は「朝鮮民族に対する犯罪を、私は卑劣にも30年間隠してきた」と告白し、謝罪した。吉田氏は、日本メディアにも自分の行為を打ち明けたが、日本政府は事実でないとして取り合わなかった。吉田氏の慰安婦募集は、銃剣の代わりに「わな」を使った、明らかな人間狩りだった。この1冊だけでも、当時の日本による慰安婦強制連行は十分立証されている。「銃を突き付けなかったから強制的ではなかった」と言い張る日本政府の関係者は、この本をしっかり読んでもらいたい。

 繰り返すが、これが書かれたのは、2012年であり、匿名掲示板ではなく、韓国大手紙・朝鮮日報であり、執筆者は知識人であると理解してよい。
 こうした韓国側からの主張には、日本の市民としては非常に困惑するものだ。「この1冊だけでも、当時の日本による慰安婦強制連行は十分立証されている」と言われた際、「その本は、フィクションであり、事実としては虚偽ですよ」と答えてよいものだろうかと困惑するのである。そう主張することで、日韓問題の波風は立てたくないと思うからだ。
 よって、日本人としては、こうした問題は、市民レベルでは、困ったなあ、しかたないなあ、と、失礼にならないように、気づかれないように、こっそりと困惑を抑えることになる。
 そうした点からすると、日本を代表する大手紙であり、従軍慰安婦問題に取り組んできた朝日新聞が、吉田清治証言を虚報と明言してくれたことには、率直に安堵する気持ちがある。
 吉田清治証言を排しながら、慰安婦問題を日韓で考えていく基礎となるからである。
 
 

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コメント

吉田氏もそれに乗った新聞社なども、己の利益のためなら何でも利用するという姿勢にブレーキをかけることが何故出来なかったのか、残念に思います。日本の情報が入りにくい韓国では最近まで真実と報道されていたことからすると、情報の発信者のチカラが強い状態ではそんなもんだよ、ってことですかね。

投稿: ななし | 2014.08.05 22:29

日本の司法の歴史、とくに江戸時代は、民を罰するものであり、法は民を搾取するものだという悪習が残ったままで、いつまでたっても変えようとしない、変らないから。

韓国の歴史的に苦難に生きた女性の訴えは、訴えとして受けいれられないのも、罰することではないから。

法というのは、民主主義の登場で、個人を守るために変ったのに、それができていない日本が孤立感を深めているだけ。

彼女らの不幸も日本人の不幸も法によってあたたかく包まれていれば、なにも、こんなことになることはないっていうだけの話。ようするに、それぞれが、何かを拒否するために、身勝手な判断をし、それを世間に広めようとしているだけ。まぁ、ようは、身勝手なことはするなっていってる人たちの方が、さらに身勝手に、他者を拒否しまくってるって図だよね。こんなことをするから、世界の中でも信用を失っていくんだよ。

とにかく、誰を守ろうとしているか不明なことを、政府もマスメディアもやっていて、庶民は無関心になるのと、また、法から守られていないという実感があるごく一部の人が、自分のその実感を訴えるのでなく、他者を法で守るなって否定することにやっきになっているだけでしょ。

個人を守ろうとしない社会や集団ってのが、悪なんですよ。

投稿: | 2014.08.06 04:48

一人よがりで笑える文章です
時間が経てば記事が取り消されるようなルールはない

投稿: | 2014.08.09 15:53

韓国の知識人って本当に知識人といえるレベルなんですかねって韓国大手紙をみてて思います。
まあ日本の左派系知識人の劣悪さにも呆れますが。

投稿: | 2014.08.10 18:26

こんにちは。初めてコメントいたします。二プロと申します。

いつも興味深く記事を読ませて頂いていました。
ただ、今回の内容は中盤から帰結にかけてがよく分かりませんし、まったく同意できません。

>日本人としては、こうした問題は、よって、日本人としては、こうした問題は、市民レベルでは・・・

日本人はと、総意のようにひとくくりにするのはやめませんか。市民レベルって、なんですか?誰のレベルですか?某朝日新聞が多用する常套句ではありませんか。少なくとも私はこの中には入っていません。


>そう主張することで、日韓問題の波風は立てたくないと思うからだ。

これもあなただけですよね?様々な人にに聞き取り調査をするなり、定量的な裏付け資料はあるのですか?
結局は、どこぞの新聞社の記者が「国民感情が」とか「市民感情では」とか、自分の言葉で語らない、抽象的なもの言いをするのと一緒ですね。一見朝日新聞に批判的ですが、彼の国にはずい分とお甘いようで。がっかりな内容でした。

投稿: 二プロ | 2014.08.14 10:48

>日本人はと、総意のようにひとくくりにするのはやめませんか

どこにも日本人の総意なんて書いてないでしょ
あんたは、くだらない揚げ足を取りすぎ

私はこの中には入っていません(笑)とか、どんだけ自意識過剰なんだか

投稿: | 2014.08.19 02:03

>吉田清治証言を排しながら、慰安婦問題を日韓で考えていく

そもそも、その詐話師が捏造した証言がもとになって発生した「問題」を考えて何の意味があるの?

念のため申し添えておきますが、いわゆる慰安婦に該当する女性たちがいなかった、とは言ってませんよ。

慰安婦はたしかにいました。
現在で言うところの、有料娼婦としてね。

なかには日本軍の大佐以上の給料を得ていた慰安婦もいたそうです。大佐と言ったら相当高い地位の将校です。

慰安婦を「性奴隷」などと呼ぶ向きもありますが、どこの世界に大佐以上の給料を得られる「奴隷」がいるんですかねぇ?

慰安婦となった経緯が悲惨だった可哀想な女性も確かにいたはずでしょう。
朝鮮人の親に金で売られたり、朝鮮人の女衒業者に騙されたり拉致されたり。

しかしそれらはいずれも日本軍の所業ではなく、全て朝鮮人によるものです。つまり朝鮮人内部の問題であって、日本人が何か文句を言われる性質のものではない。


話を元に戻しますが、詐欺師が捏造したストーリーを前提に議論しても無意味だと私は思います。

投稿: チャムッカンマン | 2014.12.26 08:20

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