集団的自衛権・閣議決定、雑感
安倍首相は7月1日の臨時閣議で、自衛権発動の要件について憲法解釈を変える閣議決定をした。
具体的にどう変わったのだろうか。
変更部分のビフォー・アンド・アフター(before and after)はどうなったのだろうか。
ビフォーについては自衛隊サイト「憲法と自衛権」(参照)から引用し、アフターについては、閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備ついて」(参照)の該当部分を抜き出して三点の項目に整理してみよう。
ビフォー:自衛権発動の要件
① わが国に対する急迫不正の侵害があること
② この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
③ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
アフター:自衛権発動の要件
① 日本への武力攻撃や密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある
② 日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない
③ 必要最小限度の実力行使にとどまる
違いについて。②と③
項目数に変更はない。
今回の要件は前要件を踏襲していることはあきらかである。
③については、表現を含めて同じ。
②については、前要件では、①を受けて「わが国に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するために他に適当な手段がないこと」だったが、新要件では、「日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない」として、①からは切り離された。
また、②では「日本国家」と「国民」という防衛対象が明確にされたが、
前要件では侵害の事後を暗黙に想定しているのに対して、新要件ではその点、「危険がある」という想定として曖昧になった。
違いについて。①
①については文言上、大きな差がある。
しかし、前要件①「急迫不正の侵害」と新要件における日本言及部分を抜き出した「日本への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」の関係は、前要件の文言をより解説的に展開したことであって、解釈上の大きな差はない。
①の違いは、新要件で「密接な関係にある他国への武力攻撃」が加わったことだ。
これが個別的自衛権から集団的自衛権への憲法解釈の変更と言われる理由である。
新要件「密接な関係にある他国への武力攻撃」の限定
新三要件の構成では、①「密接な関係にある他国への武力攻撃」への自衛隊発動については、②と③の要件が限定となっている。
つまり、集団的自衛権行使は、「日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がなく、必要最小限度の実力行使にとどまる」という限定があると理解してよい。
こうした文脈的な解釈が許されるのは、実際の閣議文(参照)は以下のように、後ろの要件にかかるような文章で構成されているからである。
こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。
集団的自衛権が採用された理由はどう示されているか
今回の新要件で、集団的自衛権が新たに採用されたか理由はどう示されているか?
同じ閣議文に次のように示されている。
これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。
簡単に言うと、時代が変わったからという程度の表現であり、ここでは具体性にかけている。
集団的自衛権を必要とする8つの事例
新要件が具体性にかけることは政府側にも意識されていたため、事前に政府側から、集団的自衛権を必要とする8つの事例が示されていた。
簡素にまとめられた赤旗サイトの8項リストから引用する(参照)。
- 邦人を乗せた米輸送艦の防護
- 周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
- 周辺有事の際の強制的な停船検査
- 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃
- 周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
- 米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護
- 国際的な機雷掃海活動への参加
- 武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動
これらの8事例は妥当だろうか?
これらの8事例は、集団的自衛権を必要とする理由として妥当だろうか?
あるいは、この8事例の解消に集団的自衛権は必要なく、個別的自衛権で足りるといった意見があるだろうか。
個別的自衛権で足りるとした意見もこの間に見かけたようにも思う。だが、改めて見直すと、包括的なその種類の議論は簡単には見つからなかった。
そこで、一例から考えてみる。
一例「4 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃」を考えた場合、これが「集団的自衛権は必要なく、個別的自衛権で足りる」とは言えるだろうか。
これについては、専門知識がなくては言えないだろう。
では、これらについて、識者はどう考えていただろうか?
評論家・田原総一朗を識者と言ってよいか私には自信がないが、一例として彼は関連してこう述べていた(参照)。
そこで政府は与党公明党を説得するために15事例を提示し、与党内で協議を進めようとしているのだ。ところが、具体的な事例を出してから矛盾や疑問がいくつも見えてきた。
たとえば、「武力の行使」に当たり得る活動として提示された「米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイル迎撃」。北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定したケースだが、弾道ミサイルは日本のはるか上空を飛んで行くため、それを迎撃することは難しいと言われる。弾道ミサイル迎撃という想定自体がおかしいというのだ。
あるいは、同様に「武力の行使」に当たり得る活動として挙げられた「邦人輸送中の米輸送艦の防護」。朝鮮半島で戦争が起きた場合、米艦が韓国に住む日本人を救出し、その軍艦を自衛隊が守るという想定である。これに対しても、本当に「米艦は邦人を輸送してくれるのか」という疑問が投げかけられている。
私の率直な感想を言うと、議論が噛み合っていないと思う。
「弾道ミサイル迎撃という想定自体がおかしい」や「本当に「米艦は邦人を輸送してくれるのか」」というのは、8要件の妥当性という議論に対応していない。
また、田原の意見から離れて、「7 国際的な機雷掃海活動への参加」については、かつては、機雷をまいた側の国の防御力を低下させるため国際法上「武力行使」に相当するとして、自衛隊が参加できなかった経緯が実際にあった。
この問題についても、そもそも機雷掃海活動への参加すべきではないと言うのなら、それも別議論ではあるだろう。
8事例の妥当性をどのように考えたらよいのか?
8事例の妥当性をどのように考えたらよいのだろうか?
私にはこれらの妥当性を議論するだけの専門知識がない。おそらく、大半の国民にとってそうだろう。
ゆえに、こうした問題こそ専門家が議論をするか、あるいは反対政党が明確にすべきだろう。残念ながら、私はその詳細を知らない。
ただし、この経緯を粘り強く検討した公明党の対応(参照)を見るかぎり、概ね妥当な線で同党が同意したのではないかと思われる。
全体的な印象
率直なところ、なぜこの機に拙速に集団的自衛権といった問題に内閣が関わるのかは私には理解できない。急ぐべきことは、消費税10%増税の停止のほうではないかと思うくらいである。
その上で、今回の閣議決定について全体的な印象を述べると、今回の集団的自衛権についての憲法解釈決議決定は、ちまたでよく言われるような安倍政権の右傾化や戦争ができる国への変更というよりも、8事例を見るかぎりは、外交・防衛に関連する各省庁の現場の要請を内閣側で原則としてまとめたという印象が強い。
例えば、「4 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃」などは、そもそも米軍と組んだ現在のMDシステムの前提になっているはずで、これ自体を拒絶するなら、北朝鮮が日本を狙っている弾道ミサイル防衛そのものの前提が揺いでしまう。
このことは同時に、「そもそも集団的自衛権という解釈が許されないのだ」というのであれば、なおのこと、具体的な8事例についてどのような対処が必要なのか提示されなければならない。
今後はどうすべきか?
今後、日本国の市民はどう集団的自衛権をとらえたらよいだろうか。
あるいは、今回の集団的自衛権の行政府の解釈が日本の戦争につながるだろうか。
この閣議決定が直接集団的自衛権の行使に結びつくものではないことは、当の安倍首相が明白に認識を表明している(参照)。
また、この閣議決定で集団的自衛権が行使できるようになるわけではありません。国内法の整備が必要であり、改めて国会の御審議をいただくことになります。これに加えまして、実際の行使に当たっても、個別的自衛権の場合と同様、国会承認を求める考えであります。民主主義国家である我が国としては、慎重の上にも慎重に、慎重を期して判断をしていくことは当然であろうと思います。
これが安倍首相の「本心か?」という議論は置く。
重要なのは、国内法の整備であり、「改めて国会の御審議をいただくこと」としている点である。
今回の閣議決定は、どうにも拙速感はあったが、具体的な問題点は、法制化の議論の過程で明らかになる。
その意味で、専門家や代議士は、その点の解説に注力してほしいと思う。その過程で、日本が置かれている防衛上の状況を踏まえた上て各種の問題点を明らかにしてほしい。そして、それらの議論を法制化の際に盛り込んでもらいたいと思う。
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コメント
この案件だけでなく、「根回し」がない。つまり、根がない木の絵を国民は見せられていただけ。庶民は、根がない話を見抜くのはうまいのだけど。これから、細則という根をつくるらしいけど、無理だと思う。
小泉さんの郵政民営化というのは、彼の長年の根が育っていたから、国民はそれを感じて支持したわけで。そういう根のようには思えない。伝承しただけで。
現政権は、この案件で憲法改正に結びつけるつもりなんだろうけど、結局、地方を無視したわけだし。あと、地方は大切だみたいに大きい声を出すわりには、無視しつづけてもいるしね。
あと、国民から支持されていないと中国が確認したなら、とある島の近くで、ディズニーランドとか荒川とかである、花火大会されてしまうんじゃない。平和目的だとかいわれて。滑稽だね。
投稿: | 2014.07.04 17:06