ハマス・イスラエル停戦白紙の意味はなんだろうか?
ハマスとイスラエルの交戦についてエジプトからの停戦案が白紙になった。そのこと自体は、あとでエジプトの関連ついて触れたいと思うが、意外ではない。ただ、この間の経緯を見ていると、意外に思うことがあった。私は、今回のハマスの行動をそれなりに計画されたもので、かつ合理的に実施されていると見ていたが、意外に無謀でかつ混乱した事態に陥ったのではないかと、疑問が沸いてきたからである。
各種報道を比較すると混乱した部分はある。まず時事「「停戦」6時間で白紙=イスラエルとパレスチナ」(参照)で拾っておく。
エジプト政府が14日、発表した停戦案では、第1段階として、イスラエルとパレスチナの双方に無条件の攻撃停止を求めた。その後、エジプト政府がカイロに双方の代表団を呼び、停戦の本合意に向けて個別に協議するはずだった。治安が安定した場合「ガザとの境界検問所を開放する」ことも提案していた。
ハマスの政治局幹部はフェイスブックを通じ、停戦案について「まだ協議中だ」と述べていたが、イスラエル政府が受諾した後も、イスラエル領内に多数のロケットが撃ち込まれた。これより先、ハマスの軍事部門カッサム隊は声明で「停戦案の内容が本当なら、それは降伏であり、完全に拒否する」と宣言していた。
こうした情勢を踏まえイスラエルのネタニヤフ首相は15日、「ハマスが拒否すれば、イスラエルは作戦を拡大する国際的な正当性を得ることになる」と警告。15日午前9時(日本時間同午後3時)の「停戦案の発効」からわずか6時間後の午後3時(同9時)ごろ、首相は軍に対しガザへの攻撃再開を指示した。
記者も書くのが難しかったのではないかと思うが、今回の停戦案をハマスがどう受け取っていたが読み取りづらい。一方では「ハマスの政治局幹部はフェイスブックを通じ、停戦案について「まだ協議中だ」と述べていた」が、他方では「停戦案の内容が本当なら、それは降伏であり、完全に拒否する」とのことだ。
状況を見るかぎり、エジプト停戦案に従って空爆を停止したのはイスラエルだが、この間、ハマス側からのロケット弾攻撃には変化なく、イスラエルとしても空爆停止を6時間で打ち切ったので、停戦白紙となった、ということで、ハマス側が停戦案を受け止めていたかがまず疑問である。
時事報道では「治安が安定した場合「ガザとの境界検問所を開放する」」とあるが、BBC報道(参照)では、停戦案にこれが含まれていなかったからという声を伝えている。時事の誤報というより、ハマス側の認識の問題ではないかと思われる。
朝日新聞報道ではこの認識問題を疑わせるように、ハマス側の分裂を示唆している。「エジプトのガザ停戦案は白紙に 双方が戦闘開始」(参照)より。
停戦案は①イスラエルの空爆とハマスなどによるイスラエルへのロケット弾攻撃の停止②一定の条件を満たした人と物資にエジプトとガザ境界検問所の通行を許可③双方の代表が48時間以内にカイロで協議を開始――などの内容。ハマスが求める封鎖の全面解除などの条件からはほど遠い。ハマス政治部門幹部は15日午後、提案を精査すると表明したが、軍事部門は内容自体が受け入れられないとして戦闘の継続を表明。意見が割れている模様だ。
混乱した状況だが、明確に見える部分はある。停戦の重要要件が、エジプトと「ガザとの境界検問所を開放」にあることだ。
この点については、東京新聞によるハマスへの取材も参考になる。「「検問所の封鎖解除を」 ハマス幹部が停戦条件」(参照)より。
【カイロ=中村禎一郎】パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの幹部アハマド・ヨセフ氏が本紙の電話取材に応じた。空爆を続けるイスラエルとの停戦条件として、ガザにつながるエジプト、イスラエル双方の検問所の封鎖解除と、イスラエルが拘束中のパレスチナ人政治犯の釈放を挙げた。
ヨセフ氏は停戦の仲介をめぐり「国際社会はイスラエルが軍事行動を完了するまで真剣に動くつもりがない」と不満を示した。さらにエジプトには「停戦仲介への発言がほとんどなく、戦いが続くのを望んでいるようにみえる」と述べた。
検問所封鎖でガザの生活は悪化の一途をたどっており、ハマスが仮にロケット弾攻撃をやめても「ガザにはゆっくりとした死が訪れるだけだ」と説明。封鎖継続なら「われわれは誇り高く戦った末の死を選ぶ。
以上のような状況から、冒頭「意外に思うこと」について触れると、ハマスはなんらかの合理性に基づいて今回の攻撃を行っているのではなく、太平洋戦争末期時の日本のように断末魔的な不合理な混乱に陥ってしまったのではないか、という疑念だ。
このエジプト・ガザ検問所の封鎖についてだが、日本ではあまり情報がないように思っていたが、毎日新聞記事で日本語で読める言及があったので引用したい。「ガザ:検問所付近にロケット弾 イスラエル側に初の死者」(参照)より。
エジプトでは昨年夏の政変を経て、軍事政権が誕生。イスラエルの封鎖政策を受けるガザが唯一の生命線としてきたエジプト側への密輸トンネルを破壊した。今回の停戦交渉でもエジプトはイスラエル側にのみ事前に詳細を伝えていたとされ、ハマスは不信感を強めている。
一方、地元メディアによると、ハマスの指導者メシャル氏は15日、カタールの高官と停戦について協議した。カタールはハマスの出身母体ムスリム同胞団を支援してきた。ハマスはカタールとの連携をちらつかせてエジプトをけん制する一方、イスラエルへの攻撃を継続することでより大きな譲歩を引き出そうとしている可能性がある。
簡素にまとまっているが、まず、今回の停戦案が、そもそも密輸トンネルを潰したエジプトのシシ・クーデター軍政権側から出たことにハマスは受け容れがたいものを感じている点が重要である。
なぜこの密輸トンネルが重要かというと、そこから武器も入るが生活物資も入るからというふうにも思えるが、実態はもう少し複雑である。ニューズウィーク「Is This the Last Stand for Hamas?」(参照)より。
The Egyptian army have also systematically destroyed the illicit tunnel network that is Gaza’s supply lifeline, where goods from flour to Mercedes Benz cars and arms of all kinds were smuggled in.
エジプト軍はまた、体系的に、ガザの供給ライフラインである不法トンネルネットワークを破壊した(これを通して、小麦粉からメルセデスベンツ車、武器などあらゆる種類の商品が密輸入されていた)。Consequently, Hamas has lost much of its prestige inside Gaza.
結果、ハマスはガザでの信頼の多くを失った。
なぜ「メルセデスベンツ車」なのかは読み取りづらいが、ここから見えるものは、ハマスが住民に対して経済的な優位を保証していた輸入トンネルを失ったため、ガザの民心が離れてきていた状況がある。
実はファタハとの合同も、ファタハ側だけではなくハマス側の窮乏も背景にある。ちょっと勇み足でいうと、ハマスとしても住民に対して脅威を演出する必要性が高まっていた面があるだろう。
もう一点、毎日新聞記事の言及で重要なわりに読みづらいのは、ハマスとカタールの関係である。
これにはもう一つ背景があって、2012年にシリアがダマスのハマス事務所を閉鎖したことでも知られるようにハマスとシリアの関係が悪化し、ハマスが支援をシリアからカタールに移した。これ沿って、カタールの政治力が増し、ファタハとの協調が打ち出された。これを伝える2012年のAFP記事「カタールの首長がガザ地区訪問、ハマスとファタハに和解呼び掛け」(参照)は興味深い。
一方、アッバス議長は21日、カタールのガザへの資金拠出を歓迎しつつも、「パレスチナ地区の統一を維持することが大事だ」とする声明を発表していた。パレスチナ自治政府は、ガザ地区のハマス政権を承認するいかなる外交的な動きも、ファタハとハマスの亀裂を拡げるだけだとして反対しており、アッバス議長の声明はハマド首長のガザ地区訪問を遠回しに批判したものとみられている。
ここでカタールとガザとの関係でファタハの関係が微妙にこじれていく芽があった。ここから、先のニューズウィーク記事にもあるが、現状、カタールからガザへの送金をファタハが拒んでいる。
さらに同記事ではファタハのアッバス議長とイスラエルの事実上の協調が指摘されている。このあたりの情報は裏が取れないのだが、全体的な事象の構図から見るとかなり妥当性はある。
Meanwhile, in the aftermath of the kidnapping and killing of three Israeli teens, the IDF went after the Hamas infrastructure in the West Bank, at times with the tacit assistance of Abbas’s forces.この間、3人のイスラエル少年の誘拐と殺害の余波から、イスラエル軍はヨルダン川西岸地区のハマスの生活基盤を追い詰めたが、この際アッバスの力の暗黙の支援によっていた。
ファタハ側の思惑と、カタールの思惑、さらにその背後にある、米国とサウジアラビア、シリア、イラクの思惑が複雑に関連しているが、こうした流れで見ていくと、ハマスが相当に追い詰められ窮鼠猫を噛む行動に出て、現状アノミーに至っているようにも思える。
こうした読みはどちらかという反ハマス側の情報に基づくので公平さには欠くが、特に停戦案の見通しが立ちえない現状、ガザでの玉砕的なアノミーを防止する目的でイスラエル地上軍が介入するというシナリオもありうるのではないかとすら思えてくる。
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