現下のイラク危機、雑感
イスラム系武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」によるイラクの情勢が急展開しているかのように見える。簡単に現時点の雑感を書いておきたい。
現在の事態の象徴的な出来事は、6月9日の夜、イラク首都バグダッド(Baghdad)北方350キロに位置するイラク第2の都市、ニナワ(Nineveh)州の州都モスル(Mosul)が陥落したことだった。数百人程度と見られるISISによって、州本庁舎や刑務所、テレビ局が占拠された。
しかし、突発的な侵攻というわけではない。すでに昨年末からISISの活動は活発化していて、1月にはバグダッドに近いファルージャがISISの元に落ちている。ファルージャは、もともとスンニ派の多い地域であり、シーア派色の強いマリキ政権への反対者が多い。
この時点で、米国もイラク国内の事態に懸念し武器供与を強めている。現マリキ政権もその補助を受け、それなりの対応をしている。例えば4月には、イラク軍はシリア国内に入り、イラク内のISIS組織に燃料を運ぼうした車両8台を攻撃した(参照)。今年に入り、すでにイラク政府も米国も、シリアから侵入するISISに警戒していたと見られる。だが、その延長でファルージャをイラク政府側が奪還することはできないままでいた。
今回のモスル陥落から始まる事態も、こうした文脈で見れば予想外のことではなかった。だが、モスル掌握の9日から2日後の11日という短期間に、フセイン元大統領の故郷でもある北部主要都市のティクリートまで掌握されると、ISISの進路が南下して、次は首都バグダッド包囲を狙っていると見られるのも不思議ではない。そこで一気に国際的な危機として認識されるようになった。
6月以降の事態をファルージャなどの文脈から切り離してシリア側からの武力侵攻として見ると、確かに危機が迫るようにも感じられる。だが、モスルとティクリートはファルージャ同様に、イラク国全体から見ると少数派のスンニ派が住民の多数を占めているので、基本的には、シーア派色の強い現マリキ政権への反発という土壌があり、今回の急変もその土壌に載ったものである。
また基本的にISISの侵攻は、都市単位の点と線の制圧なっていて、地図で領域をべったりと塗って表すような領土的な制圧ではない。現状では、次のようなものと見られている(参照)。黒い部分がISISが掌握している地域である。なお、これは現状であって今後も変化はリンク先に掲載されるとのことだ。
地図の赤い部分が攻撃のある部分で、見てわかるようにバグダッドが取り囲まれているようにも見える。当面は、首都バグダッドが今後どのようになるのかとい問題が取り上げられるのは、世界の人の関心の持ち方からしてしかたがない。連鎖して、現マリキ政権が崩壊し、文字どおり「イラク・シリア・イスラム国」なるもが出現するのではないかという関心も避けがたい。
今後はどのようになるだろうか。つまり、バグダッドは陥落するだろうか?
いろいろと予測はあるが、私は当面の陥落はないと思う。理由は二つある。一つはこれまでのISIS侵攻はイラク内のスンニ派に支えられてきた面があるが、バグダッドではその背景が弱いこと。もう一つの理由は、ISISの侵攻がクルド人地域を実情避けている(参照)ことから推測されることだが、クルド地域のように所定の武力をあるところを避けることでここまで侵攻できたので、現状はまだ弱点を突いて動いている状態であることだ。バグダッドでの本格的な戦闘にはまだISISは耐えないのではないだろうか。
この予想は逆に言えば、今後のイラクは事実上の内乱の状態が長期的に継続することも意味している。
しかも、この内乱にはISISを取り巻き、大きくわけて四者の関係者の利益が大きく関わっているために、全体構造から抑制することが難しく、長期化するだろう。
利益者の第一は当然だが、イラク内のスンニ派勢力である。これでシーア派中心の現政権を弱体化させることができる。実際のところ、ISISの今回の活動は、イラク内のスンニ派人脈の軍事経験が生かされていると見てよく、クーデーターあるいは革命の志向がある。
第二は、クルド人である。今回の事態でもはや引き返せなくなったことでもあるが、クルド人自治区が実質独立を遂げた。イラク政府が内乱状態であれば、つまり、暴力を収納する国家が不在となり、クルド人の区域は自身が国家の機能を担わなければならない。これはクルド人の悲願である独立の達成とも言える。当然彼らに利益がある。すでに油田のあるキルクークもクルド人が掌握した。ただし、この事実上の東部クルディスタン独立は、それ自体が別の国際的な問題を引き起こしかねない。
第三は、隣国イランである。同じシーア派としてイラクへの関与を強めることになる。結果、イラク内にあるシーア派の聖地ナジャフとカルバラが事実上、イランの関与の下に入ることが利益として見込める。
第四が、サウジアラビアである。ISISを含め、シリア内で活動している反政府派を支援しているサウジアラビアを中心とした、クエートやカタールなどにもその力の誇示という利益と、イラクの原油を不安定化させる点で利益がある。
この地域の平和の実現は以上の利益者に関わる。
こうした利益者の利益を抑制するための国際的な連携が必要になる。だが、シリアでの失敗を見ると難しいだろう。
なお、米国はこうした利益者に含まれない。
現状、オバマ政権は、シリア問題やウクライナ問題と同様、修辞だけで済ませている状態で、表面的に軍事介入をすることはないだろう。ただし、リビアを背後から崩壊させたのが米国であるように、見えづらいなんらかの手を打つ可能性はある。
実際のところ、イラクがさらなる混乱に陥れば、イラク戦争の意義が米国的には失われてしまうので、そこは米国の総意としては避けたいところだろう。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>>利益者の第一は当然だが、イラク内のスンニ派勢力である。これでシーア派中心の現政権を弱体化させることができる。実際のところ、ISISの今回の活動は、イラク内のシーア派人脈の軍事経験が生かされていると見てよく、クーデーターあるいは革命の志向がある。
ここのところがちょっとわからないんですがISISを支援してるシーア派の人間がいるってことですか?
投稿: | 2014.06.16 14:39
ご指摘ありがとうございます。誤記でした。「スンニ派」です。訂正しました。
投稿: finalvent | 2014.06.16 17:22