[書評]一度、死んでみましたが(神足裕司)
コラムニストの神足裕司さんが倒れたのは2011年9月3日。東北大震災があった年のこと。その日からは半年くらい。54歳になってから1か月くらいのこと。そうわかるのは、彼と私と誕生日が近いからだ。当然同い年である。
![]() 一度、死んでみましたが 神足裕司 |
神足さんが倒れたのは、故郷・広島から東京に戻る航空機内。意識不明となる。「くも膜下出血」である。生死をさまよった。一か月近く意識は戻らなかったらしい。一年後、要介護5で自宅に戻る。書くことができるようになったのは、半年後くらいからのようだ。日付のわかるもので、本書に収録されているは、2012年9月25日の手紙からだろうか。
手紙を書くことになった。
いまの状況を少し話すと、たぶんボクは1年くらい前、病に倒れた。
ICUに2か月近くいて、もう助からないと言われたらしい。
そのことも最近、何だかわかってきた感じだ。
命が助かっても、記憶は戻らないと言われたらしい。
記憶がそれでまったくなくなったわけでもないが、本書を読むと記憶機能などに障害は残っているようだ。以前のようにものを書くことは難しい状況にも見える。
こう言うといけないのかもしれないが、我が身につまされたからだろうが、彼をうらやましくも思った。命を救うことになった医師も知人であったようだし、奥さんや家族、そして多数の友人に励まされている姿を見てそう思った。俺はそうはいかないなあと卑屈に思ったのである。人徳の差というか、業というものか。それなら自分は自分相当ではあるなと。
本書は一度さっと読んで、彼の現状に近い姿を知り、それなりに回復している様子を、よかったなあと確認してしばらく、ほっておいた。率直にいうと、病気でしかたがないだろうけど、かつての神足さんの切れる文章に比べれば、それほど読み応えのある本ではない。
ところが不思議なことに、この本の、詩のような文章は、ふっと自分の薄っぺらな心のそこから沸き起こる。じんわりと、潮が満ちるように思い出して感激して、読み返して涙してしまう。
ボクには娘がいる。文子という。高校生かと思っていたら大学生だという。
ボクが寝ている間に大学生になっていたのだ。
まだ学生の子どもがいるのだから、のんびりと寝ているわけにも行かない。
顔を見ていると犬のようにかわいい。いや犬が文子のようにかわいいのだ。
無条件にかわいいのだ。
言葉に詰まる。
そうなんだろうなと思う。神足さんには「パパになった男 娘の誕生がぼくを変えた!」(参照)という名著もある。その心情はよくわかる。この本が出て数年後に、私もさらによくわかることにもなったがその話は自著のほうに書いた。
どうも言葉に詰まっていけない。
ボクの先はない。
先には、何も見えない。
暗闇だけだ。
小さな明かりが見えるとしたら、子どもの成長と妻の笑顔と友だちの顔。
それにあと、生活するだけのお金と住処があればもう十分だと続く。人生からいろんなものを削ぎ落としたらそうなったのだという。
本当にそうだと思う。泣ける。かくしてまた言葉に詰まる。
![]() パパになった男 娘の誕生がぼくを変えた! 神足裕司 |
死の淵をさまよった話や子ども時代、青年時代の話もある。たぶん、この境涯にならなければ書けなかった貴重な独白なのかもしれない。
うまく言えないがぞっとする思いがした文章もある。まだリハビリの途中のことだろう。
大きな声では言えないが、ときどき頭がものすごくしゃんとすることがある。
いまも、そういうときかもしれない。
いままで何もなかったかのように、昔もいまも、そして次の瞬間もクリアだ。
最初読んだときは、意識に障害が残るなかで、たまに正常機能に復帰したように思っていた。が、あれはそうじゃないんじゃないかと思い返した。
うまく言えないのだが、自分も、おそろしく頭がクリアになる瞬間がある。あれはなんなのだろう。しかしその意識を何かに利用できるわけでもない。ただ、人間にはなにか普通には使われていない高次な意識状態がありそうな気はする。あるいは人生を俯瞰する特殊な意識のようなものが開かれるのだろうか。
この本では、神足さんはまだ書き続けるとあった。そうだろうと思う。そのクリアな意識がなにかとてつもないことを露わにしてくれるように期待している。
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コメント
『金魂巻』の著者名に神足さんのクレジットはありませんが、確かカバー裏袖に神足さんの著者近影(近影でないけど)とプロフィール(羊飼いとか法学博士とかでたらめだけど)が載っていましたよ。
投稿: ハスバ | 2014.04.04 18:08