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2014.04.15

[書評]ぼくは戦争は大きらい やなせたかしの平和への思い(やなせたかし)

 アンパンマンの作者としても有名なやなせたかしだが、このブログでも一度取り上げたことがある。「[書評]93歳・現役漫画家。病気だらけをいっそ楽しむ50の長寿法(やなせたかし)」(参照)である。表題にあるようにこの本は93歳の長寿法である。やなせさん、100歳まで生きるんだろうなと思っていた。が、94歳で亡くなった。それでも天寿と言ってもよいのではないか。

cover
ぼくは戦争は大きらい
やなせたかしの
平和への思い
 年齢を見ると大変なお年のように思うが、生年で見ると、1919年(大正8年)。コラムニストの山本夏彦が1915年生まれだからそれより4年は年上。山本七平は1921年生まれで、やなせより3年、年下。同じく漫画家の水木しげるは1922年生まれなので、山本七平に近い。
 彼らはそのあたりの年代。実際に大人として戦争を体験した世代である。山本夏彦は従軍していないが、山本七平はフィリピンで九死に一生を得ている。水木は左腕を失なった。
 他、思い出すのは北京で終戦を迎えた春風亭柳昇が1920年で、中国戦線にいたやなせに近い。J・B・ハリス先生(参照)は1916年で山本夏彦に近い。彼らは関東大震災の記憶を持っていた。
 この本、「ぼくは戦争は大きらい やなせたかしの平和への思い(やなせたかし)」は2013年の4月から6月にかけて実施したインタビューをまとめたものらしい。亡くなる4か月前ということだ。

 この本は、ぼくの戦争体験を綴ったものです。
 自伝などの中で簡単に戦争のことをお話したことはありましたが、戦争体験だけをまとめて話すのは、これが初めてす。
 僕は昭和15年から5年間、日本陸軍の兵隊でした。(後略)

 本書がやなせの唯一の戦争体験記になる。
 これまで語れなかったことが語られていると言ってもよいが、衝撃的な事実というのはないように思えた。が、実体験者でなければ言えない話が随所にあって興味深かった。戦争がしだいに神話的に語れるようになった時代、一つでも実体験者の記録が読めるのはうれしいことである。

 激戦地で大変な思いをしたみなさんからすれば、「なんだ、本当の戦争はこんなものじゃなかった」とおしかりを受けるかもしれません。でも、ぼく自身の戦争体験、軍隊体験を語ることで、過去の戦争のことがみなさんの記憶に少しでも残ればいいと思います。

 読んだ印象でいうと、やなせさん、ちょーラッキーだった。彼の弟さんは亡くなっているし、彼も戦死して不思議ではなかったように読めた。
 実体験の語りには、記憶違いも混じるものだが、それはそれとして、実際に語られることを聞くと興味深い。たとえば、赤紙。実際にはうすぼけたピンク色をしていたと私などは理解していた。が、やなせに来たのは「本当に真っ赤な紙なんですね」というものあった。絵描きの彼を思うと、たぶん記憶違いではないだろう。
 15年の春に兵役となった。彼はこの時代でありながら、兵役は規定どおり2年で終わるはずと期待していた。そのあたりも、現代からすると意外な印象はある。日中践祚の開始は1937年(昭和12年)なので、すでに日本は戦争に突入していた時代なのだから、そのまま兵役が続くと中の人は思っていたのではないかと、つい思いがちだ。
 やなせは昭和16年12月8日の太平洋開戦でその期待が外れてしまった。その日のことを彼はどう見ていたか。

 太平洋戦争が始まってからも、ぼくらの日常生活はそれほど変化しませんでした。とくに軍紀が厳しくなるということもなく、それまで通りだったと思います。
 当時、学生時代からの友人に身体が弱くて徴兵検査で不合格となった男がいて、彼と手紙のやりとりをしていましたが、手紙を読むかぎりでは、世間一般の様子もそんなに大きく変化していないようでした。

 彼の兵役だが、班長付きという世話役になったことでそれほど暴力的なことには遭遇していないようだ。ちょっと面白いことも書かれている。

 軍隊にはちょっと女っぽいヤツもいて、世話を上手にできる人もいました。だけど、僕は全然ダメ。苦手なんです。

 このあたり、春風亭柳昇の戦記を読むと、ははあと思うことはある。
 年代が記されていないが、この兵役の間に、20人ほどで九州から南京まで160頭ほどの馬を運んだ話が書かれている。兵役の期間だとすると、昭和15年から16年にかけてのことだろう。彼はこの時期の南京に到着した。

 南京大虐殺があったとか、なかったとか言ってますが、ぼくが行ったときの南京はごく平和なものでした。町の入り口には日本の兵隊がいて、町に入る者を厳しく検査していましたが、中は平和そのものでした。
 南京では、少し時間があったので、映画も観ました。
 映画は中国製の作品で、何をしゃべっているのか、まるでちんぷんかんぷんでおもしろくなかったですね。中国は映画制作が盛んな国で、当時も自分たちの映画をたくさんつくっていたのです。
 町を歩いていても、中国の人たちはぼくらに友好的で、みんなニコニコと対応してくれました。
 (中略)
 ぼく自身は、南京事件なんてなかったんだと信じています。

 南京事件はなかったと、やなせが主張したいという意味合いでは全然ない。ただ、彼の現地体験からはそうした事件の痕跡は体験されなかったという証言にすぎない。
 南京事件については、秦郁彦「南京事件―「虐殺」の構造」(参照)など参考となる書籍が多数あるが、概略としては、1937年(昭和12年)のことだ。やなせの証言が昭和15年のことであれば、数年後には南京は平穏と言ってもよい状態だったことは伺われる。
 やなせが戦地に赴くことになったのは、昭和18年で、行き先は福州だった。野戦銃砲部隊である。台湾防衛だと彼は推測している。彼の任務は暗号班だった。
 現地で何をしたかというと、穴を掘っていた。

 毎日そんなことをしていましたが、実は日本の地下壕は戦地ではあまり役に立たなかったようです。アメリカ軍は、まず艦砲射撃を空爆で攻撃しておいて、最後に日本兵が穴蔵に逃げ込んだところに火炎放射器を浴びせかけるという作戦をとっていたのです。
 地下壕は空襲よけにはなりますが、逃げ込んだところを火炎放射器でやられるとひとたまりもありません。でもまあ、何も知らないぼくらは穴の中なら大丈夫だろうと信じて掘っていたわけです。

 言及はないが、沖縄戦がまさにそれだった。
 穴を掘る以外に何をしていたかというと、本来の任務の暗号解読はあまりなく、宣撫班の手伝いをしていたらしい。彼のおとくいの紙芝居であった。
 宣撫班と聞くと、嘘の現実を広めるようなものだが、そのあたりの現実体験談がまた興味深い。

 福州では、紙芝居が行くと、大人も子どもも老人も村中の人が集まってきました。
 そして、紙芝居が終わると御馳走してくれる。豚肉の料理やラーメンみたいなものもありましたが、味はなかなかよかったです。
 驚いたことに、紙芝居を見せて「中国と日本は戦争しているけど、仲良くしなければならない」と言ってもダメなんです。
 なにしろ、福州の人たちは「日本と中国が戦争している」ということを信じてくれないんです。「あれは他国の話だ」と言うのです。「上海での話でしょ」と。
 福州ではどこに行ってもそうなんです。
 広い国は違うなあ、と感心しました。

 福州からすると上海が自国という認識はなかったのだろう。
 その後、彼は、その上海に向かい、厳しい戦闘にもさらされるが、幸運にも生き延びる。そこで困ったのは、食料がないことだった。おやおやと思う挿話がある。

 おもしろかったのは長野県の舞台の人たちです。彼らは山国から来ているから、へびや虫を食べるんです。
 「どうです、おいしいですよ」と勧めてくれるのだけど、見たら怖くて食べられません。器用に皮をピーッとむいて焼いたヘビをおいしそうに食べているのだけど、ダメでした。虫はイナゴや蜂の子です。これもダメでしたね。

 かくしてこの体験がアンパンマンにも結びついていくらしい。
 1945年8月15日はどうだったか。これも同時代の春風亭柳昇の戦記に似ている。

 昭和20年8月15日、ぼくらは集合させられ、ラジオを聞かされました。
 天皇陛下の声が流れてきましたが、何を言っているのかはまったくわかりません。

 それでも翌日は武装解除となった。
 引き上げも難なく進んだ。

 それどころか、ぼくらが朱渓鎮を離れるときには、「あなたたちがいるおかげで治安も保たれている。できればずっといてもらえないだろうか」と言われたくらいです。
 町の人たちとっては、ぼくらが町にいることで盗賊から守られているという、気持ちが強かったのでしょう。

 書かれたものからは、のんきなやなせ先生らしいなという雰囲気があるが、仔細に読むと、彼は日本側や中国側のスパイの活動などもよく観察していた。そのあたりからは暗号班らしい有能な兵士であった印象がある。
 やなせ先生が最後にこの戦記を残してくれたおかげで、本当の戦争の多面的な様相を私たちはうかがい知ることができる。
 
 

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コメント

38万人大虐殺が本当にあったのに3年後には日中友好だったとは
中国人は懐が深いですな
南京大虐殺を否定するものは許さないニダ!!
やなせはネトウヨニダ!!

投稿: murasaki | 2014.04.16 02:09

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