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2014.04.06

台湾とピンイン

 現下の台湾での学生による立法院占拠についてはなかなかブログに書きづらい。ごく簡単に言えば、心情的には私は学生を支持したいが、国際政治・経済的な観点あるいは日本の国益との関連から見れば、この運動は、かつての韓国の米国牛肉輸入反対運動や日本の反TPP運動のように反動的なナショナリスティックな運動にも見え、支持しがたい面もあるからだ。
 ではどうなのか。近景としては学生に注意深く平和裏に運動を進めてほしいし、巨視的には台湾の難しい状況――中国に経済的に飲み込まれること――に同情するしかない。中国経済に飲み込まれず台湾が存立していけるかは、難題に思えるし、日本もまた同様の立場にある。
 さらに巨視的に見るなら、中国経済が開かれていくことは現在の近景とは逆に、中国の台湾化につながる。そしてそれは中国社会の不安定化と軍事強化の矛盾を強くするだろうし、その余波を日本が強く受けることになるだろう。日本は、静かに忍耐強く平和裏にこの巨大な全体主義国家の権力を民主主義的な体制へと解体できるよう支援していくしかないはずだが、そのことが国益に直結するわけでもない。まあ、これも難問である。
 一つの解法の方向性があるとすれば、国家間のパワーバランスにあって緩和なナショナリズムを志向することであり、それが現在の韓国の状況だろうし、矛盾も困難な形で浮かび上がっている。
 韓国は、これまで米国や日本に飲み込まれていた経済と政治をナショナリズムに転換するために中国とのバランスを取っているかのように見える。が、同時に韓国としても中国経済には巨視的には飲み込まれるしかない命運にあり、そのことが韓国のナショナリズムの苛立ちを喚起して反日的な対応を取らざるをえない状況にもなっている。
 台湾がそのような緩和なナショナリズムな立場を取りうるかというと、国家規模的に難しい。というあたりで、どうしてもナショナリズムのソフトパワー的な側面として言語政策みたいなものも関連して再考される。
 韓国の場合は、朝鮮語という言語とオンモン(ハングル)という正書法をもって、一見独立した自国言語文化を形成しているかのように見せているが、実態は漢字を排することで中国と日本から文化的に距離を置く点にある。朝鮮語については私には十分な知見がないのであまり言えないが、韓国の場合、漢字を復活させると文化的にはあっという間に以前のように中国と日本に呑み込まれてしまうのだろう。

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台湾ナショナリズム
東アジア近代のアポリア
 台湾は大陸からの国民党政府の独裁期間が長く、第二次世界大戦後は日本語に変わって北京官話を押しつけられてきた経緯がある。私の記憶では20年ぐらい前まではそれでも台湾語のネイティブ人口が半数を超えていたはずだ。国民党独裁体制が事実上終焉してからは、より自明なかつ緩和な台湾ナショナリズムが形成されれば、台湾語を中心した国家文化が生まれてくるのではないかというふうにも期待していた。
 そのあたりが、時が経ってみるとなんとも微妙である。
 今回の台湾の学生運動だが、私としてはひそかに学生たちの台湾語への回帰が見られるのではないかと注目していたが、私の知る限りではあまり見当たらない。すでに台湾人らしい国語としての事実上の普通話が定着し、学生もそれを駆使しているように見える。まあ、そこまで言えるかどうか、実はもっと知りたいところだが。
 話が緩慢になるが、というか、実は上記の話はブログに書く気はなくて、台湾のピンインについてちょっと書こうかと思っていたのだった。
 話がねじれてしまったのは、台湾が大陸風ピンインをもう事実上採用していることは、経済同様、言語文化的にも中国に飲み込まれていく過程に見えるからだ。そもそも大陸側の普通話も中国人にとっては特殊な共通言語に過ぎないとすれば、台湾の言語状況は、中華圏の必然的なグローバリズムの一環と言える現象だろう。このあたりはもっときちんと書かないと話が通じないかとは思うが。
 ピンインを今回私が学びながら、台湾のピンインの状況も気になった。すでにご指摘をいただいたが、台湾では大陸風のピンインは従来は公的には採用されていなかった。教育でも学ばれていなかった。現状は微妙である。このあたりはかなり複雑な状況にあり、混乱と言ってもよい。
 ごく簡単な例だが、台湾総統の名前「馬英九」だが、英語では「Ma Ying-jeou」と表記される。中国風のピンインなら「Mǎ yīngjiǔ」となるはずである。英語では声調は外されるので、「Ma Yingjiu」だろう。ちょっと気になってこのスペリングでニュースを検索してみると、検索ミスかもしれないが、ほぼ見つからなかった。
 ちなみに、「習近平(习近平)」はピンインでは「Xí jìnpíng」であり、英語では「Xi Jinping」になる。これを英米人がどう発音しているかだが、ニュースなので多く流していることもあって、「She jing ping」のように発音していることはわかる。
 「Xenakis」は英語だと「ジーナキス」なので、「Xi」は「ジー」になりそうだが、それでも「zee」ではなく「she」と読むのはそれほど難しくはないようだ。便法では「SHEE chin-PING」などがある。それでも「She」となるのは避けがたく、日本ではあまり伝えられていないが、その手の英米圏のギャグがけっこうある。「Xi loves me, Xi loves me not」の類である。
 話を戻して「Ma Ying-jeou」だが、ウェード式(Wade–Giles)である。では台湾はウェード式なのかというと、ローマ字化についてはいろいろもめて、1996年4月になって「注音符号第二式」というピンインが公式に採用されたことがある。が、これでももめて曲折して、1998年4月に台北市は中央研究院の余伯泉が考案した「通用拼音」を採択した。
 このもめる内容が何かなのだが、当然ながらピンインとしての便宜と、中国ピンインと差異化するかというナショナリスズムの二点がある。言語学者は当然前者に注力するのだが、紛糾はナショナリズムに関連することが多い。
 このナショナリズムと言語を巡る紛糾は、一見すると韓国がオンモンを使っているように隣国文化の隠蔽・差異化が焦点のようになる。そこで、当初は国民党が「注音符号第二式」や「通用拼音」に反対していた。だが、彼らはこの経緯で国際化に切り替えて一転して1999年に大陸風ピンイン「漢語拼音」を採用した。
 このプロセスが興味深いのは、国民党が中国の台頭に文化的にもすり寄るしかないことである。このエントリーの冒頭で現下の台湾状況に触れたが、似たような構図がここに現れていた。
 紛糾はさらに続き、基本的には民進党側が「通用拼音」を支持し、国民党が「漢語拼音」という構図で、2002年に通用拼音が全国の統一基準となり、これで落ち着いたかに見えたが、馬英九が出てくるれいの2008年の総統選挙で、漢語拼音派の曾志朗が行政院政務委員になり、行政院は漢語拼音になった。
 つまり、台湾のピンインは中国と「統一」されたわけである。
 これで問題は終わったかに見えるが、当の「Ma Ying-jeou」のように、慣例はそのまま生き残っている。台湾は民主主義国なので行政令に強制力はない。このため結局、混乱と同じような状態になっている。実質民間で「漢語拼音」とが普及しているわけでもない。ただ、巨視的に見ると、いずれは漢語拼音になるだろう。
 この過程で興味深いのは、台湾にはもうひとつピンインのような音写システムとして「注音符号」というがある。先頭四文字「ㄅㄆㄇㄈ」 (bpmf) から「ボポモフォ」とも呼ばれている。いわばカタカナであり、実際カタカナに影響されてできたようだ。成立年は1918年で主体は中華民国の教育部である。興味深いのはこれで北京官話以外も音写できるし、さらにその他の言語にも拡張できる点だ。中国共産党は1958年にこれを廃止しているが、台湾では教育補助として生き残った。というか台湾ではむしろこれが対照的に推進された。なお、先の「注音符号第二式」が「二式」なのは「ボポモフォ」があるからである。
 「ボポモフォ」はオンモンのように字母を組み合わせて疑似漢字を形成することないが、基本、オンモンと同じ方向性なので、台湾のナショナリズムの一つのありかたとしては、台湾語と「ボポモフォ」という組み合わせもありえたかもしれない。
 今回ピンインの内側に入って勉強してみると、上記のプロセスのなかで、中国の台頭とナショナリズムの問題という解りやすい構図より、そもそも漢語拼音の欠陥が気になってきた。
 元来台湾でのピンイン問題には、言語学的な洗練も含まれていたのだが、微妙にその洗練よりも、地名表記のような行政問題との折衷からナショナリズムの問題に引っ張られたように見える。
 この機に、「ボポモフォ」を見直すと、音写のシステムとしては、漢語拼音より優れている点があることも理解できた。ただ、当然、言語学的には整備されていない。
 中国語学習に限定して、ピンインは言語学的に改良されたほうがよいようには思うが、国民党の顛末ように、実際には漢語拼音を排除するわけにももういかないだろう。
 
 

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コメント

台湾に住んでますが、台湾人は誰も拼音を使いませんよ。使い方も知りません。拼音は語学学校で外国人が使うだけです。台湾人が使うのはボポモフォだけです。

投稿: | 2014.04.07 03:51

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