« 消費税が3%上がったその日からセブンイレブンでポイントアップキャンペーンやってた | トップページ | 中国語には「木」がないの? »

2014.04.12

中国語の助数詞(量詞)って英語の不定冠詞みたいなもんか

 ピンズラー方式の中国語の勉強はまだ続いる。フェーズ2の17。難しかったらくじけるつもりでいたので、フェーズ2に入ってからはいよいよここまでか、と思う日々があったが、なんとなく続いている。
 当初難しいと思えた中国語の発音も、有気音・無気音の聞き分けははっきりできないものの、他はそれほど違和感がなくなった。
 ピンインの仕組みも、その限界ともにわかったので、その悩みも消えた。なぜピンインがああなってしまったのか、ピンインと実際の音の関係はどうなっているかなど。でも、なんか整理してブログに書こうかと思ったけど、この話はもういいでしょ。
 で、中国語の学習、基本、とにかく聞くことを優先している。そのせいか、しだいに英語やフランス語のように聞こえるようにもなってきた。つまり、漢字のずらずらという並びではなく、音でできた言語だなあと。
 そうなってみて中国語についていろいろ思うことはある。
 この数日、あれれと思うのは、その助数詞である。
 当初、日本語のようにものによって助数詞が変わるというのが中国語にあるのは当然だろと思っていた。助数詞というのは、本なら一冊、パソコンなら一台、ウサギなら一羽、箪笥なら一竿、戦死者なら一柱というあれだ。もちろんと言っていいと思うがこうした日本語の助数詞が現代中国語と対応しているわけではない。
 私のような中国語の初心者レベルでいうなら、日本だと、人は「一人、二人」となる。が、中国語だと、「一个人、二个人」となる。
 「个」というのは、日本語の「ヶ」と同じで、「個」の略字である。というか、日本人が一個二個と数えるのは、近世中国語の影響なのではないか、辞書をざっと見たが書いてないが。
 で、「我是一个大学生」というのも、中国語なら人を数えるのに「個」かと思っていたのだが、ふと、あれれと思うようになった。
 ピンズラー方式では、「一个人」というのを先に教えている。だから、大学生も「一个」となるのは不思議ではないというか自然に了解できる。それはいい。
 今日のレッスンだと、「大学」が導入される。その前に「学生」は教わっている。これに「大」が付くというふうに導入される。まあ、それもいいし、そこから、「大学生」が導かれるのも指導法として自然だ。そこで、「我是一个大学生」も別に不自然ではないのだが、あれれと思ったのはそこだ。
 その前に「大学」と聞いて、現代の中国人は四書五経を想像する人はほとんどいないだろうから、「大学」を「中庸」などと並べて連想することもないだろう。が、もとは、「大学」というのは四書五経のあれである。
 それをUniversityの訳語にしちゃったのは、近代日本ではないかな。たぶん、「大学校」があって略して「大学」なのだろう。「希哲学」が「哲学」みたいなものか。とすると、四書五経とは関係ないのかもしれない。
 それでも、近代であれば教養ある中国人なら「大学」は四書五経だろうから、どうなんだろか、とふっと思ったのだが、そこで、「一个人」の語感が響いた。学校なら助数詞は「一所大学」のようになる。
 助数詞を使うことは日本人にしてみると違和感はないのだが、日本人は「一个大学生」「一所大学」とは言わない。「私は一人の大学生です」なーんて言わない。言うのは欧米人くらいなもんである。
 というあたりで、これって、私が使っているピンズラー方式は英語で中国語を教える教材だから、英語国民にわかりやすい中国語表現にしているんだろうなと、思った、当初はね。
 普通は「我是大学生」で十分だろと思った。
 どうもなんか違う。
 叙述的な表現として「他是」で考えてみる。で、ちなみにぐぐってみると"他是大学生"約7,190,000 件で、"他是一个大学生"は2,850,000件。どっちが多いかというと、"他是大学生"なのだが、"他是一个大学生"が変わった表現ということはない。また、日本人がぐぐっているせいもあるのだろうが、"他是大学生"は日本のサイトに多い。
 どうも"他是一个大学生"は中国語として自然な語感があるとしか思えない。なんだそれ?
 ということで、なんだろと調べてみると、この現象はすでに広く知られているものらしかった。
 例えば、『多元文化』「数詞「一」からなる数量詞表現について―日本語と中国語との比較を中心に―」(林佩芬、2010)(参照PDF)があった。


中国語の数量詞の機能として、「計数機能」以外に「個体化機能」があることはよく知られている。「個体化機能」とは、指示物の数量をカウントする「計数機能」とは異なり、大河内(1985)が指摘するように、「“一”+助数詞」を付け加えることによって、類名や総称という抽象的、非加算的な事物を、具体的、加算的な個別物に変える機能のことを意味する。そして、中国語の数量詞「“一”+助数詞」が実際に数字を表示する必要性から用いられる以上に使用されているという事実は、「“一”+助数詞」がヨーロッパ言語の不定冠詞にきわめて近いものであるということを裏付けるものである。

 ほほぉというわけで、これで正解というわけでもないだろうが、中国語の「一个大学生」的な表現には英語の不定詞的な意味合いはありそうだ。
 もちろん、同じではないだろうけど。ちなみに「一直在找一個人」とかだと、探し求める理想のその人っていう感じではないかな。

 ちなみにこれ元歌は「Never Had a Dream Come True」(参照)。
 「一個人不可能」だと「ぼっちにはムリぃ」という感じになる。

 助数詞の話に戻って、先の論文には言及がないが、先日の記事で書いた例を思い出すのだが。


A:他把自已的汽车卖掉了
B:那辆汽车是去年才卖的。

他把那辆汽车卖掉了,去年才卖的。


 類推すると、この助数詞の用例には関係詞的な機能もありそうに思える。
 日本語でも、「その書棚には一冊もなかった」「彼は二冊手渡してくれた」というふうに、助数詞の単独用法があるが、似ているようにも思う。
 日本語とか中国語には不定詞は存在しないが、言語システム的にはそこになんか不足感があって、いろいろな形態で不定詞的な機能を代替する構造が選択されるのだろうか? ちなみに日本語だと、不定冠詞と定冠詞の情報機能は、「は」と「が」の使い分けになっていたりもする。そういえば、フランス語には不定冠詞があるが、ラテン語には冠詞がない。古典ギリシア語やコイネなどにはある。
 表現変遷の歴史も気になる。"他是一个大学生"のような例は漢文で見たことがないように思う。
 中国語の場合でも、"他是一个大学生"のような表現は、白話運動から出て来たものなのだろうか?
 
 

|

« 消費税が3%上がったその日からセブンイレブンでポイントアップキャンペーンやってた | トップページ | 中国語には「木」がないの? »

「言語」カテゴリの記事

コメント

面白い視点ですね。小さな疑問を二つほど。二と両の使い分けがあることが一点で、多分「両箇人」となると思う。もう一つ「白文運動」が五・四で胡適がらみのことをいうのなら、これ多分「白話文学運動」のことかもしれません。ご確認を。

投稿: 義浄三蔵 | 2014.04.13 07:07

義浄三蔵さんへ。「白文運動」は「白話運動」の誤記なので修正しました。

「両箇人」の場合は、「二人」が意識されていて省略されないのですが、「一个人」が意識されるのはなぜなのだろうかというのがもとの疑問でした。

投稿: finalvent | 2014.04.13 09:17

台湾で中国語から日本語への翻訳をしております。ちょっと疑問の点とはピントがずれ、しかも感覚的な話で申し訳ないのですが、「我是一個大學生」という文型のとき、ことさら「一」を強調するのでなければ、口頭では「一」を省くのが通常の表現です。「a」と「one」の違いくらいと思います。「我是大學生」と表現する場合は職業として「私は大学生やってます」を、「我是個大學生」と表現する場合は、「とある大学生、ただの大学生」というようなニュアンスでしょうか。同じように、「去買電腦」は、パソコンの台数は問題でなくとにかくパソコンというものを「買いに行く」、「買個電腦」は、「買うものはパソコン」が主眼で、「買一台電腦」となると、パソコンを「一台」買うのが比較的クローズアップされます。

投稿: ONEWARE | 2014.04.13 15:08

先ほどの投稿がわかりにくくすみません。
中国語の量詞は数が問題になるとき以外は、省くことができます。中国語はもともと数に対して厳格な言語ではありません。なので、英語の定冠詞や不定冠詞のように、それがなければ、名詞の中身が具現化されないというようなものでもありません。(ただし、数量を言うときには、量詞は必須です)
わざわざ「一つ」の意味で「一個」を言うようになったのはもしかすると、翻訳文の影響もあるかも知れません。

投稿: ONEWARE | 2014.04.13 15:20

ONEWARE さん、示唆、ありがとうございます。

"我是个大学生"という表現が口語では自然みたいですね。"一点儿"が"点儿"となるような感じなのでしょうか。"一个"の略ではあるのでしょうけど、ニュアンスは違うのだろうと思いました。

投稿: finalvent | 2014.04.13 17:18

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中国語の助数詞(量詞)って英語の不定冠詞みたいなもんか:

« 消費税が3%上がったその日からセブンイレブンでポイントアップキャンペーンやってた | トップページ | 中国語には「木」がないの? »