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2014.02.25

公立図書館開架の『アンネの日記』や関連図書の破損が発見されたというニュースの関連で

 東京都内の公立図書館開架に置かれている『アンネの日記』や関連図書の多数でページを破られていたことが発見された奇っ怪な事件は、海外にも大きく報道された。
 英語圏のニュースは特に意識しないでも見ているので、その範囲でもいろいろ見かけた。が、大半はBBC記事「Anne Frank's Diary vandalised in Japan libraries」(参照)のように抑制的に書かれていた。
 特にこのBBC報道でが適切に思えたのは、欧米などでよく見られる反ユダヤ主義(anti-Semitism)が基本的に現実にその社会に存在するユダヤ人を排除する意図、さらには、民族浄化の文脈で語られるものなのに、日本にはそうした背景が存在しないことを指摘している点だった。


For many Japanese the book forms the basis of their knowledge about the Jewish holocaust, the BBC's Rupert Wingfield-Hayes in Tokyo reports.

多くの日本人にとっては、この本がユダヤ人ホロコーストについての知識の基礎になっている、と東京在BBCのルパート・ウィングフィールド・ヘーズは報告する。

But what might have motivated the attacks remains a mystery. Japan has no history of Jewish settlement and no real history of anti-Semitism, our correspondent adds.

しかし、何がこの攻撃を動機づけたのかは、依然ミステリーであり続けている。日本、はユダヤ人入植地の歴史と反ユダヤ主義の本当の歴史を全然持っていないのだ、と、私たちの特派員は付け加える。


 日本について所定の知識がある見られるBBC特派員にしてみると、今回の事件が反ユダヤ主義(anti-Semitism)の文脈であるという印象はなかったようだ。
 また、『アンネの日記』が日本社会において独自の位置を占めていたことも記名の専門家のコメントで示唆されていた。

Professor Rotem Kowner, an expert in Japanese history and culture at Israel's University of Haifa, told the BBC that the book has been exceptionally popular and successful in Japan.

イスラエルのハイファ大学で日本の歴史と文化を専門とするローテム・コウナー教授は、この本は日本では例外的と言えるほど人気があり成功しているとBBCに語った。

He says that in terms of absolute numbers of copies of the book sold, Japan is second only to the US, and adds that for Japanese readers the story transcended its Jewish identity to symbolise more powerfully the struggle of youth for survival.

この本が販売された総数で見るなら、日本は米国についで二番目にあり、日本人の読者にとってこの物語は、そのユダヤ人アイデンティティとは別に、青年期の生きづらさを力強く象徴していたと、彼は語った。


 簡単に言えば日本における、『アンネの日記』は、日本特有の文化と戦後史のなかで、他国とは異なった独特の読まれ方をしていたし、それゆえに日本に影響力を持っていたということだ。
 とすれば、今回の事件もそうした、日本という特異な文脈のなかで考えらるのかもしれないが、BBCの記事はそこまで踏み込んでいない。
 いずれにせよ、欧米圏での主要メディアでは、今回の奇っ怪な事件が、日本という異文化の奇っ怪さの文脈で、ある意味で正しく報道されていそうだなという印象を持った。
 が、微妙な例もあった。
 欧米圏ではなく、実際にホロコーストが社会に生じた欧州ではどうだろうか(余談だが、米国の場合は、日系人がユダヤ人のように強制収容所に送られた)と気になって、フランス語関連を覗いて見た。
 いくつか見たのだが、フィガロの記事「Des exemplaires du Journal d'Anne Frank vandalisés au Japon」(参照)が興味深いものだった。

Cet incident survient alors que les critiques se multiplient contre le Japon à la suite de nombre de déclarations jugées «révisionnistes» sur le passé fasciste du pays, notamment depuis l'arrivée au pouvoir du nationaliste de droite Shinzo Abe.

今回の事件は、日本のファシズム時代についての「修正主義者」と判断される多数の表明に向けて批判者が増えていくなかで発生した。特に、国家主義者の安倍晋三が政権についてからのことである。

Le premier ministre avait choqué ses voisins coréens et chinois en visitant en décembre dernier le controversé santuaire Yasukuni pour honorer les âmes de 2,46 millions de militaires tués au combat pendant les guerres modernes.

この首相は、昨年12月、現代戦246万人戦死兵の魂を称えるために、異論の多い靖国聖堂を訪問したことで、隣国の朝鮮人と中国人に衝撃を与えた。


 フィガロ特派員は、今回の事件を、日本の「修正主義者」への反発の文脈で見ているし、特に、安倍首相の登場をその文脈の中心においている。
 こうした見立ては日本でも見られるので、フィガロ特派員の個人的な見解というより、日本での取材の反映もあるかもしれない。
 もっともフィガロ特派員も、日本における『アンネの日記』の特異的な読書現象についてはその前段で明確に述べている。そこに微妙な含みもある。

Le Journal d'Anne Frank connaît un succès étonnant au Japon, où il a été traduit en 1952. Symbole de la persécution des Juifs en Europe, le livre prend un tout autre sens aux yeux des Japonais pour qui la Shoah est un événement lointain.

『アンネの日記』は日本で1952年に翻訳され、その驚くべき成功が知られている。ヨーロッパにおけるユダヤ人の迫害の象徴であるこの本は、ショア(ホロコースト)が遠い国の出来事であるため、日本人の目には別の意味を持つ。

Dans l'après-guerre, de nombreux adolescents du pays, ayant eux aussi vécu les affres de la Seconde Guerre mondiale, se sont identifiés à cette histoire. Le Journal d'Anne Frank trouve encore un écho dans le Japon de nos jours.

戦後、第二次世界大戦の苦難なかを過ごしていた、この国の10代の子どもたちは、この物語のなかに自分たちを見いだした。『アンネの日記』は現在の日本でもその余波を持っている。

L'adolescente est même devenue un personnage de manga. Le journaliste Alain Lewkowicz s'est récemment intéressé à ce phénomène dans une BD-reportage publié sur le site d'Arte.

この10代の子は漫画のキャラクターにもなった。ジャーナリストのアラン・リューコビッチは最近、アルテのサイトでの漫画レポートでこの現象に興味を示した。


 このユダヤ人アラン・リューコビッチの作品は、ユダヤ人社会を持つ社会ではけっこう有名になったようだ。
 タイムズ・オブ・イズリアルの「Behind Japanese fascination with Anne Frank, a ‘kinship of victims’」(参照)も今年の1月に取り上げていた。ここで示されたリューコビッチの見解は、わかりやすい。

“She symbolizes the ultimate World War II victim,” said Lewkowicz. “And that’s how most Japanese consider their own country because of the atomic bombs — a victim, never a perpetrator.”

リューコビッチによると、彼女(アンネ・フランク)は、第二次世界大戦の究極の被害者の象徴であり、原爆によって大半の日本人はそのように自国を捉えている。被害者であって、けして加害者ではないのだ。


 同記事を読むとイスラエルのユダヤ人社会も、日本人の『アンネの日記』の受容には奇妙な印象を持っているようだ。

Currently, approximately 30,000 Japanese tourists visit the Anne Frank House every year, 5,000 more than the annual number of Israeli visitors. That figure places Japan 13th in a list whose top 10 slots are all occupied by European and North American nations.

現在、毎年3万人もの日本人観光客がアンネ・フランクの家を訪問する。これは、イスラエルからの年間訪問客より5千人も多い。この数字はリストの13位にあたるが、上位10位までは西欧人と北米人が占めている。


 リューコビッチの話に戻ろう。こう続く。

“Basically, every Japanese person has read something about Anne Frank, which is even more amazing considering the shocking ignorance on history of many young Japanese today,” Lewkowicz said. “The older generation has read the book, and they buy the manga adaptation for their children.”

「基本的に、すべての日本人はアンネ・フランクについて作品を読んでいる。これは、今日の多数の日本の若者が歴史に呆れるほど関心を持たなことを考慮すると、驚くべきことだ。年長世代がこの本を読み、そして彼らは子どもたちに漫画の翻案を買い与えている」とリューコビッチは語る。



“The Anne Frank-Japan connection is based on a kinship of victims,” Lewkowicz said. “The Japanese perceive themselves as such because of the atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki. They don’t think of the countless Anne Franks their troops created in Korea and China during the same years,”

「アンネ・フランクと日本の結びつきは犠牲者の親近感に拠っている。日本人は広島と長崎に原爆を落とされたゆえに自分たちをそのようにとらえている。彼らは、同時代、朝鮮や中国で彼らの軍隊が生み出した無数のアンネ・フランクを考えない」とリューコビッチは語る。


 日本人には厳しい指摘と言えるだろう。だが、今回の、『アンネの日記』や関連図書の多数でページを破られる事件は、そうした日本人の犠牲者欺瞞の象徴ゆえに起きたとも考えにくい。国際的に見て過剰なほどに『アンネの日記』が強調される日本の戦後社会の動向での、なんらかの反動という文脈にあるのかもしれない。
 いずれにせよ、どのような形で今回の事件の決着が付くとしても、日本人と『アンネの日記』の、特異な関係に今後もあまり変化はないだろうという気はする。
 
 

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コメント

the story transcended its Jewish identity to symbolise more powerfully the struggle of youth for survival

は、「ユダヤ人の物語としてよりも、生きようともがく若者の物語として読まれた」といった意味でしょうか。

投稿: | 2014.02.25 23:43

アンネフランクの家についてはこんなニュースもあるようで…
http://m.yna.co.kr/mob2/kr/contents.jsp?domain=2&ctype=A&site=0100000000&cid=AKR20140221085900371&mobile
韓国陰謀説が盛り上がりそうでウンザリです。

投稿: ななし | 2014.02.26 00:48

Japanese readers the story transcended its Jewish identity to symbolise more powerfully the struggle of youth for survival.

の訳がちょっと違うのではないでしょうか。おそらくこんな感じだと思います。

日本人の読者にとってこの物語は、そのユダヤ的なアイデンティティを超えて、青年期の生きづらさを力強く象徴するものだったと、彼は語った。

投稿: silvervine | 2014.02.26 10:26

ありますよ。

投稿: 一言 | 2014.02.26 17:45

今月初旬、韓国の女性家族相・趙充旋(チョ・ユンソン)がアンネの日記について言及した。 同国を訪れていたユネスコ関係者に対して。 その直後からこの破損事件は始まった。 さらに時を同じくして、韓国サイバーテロ団体VANKが、世界60ヵ所以上の戦争博物館に接触を始めた。 特にユダヤ系のホロコーストを扱う博物館には執拗かつ熱心に。 

その口説き文句は、<日本軍従軍慰安婦問題はドイツのホロコーストにも劣らない重大な戦争犯罪、すなわちアジア版ホロコーストに他ならない>というものだ。 さらに、<慰安婦とナチス時代のユダヤ人女性が受けた苦痛を比較し、これを知らせるために、ぜひ我々の運動に参加してほしい>と続く。 

この、実に荒唐無稽なファンタジーに、それでもコロリと騙されたお馬鹿さんも現れた。 ドイツ・ブッヘンヴァルト戦争記念館は、喜んで参加すると回答。 米国のサイモン・ウィゼンタール・センターも何やらモゾモゾと動き始めた。 このセンターは、先の麻生ナチス発言のときも、朝日新聞や共同通信がご注進に及んだ、あのユダヤ人団体だ。 オランダ・アンネフランクの家にも接触しているが、その回答はいまのところ不明だ。 いずれにせよ、ずいぶん手回しの良いことだと思わずにはいられない。 時系列的にすべての動きがつながっている。 

他方、日本では捜査本部が設置され、未確認情報ながら、三館から犯人が特定できる監視カメラ映像が提供されたそうである。 さらに駐日イスラエル大使館と日本ユダヤ教団が、新たに同書を寄贈すると発表し、多くの慰めが寄せられていることに感謝したうえで、言下に日本人以外の犯人だろうと匂わせている。 

いずれにせよ、近々犯人は逮捕される。 我々がぜひ知りたいことは、犯人の国籍とその背後関係
だ。 事によってはセンセーショナルな国際問題に発展するかもしれない。 某国の関与が明白となった暁は、その謀略の一切が世に晒されることになるわけで、某国は世界中の全ユダヤ人とユダヤ資本の敵となる。 そんな危ない橋を、危ないこととも考えずに渡る愚人には、やはり<火病>と嗤ってやるのがお似合いだ。 

投稿: お | 2014.02.26 20:35

 楽天ヤプログを使っている神泉と言います。
 今回の一件に関心を寄せていたところ、たいへん勉強になるお記事を拝読しました。感謝します。

投稿: 神泉典膳 | 2014.02.27 02:00

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