« [書評]世の中への扉 よくわかる政治(舛添要一) | トップページ | 2014年東京都知事選、雑感 »

2014.02.08

日本国憲法にもあるコントロール(control)という言葉の意味合い

 日本国憲法の本来の原文、つまり英文なのだが、それを読んで私が一番不思議にそして多少不可解にも思うのは「コントロール」の思想である。
 あるいはその前段として「コントロール(control)」という用語である。前文の次の文脈に含まれている。


We, the japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

 日本国憲法を公式な日本語訳で読むと、あまり意識されないない人が多いかもしれないが、気に留めるとわかるように「支配する」というきつい意味合いで訳されている。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 この"control"という言葉に「支配」という訳語を当ててよいか。
 この訳語が悪いというわけではない。だが、率直なところ、この日本国憲法の訳文の「支配する」の言語が"control"であることの意味合い十分に考慮人は意外に少ないのではないかと思っている。
 "control"という言葉は、英語においては、フランス語からの外来語である。外来した時代は、英語を事実上、当時のフランス語(イル・ド・フランスのノルマン・フレンチ)で英語がピジン化したノルマン征服以降らしい。もちろん、さらにラテン語"contrārotulāre"に由来するし、ノルマン征服以降、英国やスコットランドの知識人は直接ラテン語からの外来語を増やしたので、その文脈で英語に定着し、さらに微妙に意味変化をもたらしたのだろう。
 そのため、現代フランス語と英語では、"control"の意味合いが微妙に違っている。
 ところでこの話題が浮かんだのは、先日書評を書いた『舛添要一の6カ国語勉強法 - 体験に裏づけられた上達への近道』(参照)に気になる話があったからだ。
 英語とフランス語の語の意味の違いに触れた話題で、"control"が出てくる。

 もう一つの例が、"control"で、この単語は英語だと「管理する」とか「支配する」と非常に重たいニュアンスの意味になる。ところが、フランス語の"contrôle"【コントロール】は、「ちょっと調べる」ぐらいの軽い意味で使われることが多い。だからフランス語で、
 "Vous êtes contrôlé par la poice."【ヴゼット・コントローレ・パー・ラ・ポリス】というのを、英語的な発想で受け取ると、「警察にcontrolされている」、つまり「あなたは警察にあやつられている」と思ってしまうが、実はそうではなく、これは英語に直訳するなら、"You are checked by police"とすべきで、「あなたは警察の検問を受けます」という意味になるのである。なまじっか英語を知っているために、フランス語で"contrôle"が出てきたのを、これは英語の"control"と同じ意味だろうと勝手に思い込むと、思わぬ間違いを犯してしまうことになる。

 まあ、それはそうと言ってよいのだが、重要なのかこの先である。

 これは第二次世界大戦に実際に起きた有名な事件である。あるとき、フランス軍の船がドイツ軍によって停船させられ、調べられたことがあった。そこで、そのフランス軍の船の乗員たちは、このことを味方の連合軍に
 「われわれの船はドイツ軍によって臨検されている」
 フランス語で「臨検」を"contrôle"【コントロール】ということから、
 "Our ship is controlled by the German navy."
と打電した。それを受信したイギリス軍は、"controlled"と言うからは、すでにフランス軍の船は敵国ドイツ軍にのっとられてしまったものと思い込んだ。「敵国の船になったのなら、沈めてしまえ」と爆撃して沈没させてしまったという。

 この話が本当かどうかよくわからない。
cover
Collins French - English
Dictionary & Grammar
 本当なら、英語の"control"は第二次世界大戦の時代に軍事の文脈で使われていたわけで、日本国憲法の"control"というのは、フランス語的な"control"ではなく、相当にきつい意味合いがあるだろうと思う。
 ただ、この舛添の話を読んでいて、これはちょっと違うかなという感じもした。文脈によっては「支配」というより、やはり「制御」があるのではないだろうか。
 手元の仏英辞書で、学習者向けのコリンズを引くと、舛添が指摘するように、仏英間の意味合いの差が強調されている。その意味で、舛添の説明自体はこれでよいのだが、オックスフォードの仏英辞書を引くと、フランス語の"contrôle"に英語の"control"を充てた項目が最初にある。オックスフォード辞書の歴史主義でもあるのだが、こちらの辞書を読んでいくと、舛添が指摘するような意味の差は、政治などの文脈に限られるようでもある。
cover
Compact Oxford-Hachette
French Dictionary
 また、英英辞書をいくつか当たってみると、ロングマンなどでもそうだが、"control"に支配権力の意味合いで"power"を最初に挙げているものの、意味合いとしては、力による支配というより、感情(emotion)を抑制させるという含みがありそうだ。さらに、フランス語"contrôle"に近い意味もあり、さらにこれが英語の技術英語における"control"の含み、つまり、「制御」に相当している。まあ、ざっとした印象ではあるのだが。
 まとめると、英語でも技術用語的な文脈では、"control"にはフランス語の"contrôle"のように、対照を用いたテスト、という意味合いがある。
 そこで、ああ、そうかと思い直したのが、"Scientific control"である。直訳すると「科学制御」とかになりそうだが、とか、まてよと英辞郎を引いたら案の定「科学的制御」とか出て来た。が、まあ、そう訳して悪いとまでは言えないが、統計学を多少なりとも学んだ人ならわかるだろうが、これは「対照実験」のことである。
 ちょっと気になってウィキペディアを見たら、次のようにあった。

A scientific control is an experiment or observation designed to minimize the effects of variables other than the single independent variable.

 つまり、「対照実験」である。
 話を英語の"control"に戻すと、"Scientific control"のように、対照してテストする、というまさにフランス語の"contrôle"の語感の一部がそのまま生きている。たぶん、19世紀から20世紀前半の学術用語におけるラテン語的なフランス語優位による外来語だからではないだろうか。詳しく追っていないのでこれも印象であるが。
 いずれにせよ、英語の"control"は技術系の文脈では、「支配」よりも「対照実験」のように、対照群を用いた査定といった意味合いがある。
 ここで日本国憲法の話に戻るのだが、先の文脈、果たして、起草者は現行訳のように「支配」の意味合いで使っていたのだろうか? その意識で読み返してみたい。

We, the japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

 明白なのだが、「対照」がきちんと意識されている。それは「the high ideals」つまり、現訳語「崇高な理想」である。
 日本国憲法における"control"は、「支配」よりも、対照群を使った実験技法の意味合いが強いのではないか。もちろん、「支配」の意味合いがないというわけではない。ただ、これは、"ruling"でも"governing"でも"dominating"でも"regulating"でもない。
 日本国憲法の起草者がどのような考えを背景に"control"を持ち出しかはよくわからないが、日本国憲法には他二個所にこの言葉が出てくる。
 まず、第72条である。
 

Article 72. The Prime Minister, representing the Cabinet, submits bills, reports on general national affairs and foreign relations to the Diet and exercises control and supervision over various administrative branches.

第72条
内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。


 ここでは、"control"は「指揮」と訳されている。「支配」と訳すと日本で意味合いが通らないと訳者は想ったのだろう。白州次郎ではないだろうか。
 いずれにせよ、第72条では"control"は"supervision"と並記されているが、順序的な意味合いもあり、おそらく、基準に照らして査定して、管理するということだろう。つまり、ここでも"control"はフランス語的な意味合いで使われている。
 もう一つは第89条である。

Article 89. No public money or other property shall be expended or appropriated for the use, benefit or maintenance of any religious institution or association, or for any charitable, educational or benevolent enterprises not under the control of public authority.

第89条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。


 ここでは前文同様「支配」の訳語が当てられている。
 この"control"の意味合いだが、「支配」でもよいのだが、構文および文脈としては、"public authority"が「支配」しているのではなく、"public authority"がやはり、「対照群」として扱われている。まさに、"Scientific control"のように、"under the control of A", "B shall be expended"という関係である。
 話は以上であって、特に、ここから何か特定な意見を述べたいわけではない。
 日本国憲法はときおり、大衆に理解を促すために、平易な日本語にパラフレーズされるが、より必要なことは、原文を検討して、きちんと翻訳しなおすことではないだろうか。
 冗談みたいだが、改憲よりも、原文の英語を現代的に検討し直した、新訳日本国憲法があってもよいようには思われる。
 
 

|

« [書評]世の中への扉 よくわかる政治(舛添要一) | トップページ | 2014年東京都知事選、雑感 »

「英語」カテゴリの記事

コメント

英文を翻訳し斬新した日本国憲法とはいえども、既存の日本国憲法と齟齬があれば、既に改憲草案になるじゃないですか。この様なやり方なら改憲に伴うゴチャゴチャについては欧米と政治思想的な擦り合せが楽そうだけど、実際どうだろ。
満州国が非自然発生的という意味で日本の新進エリートによる人工国家運営の実験場だったという一面があったように、戦後日本は米国の緩めリベラル派の社会実験場だった過去を、英文日本国憲法に割と正直に残滓させてるのかも知れませんね。
戦後日本は在り様は全て実験で暫定的なものの筈だったと。

投稿: ト | 2014.02.08 16:29

文脈としては支配や管理より「調整」という言葉がしっくりくるなと。

投稿: カラ | 2014.02.08 21:53

憲法の現代語訳ですが
Article 1 から、もめるのではないでしょうか?
この地位がhis positionですから。

投稿: sorikita | 2014.02.09 00:22

パスポートコントロールの「コントロール」も「検問」の意味ですね。

投稿: ru | 2014.02.10 12:33

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/657/59091691

この記事へのトラックバック一覧です: 日本国憲法にもあるコントロール(control)という言葉の意味合い:

« [書評]世の中への扉 よくわかる政治(舛添要一) | トップページ | 2014年東京都知事選、雑感 »