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2013.12.27

安倍首相のクリスマス明け靖国神社参拝は外交上の大失点

 10月3日のことだったが、そのおり来日していた米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が揃って東京都内の千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れ、献花した。

 AFPの記事「米国務長官らが千鳥ヶ淵墓苑で献花」(参照)で確認しておこう。


【10月3日 AFP】(一部更新)来日中のジョン・ケリー(John Kerry)国務長官とチャック・ヘーゲル(Chuck Hagel)国防長官は3日、東京都千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ、献花した。安倍晋三(Shinzo Abe)首相が5月に訪米した際、靖国神社を米国のアーリントン国立墓地(Arlington National Cemetery)になぞらえたことに対するけん制とみられる。
 ケリー国務長官とヘーゲル国防長官は外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)のため来日中。千鳥ヶ淵戦没者墓苑によると、今回の訪問は日本の招待ではなく米国側の意向によるもので、同墓苑を訪問した外国の要人としては1979年のアルゼンチン大統領以来、最高位の政府高官という。
 同行した米国防総省高官は記者団に対し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に「最も近い存在」だと説明。ケリー国務長官とヘーゲル国防長官は「日本の防衛相がアーリントン国立墓地で献花するのと同じように」戦没者に哀悼の意を示したと述べた。
 安倍首相は5月、訪米に際して米外交専門誌「フォーリンアフェアーズ(Foreign Affairs)」に対し、米バージニア(Virginia)州にあるアーリントン国立墓地を引き合いに出し、靖国神社は国のために命をささげた人々を慰霊する施設であり、日本の指導者が参拝するのは極めて自然で、世界のどの国でも行っていることだと述べていた。(c)AFP

 異例のことだった。
 AFPの記事は、当時の政治・外交の文脈を重視して、5月の安倍首相訪米時に米国アーリントン国立墓地を靖国神社になぞらえたことの米政権側からの反論と読んでいる。
 もちろんのことながら、外交上のメッセージが微妙な段階にあるときは、明確な言葉にはならない。誤読も生じやすい。たとえば、この話題について産経新聞記事「米の国務、国防両長官が千鳥ケ淵墓苑に献花 外務省「聞いたことない」」(参照)は逆を読んでいたものだった。

 同墓苑は、第2次世界大戦中に海外で死亡した戦没者のうち、身元が分からない「無名戦士」や民間人の遺骨を納めた国の施設。2閣僚の訪問は、日本との同盟強化に取り組む米国の姿勢を示す狙いがありそうだ。

 しかし普通に考えれば、この事態は異例であり、靖国神社を明確に避けていることはわかりやすい。よってそのメッセージも難しいものではなく、読売新聞でも理解されていた。12月1日の記事であったが読売新聞「靖国はアーリントンか」はこう読み解いていた。

 安倍首相は、A級戦犯合祀を理由に靖国神社参拝が批判されることに対し、アーリントンを引き合いに出して反論する。「中央公論」(7月号)のインタビューでは「そこ(アーリントン)に行く人々は、(南北戦争で)南軍が守ろうとした奴隷制度を肯定しているのか。そんな人間は一人もいない」と指摘した。
 しかし、その米国は、靖国参拝をアーリントンへの献花と同じように見ているだろうか。ワシントンで取材している限り、答えは限りなく「ノー」に近い。首相が参拝すれば、米国の安倍政権を見る空気は変わる。
 米政府の立場は、10月のケリー国務長官とヘーゲル国防長官による千鳥ヶ淵戦没者墓苑への献花から読み取れる。墓苑は先の大戦の戦没者のうち、身元不明など引き渡し先のない遺骨を納めている。両長官が参拝先として靖国を選ばなかったのは「靖国はアーリントンではない」とのメッセージにほかならない。

 「首相が参拝すれば、米国の安倍政権を見る空気は変わる」ということは、この米国側のメッセージは、安倍首相は靖国神社参拝をするなということである。もっともそれを言葉にすれば内政干渉にしかならないので、裏面のチャネルで具体的な動きもあったようだ。8月16日読売新聞記事「靖国 外交問題化を回避 参拝見送り 首相、中韓改善へ布石」より。

 米政府は、首相の靖国神社参拝に関する公式見解を示していないが、日中、日韓関係がさらに悪化する事態を懸念していた。ウェンディー・シャーマン米国務次官は今月6日、訪米した外務省の杉山晋輔外務審議官と会談した際、首相の靖国参拝についての見通しをただしたとされる。米政府高官は「日本と周辺国の関係に摩擦を引き起こすならば、参拝は望ましくない。このことは日本政府も理解していると思う」と話した。首相は、こうした米側の感触も考慮し、日米同盟重視の観点から今回の参拝を見送ったようだ。

 8月の時点で、米側からは明白なメッセージがあったと見てよいだろう。ただし、その後の10月にケリー国務長官とヘーゲル国防長官の千鳥ケ淵戦没者墓苑献花があったことは、米国側で安倍政権への不信感が残っていたという意味だろう。
 さて、以上の経緯の上での今回の安倍首相の靖国神社参拝である。
 米側が激おこぷんぷん丸なのは当然の帰結だろう。
 別の言い方をすれば、今回の事態で最大の問題は、軍事同盟国のメンツを丸つぶしにしたことだ。米国と日本の外交上の大失点ということである。
 もう読み間違いされても困るので、即座に米国側からは異例の公式声明が出た(参照)。

安倍首相の靖国神社参拝(12月26日)についての声明
*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。
2013年12月26日
 日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。
 米国は、日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善させ、地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。
 米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する。

 重要部分の原文は以下のとおり。

Japan is a valued ally and friend. Nevertheless, the United States is disappointed that Japan's leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan's neighbors.

 "disappointed"の響きが強いことは、速報にも近かったBBC報道「Japan PM Shinzo Abe visits Yasukuni WW2 shrine」(参照)の着目からもわかるだろう。

The US embassy in Tokyo said in a statement it was "disappointed" and that Mr Abe's actions would "exacerbate tensions" with Japan's neighbours.

 繰り返すことになるが、米国が懸念しているのは、"exacerbate tensions"(緊張を悪化)である。靖国神社がどうかという日本国内で盛んな話題とは異なるし、中国や韓国の立場を代弁しているわけではない。
 これには、もう日本は「靖国神社問題」という外交上面倒な火種をもて遊ぶのはをやめてくれ、という意味合いもある。CNN報道「安倍首相が靖国神社参拝」(参照)もそのあたりを汲んでいた。

また、同月に日本を訪れた米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は、靖国神社ではなく、近くの千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れて献花した。同墓苑には、日本国外での無名戦没者の遺骨が埋葬されている。両長官の献花は、靖国参拝に代わる戦没者追悼の形を提案したと受け止められた。

 この点についても別の言い方をすれば、米国は日本に戦没者追悼が必要だろうという認識に達しており、そうであれば「靖国神社問題」に決着を付けてほしい、ということだ。先の12月1日の読売新聞記事でもそこは理解のうえで、こう締められていた。

米国にとって首相の靖国参拝は、日本が近隣諸国に配慮しているかどうかをはかる「物差し」になっている。靖国は単なる「宗教施設」ではなく、国際的には「外交問題に発展した宗教施設」とみられている。
 戦没者の慰霊のあり方はもちろん、諸外国の顔色をうかがって決めるべきものではない。だが、靖国に関して言えば、日本人の意見が割れ、答えを決めきれないから、中韓両国にもつけ込まれている。無宗教の国立追悼施設の建設をはじめ、最大公約数を探す努力をすべき時だ。日本人自身が答えを出さなければいけない。

 では、その「無宗教の国立追悼施設」はどうか。
 これは自民党の小泉政権下(第一次小泉内閣)で検討されていた。
 当時の福田康夫官房長官の私的諮問機関として「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が設置されていたのだった。2001年12月19日の初会合では、今井敬経団連会長が座長として、「小泉首相の靖国神社参拝であれだけ内外の意見が出た。この問題を一回きちんと整理しておく必要がある」と述べていた。
 経緯は、官邸内の「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(参照)に残されている。
 結果は、2002年12月24日には報告書「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(参照)として、すでにまとめらている。

本懇談会は、昨年12月14日、内閣官房長官から、何人もわだかまりなく戦没者等に追悼の誠を捧げ平和を祈念することのできる記念碑等国の施設の在り方について、国の施設の必要性、種類、名称、設置場所等につき幅広く議論するよう要請を受け、今日までおよそ1年をかけて検討を重ねてきた。本報告書は、その検討結果をまとめたものである。

 簡単に言えば、福田康夫氏の意向を強く反映したものであり、自民党という政党の一つのあり方を示していたものだった。
 靖国神社を含めた既存施設との関係は、こうまとめられていた。

追悼・平和祈念施設と既存施設との関係
 我が国にはいわゆる戦没者追悼の重要な施設として、靖国神社、千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。本懇談会は、新たな国立の施設はこれら既存の施設と両立でき、決してこれらの施設の存在意義を損なわずに必要な別個な目的を達成し得るものであると考えた。その理由は、以下のとおりである。
 1. 靖国神社の社憲前文によれば、靖国神社は、「國事に殉ぜられたる人人を奉斎し、永くその祭祀を斎行して、その「みたま」を奉慰し、その御名を万代に顕彰するため」「創立せられた神社」とされている。これに対し、新たな国立の施設は、前述のような死没者全体を範疇とし、この追悼と戦争の惨禍への思いを基礎として日本や世界の平和を祈るものであり、個々の死没者を奉慰(慰霊)・顕彰するための施設ではなく、両者の趣旨、目的は全く異なる。
 また、靖国神社は宗教法人の宗教施設であるのに対し、新たな施設は国立の無宗教の施設である。この性格の違いは、異なった社会的意義を保障するものである。
 2. 千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、遺族に引き渡すことができない戦没者の遺骨を納めるために国が設けたものであり、ここに提案する新たな国立の施設とは、前同様に趣旨、目的は全く異なる。

 経緯からすれば小泉改革の一環ではあった。が、当の小泉氏が靖国神社参拝を繰り返したため、福田氏および自民党有志の思いは頓挫した。
 これを継続すると明確にしたのが、当時の民主党だった。
 そのかけ声で社民党も前向きな姿勢に転じた。
 2009年8月16日読売新聞記事「国立追悼施設に現実味 民主・鳩山代表「推進」、社民も協力」より。

無宗教の国立追悼施設の建設が現実味を帯びてきた。民主党の鳩山代表が、政権獲得した場合は建設を推進する考えを表明し、社民党も協力する考えを示しているためだ。
 鳩山氏は15日、新潟県長岡市内での記者会見で、「天皇陛下が靖国神社に長い間、行っていないという現実がある。陛下にも安らかにお参りしていただける施設が必要ではないか。党としても取り組んでいく」と述べ、施設建設に改めて前向きな考えを示した。
 同党の岡田幹事長も、有識者で検討する考えを示唆している。社民党も、次の衆院議員の任期中に建設計画をまとめるよう各党に呼びかけるとしており、現・野党では推進論が大勢だ。
 無宗教の追悼施設は、憲法の政教分離に抵触することなく首相らが参拝できるようになるとの利点があるとされる。中国や韓国の反発が強い靖国神社の代替になるとの期待もある。
 民主党内では、鳩山氏の考え方に対し、今のところ反対の声は出ていない。ただ、党内には「戦没者追悼の中心的施設は靖国神社だ」として自民党議員らとともに参拝する議員もおり、建設構想が具体化した場合、反対論が表面化する可能性もある。構想は、自民党でも小泉政権時代に浮上した際に反発が強く、お蔵入りとなった経緯があり、「鳩山政権」でもハードルが待ちかまえている。

 推進の主体は鳩山由紀夫氏である。彼はこの一か月後に首相となった。では、組閣後、鳩山首相は、どうしたか。
 無宗教の新たな国立追悼施設の建設に向けた調査費の計上を見送ったのである。
 このおり、鳩山氏の側近であった松野頼久官房副長官は記者会見で「すぐさま来年度やるような話ではない」と弁明していた。
 かくして、政権交代した民主党政権下での無宗教の新たな国立追悼施設の建設は初っぱなから頓挫し、事実上立ち消えとなった。
 そういえば、その後の松野頼久氏だが、現在は日本維新の会に所属している。
 

追記
 その後の関連報道など。
 共同「安倍首相、米国の制止振り切って靖国参拝 根回しも実らず「失望」声明(2013年12月28日)」(参照)より。


 米政府当局者は26日、安倍晋三首相(59)の靖国神社参拝について、米オバマ政権が外交ルートを通じて何度も首相に参拝を自制するよう求めていたことを明らかにした。米国務省のサキ報道官は同日、参拝に対して「失望している」と在日米大使館と同じ内容の声明を発表、あらためて批判的なメッセージを送った。一方、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長(44)は参拝問題に関し、安倍首相に「侵略戦争だったとはっきり言ったらいい」と注文をつけた。
 米政府は、何度も何度も「靖国参拝STOP」のメッセージを送り続けていた。米政府当局者によると、安倍首相が靖国神社を参拝したい意向だったことを踏まえ、米側は内政干渉にならないよう非公式な形で再三にわたり自制を要請していたという。
 こうした意向を無視して安倍首相が参拝したことで、米国側も批判的な立場を明確化。26日、米国務省のサキ報道官が、靖国参拝について「失望している」と在日米大使館と同じ内容の声明を発表した。この声明は、当初「遺憾」などソフトな言葉も検討されたが「より強いメッセージを伝える必要がある」として「失望」の表現に落ち着いたという。
 日本政府は、参拝直後に出された「失望」表明が、米政府よりランクが一段下の在日大使館名で出されことで、「(米国側に)一定の配慮があった」(政府関係者)と分析していた。しかし、今回の政府声明での再発表で状況は一変。楽観ムードに冷や水をかけられた。
 また、日本側は参拝の約1時間前に在日米大使館を通じて米政府に連絡を入れていたことも明らかになった。菅義偉官房長官(65)は27日の記者会見で「了解を取ることではないが、事前に常識的範囲で報告していた」と明言。“根回し”してまで支持を取り付けたかった日本にとっては、米国の態度は完全な誤算だった。
 安倍首相は27日、首相官邸で「理解していただけるよう誠実に努力していく」と述べ、米国の反応に危機感。今回の参拝は中韓との関係だけでなく、今後の日米関係にも影を落とすことになりそうだ。

 問題の英語表現については。「Japan PM ignored Washington to visit shrine, U.S. official says」(参照)より。

The U.S. first considered expressing “regret” or “concern” in the statement, but the stronger language was chosen through prior consultation between the White House and the State Department, the official said.

The second U.S. official said the visit will have a “negative impact” on relations between the United States and Japan, especially after Vice President Joe Biden visited Tokyo, Beijing and Seoul earlier this month.


 外交的影響について。毎日新聞「首相靖国参拝:米「失望」に政府危機感 防衛相協議延期(2013年12月27日)」(参照より)。

 安倍晋三首相の靖国神社参拝を受け、米国務省は26日、「失望した」とのサキ報道官声明を発表した。在日米大使館声明と同じ内容だが、大使館声明にとどまらなかったことで、米政府の姿勢がより明確になった形だ。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に向けた同県の埋め立て承認に関し、27日に予定していた小野寺五典防衛相とヘーゲル国防長官の電話協議も延期されるなど、首相参拝の影響はさらに深刻化している。
 首相に事務方は26日、大使館声明について「『失望』は外交的にはそんなにきつい表現ではない」と説明。米側が一定の配慮を示したと受け止めていた。だが、さらに国務省報道官声明が出たことで、危機感は高まっている。首相は27日、首相官邸で記者団に、「戦場で散っていった方々の冥福を祈り、リーダーとして手を合わす。これは世界共通のリーダーの姿勢だろう」と参拝の正当性を強調したうえで、「そのことを理解していただくように努力していきたい」と付け加えた。
 政府は、参拝にあたっての首相の思いを各国に説明するため、在外の日本大使館を通じて、「今後とも不戦の誓いを堅持していく」という26日の首相談話を翻訳して発信し始めた。
 与党にも懸念の声が広がっている。自民党の石破茂幹事長は27日、テレビ朝日の番組で「米国は『不戦の誓い』を首相が強調したことにも留意している」と述べたが、同党幹部は「今回は厳しい」と漏らした。公明党の山口那津男代表は同日、「首相の理念的な面での言動が一つ一つの行動に表れている。(欧米からの懸念は)それら全体に対する評価と受け止めるべきだ」と首相に苦言を呈した。【鈴木美穂、高橋恵子】

 
 

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2013.12.26

finalvent's Christmas story 8

 人生は出会いだという人がいる。おそらくそうだろうが、出会いがあれば別れもある。ならば人生は別れだとも言いたいところだが、出会いが印象的であるのに対して、別れは必ずしもそうではない。若い日の別れは痛切な印象を残すことが多いのに、年を取るにつれ、静かに音信が途絶える別れが増える。それは悲しいことでもない。人とのつながりは必ずしも幸福に基づいているわけでもないのだ。どちらかと言えば、北風のような不幸に遭遇してたまたまそこで二人、心を寄せていることもある。いつまでもいるべき場所ではない。寄り添いから離れ、春の息吹に静かに向かって歩んでいく人がいるなら、振り返ることはしなくてもよい。残された者は、その人の幸福を祈っていればいい。たとえそこに真実がなかったとしても。
 振り返ってみると、そうした人生の友とも言えた(あるいは恋人と言うべきなのかもしれないが)ルツとの音信が途切れたとき、なんとなく不安な思いとともに、彼女の新しい幸せの旅立ちの可能性も思った。そうであってほしい。
 それ以上に気にすることはない。そう思いつつも気になっていた。彼女が関わる団体の関係者にそれとなく訊いてもみた。彼女は病気だったと聞かされた。慢性リンパ性白血病らしい。信じられなかった。叫びたいような思いにも駆られたが、身体の芯がからからに渇いたような疲労感を感じて何もできなかった。ルツはもう死んでしまったのではないか。
 しかし彼女は生きていた。たまたま手にした「サイエンティフィック・エンカレッジメンツ」の会誌のレポートで彼女の名前を見つけた。近況のようだった。前後の会誌を取り寄せてもみたが、彼女の名前があったのはそこだけだったので、見かけたのは偶然だった。いずれにせよ、元気でいたようだった。病気というのが間違いだったのか、予後が良かったのか。この地上に彼女が生きていてくれるなら、それだけでいい。
 そう思うと気が楽にもなったし、退屈も覚えたので、そういえばとKFFサンタクロース協会のボランティアリストをオンラインで覗いて見た。超大型台風ハイエンの被災地での活動はあるだろうとフィリピンの項目を見ていくと、台風被害支援とは別にマニラでの慈善会があり、そこにルツの名前を見た。会える。会いたいとも思った。が、差し出がましいのではないかともためらった。私たちは長い別れの時期にあるのではないか。
 協会のマリーには超能力のようなものがある。私はそういう類の能力は信じないが、経験的にはそれ以外には納得がいかない。彼女からそのマニラの慈善会への参加の依頼があった。「大丈夫、サンタクロースの役はないから」と彼女は言った。別段、サンタクロースに扮してもかまわないし、青年たちと個人的に話をしてもかまわない。そうした気持ちの裏で、たぶん、私はルツに会うのだろうと知った。
 もちろん、ルツには会えた。どういういきさつかわからないが、所定の活動のあと、ホテルに彼女からのメッセージが入っていた。数人で会食をするから参加しませんかというのだ。それがいい。
 指定されたスペイン料理の店に入ったとき、ルツたちの八名ほどの一行は着席して会食が進んでいたので、私は時間を間違えたのかと思った。間違えたのは彼女のほうだったらしい。「ごめんなさい。気がついたときは遅かったの。いつもそうなの」とルツは言った。私はかまわない。
 一行はイスラエルの医師たちであった。なぜ彼らがここに集まっているのかはわからない。遺伝子治療の話題が盛り上がっていた。癌患者の免疫細胞の一部を取り出し、そこに改変を加えて戻す。それによって患者の身体の癌細胞が免疫の攻撃対象となり、癌の治療が可能になるということらしい。そんな医療技術もあるのかと思ったが、会話のなかに出てきた「キメラ」という言葉のほうに私は思いをはせた。生物学・医学的には普通の表現だろうが、語源を思うと面白いようにも思えたのだ。ギリシャ神話の怪物である。ライオンの頭とヤギの胴とヘビの尾を持つ。
 散会後、ルツは医師たちに別れを告げ、私を誘ってホテルのカフェに向かった。私が何を言ってよいのかわからないでいると、ルツは「私がそのキメラなのよ」と切り出した。「私は私ではないの。私は私を救えなかったの」。話をきくとどうやら彼女はそのキメラの医療によって救われたらしかった。
 「私の中にいた癌細胞は、たぶん私の一部だった」と彼女は言った。「だからそのせいで私が死んだとしても私にとっては、それは自然だった」
 「いや病気だったのですよ」と私は言った。「君が元気そうにいてくれて嬉しい」
 「そうね。私も嬉しい。嬉しいとか悲しいとか思える自分がいること自体を嬉しいと思ってもいいんでしょうね。たとえ私がキメラであっても」
 「キメラは治療法であって、君自身じゃない」
 「いえ、私はそもそもキメラだった。私は私ではないものをいっぱい抱えて、それがぜんぶ自分だった。でも私は私が生きるためにそれをいくつか捨ててしまった」
 「比喩的な意味だろうと思うけど、人はそうして生きていくものじゃないかな」
 「ええ、そうね、たぶん」
 「もしかすると、キリストというのもキメラかもしれない」 なぜ自分がそんなことを思って口にしたのか、よくわからなかった。修道女であった彼女の気を害するかもしれない。
 「面白いわ、それ。三位一体はキメラかも」 そして彼女は、吹き出し、笑い続けた。
 「君は笑っている」と私が口を突くと、ルツは少し真面目な顔をして、「私は笑っていません。しかし、主は言われた、いや、あなたは笑った、と」
 「そして老いたサラはイサクを産んだ。神は神をあざ笑うものをその笑いで祝福するということかな」
 ルツはいたずらそうな目をして、「そうかもしれない」と答えた。「神が存在するなら、そのように存在するのでしょう」
 「メリー・クリスマス」と私は言った。
 「メリー・クリスマス」と彼女は答えた。
 
 

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