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2013.11.30

人を不幸にする50の理由

 先日、英語版のLifehackで「人を不幸にする50の理由」というネタを見かけた(参照)。これってそのうち日本語のサイトにも掲載され、それなりに話題になるのかなと思っていた。がその後特に見かけなかった気がする。どうでしょ。
 そのままパクるのもどうかと思うので、50項目に適当に自分のコメントでも付けてみるかな。訳も適当な意訳なんで、気になるかたはリンク先を当たってみて。
 さて、何が人を不幸にするのでしょうか。

1 心配事がある(You worry.)
 それはそうかな。ただ、心配事をなくせというのも無理な相談。

2 思い通りにいくと思い込んでいる(You hold onto the perceived idea of control.)
 無理なことはあるし、そもそも他人の思いというのは、どうにもならない。

3 人を恨んでいる(You hold grudges.)
 特定の怨みというより、社会正義を求める怨恨感(ルサンチマン)とでもいうか。
 以前にも増してネットで見かけるようになった気がする。
 誰かを攻撃したり貶めたい欲望がネットにあふれてきている感じがする。
 そーゆーので不幸になっているのがご本人だったりする、と。

4 世の中自分の正義に従えとする(You believe everyone should play by your rules.)
 元ネタは「ルール」なんだけど、日本語だと、俺様正義と言い換えてよさそう。
 他人や社会というのはそれ独自の行動原理を持っていて、規範的なものじゃないんですよ。

5 他人と比較する(You compare yourself to others.)
 これはしかたないな。年取ると減りますよ。
 自分って、こういう人間以外にはありえなかったなあとか、自分より不運な人をよく見るようになって。
 なにより、50歳過ぎまで生きられない人とか見ると、切なく思うし。

6 うまくいったときだけ気分がいい(You chose to be happy only when all of your dreams come true.)
 これはけっこうそう。
 なかなかつらいことやっていて、しかも報われないときでも、やっている渦中に自分でその意味を確認して、「まあ、ええんじゃないの」と思うことは人生のコツだとは思う。

7 コップの水はもう残り半分(You are a glass-half-empty person.)
 「もう」じゃなくて「まだ」というやつね。
 こういう生まれつきか育ちで、楽観的な人はいる。
 自分の経験でいうと、楽観的な人が近くにいると逆に気が滅入ることもあるので、なんとも言えない。
 人生と同じで、いずれ無くなる。何事も半分で気に病んでいてもしかたない。

8 私は孤独(You are lonely.)
 この話は自分なりに自著(参照)にこってり書いた。
 孤独から逃れることなんかできないんで、それに適応するのがよいのでは。

9 金がすべてさ(You seek materialism over everything else in life.)
 生きていると、そうでもないよなという局面は誰にでもあるし、逆に金がないとしかたないなあと思うこともある。バランスかね。

10 時間があればできるんだけど(You don’t make time for the right things.)
 時間がないという人は多い。あと、時間の多寡というより継続できるかということが大切だと思う。
 地味にくじけない特質というのは身につけておいてもいいけど、ふと思ったが、ストーカーとかもそういう部類か。わからんな。

11 ネガティブなお友だち(You hang out with unhappy people.)
 自分がそーとーにネガティブなので返す言葉もない。
 それでも、うひゃ、ネガティブなやっちゃなあという人は多い(ツイッターとか)。
 特にルサンチマン、ぶちまける人や、それに賛同しろと迫る人、ご勘弁。

12 何がしたいのかわかっていない(You haven’t discovered your purpose.)
 これはわからんもんです。
 で、さらに他人を巻き込む人もいるんだが、これも善し悪しだなあ。

13 人まね(You are more of an actor than an author.)
 意外と多いものですよ。気がついてなくてそうかもしれない。
 理想なんてもの自体、物まねそのもの。

14 過去にこだわる(You’re stuck in your past.)
 こりゃ、あれです、今だけを愛だけを見つめよう♪(参照

15 先のことにこだわりすぎ(You keep thinking about your future and can’t enjoy today.)
 それが若いってもんですけどね。
 こだわりに見合う未来はこないもんです、たいてい。

16 不健康(You’re unhealthy.)
 これは身近で友人が死ぬとかして学ぶものです、学べるなら。

17 完全主義( You’re a perfectionist.)
 リヴァイ兵士長みたいなのはうざいもんですよ、リアルでは。

18 失敗を怖れる(You’re afraid of failure.)
 ブログとか書いて、ブコメくらいつつ克服しましょう。

19 不安な気分(You’re insecure.)
 不安というのは癖だったり、外的なルーチンだったりして気がつかないことがある。なので、別のアプローチで簡単に解決することがある。

20 借金持ち(You’re in debt.)
 借金は人を変えると思うが、奨学金とかいうくらいの借金はあったほうが社会人の励みになります。

21 お墨付きがほしい(You seek validation.)
 世の中そんなもの。

22 身近な人を無視する(You neglect personal relationships.)
 しかたないことは多いと思うがなあ。

23 ぐず(You procrastinate.)
 やらない理由をうんとあげるより、とりあえず鼻つまんでやっちゃったほうがいいことは多い。学校とか。

24 学ばない奴(You’re not learning.)
 先日書きましたね、この話(参照)。

25 叶わぬ夢に縛られている(You have unrealized dreams.)
 夢を持つことがいいことだとはかぎらない。あるいは、人生いろいろ節目できちんと夢を諦めていくのもいいんじゃないのか。

26 飽きた(You’re bored.)
 気がつくと実はいろんなものに飽きている。はてなに日記を書くこととか。ブログを書くこととか。

27 忙しい(You’re too busy.)
 これは身体が悲鳴を上げるのをどう聞くかということかな。

28 睡眠不足(You don’t sleep enough.)
 じゃあ、さっさと寝ろ、といかないくて、朝になって、こうほざくわけです。

29 一人でいられない(You don’t spend enough time alone.)
 ツイッターとかしらどうなんでしょ。っていうことで、SNS中毒になるのかもしれない。
 個人的に思うのは、一人でいられるというのは、一種の能力の一つ。しかも、これはけっこう重要な能力。

30 目標が定まらない(You don’t take the time to set goals.)
 意外とそういうもの。目標を決めるというのは、目標をどう評価するかという評価基準を決めとくことだと思うのだけど。

31 他人頼み(You’re dependent.)
 共依存とかもそうかな。親元暮らしもそうかもしれない。

32 幸せになんかなれない(You don’t think you deserve happiness.)
 これは僕なんかには痛い話。なので、それなりに思うのは、一日一日がぼちぼちだったら満足して、一日おしまい。

33 適当なところで満足しちゃう(You’re always just one step away.)
 これは難しいなあ。人間を動かしているのは意思だけじゃないし。

34 チャンスを拾わない(You ignore opportunities.)
 これも痛いところ。
 だんだん自分というものが固まってくると、物に動じなくなる反面、リスクを避けちゃうようになる。しかも、ちょっと恥ずかしいなとかいうくらいの理由で。

35 ハングリー精神がない(You’re complacent.)
 逆に現在に満足していてなんか悪いんかと思うが。世の中のことは少しずつよくすべきだと思うけど。

36 今の仕事が嫌い(You hate your job.)
 仕事は好きか、職場が落ち着いてないと、仕事は続かないものです。給料より長期的にはそっちのが大切なんじゃないの。

37 求めるものが違っている(You chase the wrong things.)
 これもそんなもの。
 でも、毎年、日本経済や終わる、世界経済が終わるという本を出していても、それが出し続けられるかぎりハッピーなものだし、不幸な結果になればそれも予言的中で満足、っていうの、どうにかなりませんかねえ。

38 スピリチュアルなことがわかっていない(You have no spiritual life.)
 水に心を込めて語りかけるとよいものです。

39 親友がいない(You have no real friends.)
 これはいたほうがいいけど、それ自体、人生の幸運かもしれない。

40 そんなことできないという自分がいる(You’re afraid of yourself.)
 本当の自分を出したら大変なことになるとか。
 ツイッターとかで本当の自分を出して、世間様にご迷惑を掛けている人を見るとそう思う。ブログ書いたら嫌われるというのもあるし。

41 人がどう自分をどう思っているか気になる(You care too much about what others think.)
 多少は気にしたほうがいいと思うけど。

42 どっかいらいらしてる( You don’t relax.)
 これも無意識の問題だから意思でどうなるものでもないが。

43 怖れてチャレンジしない(You don’t take risks.)
 リスクを取らないというやつ。
 小さいリスクを取りつつ、学ぶといいのだろうけど。というか、取れるリスクくらいは取ってみるといい。

44 我慢できない(You’re impatient.)
 これは自己訓練するといいと思う。他人にいろいろ譲るとか、適度な苦痛に耐えるとか、して、自分を馴らすといい。

45 失敗から学ばない(You don’t learn from your mistakes.)
 これは嘘だなあ。本当に痛いと人は学ぶ。
 で、そうやって学んでリスクを取らなくなる。

46 ペットがいない(You don’t have a dog.)
 動物とか飼っていると心の支えや慰みになる。それは本当だろうと思うけど、ただ、依存しちゃっている人も多いように思う。というか、人間から逃げるためにペット飼う人が多いように思う。

47 幸福と安逸を取り違えている(You equate comfort with happiness.)
 楽はええわ、という人に幸せはわからないということかな。
 まあ、言うだけ通じないことではある。

48 自分を大切にしない(You don’t love yourself.)
 これはある種の人には無理。もう決定的に無理。泣きたくなるほど無理。

49 被害者正義をがなりたてる(You play the victim card.)
 これ、出てこれない人が多い。しかも下手にかかわると加害者扱いされたりする。

50 幸せであることが不安(You don’t allow yourself to be happy.)
 でも、その不安はけっこう本当だったりする。
 これは人生のどん底だわというのに落ちてみると、それなりに以降、安定したりする。

 とま、50個。
 書いてみると、自分という人間の不幸の原因が那辺にあるかわかってきそうだけど、こいつむちゃくちゃなこと言っているなというのもあるなあ。
 
 

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2013.11.29

ピンズラー方式のフランス語学習の60日間を終えた

 基本、音声だけで外国語を教えるメソッドであるピンズラー方式を使ったフランス語の学習、60日を終えた。ふー。けっこうきつかった。
 外国語というのは教えるメソッドが優れていたら、楽々、修得できるんじゃないかという期待もあったが、なかなかそうはいかないもんだなとも思った。

cover
Pimsleur Method
French II
 ピンズラー方式の語学プログラムは各国ごと4段階に分かれていて、今回フランス語の2番目、フェーズ2を終えたわけである。
 それで、どのくらいフランス語を修得できたかというと、とりあえず60日目のレッスンに追いつけるくらいには、しゃべれるようになった。
 ピンズラー方式はやたらと問いかけがあって、それに学習者は即座にフランス語で答えなくてはならない。この「即座」がきっつい。でもそれなりには追いついて答えらるようになった。あまり考えずに、"Est-ce que vous pouvez me montrer sur le plan où est la Place de la Bastille?"とか"Ils ont une très bonne carte des vin."とか口をついて出る(合ってるかな)。
 問いかけは英語とフランス語。基本、英語を通してフランス語を学んでいることになる。混乱しないかというと、意外と混乱しない。音の響きが違うからだろう。
 文法的な範囲では、前のフェーズとあまり変わらず、だいたい大学の第二外国語くらいなのかと思う。30日までのフェーズ1(参照)との違いは、文法事項の差というより、動詞を中心に少しずつ語彙を増やしていくというプロセスだった。「かろうじて第二外国語も勉強しました」というくらいには、ようやくなれたのかもしれないが、いまだ接続法や条件法などは入っていないので、普通の第二外国語の学習には劣るだろう。中学校の英語レベルにもまだ劣るかもしれない。
 ちなみにネットにあった仏検4級問題を見たらなんとなく答えられそうだ。受かる自信はないが、こんな感じ(というのは、あとで述べるがスペルと発音がまだ自分は十分結びついていない)。

(1) Il n'y a plus ( ) pain à la maison.
(2) Les enfants boivent ( ) chocolat chaud.
(3) Nous aimons jouer ( ) tennis.
(4) Quelle est ( ) clé du bureau?
①au ②aux ③de ④du ⑤la ⑥les

 基本動詞の基本活用などは、なんかもう条件反射的に口をつくようになった。動詞の不規則変化とかも、学習法によっては不規則だとあまり意識しないものだ。
 フェーズ1のときは、10日目から30日まで、読みのレッスンもあったが、フェーズ2にはまるでなく、今日の60日目でどさっとまとめてやることになっている。さきほどやってみて、なるほど、フランス語って文字で書くとこういうことになっているのかと改めていろいろ思うことはあった。正書法というのは、どの言語でも大変なものだな、など。
 たぶん、文字を最初に見ていたら"le temp"とか「ル・タン」とか言いそうだ。耳には「ル・トン」と聞こえる、というか、「トン」とも違う。たぶん、自分の発音で正しいのではないか。"Montpellier"も「モンプリエ」と聞こえる。「モンペリエ」と別なのかと思ったが、どうもこれでよいみたいだ。フランス語らしい音の響きも出せるようになったのではないか。英語でフランス語を学んで混乱しないのも、音声中心にするからだろう。スペリングを見ると、どうしても英語やローマ字読みに引っ張られる。
 60日間、ピンズラー方式のフランス語学習を学んで、はっきりと自分はここが変わったというのはない。日本語の発音は少し変になった。一時的なものだが、レッスンを中座して電話とかに出ると、まずいなこれはというくらい変にはなっていた。しばらくすると戻る。たぶん、口内の発声用の筋肉とかの問題だろう。ちなみに、フランス語のRの音にはほとんど抵抗感はない。フランス語らしいリズム感もついたんじゃないか。
 街中というか生活にあふれているフランス語もなんとなく、英語のように身近に感じられるようになった。先日、無印で「ブール・ド・ネージュ」というお菓子を見かけて買って、それなりに美味しかったが、ああ、これは"Boule de neige"か、雪玉ということだよな、とか思った。
 ピンズラー方式では一日のレッスンは標準30分ではあるが、フェーズ2では復習を含めて1時間は越えていた。30時間以上、勉強したことになる。フェーズ1を含めると50時間以上にはなるだろうか。長いような気もするが、効率はよかったかもしれない。
 どのような外国語学習がよいのかというのは、長年の疑問であった。大学で「英語をいかに教えるか」みたいな分野も勉強したが、そういう自分がきちんと英語を習得した気もしないし、もともと語学の才能がないのだが、それでも英語をきちんと学べたという実感もない。国際的なレベルの語学教育を受けてみたいものだと思っていたが、その夢も、今回だいたい叶ったことになる。
 とはいえ、ピンズラー方式がどのくらい国際的に採用されているかはわからない。独自の語学学習法であるともいえるが、やってみた実感でいうなら、このメソッドは、基本、個人教授に近い。中世以降、語学の個人学習というのはこうやって教えていたのではないか。たぶん、ベルリッツ(Maximilian Berlitz)自身が使っていたメソッドにも近いのではないだろうか。というか、いずれ、ピンズラーとベルリッツを比較してみたい気もする。
 この先もフランス語を勉強していくとしたら、自分はどうするのだろう? いずれフランス語をきちんと読めるようにはなりたいものだとは思うが。まだわからない。そろそろへこたれるかな。
 
 

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2013.11.28

中国が設定した防空識別圏について

 中国が23日、自国の防空識別圏(ADIZ: Air Defense Identification Zone)の海図と座標を発表し、同日午前10時から施行するとした。この識別圏は日本国領土の尖閣諸島を含めたことで日本国内はもとより、国際的にも問題となった。すでに南シナ海で無茶な海洋進出をしては、フィリピンなどと派手に領土問題を起こしている中国がさらに手を広げ、大国である日本までつつこうとしているかに見えるからである。
 日本の報道では、尖閣諸島に焦点が当たるのはしかたがなく、領土問題として今回の中国の行動を扱っていることが多いようだった。確かにその側面にも問題はあるにせよ、世界を唖然とさせたのは、この空域を通過する航空機に対して事前に中国に通告することを求めた点である。しかも、この通告や中国側からの支持に従わなかった場合、中国は「防御的な緊急措置」を取るともした。
 どの国も防衛上、防空識別圏を持つが、その際、今回の中国のような威圧的な「俺様」的な態度を取ることはなく、非常識、極まりない。こういう非常識な行動を取るから中国が国際的に苦笑されてしまう。先日のフィリピン台風援助で中国がドケチの骨頂を示して国際社会の失笑を買うくらいならよいが、今回は苦笑ではすまされない。しかも、中国は宣言をしたとたんに自縄自縛になって実際の行動に出てしまう国なので、笑えないホラーが潜んでいる。
 防空識別圏については、英語を直訳して理解したほうがわかりやすように、空爆防衛のため、進行してきた敵機を事前に識別するために余裕を取る緩衝領域である。中国は特定の仮想敵国を意識したものではないとしているが、具体的には、日本と米国を想定しているとしてよい。なお、識別圏が韓国にも関連していたのは中国の失念によるご愛敬だろう。
 今回の事態で米国がすぐに反応したが、そもそも今回の事態は対米的な意味合いが濃かった。というのもこの尖閣諸島域の一部は明確に米軍の管轄に置かれているからである。ごく単純に言えば、中国は米軍と戦争を起こす気満々のメッセージを投げかけていたことになる。
 この件については、平成22年10月22日、当時の菅直人・総理大臣に向けられた、尖閣諸島と日米地位協定に関する質問で明確にされている。まず、質問だが(参照)、「二」以降を注目していただきたい。


平成二十二年十月十二日提出
質問第四四号
尖閣諸島と日米地位協定に関する質問主意書
提出者  照屋寛徳

尖閣諸島と日米地位協定に関する質問主意書

 尖閣諸島が沖縄県石垣市の行政区域に属するわが国固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も明白である。菅内閣も一八九五年一月十四日の閣議決定によりわが国の領土に編入された、との統一見解を示している。
 二〇一〇年九月七日、尖閣諸島周辺でわが国の領海を侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船と接触・衝突する事件(以下、中国漁船領海侵犯事件という)が発生した。同漁船の船長は公務執行妨害罪の容疑で逮捕・送検されたが、同月二十五日に処分保留で釈放されている。
 私は、中国漁船領海侵犯事件をめぐる問題について、いたずらに「中国脅威論」を煽ったり、「中国は悪しき隣人」などと感情的に批難、攻撃したり、偏狭なナショナリズムを鼓舞すべきではないと考えている。一連の問題は、国際社会に向けて、あくまでも尖閣諸島がわが国固有の領土であることを明確に主張しつつも、日中両国間のハイレベル協議と日中双方が冷静な外交交渉で平和的に解決すべきである。
 一方、中国漁船領海侵犯事件の発生を契機に、尖閣諸島が日米安保条約の適用対象であるかどうかという議論も再燃した。尖閣諸島をめぐっては、領有権だけでなく、日米安保にまつわる問題が同時に存在するのである。
 以下、質問する。
一 尖閣諸島の島ごとに所有関係及び賃貸借関係を明らかにされたい。政府が賃借している島があれば、その賃貸借契約の始期、賃貸借の目的を示されたい。
二 尖閣諸島に属する久場島及び大正島は米軍提供施設・区域である。一九七二年五月十五日の日米合同委員会におけるいわゆる「五・一五メモ」によると、両島の島全体が米海軍の射爆撃場となっている。政府が両島を米軍専用の施設・区域として提供した年月日、同施設・区域の所有者及び地主数を示したうえで、現在でも米軍は両島を射爆撃場として使用しているのか明らかにされたい。
三 久場島及び大正島における射爆撃訓練は、一九七九年以降実施されていないようだが事実か。事実であれば、米軍は三十年以上にわたって提供施設・区域を使用していないことになるにもかかわらず、政府が両島の返還を求めてこなかった理由を明らかにされたい。
 なお、一九七九年以降、両島で訓練が実施されたのであれば、その年月日を明らかにしたうえで、係る訓練に対する政府の見解を示されたい。
四 概して、米軍提供施設・区域である久場島及び大正島においては、わが国の国内法と日米地位協定のいずれが優先適用されるのか政府の見解を示されたい。
五 尖閣諸島は沖縄県石垣市の行政区に属している。行政区を預かる石垣市あるいは沖縄県が久場島及び大正島における実地調査を行う場合、施設・区域の管理者たる米軍の許可を得ることなく上陸は可能か政府の見解を示されたい。
六 米軍提供施設・区域である久場島及び大正島周辺には、訓練水域・空域が設定されている。米軍から同水域・空域における訓練通告がなされた期間中に、中国や台湾など第三国の漁船が同水域に侵入した場合、わが国の国内法と日米地位協定のいずれが優先適用されるのか、具体的な罰名及び罰条を明らかにしたうえで政府の見解を示されたい。
 また、第三国の者が久場島及び大正島に上陸した場合、わが国の国内法と日米地位協定のいずれが優先適用されるのか、具体的な罰名及び罰条を明らかにしたうえで政府の見解を示されたい。
 右質問する。


 菅元総理による回答は以下である(参照)。

二及び三について
 久場島及び大正島は、昭和四十七年五月十五日に開催された、日米地位協定第二十五条1の規定に基づき設置された合同委員会(以下「日米合同委員会」という。)において、日米地位協定第二条1(a)の規定に従い、それぞれ黄尾嶼射爆撃場及び赤尾嶼射爆撃場として、米軍による使用が許されることが合意された。
 久場島は民間人一名が、大正島は国が所有している。
 黄尾嶼射爆撃場及び赤尾嶼射爆撃場は、それぞれ陸上区域、水域及び空域で構成されており、日米合同委員会における合意において、米軍がその水域を使用する場合は、原則として十五日前までに防衛省に通告することとなっているところ、昭和五十三年六月以降はその通告はなされていないが、米側から返還の意向は示されておらず、政府としては、両射爆撃場は、引き続き米軍による使用に供することが必要な施設及び区域であると認識している。
四及び六について
 お尋ねの「優先適用」が何を指すのか必ずしも明らかではないが、政府は、一般に条約を締結するに当たっては、誠実にこれを履行するとの立場から、国内法制との整合性を確保してきており、日米地位協定についても、その締結に当たって国内法制との整合性を確保している。
五について
 地方公共団体の職員等が黄尾嶼射爆撃場及び赤尾嶼射爆撃場への立入りを行おうとする場合には、平成八年十二月二日の合衆国の施設及び区域への立入許可手続についての日米合同委員会における合意に定められている所要の手続に従って、米軍の許可を得ることが必要である。

 つまり、尖閣諸島中の、久場島と大正島にある、それぞれ黄尾嶼射爆撃場と赤尾嶼射爆撃場は、米軍から依然日本には返還されていない。米軍下にある。

 日本との協定上、この二爆撃場を使う際には日本政府に通告することにはなっているが、基本、その軍事利用は米軍の意向にまかされている。
 今回、中国が設定した防空識別圏はこの二爆撃場を含めて設置したのであり、この地域で米軍が軍事演習をすれば、中国は軍事的な対応を取るという意味になる。
 中国がいくら非常識な国であれ、同じ連合国であった米国の、この地域の状況に無知であるとまでは思えない。
 ごく簡単に言えば、今回の事態は、中国は米国にちょいと試しに喧嘩をふっかけたに等しい。
 中国としては、米国に喧嘩をふっかけてみることで、この地域から米軍の力を除去しようとしたいという意図があったかもしれない。
 いずにれせよ、こうした中国の思惑が米国側に了承されたというシグナルを米国が発すると、これもごく単純に言えば、尖閣諸島問題は日本にとっては即決で否定的に解消されてしまうことになる。
 米国側はそれでどうしたか。
 中国のそうした思惑に対して、米国側は明瞭に拒絶のシグナルを出した。あえて、わかりやすく空爆可能なB52爆撃機を飛ばしたわけである。日頃日本では、国際コミュニケーション力が足りないと話題になるが、こうしたわかりやすい事例から、国際コミュニケーション力は学ぶことができる。
 かくして現時点で、明瞭になったのは、米軍は尖閣諸島から手を引くことはないということである。
 これに中国側がどう答えるかはまだはっきりとは見えてこない。
 ところで、なぜこの時期に中国がこの態度に出て来たのか? 今後はどうなるのか?
 明確な背景は見えないものの、今回の事態は基本的に突発的な事態や奇計というより、着々と進行する軍拡の一端だと理解してよさそうだ。ようやく防空識別圏に利用できる高性能早期警戒機の実効配備が可能になったので、防空識別圏設定に乗り出したと見てよいだろう。そう理解すると、今後も留まることなくこの傾向は続くことになる。
 今後の注視点は、ロシアから中国が購入しようとするスホイ35である。Voice of Russia、7月11日「来年 スホイ35戦闘機の中国供給契約 調印の可能性」(参照)より。


 ロシアと中国は、ロシアの最新型多目的戦闘機スホイ35型機の中国への供給に関し、来年2014年にも契約書に調印する可能性がある。6日、ロシアと諸外国との軍事技術協力関係筋の話としてインターファクス通信が伝えた。
 それによれば、供給は来年末からさ来年初めに開始される見込み。以前の計画では、供給契約調印は今年度中に行われるとされていた。プロジェクトによれば、ロシアは中国に、スホイ35型機24機を売却する。しかし中国側は。追加的な要求を提示した。中国政府は、ロシア空軍用に製造されているシリーズではなく、中国向けに特別に改良された戦闘機の納入を望んでいる。
 こうした中国側の提案は、追加的な検討を必要とするものだが、スホイ35対中供給に関しての政治的決定が下されていることから、どのような場合でも調印はなされるものと見られている。また準備中の契約では、スホイ社の援助で中国にスホイ35のメンテナンスにあたる技術サービス・センターが作られる事が規定されている。センターでは、中国人専門家が働く予定。

 この手の話は以前からもあるし、Voice of Russiaはどちらかというと面白ろネタサイトに近いが、注意しておいてよいだろう。
 なお、平和を希求する日本国民としては、日本国憲法でも明記してあるように、中国側に軍事的な緊張を高めるような行動には出てほしくないと願うものである。
 
 

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2013.11.27

「ラムネ氏のこと」のこと

 筋トレの成果かこの半年風邪もひかず、それどこから肌寒くなったと聞く街中も薄着で通していたのだが年貢の納め時はやってくる。鼻水、じゅるじゅる。くしょん。頭もぼうっとする。とりあえず決めておいた日課のフランス語のレッスンを終えると、頭はさらにぼうっとする。
 こうしたときはしかたがないのだ。じっとしている。そのうち退屈になる。本を読んだり、ツイッターをしたり、ズーキーパーをしたりとしているのだが、それでもなんの気力も失せてくる。かくしてほうけて座していながら「ラムネ氏のこと」を思い出した。
 ご存じであろうか? 「ラムネ氏のこと」
 坂口安吾のエッセイである。高校の一年だったか二年だったか、現代国語の教科書に載っていた。最近の高校の教科書にはあるのだろうか(身近の高校生に聞くと知らないとのこと)。今ではもう著作権も切れている(参照)。
 この雑文、面白い話かというと、僕みたいな高校生には面白い話の部類だった。が、あれから40年。56歳にもなって鼻風邪を引きながら思うに、さてあれは普通の高校生が読んでも面白いしろものでもなかろうな。
 微妙な気分である。冒頭、小林秀雄が体よく小道具に出てくるのも、自分などには笑えた。


 小林秀雄と島木健作が小田原へ鮎釣りに来て、三好達治の家で鮎を肴に食事のうち、談たまたまラムネに及んで、ラムネの玉がチョロチョロと吹きあげられて蓋になるのを発明した奴が、あれ一つ発明しただけで往生を遂げてしまつたとすれば、をかしな奴だと小林が言ふ。

 いかにも小林が言いそうなことだ。そういうやつなのだ。安吾、うまいな。
 ちなみに安吾と小林。二人の歳差はどのくらいであっただろうか。
 安吾、明治39年生まれ。小林は明治35年生まれ。4歳ほどの安吾が若い。ついでに島木健作は明治36年、三好達治は明治33年生まれ。三好が多少年長といったところ。雑話でも三好がいい味出している。
 安吾がこれを書いたのは昭和16年11月20日から22日とのこと。
 今時分の季節であったかと鼻水をすする。
 安吾の歳はだいたい35歳ほど。小林とて、40歳になると自然がしみじみ美しく見えるものだとか初老を演じた年に、ちとおよばぬあたりである。現代のネットでブログで、やいのやいの書いているお若い衆と似たようなメンタリティーである。はしゃいでいたのだ。
 二人が知り合ったのはその8か9年ほど前。牧野信一主宰『文科』が縁であったらしい。もともと二人、仏文の繋がりでもあり、三好達治もその繋がりではあった。なるほど「ラムネ氏のこと」である。「小林秀雄と島木健作が小田原へ鮎釣りに来て、三好達治の家で鮎を肴に食事」とあるが、この時期、安吾は三好達治の誘いで小田原に転居していたのだった。
 自分もこの歳になって「ラムネ氏のこと」を改めて読み直すと、さらに微妙なものである。小賢しい高校生なら楽しめるだろうが、安吾の享年をやすやすと越えた今の自分が読むと、むしろ30代くらいの人間特有の若さが痛々しく思えてしまう。そこまで意気込むなよ。
 鼻水を啜りながら、さて記憶にひっかかっていたのは、河豚のことである。

 全くもつて我々の周囲にあるものは、大概、天然自然のままにあるものではないのだ。誰かしら、今ある如く置いた人、発明した人があつたのである。我々は事もなくフグ料理に酔ひ痴れてゐるが、あれが料理として通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこにも一篇の大ドラマがある。幾十百の斯道の殉教者が血に血をついだ作品なのである。
 その人の名は筑紫の浦の太郎兵衛であるかも知れず、玄海灘の頓兵衛であるかも知れぬ。

 最初に河豚を食った人を安吾が思うのだった。
 僕も高校生のころ、なるほどなあ、人類で最初に河豚を食ったやつがいたに違いないと、まんまと安吾に載せられてはいたのだった。

 とにかく、この怪物を食べてくれようと心をかため、忽ち十字架にかけられて天国へ急いだ人がある筈だが、そのとき、子孫を枕頭に集めて、爾来この怪物を食つてはならぬと遺言した太郎兵衛もあるかも知れぬが、おい、俺は今ここにかうして死ぬけれども、この肉の甘味だけは子々孫々忘れてはならぬ。
 俺は不幸にして血をしぼるのを忘れたやうだが、お前達は忘れず血をしぼつて食ふがいゝ。夢々勇気をくぢいてはならぬ。
 かう遺言して往生を遂げた頓兵衛がゐたに相違ない。かうしてフグの胃袋に就て、肝臓に就て、又臓物の一つ一つに就て各々の訓戒を残し、自らは十字架にかかつて果てた幾百十の頓兵衛がゐたのだ。

 痛いなあと思うのである。ネタも痛いが、その扱いも若いなあと思うのである。
 河豚と毒を分離することに命を賭けるという意気込みが、当時の安吾を包んでいた日本の状況の暗喩とかの理屈で現代国語の教科書に採用しちゃったというのが教科書編者の先生たちの思惑だろう。ゲロ吐きそうだぜ。

 いはば、戯作者も亦、一人のラムネ氏ではあつたのだ。チョロチョロと吹きあげられて蓋となるラムネ玉の発見は余りたあいもなく滑稽である。色恋のざれごとを男子一生の業とする戯作者も亦ラムネ氏に劣らぬ滑稽ではないか。然し乍ら、結果の大小は問題でない。フグに徹しラムネに徹する者のみが、とにかく、物のありかたを変へてきた。それだけでよからう。
 それならば、男子一生の業とするに足りるのである。

 文学を「男子一生の業」とか考えてしまうのも、痛いと思う。もういいだろう。安吾をけなしたいわけではない。自分も30代とか振り返って、そう思ってしまうものだなと、羞恥心をなでてみるくらいなものだ。
 もいちど鼻水をすすって、そんなことはとりあえず置くとしよう。問題は河豚だ。
 なんで河豚を食ったのか。安吾は「怪物を」というが、僕は沖縄の漁村で8年ほど暮らして、よくアバサという魚を食った。ハリセンボンという奴である。河豚みたいなやつで、怒らすと膨れて、おまえはウニかよというふうにハリが球面に立つ。
 こいつは河豚の一種だが、毒はないとされている。なので、食用にされる。どのように食うかというと、肝を添えて、ヨモギで煮るのである。うまいか。沖縄の漁師に言わせると、やめとけという人と、たまには食うには美味いという人がいる。所詮雑魚である。
 ようするに、河豚のたぐいは美味いのだが、肝を添えるとさらに美味いのである。じゃあ、河豚だってそうなんじゃないか。
 そうらしいのである。八代目坂東三津五郎の河豚毒死をかねてより疑問に思っていたが、そもそもその板前、河豚毒については熟知していたはずだ。三津五郎もそうである。さすれば、わかっていて食っていたのだ。板前としては、二皿くらいなら請われてしかたないというのだったが、さすがに五皿はいかんぞ三津五郎。
 安吾はこうしたことを知っていただろうか。知らなかったのだろう。だから「ラムネ氏のこと」なのだろう。結局長寿だった小林もこの手の食は、生涯知ることはなかっただろう。かく言う僕も、毒肝と一緒にトラフグを食べてみたいとは思わない。
 なにかこう、言いしれぬ寂しいような思いはするなあ。鼻風邪もあろう。くしょん。ぴえ・ど・くしょん。いけねえ、フランス語で駄洒落が出ちまった。
 
 

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