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2013.01.24

アルジェリア、イナメナス人質事件について

 事件で犠牲になった各国の人々に哀悼します。

 アルジェリアのイナメナスで起きたイスラム過激派による人質事件がひとまず収束した。事件の全貌はいまだにわからないが、報道などに触れてきた範囲で思うところを書いておきたい。
 事件の背景には、フランスによるマリ空爆と、リビアの崩壊の二つがある。
 一点目に関連するマリ情勢については、このブログでは昨年4月(参照)と12月(参照)に言及した。
 今回の事件は2か月ほどの仕込み時間があったので、フランスによるマリ空爆を待っての事件ということではなかったが、マリ情勢はこのブログでも触れたようにすでに不安定化しておりフランスの介入も想定される事態だったので、関連がないとは言えない。
 また日本ではマリ情勢について報道が少なかったが、この地域のアルカイダに関連するイスラム過激派の活動は一昨年あたりから活発化しているので、その点でも今回の事態も想定されないものではなかった。
 むしろ、この地域の武装民兵勢力は資源開発に来る外国人を人質にしてはカネを稼ぐというのが、ルーチン化した、ある意味ではしょぼいビジネスになっているので、今回は規模が大きかったが特例とはいえない。アルカイダ系ではないが、また日本では報道されなかったが、今年に入ってスーダンの中国人労働者が6人拉致される事件があり、この解決はおそらく中国政府を介した身代金によるものだっただろう。中国政府としてもこうした支払いは、事実上一種のルーチン化したビジネスとして扱われている。
 ここで「ある意味ではしょぼいビジネス」と書いたのは、全体傾向として見ると、アルカイダなどイスラム過激派の活動が以前に比べて活性化しているということはないからだ。むしろ、この地域の武装民兵は資源不足と分派に悩んでおり、今回の事件も、大枠では、ジリ貧ビジネスの立て直しと、「オイラが一番さ」の宣伝効果を狙ったものだと見てよい。
 背景のもう一点であるリビアの崩壊だが、これは、この地域の状況を見てきた人にはほとんど自明でありながら、なぜかマスメディアで語られず、なんだか壮大な茶番のように苦笑を禁じ得ないことでもあった。簡単にいうと、今回の事件は、米国オバマ政権が当初隠蔽を計ろうとした「ベンガジゲート」(参照)と関連が想定されていた。
 イナメナスの位置を見てもわかるが、リビア国境に接していて、ほとんどリビアと言ってよい場所である。以下の地図のA地点にあたる。正確にはそこはイナメナスの市街で、プラント施設はもう少しアルジェリア内陸寄りにはなる。

 今回のイスラム過激派はリビア側からやってきた(一部ニジェールから)。基本的に今回の事件の根幹は、リビアにあり、リビアの統治が事実上崩壊していることにある。
 リビア統治崩壊の理由は、西側がリビアのカダフィ政権を武力で潰したからであることは言うまでもなく、リビア崩壊がこうしたこの地域治安の不安定化をもたらすことはすでにブログでも言及してきたとおりだ。
 加えて、カダフィ政権が保持していた武器がリビア崩壊によって流出し、その傭兵が獲得しために、一時的にこの地域の武装民兵勢力の武力が強化されることになった。マリの動乱もこれに関連している。
 こうしたリビアの不安定化が露見したのが、ベンガジの米国領事館襲撃事件だったが、当初米国オバマ政権はこれを、マホメットを侮蔑した映画による大衆デモであると情報操作した。これが「ベンガジゲート」である。この事件については昨日もクリントン米国務長官が議会で吊し上げをくらっており、オバサンのヒステリックな非論理的な弁明が香ばしい(参照)。
 この襲撃事件の時点でリビア内での、イスラム過激派の行動を見ていると、同種の次の事件が想定されることは明白であり、今回の事件も基本的に識者の側からは、その関連が疑われていた。すでに22日のニューヨーク・タイムズではアルジェリア政府高官から情報としてこの点は報道されている(参照)。その上で、米政府側がさらなる糊塗をするのかが注目点でもあった。
 意外にもというほどでもなく、隠蔽がむずかしいと見た米オバマ政権は、「ベンガジゲート」のリスク回避の一環なのだろうとも思われるが、報道があったことを認めている。ベンガジゲートの中心人物、クリントン米国務長官自身がこの関連を早々に言明した。NHK「実行犯の一部 米大使殺害関与か」(参照)より。


 アルジェリアで起きたイスラム武装勢力による人質事件について、アメリカのクリントン国務長官は、実行犯の一部が去年、リビアでアメリカの大使らが殺害された事件にも関わっていたという情報があることを明らかにしました。
 クリントン国務長官は23日、去年9月、リビアでアメリカ領事館が襲撃され大使ら4人が殺害された事件について、議会上院の公聴会で証言しました。
 この中でクリントン長官は、アルジェリアの人質事件について、拘束したテロリストの取り調べで、実行犯の一部がリビアの事件にも関わっていたという情報があると、アルジェリア政府から伝えられていることを明らかにしました。

 よくこの情報を握りつぶさなかったというほうが多少驚きで、もしかすると、この情報は正確ではないとかいう面白いオチが想定されているのかもしれない。その可能性もゼロとは言えない。だが、大局的に見れば、今回の人質事件は、カダフィの呪いとでもいうか、カダフィ政権崩壊の連鎖によるもので、この政権崩壊に荷担した国々がちゃんと後片付けにまできちんと関与すればよかった問題だと言える。
 いや、それどころではない。始末はリビアだけではない。シリアの情勢でも、アサド政権に対抗している勢力はリビアに関連したアルカイダが主流化している。これもまたリビア崩壊の余波と見てよい。
 米国のブッシュ・ジュニア大統領時代、なぜ米国がフセイン大統領(当時)のイラクに侵攻しその統治を不安定化させたのかというのが、厳しく問われたものだった。しかし、オバマ政権になって、ほぼ同質の事態が展開されているのに、そうした声はあまり聞かれない。
 米国内では多少議論されている。18日付けのワシントンポスト社説「Stiffing an ally in Mali(マリとの同盟を強固にせよ)」(参照)に指摘があった。

The administration’s balking might be more understandable if there had been no previous U.S. involvement in the north African state. But the United States already has spent years and millions of dollars attempting to stem Islamic extremism in Mali — and its failures helped to precipitate the current crisis. Last year counterterrorism forces trained by the United States defected to a rebel movement of ethnic Tuaregs, which then allied itself with al-Qaeda and its local allies. The rebellion was boosted by Tuareg fighters who streamed into Mali after the regime of Moammar Gaddafi, which employed them, was deposed thanks to an intervention by NATO. Meanwhile a U.S.-trained officer led a coup against Mali’s democratic government.

米国が以前からこの北アフリカの国に関与してこなかったのなら、オバマ政権が躊躇しているのもわからないではない。だが米国は、マリのイスラム過激派をせき止めようと数年をかけ、数百万ドルを費やしてきた。失敗の数々が押し固まって、今回の危機を招くことになったのだ。昨年は、米国が訓練してきた対テロ戦士らが離脱してトゥアレグ人の反抗勢力になり、これがその後、現地のアルカイダと結託した。北大西洋条約機構(NATO)の侵攻でアマル・カダフィ政権が排除されたのち、その傭兵だったトゥアレグ人戦士はマリに流入し、反乱が拡大する一方、米国が訓練したマリの将校のひとりが、民主制のマリ政府にクーデターを起こした。


 マリ北部の反抗勢力を育成したは米国であり、結局、米国がアルカイダをここでも育成してしまった。また、民主制のマリにクーデターを起こした将校を育てたのも米国である。
 ただし、ワシントンポストのこの論調はそのまま受け取るべきではない。アフリカ地域のイスラム過激派の脅威を煽っている目的は、おそらくエジプトを中心としたこの地域への関与強化であろう。
 実際のところ、シリアの問題を放置した状態で、しょぼいビジネスの、アフリカ地域のイスラム過激派の脅威を騒いでも大局的な意味はない。
 今回の事件で、日本のメディアもとたんにアルジェリアでのイスラム過激派に目を向けたが、シリアの内戦の現状にはあまり言及していない。
 
 

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