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2013.08.23

[書評]果てなき渇望 ボディビルに憑かれた人々(増田晶文)

 それほど気にしているという問題でもないし、自分の周りで見かけるということでもないのだが、いやほんと気にしているわけでもないのだが、誤解してほしくないわけだがそこ、その、つまり、女性ボディビルダーのバストというのは、どうなっているのか?

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果てなき渇望
増田晶文
(草思社文庫)
 ボディビルダーは体脂肪を可能な限り絞り込んでいて、腹周りの贅肉と称する皮下脂肪などは限りなく少ない。でだ。腹周りの皮下脂肪を減らすという話題はいろいろある。が、その脂肪だけを減らすということは原理的にできない。腹筋運動してシックスパックを作るといった話でも、腹筋をむっちりさせることは可能でも、それを覆う脂肪がそれで取れるわけではない。要するに、皮下脂肪というのは部分的に落としたり付けたりできないものだ。落とそうとすると全体的に落ちる。そこで冒頭の、私がそれほどは気にしているわけでもない、その話題に戻るのだが、女性の乳房というのは脂肪なわけで、逆にそこだけ残すわけにはいかないはずだ、と思うのだが、女性ボディビルダーはどうやって、あの、いや「あの」は余計だ、バストを形成しているのか。そういう問題だ。ふー。
 「果てなき渇望 ボディビルに憑かれた人々(増田晶文)」(参照)を読んだら、答えが書いてあった。男性のボディビルダーと女性とは違うが、として。

 とはいうものの、コンテストで勝つために女性ボディビルダーたちは究極の筋肉を求める。ステージで肉体を誇示するのに、筋肉を覆う脂肪は邪魔だ。女性ボディビルダーたちは乳房を大胸筋に、お尻は臀筋群に仕立てて、ウエストは腹筋を浮き上がらせなければいけない。神が配分した分厚い脂肪を削ぐには極限に近いダイエットが必要となる。

 あれは大胸筋であったのか。
 ということなのだが、どうなのだろう。これで解決したわけでもないが、いずれにせよ、その手の話題がこの本の第2章「女子ビルダー」に書かれている。
 他にも、想像はしていたけど、脂肪が15%を割ると生理が止まるという話もあった。それでいいのかというのは、この章の話題にも当然なっている。
 第1章は「コンテスト」とあって、男子ボディビルダーたちが人生のすべてを投入してボディビルダーにいそしむ姿が描かれている。冒頭は、スポーツライターらしい文体で三島由紀夫の逸話ある。挿話はどれも、ものすごい。タイトルの「果てなき渇望 ボディビルに憑かれた人々」ということが確かに伝わる。第3章は「禁止薬物」で、一部のボディビルダーが利用する薬物とドーピングの話題になり、終章は「生涯をかけて」として60代のボディビルダーを描いて終わる。
 面白い。ボディビルダーたちに密接に取材してよく内情が書き込まれいる。さらに、いわゆるスポーツライターの作品を微妙に越える部分さえ、かなり追い込まれている。なぜ彼らはボディビルに没頭していくのかという問いだ。
 自分が変容していくということへの渇望。しかも、自己像として他者からも見える肉体が変貌していくことへの渇望がなぜ起こるのか?
 強くなりたい、美しくなりたい、あるいは自己愛、など。なんらのありがちな表現で済むことかもしれないが、おそらく、肉体を越えるために肉体に執着するとでもいうような超越への渇望が、人間の存在の根底に潜んでいるだろう。その片鱗がボディビルダーからうかがえる。
 その根底にあるものは何なのだろうか。うまく言い切れないその問いの重さを、この本はとても上手に描き出している。
 本書は 2000年に草思社から出版され、昨年の2012年に同社から文庫化された。内容は基本的に2000年以前の話で、現代のボディビルからすると一時代前の話のようにも思える。技術などはだいぶ変わった面もありそうだ。が、ボディビルの本質的な部分にはあまり変化はないだろう。その意味で本書は長く読み継がれそうにも思うし、読んで心にぐさっと来るものがあった。
 
 

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2013.08.22

[書評]鍛える理由 筋トレが人生を変える!(石井直方)

 先日このブログで、最近読んだ筋トレ関係の本の話をまとめた(参照)。自分でも筋トレを始めたので、参考になることはないかと思って読んでいた書籍である。その後も関連の書籍を読んでいるが、先日のまとめでもそうだが、この関連の一般書には石井直方先生が監修された本が多い。

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鍛える理由
石井直方
 石井先生はNHKの健康番組などでもよく見かける。その笑顔と温厚な人柄は私でも覚えている。若い頃はボディビルダーでもあったらしい。研究者でもありボディビルダーなのか、ボディビルダーが高じて研究者になったのか、どちらだろう。どちらもありということもあるだろう、などと思っていたが、それ以上の関心はなかった。が、関連書籍を調べていたらというか、べたに石井先生の著作を見ていたら、「鍛える理由」(参照)という本があり、筋トレをお勧めする理由でも書いてあるのかと読んでみると、自伝であった。
 1955年生まれの石井先生が2010年に出された本で、誕生日は知らないがだいたい55歳の時の著作である。おや。55歳で半生記を書かれていたのか。それはそれは、という点でも興味引かれて読んでみた。
 面白かった。私のような凡庸なのに挫折の多い人生とは違い、ピカピカのおぼっちゃマンから東大、そして東大の理学博士、国際的にも著名でありながらお茶の間にも有名人という完璧な人生である。とかいうと自分のひがみが入ったみたいだが、読んでいてそういういやみな印象はまったくない。先生の人柄がそのままに反映していて読んでいて心地のよい文章であった。もちろん、「完璧な人生」というのは反語で、いろいろ苦労されたこと、研究者として第一人者であることの困苦もじんわり伝わってきて読みごたえがある。
 面白さはいくつかの面がある。おそらくこの本を読む人は、石井先生に関心を持っている人だろうが、それは大きく分けて二つ、ボディビルに関心を持つ人たちと、先生の一般書から関心を持つ人たちだろう。
 私自身は、先に55歳の著書という点に触れたが、そのくらいの歳になった人間が人生をどう振り返るものかな、という点にひとつ関心があった。また、彼が1955年生まれ、私が1957年生まれと年代が近く、ポスト団塊世代の人生として共感できる部分が興味深かった。
 石井先生の父は早稲田大学でフランス文学を教えていた石井美久教授とのこと。現在入手可能な単著は見当たらなかった。仏文の学者さんらしく、息子さん、つまり石井直方さんは中学からは九段の暁星に通った。
 現在の暁星はよく知らないが、当時は小学校からの学生が多いようだった。私の個人的な思い出になるが、予備校時代、それほど親しくしていたわけではないが、知的な話が通じる友人の一人が暁星高校出で、いろいろ話を聞いた。いやはやハイソな世界があるものだなと思ったものだった(さらに余談だが大学ではさらにハイソな世界も垣間見た)。
 石井先生の奥さんもボディビルダー。トレーニングがきっかけで1980年に知り合ったとのこと。あの時代に女性のボディビルダーが話題になったものだった。本書にも言及があるが、なかでも西脇美智子さんが話題になった。懐かしい。彼女は1957年生まれなので、今年は56歳になる。何をされているのだろう。
 直方先生と、奥さんとなる久美子さんは1983年全日本実業団ボディビル選手権のペア部門で優勝。その写真も本書に掲載されている。なんかすごいよ。1986年に結婚され、本書出版時には、ご長男は美容師、次男は高校生、年離れて小学生の長女がいらっしゃるとのこと。そのあたりも、個人的に興味ひかれるところであった(理由は、まあね)。
 半生記としてはそのほか、学究、英国での暮らし、「あるある大辞典」出演がきっかけで一般書でも有名になるなどという話題が続く。すらすらと読み進めてしまう。
 当然だが、ボディビルや筋トレに役立つ話題も多い。なかでも、脂肪を減らしつつ筋肉を増やすという話題が面白かった。ボディビルダーとしての経験と研究者としての双方の面から書かれていて、なるほどと思わせる。
 自分もこのところ筋トレやっていて、体脂肪をもう少し絞りたいのだが、どうするのだろうと疑問に思っていた。摂取する総カロリーを大幅に減らすと体重は減るだろうが、筋肉も脂肪も両方落ちてしまう。そもそも筋肉は総カロリーが十分にないと増加しないらしい。それはそうだろうが、ではどうするか。難しいところで、上手にトレーニングするしかなさそうだ。
 石井先生の一般書に多い「スロトレ」ことスロー・トレーニングについての話題も多い。スロー・トレーニングなら筋肉への負荷も30-40%のIRMでよいらしい。これは他の本にも書かれているが、この本で読むととても納得した。私もさっそくジムでのトレーニングをスロー・トレーニングに切り替えてみた。
 いろいろ面白い本だった。こういうとなんだが、石井先生も、一般書やテレビ媒体で著名にならなければ、こうした半生記を書かれる機会はなかったのかもしれない。優れた学者であっても学究の人生としては、よい意味で普通の人生と言ってもよいだろう。
 そうした意味での普通の市民として書かれた半生記は、なんというか、小説風の半生記とは違った、実際の人生や、その時代の世相というもののじんわりとうまく伝えるものである。
 
 

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2013.08.21

[書評]科学者の卵たちに贈る言葉――江上不二夫が伝えたかったこと(笠井献一)

 「科学者の卵たちに贈る言葉」という表題に少し心惹かれた。が、私は科学者の卵ではない。それどころか私の人生はこれから手じまいに向かう。今さらそんなもの読んでもしかたがない。そういういじけた心の動きに自分が少年だったころの思いが滲む。

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科学者の卵たちに
贈る言葉
江上不二夫が
伝えたかったこと
(岩波科学ライブラリー)
 少年のころ科学に関心をもち、できたら科学者になりたいという夢があった。と懐古する間もなく、でもそんなことはどうでもいいと思える。瞬間、脳裏に響いたのは副題の「江上不二夫が伝えたかったこと」である。江上不二夫。少年時代に読んだ岩波新書「生命を探る」(参照)の江上不二夫である。
 表紙に江上の、短い言葉が二つ引かれている。

「実験が失敗したら大喜びしなさい」

「自然は人間の頭で考えらるよりもはるかに偉大で複雑だよ」

 そのとおりだ。僕が子供の頃に思い描いた科学者はそういう心をいつももっていた。懐かしさがぐっとこみ上げる。江上もそういう人だった。


 江上先生を知っている人にすぐ浮かんでくるイメージは「ほら吹き」である。先生の頭の中では、生命についての奇想天外な解釈や仮説、実験のアイデアなどが毎日ぼこぼこ湧き出して、とてもしまっておけず、誰かれかまわず出会う人にしゃべりまくった。「ねえねえ、お母さん、聞いて聞いて」といって言っている子供みたいな天真爛漫そのもの。

 この本は、江上に学んだ笠井献一が江上語録を残したいとして書かれた本である。江上語録――そういう本は存在していない。江上に学んだ生徒たちの頭の中に叩き込まれているだけなので、忘れられないうちに書いておこうというのだ。薄い本だが、めっぽう面白い。目次を眺めただけでもわかるだろう。

1 他人と戦わない
2 人真似でかまわない
3 伝統を大切にする
4 つまらない研究なんてない
5 三ヵ月で世界の最先端になる
6 実験が失敗したら喜ぶ
7 先生は偉くない

 これらは科学者だけに当てはまるとも言いかねるし、逆に現在の科学者が江上流にやっていけるかというと、そう素直に受け取れない部分もある。読んでいくと言っていることが矛盾してるんじゃないかと思える部分もある。
 それでも、日本の科学者を育成することをその生涯の目的に定めた江上の魄のようなものは、笠井の思い出話から伝わってくる。

 先生は若干三二歳で名古屋大学の教授になったとき、自分で実験するのをすっぱり止めてしまい、もっぱら弟子をおだてて実験させることに専念するようになった。それは実に賢明な選択だった。そういうことなら間違いなく天才だった。しかし実験となるとむしろ要注意人物だった。名だたるぶっきっちょうで、しかもせっかち。先生が実験したいなんて言い出したら、いつ遠心分離器が踊り出すか、フラスコが爆発するか、まわりはおちおちしていられなかっただろう。先生が自分で実験していたころに、放射性同位元素(ラジオアイソトープ)がまだ使われていなかったのはほんとうに良かった。

 現代ではそういうタイプの科学者が成功することはないだろうが、科学者のグループを牽引するカリスマ的な指導者としては必要になる、そういう指導者は現在でも存在するに違いない。ただ、江上のような人材は、確かに天才というか天与の才能のようなものでもあるだろう。
 こういうと何だが、読んでいて、糖研究の具体例などといった個別分野でのの面白さを除くと、夏目漱石の『吾輩は猫である』のような面白さも感じられた。そして、そういう面白さとして読んでもよいだろう。科学者の卵が読者でなくても。
 
 

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2013.08.19

松江市教育委員会による「はだしのゲン」学校図書室閉架問題について

 松江市教育委員会による「はだしのゲン」学校図書室閉架問題について、あまり関心を持っていなかったのだが、ツイッターで話題になっていたのでよく見かけた。それを見つつ疑問に思うことも多かったので、事態の経緯と論点を少しブログにまとめてみた。

報道の経緯
 初出の報道がどこからであるかは明確には追求できなかった。ネットで調べた範囲では、毎日新聞の「2013年08月16日19時22分」の記事が内容の点で比較的古く、かつ比較的に詳しいので、ことの概要を知る点から参考にしたい。記事中の「ことが分かった」という表現からわかるように、最新ニュースとして報じられていた。「はだしのゲン:松江市教委、貸し出し禁止要請「描写過激」(参照)より。


 漫画家の故中沢啓治さんが自らの被爆体験を基に描いた漫画「はだしのゲン」について、「描写が過激だ」として松江市教委が昨年12月、市内の全小中学校に教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが分かった。児童生徒への貸し出し禁止も要請していた。出版している汐文社(ちょうぶんしゃ)(東京都)によると、学校現場でのこうした措置は聞いたことがないという。

 この記事では、ニュースとしては、「はだしのゲン」が閉架扱いにされた事実性が焦点となっている。
 また一読して気になるのは、昨年12月の同市教委の措置が今年の8月16日に「ことが分かった」という経緯の背景である。
 報道はこう続く。

 ゲンは1973年に連載が始まり、87年に第1部が完結。原爆被害を伝える作品として教育現場で広く活用され、約20カ国語に翻訳されている。
 松江市では昨年8月、市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出された。同12月、不採択とされたが市教委が内容を改めて確認。「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断し、その月の校長会でゲンを閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。

 閉架措置の経緯だが毎日新聞報道によると、発端は、一部の市民から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出されたことだ。
 だが記事にもあるように、この陳情は不採択となった。一部の市民からの「間違った歴史認識を植え付ける」との主張による圧力は、市教委が排除したということである。
 公的な教育機関に政治的な意図から思想的な圧力が加えられたとすれば問題だが、これは排除されている。その点は、報道で示された経緯としては、思想的な圧力という点でのニュース性はない。
 閉架措置に至る実質の経緯だが、「市教委が内容を改めて確認」として「乱暴シーン」が問題となり、同市教委の判断から実施された。暴力の視覚表現のレーティング(表現内容と対象年齢層とを対比させた表現規制基準による取り決め)としての対処である。この点は記事でも明瞭になっている。

 現在、市内の小中学校49校のうち39校がゲン全10巻を保有しているが全て閉架措置が取られている。古川康徳・副教育長は「平和教育として非常に重要な教材。教員の指導で読んだり授業で使うのは問題ないが、過激なシーンを判断の付かない小中学生が自由に持ち出して見るのは不適切と判断した」と話す。

 毎日新聞記事の冒頭に戻ると、ニュース性は、「はだしのゲン」における暴力表現のレーティングとして閉架化したことにある。

レーティングの例外は必要か
 暴力表現の含まれた視覚作品がレーティングされること自体は一般的である(そうでなければアダルト漫画も学校図書室に置かれうることになる)。
 このレーティングの判断は機構上、市教委に委ねられているので、今回の事例にニュース性があるとすれば、「原爆の悲惨さを子供に知ってもらう」ためであれば、その暴力の視覚表現は例外としてレーティングからは排除されるべきか、ということになるだろう。
 毎日新聞記事はその視点から展開されている。


 「ゲン」を研究する京都精華大マンガ学部の吉村和真教授の話 作品が海外から注目されている中で市教委の判断は逆行している。ゲンは図書館や学校で初めて手にした人が多い。機会が失われる影響を考えてほしい。代わりにどんな方法で戦争や原爆の記憶を継承していくというのか。
 教育評論家の尾木直樹さんの話 ネット社会の子供たちはもっと多くの過激な情報に触れており、市教委の判断は時代錯誤。「過激なシーン」の影響を心配するなら、作品とは関係なく、情報を読み解く能力を教えるべきだ。ゲンは世界に発信され、戦争や平和、原爆について考えさせる作品として、残虐な場面も含め国際的な評価が定着している。【宮川佐知子、山田奈緒】

 まとめると、ニュースとされた問題は、「暴力の視覚表現も原爆の悲惨さを子供に知ってもらうためであれば一般的なレーティングからは免除される」というレーティング上の特殊ルールが公共に必要になるだろうか、ということになる。

読売新聞、朝日新聞、共同記事、の状況
 他記事の報道経緯についてもわかるかる範囲で簡単に検証してみたい。
 同対象を扱った読売新聞記事「はだしのゲン「描写過激」…小中に閲覧制限要請」(参照)も初出はリンクから「8月16日 20:41」と見られ、毎日新聞記事と同時に近い。


 漫画家・中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」の描写が過激だとして、松江市教委が、子どもが閲覧する際は教員の許可が必要な「閉架」にするよう全市立小中学校(49校)に要請していたことがわかった。
 文部科学省は「こうした例は聞いたことがない」としている。
 市教委によると、昨年度で39校が図書室に所蔵。作品には、旧日本軍が人の首をはねたり、女性に乱暴したりする場面があることから、市民から撤去を求める声が上がり、市教委が昨年12月、全校に要請した。
 古川康徳・副教育長は「立派な作品だが、表現が教育上、不適切。平和学習に使う場合は教員が解説を加えるべきだ」としている。
 出版社「汐文社」(東京都)の政門一芳社長は「一場面を取り上げて過激だとせず、本質を見てほしい。天国の中沢さんも悲しんでいるはず」と話している。

 毎日新聞記事と比較してわかるように読売新聞報道内容は粗い。市民陳情とその却下の過程は報じられていない。
 朝日新聞記事「「はだしのゲン」閲覧を制限 松江市教委「描写過激」」(参照)も同時期「2013年8月16日22時25分」の報道だが、読売新聞記事同様の枠組みで報じられている。

 【藤家秀一、武田肇】広島での被爆体験を描いた、漫画家の故中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」(全10巻)が、昨年12月から松江市内の市立小中学校の図書館で子どもたちが自由に見ることができない閉架の状態になっていることが分かった。市教育委員会が作品中の暴力描写が過激だとして、各校に閲覧の制限を求めた。
 市教委によると、描写が残虐と判断したのは、旧日本軍がアジアの人々の首を切り落としたり、銃剣術の的にしたりする場面。子どもたちが自由に見られる状態で図書館に置くのは不適切として、昨年12月の校長会で全巻を書庫などに納める閉架図書にするよう指示したという。
 現在は作品の貸し出しはしておらず、教員が校内で教材として使うことはできる。市の調査では市立小学校35校、中学校17校のうち、約8割の図書館がはだしのゲンを置いている。

 現状追跡できる報道の時間経緯からは、共同「はだしのゲン「閉架」に 松江市教委「表現に疑問」」(参照)が「2013/08/16 12:22」が最も古い。だが、報道内容はもっとも乏しい。

 松江市教育委員会が、原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」を子供が自由に閲覧できない「閉架」の措置を取るよう市内の全市立小中学校に求めていたことが16日、分かった。
 市教委によると、首をはねたり、女性を乱暴したりする場面があることから、昨年12月に学校側に口頭で要請。これを受け、各学校は閲覧に教員の許可が必要として、貸し出しは禁止する措置を取った。
 市教委の古川康徳副教育長は「作品自体は高い価値があると思う。ただ発達段階の子供にとって、一部の表現が適切かどうかは疑問が残る部分がある」と話している。

 以上の報道経緯からは、共同報道から他新聞社が一斉に動いたようにも見える。
 いずれにせよ、なぜ12月の措置が、今年の8月16日にニュースとして報道されたかについては、以上の報道からは不明である。

レーティングから見た「はだしのゲン」初出の状況
 毎日新聞の報道検証について考察する上で手がかりとなるのは、より一時的な資料である松江市教委「平成24年第4回12月定例会 平成24年第4回松江市議会定例会」(参照)である。比較が可能なので、そこから検討してみたい。

 南波巖教育民生委員長。
 〔14番南波巖議員登壇〕
◆14番(南波巖) 閉会中の継続審査となっておりました陳情3件につきまして、去る11月26日に委員会を開催し審査をいたしましたので、その経過と結果について御報告申し上げます。
 陳情第46号「松江市の小中学校の図書室から「はだしのゲン」の撤去を求めることについて」では、執行部から、追加の見解を聞いた後、質疑では、全10巻の漫画の中でいろいろ問題があるとも言われているがどのような問題かとの質疑に対しては、執行部より、1巻から4巻または5巻までが第1部というふうに言われているが、暴力的なシーンなど、やや過激と言われるものは後半部分が多いと感じている。陳情に添付された資料も10巻の部分であるとの答弁がありました。
 討論では、一委員から、当初の教育委員会の見解では、映画が文部省や全国PTA協議会の推薦を受けていたり、漫画が中四国の県庁所在市の小中学校の図書室に置いてあることから優良図書と考えているということであった。しかし、1巻から10巻までを見ると、時代ごとにだんだんとエスカレートして大変過激な文章や絵がこの漫画を占めている状況であり、第1部までとそれ以降のものが違うものということではなく、「はだしのゲン」という漫画そのものが、言い方は悪いが不良図書と捉えられると思う。当初の優良図書としての根本が崩れたということであれば、やはり教育委員会みずからが判断をし、適切な処置をするべきであろうと思うとの意見がありました。
 また、不採択とすべきものとして、一委員から、表現に若干過激な面もあるが、全体としては戦争の悲惨さ、あるいは平和のとうとさを訴えているものと思っている。1980年代から多くの図書館に置かれている状況であり、平和教育の参考書として捉えられている側面が非常に強いようである。そういう面から考えると、小中学校の図書室に置いてあってもおかしい話ではないし、図書室に置くことの是非について議会が判断することには疑問があるので不採択とすべきと考えるとの意見がありました。
 採決の結果、陳情第46号は挙手する者はなく不採択とすべきものと決しました。

 まず、陳情第46号「松江市の小中学校の図書室から「はだしのゲン」の撤去を求めることについて」が却下されたことは毎日新聞記事と整合しており、なんらかの政治的または思想的な圧力によって閉架措置が取られたのではないことがわかる。
 この機に松江市教委が独自に優良図書の見直しをしたところ、「当初の優良図書としての根本が崩れたということであれば、やはり教育委員会みずからが判断をし、適切な処置をするべきであろうと思うとの意見がありました。」として、市教委の独自の判断に至ったこともこの資料からわかる。
 日本の義務教育は、連合国軍総司令部(GHQ)の指示の骨格を保持し地方主義になっているため、こうした判断は各市教委に任されている。市教委が独自に判断するということ自体には制度上の問題はないどころか、本来の市教委のありかたである。
 同市議会事録と毎日新聞記事との比較で、情報の差分としてもう一点気がつくのは、市教委では「1巻から4巻または5巻までが第1部というふうに言われているが、暴力的なシーンなど、やや過激と言われるものは後半部分が多いと感じている。陳情に添付された資料も10巻の部分であるとの答弁がありました」として、暴力の視覚表現が第10巻に焦点化されていることだ。
 市教委の会議録からわかるさらにもう一つの点は、「1巻から4巻または5巻までが第1部というふうに言われている」というこの作品の構成への認識である。
 製本化された「はだしのゲン」は、汐文社版全10巻と中公文庫版全7巻があるが、市教委の認識は汐文社版をさしているようだ。
 ここで衆知の「はだしのゲン」の初出経緯だが、集英社の週刊少年ジャンプの1973年25号から、その媒体からわかるように子供向けに連載が開始され、そこでの連載が終了したのが1974年39号である。
 この時点の作品が汐文社全4巻の単行本として1975年に製本化された。現在ではこれを、同市議事録にあるように、第一部としていることが多い。そのこと(第一部であること)の認識も「ジャンプ」の側にはあったらしいが、実際には、第4巻までをもって、子供向けの連載は終了している。
 当時の「ジャンプ」にレーティングの明示的な意識はなかったが、講談社の「週刊少年マガジン」に1970年32号から1971年22号まで連載された「アシュラ」の描写について少年漫画に適切かという議論が当時盛んに行われた社会背景から考えると、1972年の少年漫画の世界では、それなりに少年向け作品のレーティングについて非明示的な出版側の意識は存在していた。当時のレーティング意識が現在の子供にも適切かについては別途考察は必要ではあるが、その時代としては、この作品は子供向けに第4巻までは描かれた。
 その点からして、おそらく現在でも大ざっぱに言えば、第4巻までは、当時の「少年ジャンプ」の読者対象である小学生を含めていて、レーティング上の問題は少ないと見てよいだろう。
 第4巻後の続編だが、1975年から76年に雑誌「市民」、1977年から80年に雑誌「文化評論」、82年から85年に雑誌「教育評論」での連載となる。
 これらの雑誌の性格だが、端的に言って子供向け漫画雑誌ではない。
 問題は、これらの雑誌が、子供向けの漫画として読ませることをどれだけ当時意識していたかが、非明示的なレーティングであれ、問われうる。
 この点はどうか。同市教委の「1巻から10巻までを見ると、時代ごとにだんだんとエスカレートして大変過激な文章や絵がこの漫画を占めている状況」という認識と、概ね子供向け雑誌ではないことは照合しているように思われる。むしろ第5巻以降は、「市民」「文化評論」「教育評論」という雑誌の読者層を想定して描かれていたとすると理解しやすい。
 以上の経緯の考察は雑駁だが、当時「少年ジャンプ」に連載された第4巻までは、暴力表現などのレーティングの問題は、時代的なレーティング意識の制約はあるとしても、さほど大きな問題にならないだろうと推測される。
 この点を考慮すれば、閉架措置を全巻対象とした市教委の判断は粗雑すぎるので、再考し、まず、4巻までを開架に戻すのが妥当だろう。
 その後の巻については、別途、同市教委で暴力の絵画表現の一般原則を明確に決めて公開するか、あるいは、「原爆の悲惨さを子供に知ってもらうためであれば暴力の視覚表現はレーティングからは免除される」という例外を明示的に確立するとよいだろう。
 
 

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