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2013.06.14

シリア情勢、そのアイロニカルな現状

 米国オバマ政権がようやくシリアにおける化学兵器の使用実態を認めた(参照)。化学兵器、つまりサリンなどの毒ガス兵器の使用は、オバマ政権がシリアへの軍事介入を決断するための基準、レッドラインだと表明してきたので、話の上では、これで米国がシリア内戦に軍事介入することになる。あくまでお話としては、ということだが。
 具体的には来週英国で開催予定のG8・主要国首脳会議で関連国と協議してからということになり、早急な軍事的な展開はないだろう。
 想定される今回の決定の影響は、すでに欧州連合(EU)が下している小型の武器供与の解禁程度に留まるだろう。米国と北大西洋条約機構(NATO)の介入は、リビア内戦のときと同様、シリア上空の飛行禁止区域設定も望まれるが、すでにロシアからの反撃用の武器供与もあり、うまく行くとは想定されない。
 欧州側からすると米国の軍事介入の決断は遅きに失したと見られている。また大方の評価からしても、今月5日、それまで反体制派が抑え込んでいた、西部のレバノン国境にあるクサイルをシリア政府が奪還し掌握た時点で、反体制派の力は大きく削がれた。この点は、あとで地図で説明する。
 今回の米国オバマ政権の決断だが、表面的にはようやくシリアでの化学兵器使用の実態を認めたか、というふうに見えるが、この間の状況を見ていると、実際の意味合いはそうではない。
 シリア内戦で化学兵器が使用されてきたことは、すでにフランスやイスラエルなどから報告があった。BBCですら報道していた。が、米国オバマ政権は確実な情報ではないとして政治的に判断を遅延してきた(ニューヨークタイムズなんかもこれに賛同)。クサイル陥落までオバマ政権はその判断を渋っていたかのようである。
 結論から言うと、クサイル陥落が明らかにした事実上の米国オバマ政権の失態に押されて、ようやくオバマ政権としてもシリア化学兵器が使用されたと発表せざるをえなくなったのが真相と言ってよいだろう。
 クサイルという要所に焦点を置いて、文脈となるシリアの情勢を見ていこう。
 まず、政府軍と反体制派の勢力の拮抗だが、4月28日の時点で次のようになっている。

 赤みを帯びている部分が政府側の地域で、緑を帯びた部分が反体制派である。北部の黄色を帯びている部分はクルド人勢力であり、広義に反体制派に含まれる。東部のベージュの部分は衛星写真で見るとわかるが砂漠と言ってよい。
 北部のアサド政権側の力は弱体化し、北部のシリア第二の都市アレッポも反体制派が掌握している。だが、シリア全土で見ると人口の多い居住に適した地域の大半は依然政府軍が掌握している。その意味で、シリアのアサド政権が壊滅的な状況になるとは言いがたい。
 5月までの時点での話だが、反政府勢力の攻勢のポイントは、最終的には南部にある首都ダマスカスの攻略だが、その手前に都市ホムスの攻略となる。
 このホムス攻略において要所となるのが、その近くにある都市クサイルである。レバノン国境にも近い。地図でAのピンを立てた部分である。

 一目でわかるように、クサイルはレバノンとホムスを結ぶ交通の要所である。反政府派にとってもレバノンからの補給路となるが、同時にこの経路でレバノンからヒズボラが侵攻したことで、クサイルが陥落した。ヒズボラは言うまでもなく、シーア派を国教とするイランが支援しているシーア派組織である。背景にはイランからの軍事援助がある。
 関連した地理でもう一つ重要なのは、この地図の左上に見えるタルトゥースである。ここはロシア海軍の補給拠点となっていて、ロシアは沖合に防衛用に十数隻の艦艇を配備している。ロシアはこの不凍港をなんとしても失いたくない。
 関連都市の距離感がわかるように、もうひとつ地図を挙げておこう。左下に50kmのスケールがあるので、それでクサイル、ホムス、レバノン国境、さらにタルトゥースの距離感がつかめるだろう。

 地理上の関係は、どういうことか。
 化学兵器の使用がフランスやイスラエルなどで報告された5月の時点で、米国がシリアに介入するとなると、クサイルが焦点となり、タルトゥースを堅持したいロシアと米国は正面から対立することになる。
 これを避けたいとしたので、米国としてはまずシリア問題で米ロ会議を行い、ロシアを軟化させる必要があると判断していた。
 これがジュネーブ会議だったのだが、6月6日に開催が困難という結果になった(参照)。時期的にわかるようにクサイル陥落がこれを困難にした。
 外交という面で言うなら、ジュネーブ会議の構想は、シリア政権とロシアが組んで、クサイル陥落の時間稼ぎに米国オバマ政権の決断を遅らせるための策略だったと見てよい。
 ごく簡単にいえば、オバマ政権は、ロシアの計略に嵌って、国際的に笑い者にされたのである。しかもこの外交の主導者はケリー国務長官である。苦笑したら、"Ta gueule!"とか言われそうである。
 オバマ政権はいわば外交的な失態に蹴飛ばされたかたちで軍事介入に賛成せざるをえなくなり、その道具として今更のように、化学兵器使用というレッドラインを持ち出したわけである。むしろ当初から、このレッドラインは軍事介入を避けるためのオバマ政権の口実であったのだが、自縄自縛となってしまった。
 今後はどうなるか。リビア内戦の場合は、こっそり殺人ロボットを使ってカダフィを暗殺(参照)して納めたが(現状のリビアは混乱しているので納めたとは言いがたいのが実態だが)、シリアの場合、アサドを屠れば終わるという問題ではない。シリア人口で見ると少数のアラウィ派が弱者に置かれたときは、おそらく最悪の事態になりかねない。
 アイロニカルに見れば、クサイル陥落をきっかけにアサド政権が軍事的な安定を取り戻せば、それなりにシリアは沈静化することになる。それを平和と定義しなおすなら、オバマとケリーとプーチンの三人が最大の功労者ということになるだろう。プーチンはゴールドメダルをケリーに譲るだろうが。
 
 

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2013.06.12

このところの世界情勢など、だらっと呟いてみますね

 気分のせいもあるがあまり政治・経済や国際情勢のことをブログに書かなくなったような気がする。ツイッターではそのときおりのニュースや思いを発言しているけど、もう一つ踏み込んで文章を起こすとなると難しいなというのがある。でもま、そのあたりを思いつくままに少しブログにメモ書きしておこうかな。
 まず国内だが、安倍政権の現状はまずまずではないかと評価している。アベノミクス第三の矢には苦笑したが、しかたがない面もあるのだろう。あまり報道されていないようだが、安倍総理の活動時間(労働時間)は近年の総理になかでは長いらしく、難病を抱えているので無理はされないほうがよいのではないかと思えてならない。難病抱えた人生はつらいもんですよ。
 国内経済については、株価の乱高下があって、ここぞとばかりに面白い批判が出てくるが、概ね予想外のことはない。現状どういう状態にあり、今後はどうなるかについては、今週の日本版ニューズウィーク(参照)に寄稿しているピーター・タスカの「アベノミクス、始まりの終わり」を読むとすっきりとわかる。関心ある人は書店で立ち読みされたらよいのではないか。
 国際的な話題としては、英ガーディアン紙と米ワシントン・ポスト紙がスクープした話題だが、米政府が国家安全保障局(NSA)を使って個人情報を監視していることが沸騰している。噂話は以前からあり、上院で二月以降追求もされていたのだが、明確な形で突きつけられたことになる。さてオバマ政権はどうなるのかという点が興味深いには興味深いが、おそらく違法性はなく、では、監視をどう規制するかというと具体論になると難しいだろう。
 スクープの元になったのは、コンサルティング会社の契約社員としてNSAハワイ支部に4年勤務したセキュリティー担当者エドワード・スノーデン(Edward Snowden)で、AFP記事によると、(参照)「年俸20万ドル(約2000万円)とガールフレンド、順調なキャリア、家族に囲まれた「快適な生活」」を捨ててまで、「市民の名の下で何が行われ、また市民に対して何が行われているのかを公に知らせたいというのが、私の唯一の動機だ」と啖呵を切ったとのこと。そのあたりで、ネット(国外)での反応を見ているとすでに英雄視されている。
 AFP記事ではスノーデンをこう伝えている。


 米ノースカロライナ(North Carolina)州エリザベスシティー(Elizabeth City)で育ったスノーデン氏は、後にNSA本部のあるメリーランド(Maryland)州へ引っ越し、地元のコミュニティーカレッジでコンピューターを専攻した。成績は平凡で、高校の卒業資格に相当する単位は取得したものの卒業はしなかった。2003年に米軍に入隊し、特殊部隊で訓練を受けたが、訓練中の事故で両足を骨折し除隊した。
 NSAに関連する最初の仕事は、メリーランド大学(University of Maryland)構内にあるNSAの秘密施設の警備員で、その後、CIAで情報セキュリティー関連業務に従事。情報要員となる正式資格は欠いていたが、優れたIT技術によって昇格し、07年からはスイス・ジュネーブ(Geneva)にCIA要員として外交官資格で駐在する地位を与えられた。09年に民間で働くためCIAを離職。民間請負業者を通じ、在日米軍基地にあるNSAの施設で任務に就いた。

 形の上では、中卒ということであり、にも関わらず「すーぱーはかー」というのだから、「オレは中卒だ」とぶいぶい語る巨漢・中年ブロガー(娘二人と美人嫁あり)を連想しちゃうが(ちなみに弾子飼さんのことね、ちゃかしてごめんね)、スノーデンは29歳。イケダヤハト、27歳に近い。
 というか、そのあたりで、あああ、ってちょっと思うものがあるんだが、というあたりで、昨日のニューヨークタイムズのデイヴィッド・ブルックスのコラムがちょっと気になっていた(参照)。
 結論から言うと、『人生の科学: 「無意識」があなたの一生を決める』(参照)を書いたブルックスのことだから、こういうコラムになるしかないだろうなというのあるんだけど、ようするに、スノーデンには社会性がなく、それで米国の社会的な絆を壊してしまったという話だ。
 どこの保守ですか?という印象だが、ニューヨークタイムズってこういう保守性があるし、しかもリベラルという点では今回のガーディアンに比べるとウィキリークスでもそうだったが、権力にへたれるところがある。オバマ政権のダメさを今一つ押し切れずに、シリア問題をぐちゃぐちゃにしちゃうところもあるんだが、って、なんだか悪口みたいだが、対政府的にはワシントンポストのほうがきちんとリベラルじゃんということも多い。ま、でも、ブルックスがニューヨークタイムズの立場を代表しているわけでもないことは、ワシントンポストをクラウトハマーが代表しているわけでもないのと同じだが、と、無駄話になったちゃったな。
 ブルックスのコラムの出だしがすでに、日本のネットなら炎上もの。意訳をそえときます。

From what we know so far, Edward Snowden appears to be the ultimate unmediated man. Though obviously terrifically bright, he could not successfully work his way through the institution of high school. Then he failed to navigate his way through community college.

現状私たちが知る限りで言うなら、エドワード・スノーデンは社会と折り合っていくことができないことこの上ない人だ。恐ろしくほどの切れ者だとしても、高校をまともに卒業できない。職能学校でも落ちこぼれた。



Though thoughtful, morally engaged and deeply committed to his beliefs, he appears to be a product of one of the more unfortunate trends of the age: the atomization of society, the loosening of social bonds, the apparently growing share of young men in their 20s who are living technological existences in the fuzzy land between their childhood institutions and adult family commitments.

思慮深く、自分の信念に忠実であっても、彼は、この時代の不幸な潮流が生み出した人物のようだ。不幸というのは、人々がバラバラな社会のことだ。社会的な絆が失われている。現在増加しつつあるように見える彼ら20代は、幼児期の環境から成人後の社会参加でも曖昧な位置に置かれ、技術優先の生活を送っている。


 このあと、日本ならさらに炎上もんの、今時の若い者へのお説教が続くのだが、割愛。
 ブルックスのお説教は、スノーデンの正義感は認めても、じゃあ、我々の社会の絆はどうするねん、という、まあ、つまらないといえばつまらないオチで終わるのだが、実際のところ、今回の事態で、ではNSAは今後どうするのかというと、未来像がよく見えない。
 こうしたビッグブラザー政治への一種のごまかし、というか、殺人ロボットでばこばこ人を殺しちゃうとか、オバマ政権ってこんなのばっかりなんだけど、ではどうするのかという落としどころは見えない。というか、前回のブッシュ・ジュニアを正義感で叩きまくった人々のツケみたいな事態になってくる。
 ブッシュはアホだアホだと言われてきたけど、怜悧なオバマさんでないと正常に維持できない強権なんていうものは怖すぎるではないかというのが、本来のリベラルの感性だと思うのだけど、ね。
 なんか、この話題だけでエントリ書いたほうがよかったかな。次。
 欧州の水害はかなり深刻。経済的にもきつくなるだろうな。うーむ、言葉がないです。次。
 トルコ暴動だが、これ、NHKを見ているとオリンピック招致の話題を出しているときは事実上ずっと隠蔽していていて、その話題が切り替わったら、どどっと出してきたあたり、なんか日本のメディアって笑えるなあという感じだったが、さて、この暴動をどう見ますか。ジャーナリストの田中龍作さんはこうツイートしていた。




 現地から報道されているのは、さすがなあと思うが、遠巻きに見ていると、エルドアン首相の地盤は全然揺らいでないし、暴動は局所に限定されてるので、これで「人々の意思が世論」という動向はなさそう。
 では早晩沈静化するかというと、トルコはもうけっこう世俗化しちゃったので、エルドアンがなんとか穏健なイスラム文化に引き戻そうとしても、都市部ではもう無理。事態が政権打倒に結びつくことはなさそうだが、亀裂は残るだろう。
 他、気になっている話題は、ナイル川の水源問題。これ、日本では報道ないなあと思ったら、AFPに「エチオピアへの「妨害工作」、エジプト政治家らがテレビ中継知らずに議論」(参照)があった。
 しかし、これもAFPかあという感じ。AFPくらいしか日本語で読めるまともな海外情報ってないのが現状なんだよなあ。
 ハフポストも頑張って日本版を作るんじゃなくて、本家をそのまま和訳しているだけで、けっこう日本に有益なんだけどなあとか思う。
 てなところで。お昼過ぎちゃった。松屋で夏野菜カレー喰いに行こうっと。
 
 

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2013.06.10

意外に知られていない米語発音・表現の現実そしてTPing

 先日のネタ、「米語発音の実態。"Mary/merry/marry"の違い知ってますか? 「ねーよそんなもん」がほとんど正解。: 極東ブログ」(参照)の続きというか、122個の事例を見て思ったことをメモ。

"ant(蟻)"と"aunt(叔母)"の発音はほとんど同じ。(1)
 これは知ってた。ここまでそうなっているのかというのはちょっと驚き。

"been"の発音は、ウィスコンシン州とかだと"ben"になる。(2)
 これも知っていたが、比較的特定の地域に固まっているのは意外だった。

"caramel"は東部だと、"car-ra-mel"で3シラブルだが、他は"car-ml"で2シラブル(4)
 予想はついていたが、Forvo(参照)で聞いてみた。

"route"はしばしば"out"のように発音される。(26)
 これは想定より地域が多いので驚いた。Forvoでも確認できた。

"cot"と"caught"は西部では同じ(28)
 これも予想していてが、はっきり見たのは初めて。

"almond"の"al"は"all"と同じ(29)
 スペリングに引っ張られるのだろうと思う。学校英語だと分けているはず。

"chromosome"の"s"の発音は"z"(33)
 これは辞書と違うのでへえと思った。理由はあとからは推測は付くけど。

"grocery"の"cer"は多くの地域で"sher"(36)
 これは意外。なぜなんでしょうかね。

"strength"の"g"の発音は"k"(42)
 "length"も同じ。日本人だと知らない人は多いのではないかな。

「みなさん」は南部では"y'all"、他は"you guys"(50)
 意外と地域差がくっきりしていた。

「蛍」は"firefly"の他に"lighting bug"(65)
 米人らしいものの見方だなと思う。即物的というか。

「ザリガニ」は南部では"crawfish"。他は"crowdad"や"crayfish"(66)
 食材が知識対象かということの差かな。

「運動用ゴム底靴」は東部では"sneakers"だが他では"tennis shoes"(73)
 これはうかつにも意外だった。

「天気雨(suns hower)」は多くの地域で知られていない(80)
 そういう気象がその地域にあるか、ということかも。

「目やに」は"sleep"で"eye booger"は使われない(82)
 これは知らなかった。

"oil and vinegar"とはいうけど、"vinegar and oil"とはあまり言わない(91)
 なぜなのかけっこう気になる。"r"を最後にしたいのだろうか。

「ゴミ箱(缶)」は北部では"trash can"、南部では"garbage can"(97)
 呼び名の違いは普通に習慣でしょうね。

「家や家の前をトイレットペーパーで巻くことをなんて言う?」答え、"tp'ing"(106)
 これはびっくり。この手の映像は見かけたことはあるけど、特定の言い方があるとは知らなかった。というか、けっこう知られているのか。

カットしてないパンの端は、"heel"(111)
 辞書だと「パンの耳」としているのがあるけど、ちょっと違う。自分でパン作ると、heelはよくわかる。前後の端のところ。

「自動車の助手席は」"shotgun"(120)
 知らなかったので勉強になった。なるほどね。これ、お子様でも使う言葉なのか。

感想
 発音関係で「ええ?」と思った部分は、Forvo(参照)に当たってみるといろいろ面白かった。
 「家や家の前をトイレットペーパーで巻くことをなんて言う?」の問題の意味がわからなかったが、"TPing"で画像検索したらわかった(参照)。なんですか、これ。


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2013.06.09

手塚治虫のこと、心の奥にひりつくなにかを残した人

 手塚治虫についてはいろいろ思うことがある。それどころか、これこそ自分語りになりかねない部分だ。なにかそこに、ひりっと痛むものがある。
 またまたの話に聞こえるだろうけど、自著『考える生き方』(参照)は自分のことを書いたので(ブログに書いてない部分など)、それこそ自分語りに読まれてしまうし、それでも当然いいし、典型的な誤読があってもしかたないなあと思うのだけど、自分としては自分語りから少し距離を置いて書いていた。というかそれでようやく書けた。それでしか書けなかった。気取りというものではないけど、自分を他人、しかも、普通に凡庸な他者のように対象化して離してみた。
 実際、自分という人間が凡庸であることは確かなので、そうじゃないんだぁみたいな自分語りはない。だが、その対象化のなかの、どこかで他者に合わせてそうしている部分は残る。いずれにせよ、自分の生き方が、自分からちょっと他人に見えるかなという距離感のようなものが、さすがに年食ってようやく見えてきた部分がある。
 ところが、出し惜しみということではないのだけど、本当に自分を語るとなると、どうにもまだひりひりするものがある。もちろん、それが書けたとして意味はないのだろうけど、それはなんだろうと自分では思う。話を戻すと、手塚治虫などもそのあたりに関係している感触があるのだ。
 話がごちゃごちゃするのだけど、あえてその、ひりってする部分を少し離して言うと、昭和32年生まれの私は、まさに手塚漫画が幼児期から子どもの時代の精神の基底部分を形成していて、「ああ、手塚にやられちゃったなあ」という感じがある。手塚が自分のコアに突き刺さっているというか。それを抜いたら、自分も終わりだなというか。
 これがどうにもめんどくさいものであることは、青年期になってわかってきた。「ブッダ」(参照)について先日触れたが、どうもアンビバレンツがある。それに明確に気がついたのは、青春の時期に身近になった人が、少なからず、手塚のファンだったからだ。もちろん、手塚のことは知っているから、その人たちと話が合わないわけではない。が、そのファン的な心情の人の手塚への同一視が、自分の内面に、痛い。なぜなんだろうか。いやそれこそがアンビバレンツというもので、自分も手塚ファンですと言えたらいいだろう。いや、言ったりもするし読んでいたりもするのだが、それでも痛いのである。
 そんなことは自分の受け止め方に過ぎないし、それが自分のねじくれた性格の反映だろうくらいに、そういう痛い部分は突き放してその後生きてきたのだが、先日「ブッダ」を読み返したあたりから、いや、実はその前からなのだが、これは、自分だけの問題じゃなくて、手塚自身にも関係した問題じゃないのかと思うようになった。
 ちょっと傲慢に聞こえるかもしれないと怖れるし、そこにひりっとしたものが触るのだが、手塚ファンの人たは、手塚が差し出すものをきちんと受け取ったのだろう。だが、私は、手塚を受け取っちゃったんじゃないだろうか。そんな気がする。手塚の持っている、どうしようもない暗い部分や女性観、あれに小さいころから呼応してしまったのではないか。
 手塚治虫がどういう生き方をした人かはリアルタイムで見てきたからそれとなく知っているし、死後補正されたとはいえ、それまでは私の父親と同じ年の人であり、私の父もそれを知って手塚を理解していた。ある意味、身近に思える人だった。
 が、どうも手塚の人生には、公開されていないやっかいな秘密があるんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。そう思いつつ、それにずっと向き合うのを避けていた。循環するが、痛いからである、自分が。
 でもさすがに、少し向き合うかと手塚治虫関連の書籍を読んでみたり、読み返したりしてみるのだが、これがなんとも、なんというのだろう、悪い本ではないのだが、あれだ、私が青春時代にあった手塚ファンのノリというのか、漫画が好きすぎるというのか、自分の関心からはみごとに逸れている。

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手塚治虫
アーチストになるな
(ミネルヴァ日本評伝選)
 2008年の『手塚治虫―アーチストになるな(竹内オサム)』(参照)は、手塚治虫の評伝としてはよく書けているし、業績とのバランスもよい。良書と言ってよい。
 なのでそれ以上のものを求めるはお門違いなのだが、手塚治虫の暗さの起源というか狂気の起源があまり見えてこない。著者・竹内オサムにその感覚がまったくないわけでもないことは、「ジャングル大帝」への視線でもわかるのだが、まだ、そうしたレベルでの評伝が成熟しないのだろうか。
 評伝とは違うのだが、悦子夫人の回想録は読み返しても興味深いものだった。講談社プラスアルファ文庫で1999年に『手塚治虫の知られざる天才人生』(参照)と改題されているが、元になるのは1995年の『夫・手塚治虫とともに―木洩れ日に生きる』(参照)である。夫人でなければ描けなかった手塚治虫の姿はよく描かれているが、これを読み返しながら、自分のひりひりとする部分の一つの側面はわかった気がした。簡単なことだった。自分の父母の時代の生活史自体がもつ歴史の感覚、それ自体の痛みが半分くらいである。その部分でひとつ簡単に言えるとしたら、悦子夫人の回想の意識がすべて昭和の元号で体系化されていることだ。(ただし、手塚治虫自身は西暦の枠組みで生きていた。)
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夫・手塚治虫とともに
木洩れ日に生きる
 悦子夫人の回想録には手塚家や彼女の家系の話などもあり、庶民の生活史の感触を伝える点でも面白い。赤塚不二夫の自伝『これでいいのだ』(参照)でも思ったが、歴史家な知性によって滅菌されない歴史の生活の感性というのは面白いものだ。こういう書籍を使って、現代の若い人に、昭和の歴史とか高校とかで教えたらどうなのだろうかという気もする。
 話戻して、悦子夫人の回想録には息子さんの手塚眞の手記も載っているのだが、これが実に彼らしいトーンで書かれていて心惹かれる。

 親子といってもしょせんは他人です。もちろん、父親の仕事で手伝えるところは手伝わなくちゃ、ぐらいには思っておりますから、手塚治虫記念館の仕事をしたりしていますが……。

 そのあたりは、ある程度、いつもの彼らしい口調だし、そういうトーンが続くのだが、そこでぼそっと変な話が脈絡なく書かれている。

 だから肉親から「こんなこともあったでしょう」と言われて、そんなこともあったっけ、とぼんやりその気になるくらいで、どうも思い出というと家族のことより学校のことやら友だちのことばかりになってしまいます。だから父については僕よりも仕事仲間か、母や妹たちのほうがよく語れるでしょう。
 僕の記憶に一番新しい病床の父については、ここで触れるつもりはありません。その最期の瞬間に何が起こったかは、親子だけの秘密です。
 ところで今日は母のことを少しだけ書きますね。

 こう書かれれば、手塚治虫の最期の瞬間に何が起こったのかという関心をもたないわけにはいかない。それは手塚眞らしく言及されているからだと言ってもよい。別の言い方をすれば、一子相伝めくが、それが明らかにされることはないだろうし、おそらく、そこに手塚治虫の秘密が関係しているのも確かだろう。言うまでもない。私が手塚治虫にひりっと感じる部分もそこに集約されるように思えた。
 それが何かということは、「何か?」と問う枠組みではわかることは金輪際ない。また、それを自分のひりっとした体験の背景で見つめることは、間違いですらある。
 ただそれでも、「ああ、そこにあるなあ」という手応えのような対象の感覚は自分のなかでかたまりつつある。さて、そのひりついた部分を見つめてみるかなという気持ちにはなる。
 
 

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