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2013.05.25

FOXニュース記者が米司法省から監視されていたという話題

 2009年だった。バラク・フセイン・オバマ・ジュニアが第四十四代アメリカ合衆国大統領初就任を果たしたのは。そしてその年彼は、2009年度ノーベル平和賞も受賞した。受賞理由は、ええと、なんだったか。「牛に名前をつけることでミルクの量が変化する」だっただろうか。いやそれは獣医学賞だ。平和賞はたしか、「頭を殴るときのビール瓶は空のほうがいいか」だった。いやそれはノーベル賞じゃなかったような気もする。覚えていますか、正確に?
 選挙期間中の米国メディアは、日本人からすると、狂乱だよなという印象がある。しかたがないものだろうし、かく言う日本でもこの夏からは、しだいに米国のようになっていくだろう。前哨戦とも見られる兆候もある。政治に関わる報道はいかにあるべきか。
 報道の問題といえば、なにか大切なことが日本国憲法の前文にも書いてあってような気もする。が、それとは別に偏向報道というのも問題は問題だろう。
 特に保守派の偏向は目に余るものがある。これも2009年だったが、スレート・グループ編集主幹ジェイコブ・ワイズバーグがこうした問題としてFOXニュースを取り上げ、「全米最悪FOXニュースの偏向ぶり」(参照)という記事を書いていた。日本語版Newsweekのサイトに翻訳が残っている。


 FOXニュースは右派寄りの偏向報道を行っている――10月8日、ホワイトハウスのコミュニケーション責任者アニタ・ダンにそう非難されたとき、FOXはこの種の批判を受けた際のいつもどおりの態度を取った。偏向などしていないと反論する一方で、実際には紛れもない偏向報道を続けたのである。

 FOXニュースの右派寄りの偏向報道は誰の目にも明らかなものだったらしい。

 FOXのウェブサイトでこのダンの批判に関する記事を読めば、一目瞭然だ。その記事は5人の人物のコメントを引用しているが、そのうちの2人はFOXで働いている人間。5人がそろいもそろって、オバマ政権高官によるFOX批判を事実無根と非難し、あるいは政治的に愚かな行為だと嘲笑している。ダンの主張を支持する人物のコメントは1人も引用していない。まさしく、偏向報道のお手本のような事例だ。
 ウェブサイトだけではない。テレビのFOXニュースにチャンネルを合わせると、いつものキャスターやコメンテーター連中が同じ主張を異口同音に唱えていた。オバマ政権のFOX叩きは批判勢力潰しの陰謀の一環だ、FOX以外の報道機関はすべてオバマ寄りではないか、オバマ政権はFOXを批判する暇があれば国の舵取りに専念せよ......などなど。

 「オバマ政権はFOXを批判する暇があれば国の舵取りに専念せよ」そうかもしれない。国の舵取りこそが報道より大切なのかもしれない。
 かくして執筆者のジェイコブ・ワイズバーグはそのジャーナリストの精神を高らかに歌いあげてこの記事を締めた。

 FOXとどう接するかはホワイトハウスにとっては政治的損得の問題だが、ジャーナリストにとっては倫理の問題だ。ジャーナリストがFOXの番組に出演すれば、その政治的プロパガンダにお墨付きを与え、まっとうな報道機関の役割を低下させるのに一役買う結果になる。
 良識あるジャーナリスト諸君、FOXに出演するのはもうやめよう。派手なボイコット運動を行って話題をつくれば、FOXの思うつぼだ。ただ黙殺するのがいい。
 私? この記事をきっかけにFOXから出演依頼があっても遠慮させてもらう。

 ジャーナリストの鑑ともいえる発言だが、現実面としても、FOXニュースと関わるのは危険なことだったようだ。
 それから4年。先日のニューヨーカーの記事「ローゼンの令状を秘密にしておくために検察はどのように戦ったか」(参照)を読むと、FOXニュースに関わると、政治が優先されるのだろうなという真相がわかってくる。日本国内報道は見かけないので、ちょっと読み取りの勘違いがあるかもしれないが、話の概要はこういう感じだった。
 表題にもなっている「ローゼン」は、ローゼン・メイデンではなく、偏向報道とされるFOXニュースのワシントン支局長、ジェームズ・ローゼン記者である。FOXの政治部門の中枢に近い。
 ことは、彼が2009年、北朝鮮が国連の安保理決議に逆らってミサイル実験を目論んでいることを報じた際に生じた。その報道の情報源を不審に思った米国司法省は、国務省で安全保障を担当するキム・ジンウー補佐官を調べ、国家機密の漏洩罪で起訴したのだた。
 通常に報道の自由が守られている政権であれば、司法省の関わりはここで終わり、あとは、起訴されたキム補佐官の主張の吟味に移るばかりなのだが、そうではなかった。連邦検察当局は、FOXニュースに目を向けたのである。そして、FOXニュースの記者ローゼンに共謀者の嫌疑をかけ、彼の個人メールを秘密裏に調査する権限を連邦判事に求めた。かくして、ローゼン記者のプライバシーを含めた追跡調査が国家の元に秘密裏に開始されたのだった。
 普通に考えると、いくら偏向報道と言われるFOXニュースとはいえ、ジャーナリストに対する連邦政府の介入は過剰であるようにも思われるので、ちなみに、報道の自由を求めるレポーターの会(the Reporters Committee for Freedom of the Press)もこの件について批判の声明を出していた(参照)。
 なぜこんな事態になったのか。FOXニュースの報道への弱みを握るために、記者の私信を米政府が暴いたと考えるのは、行きすぎた邪推というものだろう。司法省がAP通信の通話記録を押収していたことも発覚して問題になったが、そこはそれ、リベラルなオバマ政権である。
 その後、この問題の現状はどう推移しているか、ローゼンの名前で、ニュースを検索すると、ハフィントンポストの記事が目立つようだった――一例(参照)。ハフィントンポストとしてもこうした、政治と報道の自由について問題に関心を持つのかと、考えさせられる。日本版のほうではないけど。
 
 

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2013.05.24

国連の委員会が日本に対して、慰安婦めぐるヘイトスピーチの改善を求めたニュースに関連して

 国連の委員会が日本に対して、慰安婦めぐるヘイトスピーチの改善を求めたというニュースが流れ、一部で話題になった。報道に関連したメモを簡単にまとめておきたい。
 初出ニュースがどこであるのかがまず気になったのだが、あまり明確にはならなかった。個人的に最初に見かけたのはTBS系のニュースだったように思う。現在ネットから追跡できる日時は22日の16時21分の「「ヘイトスピーチ」国連委が日本政府に改善求める」(参照)である。


 過激な言葉で特定の人種や民族などを憎悪する表現「ヘイトスピーチ」が問題となっていますが、国連の委員会が韓国人の元従軍慰安婦に対するヘイトスピーチを防止するよう日本政府に対して求めていることが分かりました。
 過激な言葉で、中国人や韓国人の排斥を訴えるデモが各地で行われています。「ヘイトスピーチ」と言われるこうしたデモは竹島や尖閣諸島の問題が再燃した去年夏ごろから特に激しさを増してきたといいます。
 「一部の国、民族を排除しようという言動があることは極めて残念なこと」(安倍首相)
 国会でも取り上げられたヘイトスピーチですが、現在日本には言論・表現の自由の観点などから法律での規制はありません。そんな中・・・
 「委員会は日本政府に対し、慰安婦からの搾取についての教育を進め、ヘイトスピーチなど元慰安婦に汚名を着せるような運動を防ぐよう求める」(国連の社会権規約委員会の見解)
 世界の人権問題を監視する国連の社会権規約委員会は17日までにまとめた見解の中で、日本社会の元慰安婦に対する理解の足りなさを指摘し、日本政府に対して元慰安婦を中傷するヘイトスピーチなどを防止するよう求めています。この見解をまとめるための調査は、日本維新の会の橋下共同代表の従軍慰安婦に関する発言よりも前に行われたということです。見解はさらに元慰安婦の経済、社会、文化的な権利や賠償への悪影響を懸念しているとし、日本政府に必要なすべての措置をとることを要請しています。(22日16:21)

 TBS報道で事実とされる部分で気になるところは、まず、ニュースの元になるのは、「世界の人権問題を監視する国連の社会権規約委員会は17日までにまとめた見解」であること。このため、「日本維新の会の橋下共同代表の従軍慰安婦に関する発言」の文脈とは別であることをが明記されている。なお、そうであれば、ニュースの切り出しのヘイトスピーチと関連があるかについての検証が必要であるように思われるが、その部分の説明は弱い。また、「日本社会の元慰安婦に対する理解の足りなさを指摘し、日本政府に対して元慰安婦を中傷するヘイトスピーチなどを防止するよう求めています」としているが、「日本社会の」が「元慰安婦」にかかるのか、「理解の足りなさ」にかかるのかは曖昧である。前者であれば、日本社会での元慰安婦が問題ということになる。が、報道が「特定の人種や民族などを憎悪」の話題で始まっていることから、暗黙に、日本国外の慰安婦が対象となっている印象を与えている。
 新聞報道では22日付け朝日新聞「慰安婦めぐるヘイトスピーチ、国連委が日本に改善求める」(参照)が詳しくTBS報道に先行していた。報道検証なのであえて全文を引用したい。

 国連の社会権規約委員会は21日、日本に対して、従軍慰安婦をおとしめるような行為をやめるよう求めた。一部の排外主義的グループが「従軍慰安婦は売春婦だった」という趣旨のヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返しているのを受けたもので、政府に改善を求めている。
 同委員会は発表した見解の中で、日本政府に対して「公衆を教育し、憎悪表現や汚名を着せる表現を防ぐ」ことを求めた。さらに元慰安婦の「経済、社会、文化的な権利や補償への悪影響を懸念する」としたうえで、「必要な全ての措置」をとることも要請した。
 今回の見解では、朝鮮学校が国の高校無償化制度の対象外となったことについても、「差別にあたる」と批判し、改善を求めている。
 同委員会は、人権を保障するための国連の条約「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)」の締約国を対象に、定期的に見解をまとめている。今回は4月下旬に日本政府と市民団体の双方から意見を聞いたうえで、発表した。法的な拘束力はないが、政府は誠実に受け止める義務がある。(ジュネーブ=前川浩之)
 ■国内での無理解、懸念した指摘か
 日本でのヘイトスピーチ横行が、国際人権機関から改善を求められた。
 社会権規約委員会の日本審査では、複数のNGOが国内の人権状況を報告。その中で、日本のバンドが「売春ババア殺せ チョン斬れ」などの歌詞が入った曲を作り、そのCDが韓国の元慰安婦らに送りつけられた出来事も紹介されたという。委員会はそうした情報も得た上で、教育などを通じたヘイトスピーチ防止を求めた。
 審査は、日本維新の会共同代表・橋下徹大阪市長の慰安婦発言や、西村真悟衆院議員(同党から除名)の「韓国人の売春婦はまだうようよいる」発言の前だった。委員会が政治家の発言を直接批判したわけではないが、元慰安婦について日本社会で理解が深まっていないことを懸念しての言及とみられる。
 委員会は日本が包括的な差別禁止法をつくることも求めた。「殺せ」と連呼するデモのように、きわめて差別的な表現行為が放置されている日本の現状は、今後も厳しい批判にさらされそうだ。(石橋英昭)

 朝日新聞の報道はTBS報道より詳しい。報道の元となる事実は、「国連の社会権規約委員会は21日、日本に対して、従軍慰安婦をおとしめるような行為をやめるよう求めた」であり、5月21日の同委員会発表であった。また、日本政府への要望は、「法的な拘束力はないが、政府は誠実に受け止める義務がある」として、法的な拘束力がないことも明記されている。
 朝日新聞の報道でも「慰安婦」の国籍については問われていない。一部の排外主義的グループの指摘を受けたとするのは、朝日新聞の解説である。
 NHKでも22日18時8分に報道された。「国連 “慰安婦”でひぼう中傷防ぐ手だてを」(参照)。

 国連は、日本国内で、いわゆる従軍慰安婦だったとされる韓国の女性たちに対してひぼう中傷が行われているとして、日本政府に、こうした言動を防ぐ手だてを講じるよう求める報告書をまとめました。
 この報告書は、世界の国の社会や経済などでの権利を調査している国連の委員会が、日本政府や市民団体から意見を聞いたうえでまとめたもので、21日、発表されました。
この中で、いわゆる従軍慰安婦だったとされる韓国の女性たちを、ひぼうしたり中傷したりする言動が日本で行われているとして、日本政府に対して、これを防ぐ手だてを講じるよう求めています。
 報告書は、日本維新の会の橋下共同代表などによる従軍慰安婦問題を巡る発言が出る前に行われた調査に基づくものですが、従軍慰安婦だったとされる女性たちを差別的な表現を使って非難する声がインターネットなどで出ていることなどを受けて指摘したものとみられます。
 また、報告書は、従軍慰安婦だったとされる女性たちについて、「さまざまな権利や補償に悪影響が出ていることが懸念される」としたうえで、こうした状況に対処するためにすべての必要な措置を取ることも求めています。

 NHK報道で特徴的なのは、慰安婦の国籍を「いわゆる従軍慰安婦だったとされる韓国の女性たちに」として、韓国に特定している点である。TBSや朝日新聞との報道の差がNHKに見られるので、この部分については報道の検証が必要になる。もし、国連委の報告に慰安婦の国籍が韓国と明記されていなければ、NHK報道になんらかのバイアスがあるし、逆であれば、TBSや朝日新聞は報告に記載されているのにそれを曖昧にしたという点で、何らかのバイアスがあるだろう。
 NHK報道では、TBSと朝日新聞報道とは異なり、慰安婦の文脈から離れた「ヘイトスピーチ」についての記載はなく、問題はあくまで「従軍慰安婦だったとされる女性たちを差別的な表現を使って非難する声がインターネットなどで出ていることなどを受けて指摘したものとみられます」として、慰安婦に焦点化されている。この点もまた報道の検証が必要になるだろう。
 その他の国内報道だが、ざっと調べた範囲ではテレビ朝日の報道があるが、手短で特徴もないので省略したい。読売新聞、産経新聞、毎日新聞ではこの話題は見かけなかったように思われる。気になるのは毎日新聞はジュネーブ共同を元に23日「橋下氏発言:国連委、日本政府の見解要求」(参照)として類似の報道を出していることだ。これは「人権条約に基づく拷問禁止委員会」で別の委員会である。なぜ毎日新聞が、人権問題を監視する国連の社会権規約委員会の話題をバイパスしたのかはわからない。
 ニュースがどのように伝搬したのかは、以上の報道からははっきりとはわからない。韓国側の報道を日本が受けた可能性もあるかもしれないと、日本語で読める範囲であるが探すと、朝鮮日報(参照)でも中央日報(参照)でも日本の朝日新聞の参照を記していることに加え、朝日新聞記事以上には事実に関する情報がないことから(報告書の関連情報は朝鮮日報の記事にあるが)、おそらく、この話題は韓国側の報道から流れたものではないだろう。総合した印象としては、朝日新聞が起点になっているように思われる。
 事実検証に移りたい。重要なのは、「経済的、社会的および文化的権利委員会(ICESCR:社会権規約委員会」の報告書である。この公開されているかについては、朝鮮日報の記事で「「日本の経済・社会・文化的権利に対する観察結果」と題する報告書をウェブサイトで公表」とある。ネットに公開されていることがわかる。この文書名とインターネット公開については、日本国内での報道には含まれていなかったのも興味深い。
 文書は探すとすぐに見つかる。該当の文書は「Concluding observations on the third periodic report of Japan, adopted by the Committee at its fiftieth session (29 April-17 May 2013)」(参照・DOC形式)である。文書は、改変しやすくかつウイルス感染の懸念のあるDOC形式である点が、奇妙にも思われるが、草稿的な含みがあるのだろうか。
 該当文書は、見るとわかるように、項目はすべてナンバリングされており、話題と勧告は7番から37番まであり、24番では東北大震災と福一原発事故に関連した弱者の問題、25番では福一原発事故の情報開示なども扱われている。
 今回の慰安婦関連の話題は26番で、以下がその全文である。

26. The Committee is concerned about the lasting negative effects of the exploitation to which ‘comfort women’ were subjected on their enjoyment of economic, social and cultural rights and their entitlement to reparation. (art. 11, 3)

The Committee recommends that the State party take all necessary measures to address the lasting effects of the exploitation and to guarantee the enjoyment of economic, social and cultural rights by ‘comfort women’. The Committee also recommends that the State party educate the public on the exploitation of ‘comfort women’ so as to prevent hate speech and other manifestations that stigmatize them.


 参考までに試訳しておこう。

本委員会は、‘慰安婦’の経済、社会、文化的な権利の享受と彼女らの賠償の権利について、彼女らに加えられた不当待遇による長引く悪影響を懸念している。(11.3条項)

本委員会は、該当締約国が、不当待遇の継続効果に取り組み、慰安婦’の経済、社会、文化的な権利の享受を保証すべくあらゆる手段を行使するよう勧告する。本委員会はまた、ヘイトスピーチやその他の汚名を着せる示威を防ぐべく、慰安婦’の不当待遇について、該当締約国はその公衆を教育することを勧告する。


 「exploitation」の定訳語がわからなかったが、ロングマンの「a situation in which you treat someone unfairly by asking them to do things for you, but give them very little in return - used to show disapproval」という解釈から「不当待遇」とした。通常は「搾取」であるがそれだと文脈ではわかりづらい。
 訳は拙いものの、原文に当たるとわかるように、‘comfort women’つまり「慰安婦」として表現され、これに他の形容は加えられていない。つまり、NHK報道のように「韓国」のという限定は見られない。
 この点については27条が「韓国」を明記しているのと対照的である。この話題は朝日新聞記事にあった朝鮮学校が国の高校無償化制度の対象外とされたことである。

27. The Committee is concerned at the exclusion of Korean schools from the State party’s tuition-waiver programme for high school education, which constitutes discrimination. (art. 13, 14)

 「慰安婦」の26条と比較すると、ICESCRの視点では、「慰安婦」の国籍は特定されていないと見てよい。TBS報道や朝日新聞報道がその点を配慮していたことがわかる。
 日本軍が管轄した「慰安婦」が韓国人と限定されないことは、今日の毎日新聞記事「橋下氏発言:オランダでも抗議 慰安婦支援者、大使に書簡」(参照)からでもわかる。

【ブリュッセル斎藤義彦】日本維新の会共同代表の橋下徹・大阪市長が、第二次大戦中の旧日本軍による従軍慰安婦制度が「当時は必要だった」と主張したことに対し、オランダ人元慰安婦への「償い事業」の実施責任者だった2人が駐オランダ日本大使に「誤った危険な発言」とする抗議書簡を送ったことが23日わかった。橋下発言への欧州からの抗議は初めて。元責任者は毎日新聞に「発言は被害者を傷つけるもの」と批判した。
 長嶺安政駐オランダ大使に16日付で書簡を送ったのはマルガリータ・ハマー・モノ・ド・フロワドビーユさん(71)ら2人。旧日本軍占領下のインドネシアで慰安婦にされたとして償い事業の対象となったオランダ国籍保有者79人への医療福祉支援事業(1998〜2001年)の実施責任者だった。
 ハマーさんによると、書簡では橋下発言に「憂慮」を表明。発言は従来の日本政府見解を逸脱した「間違った方向」で、従軍慰安婦の被害国、とりわけアジアにとり「危険なものだ」と非難した。
 元慰安婦の大半は死亡しているが、全員と接触して事業を行ったハマーさんは「発言はこれまでの元慰安婦へのおわびを否定するもので、謝罪が謝罪でなくなる。日本の首相のおわびの手紙で救われた元慰安婦を深く傷つけた」と述べた。
 ハマーさんは、橋下市長が07年の安倍政権の政府見解を根拠に「国を挙げ暴行、脅迫、拉致をした証拠はない」と強制性を否定している点に関し「日本軍政下で収容所に入っていたオランダ人慰安婦への強制は明白。安倍晋三首相の見解が橋下市長の発言の基礎になった」と首相も批判した。
 オランダ政府の93年の調査報告は、インドネシアで65人が強制的に慰安婦にさせられたことは「確実」と指摘している。
 長嶺大使は「コメントは差し控える」としている。
 オランダでは下院が07年、日本政府に元慰安婦への公式謝罪と補償を求める決議を採択するなど、日本への不満がくすぶっている。
 「償い事業」は「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)が元慰安婦に対し、民間からの募金で「償い金」を払い、政府の拠出金で医療福祉支援事業を行うとともに、首相のおわびの手紙を渡す事業。基金は95年に発足、07年に解散した。
◇インドネシアのオランダ人慰安婦
 オランダが植民地支配していたインドネシアを、第二次世界大戦中の1942〜45年に旧日本軍が占領。オランダ政府の調査によると、占領下で欧州系の女性200〜300人が慰安所におり、うち65人が、強制収容所から暴力で連行されるなど「確実に」慰安婦になるよう強制された。軍の呼びかけに「自主的」に応じ慰安婦になった例は除外されたが、「背景に軍の暴力や貧困があり、自主的とは認めづらい」としている。収容所の外にいたインドネシア系オランダ人が軍に連行された例もある。

 話をICESCRの今回の勧告に戻すと、「慰安婦」が韓国人に特定されないことや、日本国内での問題とされているから、臆見なく読む限りでは、日本の国内問題への勧告であり、「慰安婦」に含まれていた日本人の慰安婦が対象と理解してよいようにも思われる。
 歴史的に見ると韓国は第二次世界大戦後に独立したが、それ以前は国連(連合国)の枠組みでは、日本に含まれ、日本と同様に敗戦国になっている。別の言い方をすれば、現在の韓国人「慰安婦」は当時は、国連(連合国)の枠組みとしては、日本人に分類されていた。本来なら、日本国家の国民としての権利や補償の対象となるはずである。
 しかし、現在の韓国政府は、その憲法などから推測されるように、李承晩の中国内の抗日政府を継いで独立したものとして、中国のように戦勝国の立場を取っているようにも思われる。いずれの場合も、独立後、韓国は日本とは別の国家となったため、こうした国民への賠償は国家間の問題に移行された。そのため、現在の日本政府としては、慰安婦への保証も日韓基本条約で扱ったことになっている。該当条約では付属協定で、請求権問題については「完全かつ最終的に解決された」と明記されているため、日本政府は現韓国人慰安婦への補償問題も「法的に解決済み」としてきた。
 しかし韓国政府は、韓国人慰安婦の賠償請求権は基本条約の対象外と主張し、これを同国の司法である韓国憲法裁判所も2011年8月に、韓国政府がその請求権について十分に努力をしていないのは違憲との判断を下した。つまり、韓国は現在、日本側に「法的責任」を認めるよう求めている。これに対しては、日本政府は従来の立場を維持しつづけている。
 台湾人兵士の補償でも問題になったが、基本的に旧日本国下の国民の保証はどうあるべきかについては難しい問題がある。それでも、韓国側の現韓国人慰安婦の賠償を日本政府が認めるとなると、同じ境遇にあった日本人の慰安婦の賠償をどうするかということが日本政府に問われるようになる。
 この問題について党内議論を進めてきた民主党は、1999年12月22日に「戦時性的強制被害者間題の解決の促進に関する法律案」(通称本岡法案)で扱い、日本人の慰安婦は賠償から除外するとした。これに対して、日本人慰安婦も同等に扱うべきだとして日本共産党は異論を唱えたものの、民主・共産・社民三党案では民主党案に折れる形になった。
 この時点での共産党・吉川春子参議院議員の見解が興味深い。「藤原美紀さんからのお便り」(参照・現在はリンク切れ)より。

「藤原美紀さんからのお便り」

疑問に思うのですが、従軍慰安婦さんて、朝鮮人よりも日本人の方が圧倒的に多かったのにどうして彼女達は名乗り出てこないのでしょうか。また、韓国人慰安婦ばかり調査するのに日本人慰安婦については何故調査しないのでしょうか。
どうして日本人慰安婦は軽視するのですか?国籍違えど同じ女性なのに!
もう一つ、「解決」とは具体的にどのような事ですか?
それと慰安婦だと判断する基準は何ですか?
慰安婦でした・・って言ったら慰安婦になるんでしょうか。
教えてください。たった10万、100万でもアジアの方には大金なのでお金目当てに近づいてくる方は絶対いないと言う保障はありませんよね。
できるだけ協力したいのですがそこら辺をはっきりさせてくれないと、出す必要の無い方にまで出してしまった・・なんて笑い話にもなりませんので。

藤原 美紀 さま

メールを有難う御座いました。
ご指摘のように日本人慰安婦は大勢いたのです。(朝鮮の方より多いかは定かではありませんが)
私も匿名で2回お手紙をいただきました。日本人慰安婦を見捨てないでほしいと書いてありました。
共産党の法案では日本人慰安婦についても補償と謝罪の対象に含めています。民主・共産・社民三党案では、旧植民地と占領地出身の慰安婦という形で日本人は対象にしていません。
理由は
(1) 日本人を含めることについては3野党で一致できなかったので共産党としては譲歩しました。
(2) しかし外国人の慰安婦について謝罪・保障するとの野党案が成立すれば、日本人の方についても当然話題になるでしょうし、引き続いて立法の努力をしたいと思います。
ともかく先ずは早く成立させるための法案にしたということです。

日本人慰安婦について

貴女のご意見に賛成です。「慰安婦」という制度が許されないのは日本人についても同じです。
三党案には、総理大臣を長とする促進委員会の設置を義務付けています。
ここでは慰安婦問題の調査を行なうこととしています。
慰安婦について詳しい資料を政府に提出させ、日本人についてもはっきりさせることができると思います。

日本人が名乗り出られないのは、韓国より、北朝鮮より、中国、フイリッピンより、インドネシア、オランダより「慰安婦」とされた女性達を暖かく受け入れる素地がないからではないでしょうか。
その点では女性の人権の確立が悲しいことに、とても遅れているのです。政治家や一部の人達が、「『慰安婦』は商行為だった」とか、「『慰安婦』は存在しなかった」など公然と言うのですから。彼女達はどんなに傷ついていることでしょう。
どうぞ名乗り出てください、と私は日本人『慰安婦」だった方に訴えたい。
彼女達の人権回復を国会議員の仕事として、私は全力で行ないます。

「解決」の意味について

私は日本政府が真に反省して、政府・国会の責任で謝罪と補償を行い、教育を通して次世代にも教訓をしっかり引き継ぐ、そして日本も本当に侵略戦争に反省し、女性の人権を踏みにじった事の反省し、2度と繰り返さないだろう、と世界の人々に認められる行為を行なうことだと思います。
それでも『慰安婦』の皆さんの心身の傷は癒えることはないのです。
原状回復という意味なら、本当の解決はないのかもしれませんね。

慰安婦の認定について

3野党の法案では、『慰安婦』と名乗り出て、その国の政府や責任あるNGOが認定した人は慰安婦と認めることにしています。
これが一番現実的方法だと思います。
『慰安婦』と名乗ることは勇気のいることで、その瞬間に地域社会から受け入れられなくなってしまうので、「インドネシアでは『慰安婦』の認定そのものを行なっていない」と政府代表が私たちに語りました。ですからインドネシアでは『慰安婦」は一人も認定されていません。
どの国でも、名乗り出ない人のほうがはるかに多いのです。
元慰安婦の方の名乗り出るまでの葛藤と名乗り出てからの周囲からの差別的な扱いやイヤがらせ等々、ご苦労はお聞きするたびに胸がつまる思いです。
お金だけが目的であれば、アジア女性基金のときに多数の方がそれを受け入れたことでしょう。それを受け取らず、正式な謝罪と国家賠償を求めています。
その思いを私たちがどう受けとめるか、そこが問われています。

貴女の疑問に適切なお答えができたでしょうか。
なかなか十分なお答えができたとはいえないと思いますが、是非今後も関心を持ちつづけて下さい。メールもお待ちしています。
                    2003.2.27.吉川春子


 興味深い私見ではあるが、全体の方向性としては、「外国人の慰安婦について謝罪・保障するとの野党案が成立すれば、日本人の方についても当然話題になるでしょう」ということで、まず日本人以外の慰安婦の賠償を優先して実施、それが実施できれば、日本人の慰安婦が問題となり、それから別途、日本人の慰安婦についての賠償を考えればよい、ということになる。
 そうした外国人を優先するという民主・共産・社民三党のような考え方もあるかもしれないし、インドネシア人の慰安婦のような事例では有益な方針でもあるだろう。しかし韓国人の場合は、基本的にその賠償の法的な根拠は日本国の自国民の補償、つまり現在は外国人であっても以前は日本人であったことの補償の枠組みになるので、その点からすれば、日本国政府は、戦前の日本の版図にある日本人を包括的に含め、全慰安婦の個人賠償を明確にし、その中で現在、韓国人となった慰安婦への賠償手続きを進めていけばよいのではないだろうか。
 具体的には、日本共産党に原点に立ち返って本岡法案への叛意を促し、さらに自民党の有志や民主・社民以外の政党へと連携し、新法案を促していけばよいだろう。なお、その際は吉川春子参議院議員が「どうぞ名乗り出てください」というようなことなく、プライバシーを配慮した認定団体への登録のみとすればよく、むしろ、「名乗り」を求めるような負担をかけるべきではないだろう。
 また慰安婦への賠償問題を日本国民への個人賠償の視点で見ていくなら、特殊慰安施設協会(RAA:Recreation and Amusement Association)――連合国軍占領下、国連軍兵士の相手をする慰安婦の国家施設――も日本国政府の主導であったのだから、同じ流れで賠償を検討していけばよいだろう。生存者の確認という点だけで言えば、RAAを先行したほうがわかりやすくはなるだろう。なお、歴史証言ではなく文学作品ではあるが1929年(昭和4年)生まれの三枝和子は『その夜の終りに』(参照)において、この時代の感性を上手に表現している。
 
 

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2013.05.23

暑くなったので散髪屋に行ったら車椅子の人が数人いたという話

 暑くなって髪の毛がむさ苦しいので床屋に行った。まあ、自著『考える生き方』(参照)を読まれた方にはツッコミがあるかもしれないが、まあ、行ったのですよ。というか普通に行くのですが。
 以前は床屋というところに行ってたけど、たまに美容院(後ろ向け洗髪のあれ)や、あと、都心だともう20年以上前だけど安い散髪屋でというのもあった。最近は、1000円カットがあちこちに出来て、しばらく前から近所にも出来た。便利と言っていいと思う。
 この手の安価な散髪屋の特徴でもあると思うけど、昭和な床屋とは違って、主人と結局ご近所さん的な繋がりはない。カットする人も入れ代わり立ち替わりということになる。けっこう一期一会で、技能に差はある。で、散髪されるほうとしても、あ、今日は当たり、あ、今日はハズレと思う。
 当初は、ハズレはやだなあ、チェインジ、いや、これは冗談。耳学問だけ。安価な散髪屋さんのハズレはしかたないと思うし、むしろ当たりの人が安価に労働しているのもなんだということかもしれないと思うようになった。
 近所の安価な散髪屋で数度行って気がついたことがある。以前行ってた1000円カットの店では、カットの人はどんな髪型にしますかみたいなことは最初に聞くけど、あとは、まあ、無言でさくさくとするという感じだった。が、ご近所のほうはというと、カット中にいろいろ話しかけてくるのだ。全員、そう。お客様とのコミュニケーションもサービスなんだろうか。指導があるんだろうか。
 最初は、うーん、そういうサービスは要らないんだけどなあというか、こっちも、相手が若い人なんで、気まずくならないようにお相手している感じで、カットが終わると、なんかちょっと疲労感のような事態になり、人と話すのめんどくさいと以前の店に戻るみたいなこともあった。
 それでも近いと便利なので、使っていて、たまたまカットする人が女性だったことがある。若い女性である。私は目が悪いこともあるが若いころから、若い女性の顔はあまり見ないことにしているのだが、なんというのか、とても普通な感じの人だった。
 そういえば、30代の初めころ都心の歯医者に通っていたころ、歯科医の補助の若い女性が、怪力で、かつ、ぐいぐいオッパイを押しつけてくる感じだったことがある。こ、これは、ある種のサービスなんだろうか?と疑問に思ったが、散髪だと、そういう懸念はもたなくてもよい。ほっとするね。ね。
 で、散髪屋とはいえ若い女性と立ち話みたいな話をする嵌めになったのだが、内容はもうよく覚えてないのだけど、あれれと思ったことは覚えている。若い女性からすると、僕はもう、お父さんというか爺さんの部類なんで、そういうふうに気を遣われているのである。うひゃぁ、中身中二病ですからぁとか、まあ、言ってもしかたないので、適当にオジサンぽく話す。
 で、これがまた、自分の困った点でもあるのだが、普通に話していると、こういうのもなんだのだけど、僕は話し言葉が丁寧で学校の先生みたいなんですよ。で、なんか、そういう先生と女子学生さんみたいな雰囲気にもなって、あ、あかん、こりゃ、とても、あかん、というわけで、できるだけ、非知的な話題に引っ張る。もう汗吹きますね。そういう自分が嫌ったらしいなあとか思うし、ネットなんかでもよくそう思われるわけなんだけど、ぐるぐる。
 適当に食べ物の話とかペットの話とかして、10分もたせてぐったりと。以降、カットするときは、女性のカットの人がいないと、ちょっとほっとしたりもするのだけど、まあ、あれも悪くなかったんじゃないかという思いもよぎって、年取ったなあ、俺とも思う。
 先日のこと。カットに行ったのだが、女性のカットの人はいない、どころか、れれれな光景である。時間帯が早かったというか、今までにない時間帯だったせいか、最初困惑したのだが、車椅子が二台、あと、電気車椅子が一台、いる。
 なんか特別の日なのかなと思って、俺、入っていいの?とか、しばし店頭にぼうっとしていると、店員がどうぞというので入った。しばらく座ってきょろきょろしながら待っていた。車椅子の人々には、だれか補助の人がいるわけでもない。組織的な活動をしているわけでもないようだ。偶然というか、早い時間帯にこういうこともあるんだろう。
 かくして僕の番。カットのお兄さんのお話が始まる。ああ、始まった。が、どうもだね、思うのだが、この店では、お客さんに話しかけるのはおまけのサービスというより、けっこうメインなサービスのようで、これも推測なんだが、車椅子の老人などはそれが楽しみで来ている印象もあった。どうなんだろ。
 いろいろ疑問が頭をよぎるので、そうだなあ、今日は無難な話をするのもなんなので、一つ、車椅子の人の話でも振ってみますか、ということで、自分からそんな話題を切り出してみた。詳細は忘れてしまったが、車椅子の人たちは、カットの人と話をするのが楽しくてやってくるかはわからなかった。そう聞くのもなんだし、答えようもないだろうと思って控えた。車椅子の利用者は多いのというと、多いらしい。
 へえと思った。さらに話を聞くと、この店舗は当初からバリアフリーを入念に設計して地域の人を助けるためできたというのだ。へえ。言われてみると、固定椅子はないし、装置の高さもそれっぽい。入店から利用まで段差はない。なるほどね。それはいいことだなあ。
 カットのお兄さんの話では、彼は、介護の散髪サービスの資格も持っているらしい。正確になんという資格かはわすれたが、東京都が認可しているものだ。認可でどうなるかと聞くと、介護でそれが有償サービにできるとのことだった。善意で頼むよりサービスがきちんと対価があったほうがいいだろうし、技能の質も維持できる。
 そのあと、いろいろ介護の現場の話などを聞いた。いやあ、いろいろ勉強になっちゃなあという感じがした。
 が、いざブログのネタにしようとするとうまくはまとまらないものです。
 
 

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2013.05.21

[書評]カラマーゾフの妹(高野史緒)

 奇妙な表題の『カラマーゾフの妹(高野史緒)』(参照)は、1966年生まれの日本の作家(SFなども得意とする作家であり、いわゆる純文学形の作家ではないが)高野史緒が、ドストエフスキーの大著『カラマーゾフの兄弟』の続編をモチーフに書いたミステリー作品。第58回江戸川乱歩賞受賞作も受賞し、専用サイトには賛辞が並んでいる(参照)。


「これだけでも独立した作品として十分に楽しめるように書かれているが、ドストエフスキーの原作におもむけば読書の快楽は倍加する。難解長大で敬遠されがちな古典の読みどころを、本書は的確に教えてくれるからである。快作に脱帽。」
沼野充義 「毎日新聞」2012/8/5

 私の印象では、どちらかというと独立した作品として読んだほうがよい。ただし原作を知っていると確かに「読書の快楽は倍加する」。リーザの描写やそれに関連するアリョーシャの描写など爆笑して腹痛え状態になった。それが「古典の読みどころ」かというとそういう面もある。

「ドストエフスキーの思想と時代を手がかりに続編を夢想した人はいるが、ミステリーとの整合性から続編を発想した作家は前代未聞。なんという着眼点。「前任者」の用意したエピソードを隅々まで活用した“読み”にはほとほと感嘆。洗練された結末にも、文句なく納得だ。」 
温水ゆかり 「GINGER」11月号

 ミステリーの整合性という視点はたしかに斬新だし、落ちもいかにもミステリー仕立てだった。私はあまりミステリーは読まないけど、この悪趣味のコテコテ感はカトリーヌ・アルレーを思い出した。
 「整合性」とはいっても、ドストエフスキー作品のディテールは取捨はされている。が、明確に外しているものはなかった。それでもこれに「文句なく納得」しちゃうのは、『カラマーゾフの兄弟』を、ほんとに読んだのかなという疑念は浮かぶ。

「原典に則した綿密な構成、文豪を思わせる重厚な文体、万人を納得させる強靱な論理、そしておそらく原作者も予想しなかった意外な結末。すぐれて芸術的な探偵小説である。」
郷原宏 「潮」10月号

 そういう面もある。描写で美しかったのは、エイダ・ラブレスによるバベッジのマシンに関連する部分だ。村上春樹の『1973年のピンボール』を彷彿とさせる。このあたりの描写からは、無理して本歌取り的な作品にしなくてもよかったんじゃないかなとも思えたほどだ。
cover
カラマーゾフの妹
 というわけで、ちょっとくぐもった評への評を先に書いたが、ミステリー作品としてはこれはこれでいい。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の続編という思い込みで読むと、がっかりする人もいるだろうが。私は、先にも触れたように、これはこれで楽しい作品だった。
 書名で「妹」とされている部分は本文での参照はあるものの、イワンの多重人格を説明するためのどちらかといえばチープな仕掛けで、作品としての必然性はないと見てよい。おそらく書名の洒落のインパクトとして後から考えられたものではないだろうか。
 この作品を執筆した理由はおそらく、私も感じていたのだが、『カラマーゾフの兄弟』のグリゴーリイ証言の奇妙な点にあるだろう。あの部分でドストエフスキーは何を表現したかったのか、一種のパズルが潜められているなという印象はあった。この作品でもそこが推理の足がかりになっている。
 『カラマーゾフの兄弟』には知的なパズル的要素がいくつかあり、そのわりに口述のせいか詰めが甘くてなんだかよくわからない。が、一番重要なパズルは、ゾシマ長老がドミートリイにひざまずくシーンで、単純に言えば、これはドミートリイがイエスだという意味である。ドミートリイは無罪でありながら他者の罪を負ったということで、これがこの作品の根幹、イエス・キリストを描いた作品という点である。
 こちらの『カラマーゾフの妹』ではそういう宗教や思想的な部分は一切、小気味よいくらい排除されていて、該当シーンにも笑える意図的な読み換えがある。作者・高野もわかっていてやったのだろう。悪魔も多重人格として合理的に解釈されている。
 同様に、高野はドストエフスキー作品のディテールを丹念に読み込んでいることは諸処でわかる。ドストエフスキー学者が考察した諸学説なども織り込まれているので、アリョーシャの末路も、もしドストエフスキー本人が書いてもこれに近かっただろうなという印象がある。当時のロシアについての知識も豊富で、その点も大したものだなと思って読んだ。
 こうした続編的な作品の性格上、登場人物に制約が出てくるので、しかもドミートリイはすでに亡きものにしているので、人物の使い回しに作品の窮屈さは感じられる。とはいえ、こちらの作品ならでは登場人物が一人いて、彼が事実上の主人公になる。トロヤノフスキーである。心理学者である。なぜこういう人物を配したかというのは、犯人の割り当てから逆に要請されてしまったからだろう。本来ならこの犯人が主人公である物語なのに。
 以上印象程度の話だが、こうした作品があってもよいのではないかとは思った。いわゆるコミケ的な二次創作のノリと見てもよいだろう。
 読後、なんとなく思ったのだけど、この作品をドストエフスキーの文脈でベタに書くのではなく、こういう作品理解としてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読解した人物が犯した奇妙な犯罪の物語のような仕立てにするとエレガントだっただろう。
 
 

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2013.05.20

村上春樹・処女作『風の歌を聴け』から最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のcakes書評

 cakesで連載している「新しい「古典」を読む」(参照)で、第20回から第22回の3回で連載した『風の歌を聴け』の書評が、今日5月20日から5月24日までの間、cakes用アプリ開発記念で、無料公開になります。ご関心のあるかたはこの機会にご一読を。
 cakesでの書評は、このブログや、また自著『考える生き方』(参照)とはまた違った立場で書いています。cakesという機会がなければこうした本格的な文学書評作品を自分は書かなかったかもしれないので感慨深いです。
 該当書評のリンクリストをかねてcakesによる紹介文を借りると、以下の通りです。この紹介文は自分でも、こそばゆいですが。


「極東ブログ」ブロガー・finalventさんが、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名著を、”新しい「古典」”として読み返す試み。finalventさんの深い洞察に触れることで、本の面白さが何十倍にも増幅します。今回は現在進行中の「村上春樹の読み方」の中から、村上春樹デビュー作『風の歌を聴け』の書評を無料でお届けします。

【第20回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』前編(参照
【第21回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』中編(参照
【第22回】村上春樹の読み方『風の歌を聴け』後編(参照


 『風の歌を聴け』は昔一読されたことがあるという人も多いだろうと思うので、この書評を機会に再読されると、たぶん、思わぬ発見もあるかと思います。ごく簡単にいうと、この作品はかなり巧緻なパズルとしてできているので、書評ではできるかぎりパズルの解答集的にまとめてみました。
 「できるだけ」と限定したのは、作品中、ふいに登場するニコス・カザンザキスの『ふたたび十字架にかけられたキリスト』と文脈の関連といったディテールなども解説したい誘惑に駆られたのですが、やりすぎになりすぎそうなので控えました。
 文学をパズルとして見るなんて邪道という考えもあるでしょう。もちろん、パズルという言い方がわかりやすい半面よくないからでしょう。もうちょっと真面目にいうと、構造分析になります。
 書評では構造分析をかなり徹底的にやってみました。自著でも書きましたが、自分の若い時の専攻は記号学分析だったし、聖書学も記号学的な読みだったので、こうした物語構造分析は懐かしいなあという思いもありました。
 cakesの連載ではすでに『1973年のピンボール』についても3回にわけて連載してあります。こちらも物語構造分析を重視したものです。が、この作品は巧緻なパズルという趣向より、現在の村上春樹文学に連なる暗喩やシュールレアリスムの傾向が強くなっているので、分析手法も変えてあります。とはいえ、この作品にも主題に関わる重要なパズルが潜んでいるので、そこは解いておきました。
 cakesで村上春樹の初期作品を読み解くのは、最新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の出版にある程度タイミングを合わせた面もあり、当初は「新しい古典」の意味合いで初期三部作または四部作として軽くまとめるかなと思ったのですが、これらの初期作品について、自分が見た範囲ではあまり適切な解説がないようにずっと思っていたので、ある程度きちんと取り組んでみました。
 以前にもふれたのですが、この後、『羊をめぐる冒険』と『ダンス・ダンス・ダンス』の書評の粗原稿もできています。が、これも長いので、世の中で話題になっているうちに『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評を先行しました。明日からcakesで公開する予定です。たぶん、これも3回シリーズになるかと思います。
 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評も、物語構造分析が基本ですが、それ以前に村上春樹が意図的に振りまいた各種の解読の罠みたいなをまずフィルターアウト(除去)する前処理もしてみました。解読の罠というのは、各種の知識でこれが解き明かせるといった知識の誘惑です。ただし、これらの解読の罠がすべて罠かというとそうとも言い切れず、作品の読み込みには一定の理解は必要だろうと思われます。
 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の書評でも、パズルとは違った仕組みですが、配備された謎をできるだけ解読してみました。パズルではないので、これで解答だとはなかなか明確に言えないのですが、構造的にわかる範囲で主題に関わる部分は粗方解けたのではないかと思います。
 自分より先にこのあたりの謎解きの解答を出している人がいるかわからないのですが、ちょっと毛色の変わった批評である『村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』メッタ斬り!』(Kindle版・参照)を読んだ範囲では、謎を解かずに批評に走るとこうなってしまうのだろうなという印象はありました。もちろん、そういう批評があってもいいでしょう。
 そういえば、cakesの連載は書籍にしないの?と聞かれることがなんどかあり、これも検討しています。個人的にはもう少し社会学的な古典や自然科学的な古典も含めたいという思いや、文学的には第三の新人あたりの作品をもう少し補いたい気持ちもあります。ただ、書籍としてみると村上春樹関連でけっこうな比重になり、ページ数の多い書籍もどうしようかなと悩んでいます。というか、それ以前に書籍にしても売れないんじゃないかと悩むんですが。
 あ、もう一つ。cakesに対談記事が載る予定です。育児の話ではありません。不倫の話でもありません(当然)。いろんな話題だったのですが、料理の話とかが盛り上がったんでそのあたりが中心になっているかもしれません。
 
 

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2013.05.19

オバマ政権を揺るがす新疑惑・IRSゲートなのか?

 米国の税務審査問題がちょっと怪しい雲行きになってきた感じがするので、簡単にメモしておこう。日本の報道を見ているとちょっと論点がわかりづらいのではないかとも思えることもある。
 米国の税務審査問題というのは、日本の国税庁に相当する米国の内国歳入庁(IRS: Internal Revenue Service)がオバマ政権に批判的な茶会党(ティーパーティー)など保守系団体に対して、去年の米国大統領選挙の期間中、通常よりも厳しい税務審査を行っていたという問題だ。簡単にいうと、オバマ政権にうるさいやつらを狙って税審査で締め付けていたという話だ。
 税についてはたいていの人や団体が痛い部分を抱えているものなので、厳しく突かれるとつらいものだし、リベラルを装っている権力者がこの手のイジメをするのもありがちなので、まあ、ふーんという感じで私は見ていた。問題点が去年のオバマ再選の大統領選挙の期間中というあたりだろう、というのは当然とはいえ、まさかオバマ政権としての組織的な関与まではないんじゃないの、またつまらない大騒ぎだろうなという印象はあった。
 そのころの様子を14日のNHK報道「米歳入庁 保守系団体を厳格審査」(参照)で拾っておくとこう。


 これについてIRSは、「ティーパーティー」や「愛国者」など、保守系の名称を持つ団体を対象に不平等な審査をしたことを認めましたが、現場の職員の独断であり、オバマ大統領から政治任用された幹部は関与していないと釈明しています。
 オバマ大統領は13日の記者会見で、「もし保守系団体だけを狙ったやり方だったのなら言語道断で、IRSは事実関係をきちんと説明しなければならない」と述べ、IRSに調査を命じたことを明らかにしました。
 ただ、この問題では、野党・共和党がIRSの長官の罷免を要求しているほか、与党・民主党からもIRSへの批判の声が上がっており、オバマ大統領は対応に追われています。

 というわけで、「愛国者」を称する団体を狙って締め上げたのは事実だった。が、この時点では「現場の職員の独断であり、オバマ大統領から政治任用された幹部は関与していない」との話であり、「IRSの長官の罷免」というはどうだろうかと私などはまったり見ていた。
 が、トップが更迭された。16日NHK「米の税務審査問題 IRSトップ更迭へ」(参照)より。

 これについてオバマ大統領は、15日、緊急に声明を発表し、「国民生活に立ち入るIRSの権限の大きさを考えれば許されるものではない。国民の怒りは当然で、私も憤っている」と述べ、保守系団体への差別的な取り扱いは許されないという立場を強調しました。
そのうえで、「IRSの信頼回復のためには人事を刷新することが重要だ」として、IRSトップのミラー長官代行を更迭する考えを示しました。
 ホワイトハウスとしては、この問題にオバマ大統領が直接関わっていないことを示すことで、事態の沈静化を図るねらいがあるものとみられますが、野党・共和党だけでなく、世論も政権に厳しい目を向け始めており、大統領は苦しい対応を迫られています。

 という動きから、尻尾切りというには大物を切った。実際、「愛国者」を称する保守派を狙い撃ちしたのだから公正性に欠くと言われてもしかたがない。問題はこのあたりで、本丸は「この問題にオバマ大統領が直接関わっていない」のか、ということになり、IRSゲートかという様相を示しだした。
 大統領選の最中にオバマ政権の高官がこの問題を知っていた可能性が出てきた。
 かくして、17日NHK「米大統領 税務審査問題への関与否定」(参照)では、IRSゲートかという疑念の枠組みが明確になってきた。

アメリカで、日本の国税庁に当たるIRS=内国歳入庁が、オバマ大統領に批判的な保守系団体に対して通常より厳しい税務審査を行っていた問題で、オバマ大統領は、記者会見で「何も知らなかった」と述べ、関与を否定しました。

 IRSで問題が閉じているなら、本丸のオバマ政権には深刻な影響はない。公的な組織を公正に管轄する責任が問われるという枠組みになる。が、そこも突破されたようだ。
 18日WSJ「米オバマ政権幹部、大統領選の最中にIRS税務審査問題を把握」(参照)より。

 米内国歳入庁(IRS)がティーパーティー(茶会党)など保守系団体を対象に税務審査を厳格化していた問題で、IRSを監督する独立機関の財務省税務管理監査官(TIGTA)が2012年6月ごろ、財務省幹部に対し、このIRSの問題を調査していることを報告していたことが明らかになった。大統領選の最中にオバマ政権の高官がこの問題を知っていたことが示唆されるのは初めて。


 財務省幹部が報告を受けていたことが判明し、今度はオバマ政権内で誰が問題を把握していたのかが問われることになる。

 これでめでたくIRSゲートの枠組みとなり、オバマ政権内に問題が及ぶようになった。
 同記事は続けて、議会公聴会の状況を記している。

この問題は、今月10日にIRS免税部門のディレクター、ロイス・ラーナー氏がある弁護士会の会議で、IRSが免税を申請した保守系団体に対して審査を厳格化していたことを明らかにしたことで発覚。その1週間後の17日、4時間にわたる米下院歳入委員会で財務省幹部への報告という新たな詳細が判明した。
 同委員会での公聴会では、10日のIRS高官による公表が演出だったことも明らかになった。更迭されたIRSのスティーブン・ミラー長官代行は、渦中のラーナー氏とこの問題の公表を事前に計画していたと証言した。共和党議員は最初に議会に報告がなかったことに驚きをあらわにした。
 しかし、公聴会を終えても、誰が保守系団体への審査の厳格化を命じたのか、なぜ不適切な行為が長期間継続されたかなど多くの根本的な疑問は解消されておらず、今後、捜査が長引く可能性がある。

 論点は、こうした問題は議会で最初に扱われるべきだということだ。現状では、あたかもIRSゲートもみ消しのような様相になってしまったのも問題である。
 今回の問題が米国で燃え上がっているのは、IRSゲートの側面の他に、公正を求められる税徴収機関が、税制について批判する市民団体を標的にしたことで、税への信頼性が毀損されかねないためである。オバマ大統領が強行に対応したかに見えるのも、IRSゲートの枠組みに加えて、税への信頼性を守るためだった。
 現下、米国のベンガジゲート(参照)とIRSゲートは、常識的に見れば、その命名すら正確とはいえず、またオバマ政権が致命的な事態になるようにも見えない。が、議会や税といった共和国の根幹を軽視する火消しを行うとそれ自体がとんでもない問題にふくれあがる懸念がある。
 
 

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