« 2013年2月24日 - 2013年3月2日 | トップページ | 2013年3月10日 - 2013年3月16日 »

2013.03.09

[書評]就活でうつにならないための本(向後善之)

 ネットを眺めていると、とくに「はてな」界隈でよく就活の話題をよく見かける。長くデフレが続き、若い人の就職が大変なのだろうなというのはなんとなくわかるし、自分を省みて、就職や職のことも思う。そのあたりは、先日出した自著『考える生き方』(参照)にも書いた。結論だけいえば、就職が自身に馴染むのは30歳くらいのことだろうし、また、何がやりたいかといった夢よりも、落ち着ける職場がよいだろう、というものだった。自分は、どっちかというと、ネガティブな人間なので、そんなことくらいしかわからなったし、職のまつわるつらさに潰れたほうの人間だったので、そのつぶれ状態についても書いてみた。まあ、自著の話はさておくとしよう。

cover
就活でうつに
ならないための本
 現代の就活というのはどうなっているのだろうか。つらいから、鬱になる人もいそうだ、というあたりで、そのままのコンセプトに思える本書『就活でうつにならないための本』(参照)を読んでみた。これも結論からいうと、熟達の心理カウンセラーらしい視点が随所にあり、就活と限らず読んでおいてよい本だろうと思った。トランスパーソナル的な臭みは感じられはしたが、それがどうという含みはない。
 同書のまとめは5点あった。

  1. 判断基準が不確かなものであることを知る
  2. 情報とノイズを仕分けする
  3. 感覚・感情に気付く
  4. 自動思考を横に置く
  5. 緊張を解く

 自分なりに受け取ったところで言うと、「判断基準が不確かなものであることを知る」というのは、就職面接における採用基準は、けっこう不確かなものだということだ。たぶん、そうだろう。「たぶん」と留保してしまうのは、自著のほうに書いたように、一定の能力のある人だと採用基準はけっこう単純だからだ。実際のジョブで所定の能力のある人を採るというだけだ。逆にいえば、新卒だと雇う側でも、実ジョブ経験は期待できないので、判断基準は不確かにならざるをえない。ましてや新卒にリーダーシップまで期待する会社は普通はないだろう。
 「情報とノイズを仕分ける」は、この本読んで、そうだなよな、と頷くところだ。ネット全体でもそういう傾向があるが、情報として話題にとなるものが、自身の重要性から見るとただのノイズにすぎないことは多い。投資家でもない人が投資業界の問題に正義感をもってもあまり意味ないといったことなども。
 「感覚・感情に気付く」と「自動思考を横に置く」はこれは、一般的な心理カウンセリングの原則だともいえる。どういう感情を持つかということに真偽はないのだから、自分の心情に素直に気がつくことは重要である。そしてそこからネガティブな自動思考をしないことも重要だ。とはいえ、こうしたことはカウンセリングの実践に関わることで、頭で理解してわかることでもないのが難しい。加えて、最後の「緊張を解く」も同様だと言える。
 全体としては、現代の就活状況について、一定の社会人による見識と、心理カウンセラーの原則がきれいにまとまっているという印象の書籍だった。逆に言えば、そうした部分がいわゆる就活本には欠けていそうだというのが本書から透けて見えてきた。
 読みながら著者自身にも関心をもったので、他書も読んでみたい。本書に著者の生年、学歴、職歴はまとまっては記されていないが、冒頭の1981年に大学院2年生だったとあるので、当時学部4年だった私からすると、私より1歳か2歳年上だろうか。当時の就職活動を著者が顧みて、「技術職については、完全に売手市場でした」とあるが、あの時代は、概ねそうだとも言える。
 ただし、またまた自著の話になってしまうが、私ように新卒の枠からそれた人間はあの時代でも就職はきついものだった。というか、新卒的に就職を探すのは無理に近い状態だった。
 現代でも新卒のレールを外れると就職はかなり厳しいだろう。その意味では、私の時代と今の時代でも変わりないし、むしろ、新卒のレールを外れる恐怖が、就活へのプレッシャーになっているのではないかと思う。この点については、本書での言及は直接的にはなかったように思う。が、ここは私にしてみるとけっこうキモである。大半の人にとっても、新卒の就活で、安定した職業を持つことができないだろう。
 本書の本筋とはあまり関係ないが、三章「情報は、常に時代遅れ」のなかで、敗戦時の人々の精神変化について言及し、こう指摘している点も気になった。

 敗戦当時小学生から思春期あたりの人達の多くは、この安直な価値観の転換に、アイデンティティが崩壊するような感覚に見舞われたと思います。

 その見解を否定するものでもないが、私がいろいろ当時の人々の思いを読んできて思うのは、当時でも一定の年代以上は、それほど敗戦のショックはなかったらしいことだ。敗戦後の経済混乱を生き延びるのが大変だったというのはあるにせよ。
 それでも、敗戦のショックを受けたのは、「敗戦当時小学生から思春期あたりの人達」というのはけっこう当たっている。1945年に13歳くらいとすると、1932年、昭和7年生まれ。現在、80歳くらいの年代である。これには、生年月日が同じ五木寛之と石原慎太郎がいる。他に江藤淳や本多勝一、小田実などがいる。彼らは、戦前の日本の知の伝統からは反れていたので、そのまま敗戦ショックを受けて、戦後にそれを展開してしまった。こうした思想転換を課題とした人々の下限が、私の知る人のなかでは、1924年生まれの吉本隆明である。1921年生まれの山本七平には、そうした転換はなく、日本というのは戦前戦後も変わらないものだという視点をむしろ強化していた。一定の教養があれば、敗戦の世相の転換にはさほど動揺もしないもののようだ。
 そうした部分で言うなら、就活なり、人生の課題のような問題に、個別的な対応をするより、むしろ厚みのある知性が育成されたほうがよいように思う。そのほうが、世相は見やすいし、就活といった問題もすごしやすいのではないか。暢気なことを言うように聞こえるかもしれないが、繰り返すが、就活が成功してもそもまま職が安定する人は半数を満たないだろうと思うからだ。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013.03.07

[書評]夫婦格差社会 二極化する結婚のかたち(橘木俊詔、迫田さやか)

 今朝方、ツイッターから見える世間を眺めていると、「アメリカ/米国不動産投資日記」というブログの「東横線沿線の高校生は裕福? 日本でも所得別住み分けが進行中?」(参照)というエントリーのリンクが目に付いた。それだけ見ても、だいたいエントリー内容は想像できるが、リンク先を開いて読んでみようと思ったのは、その想像の確認ではなく、もしかして、という思いがあったからだ。
 もしかしてというのは、世帯の所得格差の考察において、夫婦共稼ぎの要因を考慮に入れてないんじゃないか、という思いともう一つの思いである。
 リンク先を開いて該当エントリーを読むと、男女間の人口比は考慮されているが、夫婦共稼ぎの要因はさほど考慮されていなかった。もちろん、それゆえにその考察が間違っていると言いたいわけでは全然ない。おそらく、このエントリーのような考察においては、「夫婦共稼ぎによる世帯所得の要因に地域差はない」という前提が含まれているか、あるいは「夫婦共稼ぎによる世帯所得の差違は格差に顕著な影響は与えない」という前提があるのだろう。
 単年度の所得で考察された該当エントリーの格差と地域差の話はひとまずおくとして、そもそも、世帯格差において、夫婦共稼ぎの要因はどのくらい大きいのだろうか。

cover
夫婦格差社会
二極化する結婚のかたち
 この問題を扱ったのが今年1月に出版された『夫婦格差社会 二極化する結婚のかたち(橘木俊詔、迫田さやか)』(参照)である。副題に「二極化する結婚のかたち」とあるが、どう二極化するかというと、本書の造語とみられる、夫婦ともに高収入の「パワーカップル」と、夫婦ともに低収入の「ウィークカップル」に分極していくという主張である。
 ちょっと読みが難しいのは、「パワーカップル」が夫婦ともに高収入というのはわかりやすいが、「ウィークカップル」というのが夫婦ともに低収入とまでは言い切れなさそうで、その面で言うなら、普通の収入のある夫婦と、夫だけが働く夫婦との差違はどうなるのか、という扱いも難しい。
 本書の社会学的な主張だけ取り上げれば、しかし非常に明瞭で、「ダグラス・有沢の第二法則」と呼ばれる、「夫の所得が低ければ、家計所得を高くするために妻が働き」、「夫の所得が高ければ、家計所得が十分にあるので妻は専業主婦になる」という法則が、現代日本でも正しいのかという論証である。本書の主張としては、データを用いて、これが崩れつつあるとしたいところだ。
 だが本書のデータを付き合わせて、その否定論証を読んでいくと、それほどドラスティックな破綻とも思えなくなり、微妙である。
 逆に言えば、その微妙な部分、つまり、欧米先進国的な傾向から見れば、日本社会でも高学歴層において「ダグラス・有沢の第二法則」の法則が崩れていると見てよさそうなのに、そうでもなく、それを押しとどめる要因がありそうな点が興味深い。が、その部分はあまり本書から読み取れなかった。
 この問題は一読者の心理上関連して、本書の全体を読みながらも、なんどか首をかしげた。また本書は、表題の夫婦格差を論じつつ、未婚率の高さなども論じているのだが、ところどころ、なんというのか、新書なので大衆向けにスタイルを砕いたというべきなのかわからないのだが、データをベースに学術的に扱いながらも、なんともオヤジのぼやきのような口調が、あちこちと不意に出現するのである。たとえば結婚を求める際に、「女性にふられることを恐れるな」「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」といった呟きが書き込まれている。
 おそらく主著者の橘木俊詔の実感なのだろうが、共著の若い女性研究者の迫田さやかがその部分をどう受け止めていたのか、ある種、文学的に考え込まされる。同時にこの手の問題を考える際に、いわゆるフェミニズムはどのような視点を提供するのかも、よくわからない。
 本書は基本的には学術的にデータをベースに議論されており、今年の出版ということからも、最近のデータが集まっているので、この分野の議論のための資料集としても使えるだろう。
 論述とは別に、データを眺めるとなかなか含蓄深いものがある。例えば、すでに言われていることだが、日本は格差社会とはいうものの、格差の社会学的な指標であるジニ係数で見ると他国との対比ではそれほど深刻な状態ではない。では、日本国内でジニ係数の大きな変化はあったか。たとえば、ネットなのでよく言われるような小泉政権の施策で格差社会が顕著になったというような。
 そこで本書に掲載されている1962年来のジニ係数の推移を見ると、確かに上がっているとはいえるのだが、1962年に0.35くらいのものが2008年に0.38くらい上昇で、格差社会の拡大と言えるのか、疑問に思える。ある年代に突出していることもない。むしろ、第一次オイルショック時に0.32まで下がっているので、経済の混迷が格差を減らすと読めないこともない。
 庶民生活の実感としては格差が広がりつつあるということなのだろうが、そのために格差を議論する社会学的な新しい指標がなんであるかは、別の議論なのだろう。冒頭触れたエントリーのような単純に単年度で世帯所得で比べると格差があるという素朴な議論かもしれない。
 他にもいろいろ面白い議論や視点がある。これも庶民生活の実感として頷けるのだが、日本社会の女性の就労において、若い時に働いて、子育てで家に入り、また子どもの手が離れて働くという、ふたつの就労ピークがあり、アルファベットのMの字の形で形容されてきた。が、このへこみがしだいになくなりプラトーの状態に近づきつつあるというデータが示されている。25歳から34歳の既婚女性に限定すれば10年間で10ポイントの上昇がある。M字のへこみを押し上げているわけである。ただ、それがどれほどの全体変化の要因と見るかは、やはり難しい。
 概ね、妻が働く世帯では、妻が働かない世帯より、世帯所得が上がるというのは、常識的にも明らかだろうし、おそらく女性の高学歴化は妻の就労の推進要因であると見てよさどうだが、どうも決定的な要因は、別にありそうだ。つまり、三世代世帯の妻の就労率が高いことの要因である。

老親が一緒に住んでいれば、子育ての支援が期待できるので、妻の就労確率は高まる。このことから、女性が働くためには子育て支援の充実が必要だいうことがわかる。

 妻が就労するかどうかについては、子育てを老親に委ねることができるかの要因も大きい。
 というところで、ひとまず置いた冒頭参照のエントリーを見直すと、住む地域の格差というより、三世代世帯の要因が大きいのではないかというのが、実は、最初に思えたもう一つであった。
 さらにいえば、高学歴というのも、三世代世帯の余波ではないだろうか。まあ、このあたりは、その観点からデータを解析しないとわからないことではあるが。
 ついでにいうと、未婚率が上昇しているのは、潜在的な三世代世帯形成の傾向の同じ余波ではないかという印象もある。つまり、親と別れて世帯をもつと貧困に転じてしまうので、それを避けたいというのが社会学的な結果として出ていると見えないだろうか。
 そうだとするなら、政策的に考えるなら、親の世帯の資産をどう解体するかということがテーマになりそうだが、その場合、三世代世帯や潜在的な三世代世帯傾向にある若者層にも大きな打撃を与えることになるだろう。
 本書は、読み方によっては各種の議論が散漫に詰め込まれている印象もあり、それはそれで、私のように世間に疎い人間には面白いし、いろいろ想像力をかき立てられる。たとえば、女性が夫を選ぶ際に大学名を重視しているというデータなども、なかなか含蓄がある。単純に考えれば、高収入に繋がる高学歴な夫を求めていると受け取れそうだが、三世代世帯が日本社会を見る上でのキーになるとすれば、「お父様やお母様の卒業された大学に恥じない大学卒」を夫に求めることではないだろうか。
 そう考えると、日本社会は、普通に安定した社会にありがちな、身分社会のような傾向にあると見てよいのではないだろうか。そして格差というのはその付随現象ではないか。案外、格差補正として低所得層の処遇を厚くすると、「低い身分」の世帯の再生産になりそうでもある。
 もちろん、それがいけないわけでもない。
 個人的には、高学歴な貧乏人が、文化的に豊かに暮らせたら、所得格差みたいな問題はそれほど社会の主要テーマではなくなるだろうなという思いはある。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.03.06

女子高校生の中尾ミエ

 cakesに五木寛之の『風に吹かれて』(参照)の書評(参照後編)を書いたとき、同書とのその複数の版や、関連書籍を読み返しつつ、ここが核心という部分に絞ったのだが、そのために同書のもつ、あの時代を描いた豊潤さの部分は捨象してしまった。その一つが、女子高校生の中尾ミエと、それを見つめる30歳ほどの五木寛之の視線だった。
 話は、同書の「光ったスカートの娘」に含まれている。五木寛之がまだ作家として登場する前のこと、早稲田大学を除籍され(後、中退に変わる)、そのまま社会に出て、新しいメディアの世界でCMソングを書いたり、ショービズに関わったりしていたころのことだ。同エッセイには「三十四歳の今日まで、様々な人間を見てきた」とも書かれているように、このエッセイ執筆時は、34歳だった。
 エッセイは、彼が初めて作詞者としてその名前を記したCMソングの思い出である。当時、彼はまだ五木姓ではなかったが。
 製品は「パピー」という、水気を拭き取る道具だったという。「パピー、パピー、何でもふいちゃう パピー」というものらしい。私は知らない。逆算すると私が4歳ころのことなので、記憶にもない。パピーとは何か、今回書評書きに合わせて少し調べてみたが、わからなかった。
 その五木の初CMソングの歌手は、彼の知らない人だったという。録音のスタジオで、録音の用意ができた。


用意が出来たころ、マネージャーに連れられて、一人の小柄な女子学生がやってきた。カバンを下げ、セーラー服を着ている。
「この人が歌うんですか?」
 私はいささかガッカリして聞いた。私は自分の最初の作品を歌うタレントさんに過大なイメージを抱きすぎていたのだった。
「だいじょうぶ。この子は凄い才能がありますよ。将来きっと大物になります」
 マネージャー氏が、私をなぐさめるように言った。
 「はあ」
 私は半信半疑であった。何でも、学期末の試験で大変疲れているという。マイクに向かったセーラー服のスカートのお尻の所が、ピカピカ光っているのが目についた。

 五木の懸念に反して、歌は張りがありパンチがあった。「その声の背後ににじむカレンなお色気が私を驚かせた」とも書いている。
 中尾ミエである。

 その少女が、中尾ミエ、という名前であることを、私は後で知った。その日から私は彼女にあったことがない。

 中尾ミエは1946年生まれ。今年、67歳になる。
 五木のCMソングを歌った高校生の中尾ミエは、高校何年生だっただろうか?
 ウィキペディアの情報によるのだが、「1961年に渡辺プロと契約。園まり・伊東ゆかりらとスパーク3人娘を結成。ザ・ピーナッツの後継として期待され、クレージーキャッツ主演の『シャボン玉ホリデー』などに出演し、一時代を築く」とある。1961年は、彼女が15歳の年である。
 中尾ミエで決定的なのは、彼女を一躍スターにのし上げた歌「可愛いベイビー」である。

 元歌をコニー・フランシスが歌ったのは1961年。翌1962年に中尾ミエがカバーして日本でも大ヒットになった。
 1962年というと、中尾ミエは16歳である。高校2年生といったところだろう。すると、五木寛之が作ったCMソングを歌ったのは、1961年、高校1年生だったのだろう。
 相当に若いなと、ちょっとショックを受けると同時に、もし彼女が高校3年なら、五木は光ったスカートの女子高校生と見るより、すでに女を見ていただろう。
 五木はこの時、ちょうど30歳になったばかりだろう。すでに、後に「配偶者」となる玲子さんとはすでに同棲していたと見られる。
 五木は、真摯な15歳の中尾ミエを見つめながら、ショービズにかけたプロの魂といったものを見て取り、自身をこう省みていた。


おそらく私が見たものは、一人の歌い手の卵ではなく、幼くして一つの道に賭けた人間の後姿だったのだろう。そして、小説を書くという年来の抱負から遠ざかって、一向にめざす仕事のいとぐちに近づけずにもがいていた私自身に対する、恥ずかしさだったのかもしれない。

 五木寛之はこのそのころ、30歳で、小説家にならんともがいていた。どのように生きていったらよいか、その一つの道が見いだせなかった煩悶もあった。
 道の定まらない30歳の五木寛之と、15歳の中尾ミエの光景を想像すると、胸になにか、ぎゅーんと響くものがある。ノスタルジーというのでもない。昭和がどうということでもない。
 自分も、『考える生き方』(参照)にも書いたが、そんな時代があったなと思う。私は女性と同棲ということはなかったどころか、恋愛の気配さえなかった。30歳を過ぎて、ああ、自分は、おじさんになってしまったなあと、街行く女子高校生がとても遠く思えたことがあった。いや、女子高校生趣味といったものはないのだけど。
 

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.03.05

finalvent著『考える生き方 』の「はじめに」を公開

 先日出した、finalvent著『考える生き方 』の、カバーにもなっている「はじめに」の部分が、ダイヤモンドオンラインのサイトで無料公開になりました。「からっぽな人生を生きてきた |考える生き方 空しさを希望に変えるために」(参照)です。未読の方で、あの奇妙な表紙の先になにが書いてあるのか、ちょっと気になるかな、という人は、ご覧ください。

 この「はじめに」ですが、書いた手順としては、初めに書いたものではありませんでした。ちょっとその経緯の裏話でも。
 先日、この本は、ブロガー本だからブログ論とから始まったという話(参照)を書きましたが、他の部分も、現在のような自分語り的スタイルではなく、個別の議論のような体裁で書き進めていました。そしてそれぞれに一例として自分の体験談を混ぜていくというスタイルです。が、どうしても体験談を書き進めていくうちに、「うぁ、これはつらい、書けない、もうだめ」という事態に陥り、「さて、どうしましょうかね」ということになりました。この時点ではまだ書籍の企画としても、危うい状態だったので、企画練り直し、となりました。そこで再開するのに、「まず、本の全体のコンセプトとなるような一文を書いてみましょう」という話になり、今日公開の「はじめに」ができました。
 この「はじめに」は、執筆という点では一気に書いたものですが、これも書き出すまでが自分としては、けっこう大変でした。この本ってなんなの?というのを自問し続けていたわけです。
 その一つの答えが、この「はじめに」にでも書きましたが、普通の人生を書こうというものでした。


 普通、本を書く人というのは著名な人や、それなりに偉業を遂げた人だ。その成功例から何かを学ぼうということだ。私の場合は、そういうのは何もない。
 たいていの人もそうだろう。若いころ思っていたような希望に挫折して、それなりに運命と折り合って生きていく。
 世間的に社会的に、自分の人生の意味はないとしても、自分の内面から見れば、それなりにある種の手応えのようなものがあれば、それを支えに生きていける。

 それなりに挫折やトラブルはあるにしても、まあ普通といえそうな人生を、意識して書いてみようと思ったわけです。仕事を退職したお年寄りがよく、自費出版でだれも読みそうない自伝とか出したりするものですが、まさにそんな感触で受け取られてしまいそうな本を、あえて書いてみよう、と。
 小さな物語を、できるだけ、小さく書いてみよう、と。
 でも、お歳寄りの自費出版の自分語りは、大きな物語の幻想をもってしまいがちに思えます。
 また、政治評論でも哲学や思想でも、人はつい、大きな物語を志向してしまいがちです。
 人生の意味や、書籍の価値というものを、つい、大きな物語のなかで見てしまいがちなります。
 ひとつには、これまでの人生の語りというものには、大きな物語が関わってきたからでしょう。
 その近景には戦争があり、背景には貧困がありました。それらのなかに、普通の人を置いた場合、置かれた位置によって濃淡はあるにせよ、大きな物語のなかで、自分を語ることができたわけです。
 その年代の境目は、現在の80歳ではないかと思います。
 現在の80歳。1932年生まれ。
 戦争が終わったときに、12歳。
 ようやく、生涯の基礎になるものの心が固まる時期。世界というものが見えてくる時期。
 12歳のときに、戦争と貧困をどう見たか?
 このとき、大きな物語を見たか、大きな物語のような幻影を見たか、その差が明確に分かれてくるのが、現在の80歳。1932年生まれ。昭和7年生まれ、だろうと思います。戦後の「若者」の原型です。
 ということで、同じ生年月日でありながら、大きな物語を見た五木寛之と、大きな物語のような幻影を見た石原慎太郎という話を、これもまた今日後編公開のcakes連載「新しい「古典」を読む」(参照)の「【第18回】風に吹かれて(五木寛之)」(参照後編)に書きました。
 文学と人間の内省的な自覚というのは面白いものだなと思うのですが、大きな物語の中にいた五木寛之は意識して自身について小さな物語を語るのに対して、大きな物語のような幻影の中にいた石原慎太郎は大きな物語を語ってきました。
 私の時代には、普通の人にはもう大きな物語はありません。
 ただ、大きな物語を希求してしまう幻影だけがあります。
 それゆえに、大きな物語を希求すれば、石原慎太郎やその支持者や、あるいはその熱狂に捕らわれて熱狂的に憎悪する人々が絡め取られるようになりがちです。
 そこをやめよう、大きな物語が失われても、私は、五木寛之の側のスタイルでいようと、思いました。
 今回ダイヤモンドオンラインで公開した、「はじめに」のなかでは、山本七平にも言及していますが、彼もまた大きな物語に翻弄されつつ、小さな物語のなかで生きた人でした。
 あと、ダイヤモンドオンラインでは、次週、3月13日に「あとがき」に相当する、ダイヤモンド社の小冊子「Kei」に寄稿した文章が公開になります。なお、「Kei」はオンラインで無料配布になると伺っています。
 こちらも「あとがき」として意識して書いたものではなく、『考える生き方』脱稿後に、紹介的に書いたものでした。
 『考える生き方』では、「あとがき」は意識して書きませんでした。
 特に要らないだろうというのと、書籍という形をそれほど意識する必要はないようにも思えたからでした。
 スタイルとしては、この本は、自分語りにも見えるだろうし、これまでこのブログを読んでくださった方には、深読みができるだろうとは思います。そうでありながら同時にこの本を通して、平凡な人生の内側(考えることで掘り下げられる内面)をできるだけ、幅広い人に通じてほしいと思っています。その意味で、後書きで自分の書いた本を強調するより、むしろ私から、離れていけばいいという思いでした。
 それと、先ほどアマゾンを見たら、もうKindle版の予定(3月11日)が出ていました。同じ出版社の『統計学が最強の学問である』(参照)のKindle版が出ているので、いつかは出るのだろうとは思ったのですが、そのいつかがわからず、書籍版を買ったけどKindle版が欲しかったのにという人には、情報が足りず、申し訳ありませんでした。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013.03.04

フィナンシャルタイムズはアベノミクスをどう見ているか?

 昨日付けで、フィナンシャルタイムズがアベノミクスをどう見ているかについて、社説を出していた。内容は、当たり前といえば当たり前だが、それなりに踏み込み、かつある程度明確に論点を整理していた。
 おそらく今日明日には、フィナンシャルタイムズの邦訳を掲載することが多いJBPressや日経に訳文が掲載されるのではないだろうか。だから、それを待ってもよいのだが、フィナンシャルタイムズ関連でちょっと気になる別記事があったので、該当社説のネタを、正式邦訳が出る前にブログのネタで拾っておいてもよいかもしれないと思った。
 まず、その気になる記事のほうだが、JBPress訳では「日本経済、手早い対策は緩やかな停滞より危険か」(参照)、日経訳では「[FT]アベノミクスが危険なこれだけの理由」(参照)である。邦題は異なり訳文も異なるのだが、日経訳には「翻訳協力 JBpress」とあるので、基本的に同質の訳文であろう。
 オリジナルは、ヘンリー・センダー(Henny Sender)氏による2月28日付け「‘Abenomics’is not enough to rescue Japan(アベノミクスは日本救済には十分ではない)」(参照)である。副題は「Structural reforms needed rather than just driving down the currency(単に通貨安に操作するよりも構造改革が求められる)」というもので、趣旨は、その表題と副題から察せられるように、邦題の視点とはやや異なっている。
 センダー氏の見解はフィナンシャルタイムズに掲載された一つの見解であるが、同紙としての見解ではない。では、社説ではどう見ているか。
 安閑とした態度はとっていないという点では、センダー氏の見解に近いとも言える。黒田氏が説くデフレ脱却の意向について。


The attempt to do so will shake Japan’s economy and, maybe, the world’s. This shift is necessary but risky. It is likely to be destabilising, at least in the short run.

デフレ脱却の試みは日本経済と世界経済を揺り動かすだろう。この変化は、必要だが危険が伴う。少なくとも短期的には、不安定な状態をもたらしかねない。


 そして、同社説は、3つの問いを立てて、それに答えている。


1 アベノミクスで弱インフレが達成できるか?


The first question is whether, contrary to the pessimistic view of the BoJ, monetary policy can deliver higher inflation even in a country with entrenched expectations of mild deflation.

最初の問題は、日銀の悲観的な見方に反し、弱デフレ期待に突入している国家において、金融政策によって高めのインフレが実現できるだろうか、である。


 これに対する同社説の答えは、イエスである("The answer is yes.")。
 ただし条件があり、期限なしの外貨購入(open-ended purchases of foreign currency)、より大きな規模での国債引き受け( monetisation of even larger fiscal deficits)、リスクのある国内債券の直接引き受け(direct purchase of risky domestic credits)などが必要だとしている。そしてこれらは政府と日銀が協調しないと無理だとしている。
 理論的には無理ではないにせよ、政策の実施面ではなかなか難しいと私には受け止められた。


2 アベノミクスで日本経済は上向くか?


The second question is whether the achievement of higher actual and expected inflation would end Japan’s long economic malaise.

2番目の問題は、期待されている実質のインフレによって、日本の長期経済停滞が終わりを告げるだろうか、である。


 フィナンシャルタイムズの答えは、「多分、としか言えない("The answer is only perhaps. ")」として、アイロニーを込めている。
 デフレ下で高まった実質金利の低下によって、貯蓄傾向が減ることや、債務の軽減は期待できるが、他面、長期金利の上昇が債務軽減を相殺するかもしれない。つまり、なんとも言えない、ということだ。
 この点について私も、フィナンシャルタイムズ同様、そうかなという印象は残る。


3 アベノミクスで円売り・円逃避が起きるか?


The third question concerns the indirect consequences of this new policy. Higher expected inflation, particularly if accompanied by negative real interest rates, could trigger a run from the yen, not just by foreigners but by domestic residents too.

3番目の問題は、新方針の間接的な結果に関係する。高めに予期されるインフレ、特に実質金利がマイナスになる場合、外国のみならず国内からも、円からの逃避を起こしかねない。


 この点については、フィナンシャルタイムズは、前2問のようには、手短な答えを上げていない。
 理由は、文脈から見ると、国際経済の対応によるとしているためだろう。つまり、世界規模での金融緩和競争になるかもしれないし、日本が近隣窮乏化政策だと非難される可能性もあるということのようだ。


で、結局どうなのか?
 結論は、読みようによってはグダグダしている。


Ending deflation is, in brief, risky. But the status quo is riskier. On its present path, Japan’s public indebtedness will, in time, become unmanageable. Deflation just guarantees a bigger disaster down the road. Instead, the economy has to be brought back into balance and the debt overhang reduced.

一言で言って、デフレ終息には危険が伴う。しかし、現状のままのほうが危険が大きい。現状のまま進行すれば、日本の公的債務はいずれ、対応不能になる。デフレの道の先にはより大きな惨事があるだけだ。その逆に日本経済は、バランスの良い状態と過剰債務削減に立ち返るべきだ。

It would have been far better to have taken these steps 15 years ago. But the BoJ, in its folly, did not act in time. Acting too late is bad. But it is at least better than never acting.

15年前にこの手順を取っておけばよかったことだろう。だが、日銀は、愚かにも、適時の対応を取らなかった。遅すぎた対処はよいことではない。だが、少なくとも、手をこまねいているよりはましである。


 このまま日本経済が進んでいっても地獄があるばかりなんだから、方向を変えるのはしかたないんじゃないかというトーンである。なお、日銀を「愚か」と呼んでいるのは、私ではなく、フィナンシャルタイムズなので、ご注意。
 で、結局どうなのか?

Positive inflation has a role to play among a set of policies aimed at encouraging more private-led spending and growth. Mr Abe is right to take the gamble on inflation. But a gamble it clearly is.

民間部門の支出と成長を鼓舞する一連の政策において、インフレには相応の役割がある。安倍氏がインフレに賭けたのは正しい。だが、これは賭けなのだ。


 賭けだから、失敗するかもしれないよ、というのである。
 そういえば、民主党政権になるときも、政権交代の賭けにかけてみたら、と勧めていたのも、フィナンシャルタイムズの社説であった(参照)。
 お後がよろしいようで。
 
 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2013年2月24日 - 2013年3月2日 | トップページ | 2013年3月10日 - 2013年3月16日 »