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2013.12.26

finalvent's Christmas story 8

 人生は出会いだという人がいる。おそらくそうだろうが、出会いがあれば別れもある。ならば人生は別れだとも言いたいところだが、出会いが印象的であるのに対して、別れは必ずしもそうではない。若い日の別れは痛切な印象を残すことが多いのに、年を取るにつれ、静かに音信が途絶える別れが増える。それは悲しいことでもない。人とのつながりは必ずしも幸福に基づいているわけでもないのだ。どちらかと言えば、北風のような不幸に遭遇してたまたまそこで二人、心を寄せていることもある。いつまでもいるべき場所ではない。寄り添いから離れ、春の息吹に静かに向かって歩んでいく人がいるなら、振り返ることはしなくてもよい。残された者は、その人の幸福を祈っていればいい。たとえそこに真実がなかったとしても。
 振り返ってみると、そうした人生の友とも言えた(あるいは恋人と言うべきなのかもしれないが)ルツとの音信が途切れたとき、なんとなく不安な思いとともに、彼女の新しい幸せの旅立ちの可能性も思った。そうであってほしい。
 それ以上に気にすることはない。そう思いつつも気になっていた。彼女が関わる団体の関係者にそれとなく訊いてもみた。彼女は病気だったと聞かされた。慢性リンパ性白血病らしい。信じられなかった。叫びたいような思いにも駆られたが、身体の芯がからからに渇いたような疲労感を感じて何もできなかった。ルツはもう死んでしまったのではないか。
 しかし彼女は生きていた。たまたま手にした「サイエンティフィック・エンカレッジメンツ」の会誌のレポートで彼女の名前を見つけた。近況のようだった。前後の会誌を取り寄せてもみたが、彼女の名前があったのはそこだけだったので、見かけたのは偶然だった。いずれにせよ、元気でいたようだった。病気というのが間違いだったのか、予後が良かったのか。この地上に彼女が生きていてくれるなら、それだけでいい。
 そう思うと気が楽にもなったし、退屈も覚えたので、そういえばとKFFサンタクロース協会のボランティアリストをオンラインで覗いて見た。超大型台風ハイエンの被災地での活動はあるだろうとフィリピンの項目を見ていくと、台風被害支援とは別にマニラでの慈善会があり、そこにルツの名前を見た。会える。会いたいとも思った。が、差し出がましいのではないかともためらった。私たちは長い別れの時期にあるのではないか。
 協会のマリーには超能力のようなものがある。私はそういう類の能力は信じないが、経験的にはそれ以外には納得がいかない。彼女からそのマニラの慈善会への参加の依頼があった。「大丈夫、サンタクロースの役はないから」と彼女は言った。別段、サンタクロースに扮してもかまわないし、青年たちと個人的に話をしてもかまわない。そうした気持ちの裏で、たぶん、私はルツに会うのだろうと知った。
 もちろん、ルツには会えた。どういういきさつかわからないが、所定の活動のあと、ホテルに彼女からのメッセージが入っていた。数人で会食をするから参加しませんかというのだ。それがいい。
 指定されたスペイン料理の店に入ったとき、ルツたちの八名ほどの一行は着席して会食が進んでいたので、私は時間を間違えたのかと思った。間違えたのは彼女のほうだったらしい。「ごめんなさい。気がついたときは遅かったの。いつもそうなの」とルツは言った。私はかまわない。
 一行はイスラエルの医師たちであった。なぜ彼らがここに集まっているのかはわからない。遺伝子治療の話題が盛り上がっていた。癌患者の免疫細胞の一部を取り出し、そこに改変を加えて戻す。それによって患者の身体の癌細胞が免疫の攻撃対象となり、癌の治療が可能になるということらしい。そんな医療技術もあるのかと思ったが、会話のなかに出てきた「キメラ」という言葉のほうに私は思いをはせた。生物学・医学的には普通の表現だろうが、語源を思うと面白いようにも思えたのだ。ギリシャ神話の怪物である。ライオンの頭とヤギの胴とヘビの尾を持つ。
 散会後、ルツは医師たちに別れを告げ、私を誘ってホテルのカフェに向かった。私が何を言ってよいのかわからないでいると、ルツは「私がそのキメラなのよ」と切り出した。「私は私ではないの。私は私を救えなかったの」。話をきくとどうやら彼女はそのキメラの医療によって救われたらしかった。
 「私の中にいた癌細胞は、たぶん私の一部だった」と彼女は言った。「だからそのせいで私が死んだとしても私にとっては、それは自然だった」
 「いや病気だったのですよ」と私は言った。「君が元気そうにいてくれて嬉しい」
 「そうね。私も嬉しい。嬉しいとか悲しいとか思える自分がいること自体を嬉しいと思ってもいいんでしょうね。たとえ私がキメラであっても」
 「キメラは治療法であって、君自身じゃない」
 「いえ、私はそもそもキメラだった。私は私ではないものをいっぱい抱えて、それがぜんぶ自分だった。でも私は私が生きるためにそれをいくつか捨ててしまった」
 「比喩的な意味だろうと思うけど、人はそうして生きていくものじゃないかな」
 「ええ、そうね、たぶん」
 「もしかすると、キリストというのもキメラかもしれない」 なぜ自分がそんなことを思って口にしたのか、よくわからなかった。修道女であった彼女の気を害するかもしれない。
 「面白いわ、それ。三位一体はキメラかも」 そして彼女は、吹き出し、笑い続けた。
 「君は笑っている」と私が口を突くと、ルツは少し真面目な顔をして、「私は笑っていません。しかし、主は言われた、いや、あなたは笑った、と」
 「そして老いたサラはイサクを産んだ。神は神をあざ笑うものをその笑いで祝福するということかな」
 ルツはいたずらそうな目をして、「そうかもしれない」と答えた。「神が存在するなら、そのように存在するのでしょう」
 「メリー・クリスマス」と私は言った。
 「メリー・クリスマス」と彼女は答えた。
 
 

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コメント

権力者の人たちに捧げたくなるような素朴な話でいいね。会話の部分を会話なしに表現してもよかったような気もする。

で、かなり違うけど、人って、H2OとNaとC6H12O6の摂取総量とバランスによって、随分体調が変るんじゃないかと、今。Naは、H20とC6H12O6を結びつけるの必要不可欠なもので、定量的にNaを下げてC6H12O6の過剰は、やっぱりおかしいと思う。その上、H20を排出してしまうカフェインやカリウムは、とくにインスタントコーヒーのカリウムの多さとか・・・。あと、寒い地方の人は雪を溶かせばいくらでも水分補給できただろうけど、そのために大量の薪とか用意できなくて、水が減った分、体内に留めておくために塩を濃くしていただけではないかとか。で、ちょっともどると、人間も、Naの人、H20の人、C6H12O6の人がいるような気がするね。

おまけに、日本の最高権力者は、完全なる個人、これは、一切マスコミにもしらせない、スタッフにもしらせない、行ったあと、口コミでそれとなく広がっていく方法か、そこへいっしょにいきたいごくごく普通の一般市民の個人としての存在の人々100人ぐらに囲まれて(募集もごくごく人づてで)、その人たちだけで行ってほしいかな。これなら、オレは意味がわかる。大切なことだと思う。

投稿: | 2013.12.26 22:08

この記事を拝読して、只々美しいと感じました。
命がある。と云う事は只それだけで美しい。
そう思ってはいてもなかなかそれを実感したり、感じたりすることは少ない様に思います。
大切な出来事を記事にして下さり有り難うございました。

投稿: tatui | 2013.12.27 04:51

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