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2013.12.30

奥克彦さんと井ノ上正盛さんの死から10年

 先日、安倍首相の靖国神社参拝が話題になっていたが、結果としては、彼の思いとしては「いつ行くか」というタイミングの問題だけでもあったのかもしれない。現下の国際状況を鑑みたら、別の考えもありうるだろうとも思いつつ、それはそれとして、ふとではいつだったら、例えば、自分にとってその心情なりが伝わるだろうかと、とりとめなく思った。
 自分の思いの裏にあったのは、奥克彦・駐英参事官と井ノ上正盛・駐イラク三等書記官のことだった。2003年11月29日、日本国の命令でイラクに派遣されていた二人が、バグダード近郊で射殺された。
 あれから、10年たった。
 10年前、2003年、その9月に、安倍晋三氏は、当時の小泉首相によって、自民党幹事長に抜擢されたのだった。その彼のことだから、奥氏と井ノ上氏のことは、かたときたりとも忘れることはなかっだろう。その追悼はどうされたのだろうか。二人は靖国神社に祀られてはいないはずだ。
 安倍氏に次いで幹事長となった武部勤氏は、2005年、当時の小泉首相が靖国神社に参拝したおり、こう述べていた。2005年6月1日の共同通信「首相は今年も靖国参拝 武部氏、新追悼施設が必要」(参照)より。


首相は今年も靖国参拝 武部氏、新追悼施設が必要
 自民党の武部勤幹事長は10日午後、札幌市で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について「今年もご自身の考えに基づいて参拝するのではないか」との見方を示した。
 靖国神社には戦没者が祭られているが、武部氏は「外国の元首がお参りできない、天皇陛下もお参りできないのは良いことではない」と指摘。さらに、イラクで殺害された奥克彦大使らを挙げ「テロと戦って心ならずも命を亡くした人々。世界で活躍し、命を亡くしている人々を慰霊する墓地をつくるべきだ」と述べ、新たな追悼施設の必要性を強調した。

 新たな追悼施設ができていたら、今頃、奥氏と井ノ上氏はその追悼施設で慰霊されていたことだろう。
 二人の慰霊に気に掛けていた国会議員もいた。奥克彦氏がラガーであったことから、超党派議員19人による「国会ラグビークラブ」主催で奥大使追悼試合が11月18日に開催された。一番の後ろ盾はおそらく、この会のキックオフをした日本ラグビー協会会長の森喜朗氏であっただろう。
 奥大使追悼試合だったからといって井ノ上氏の追悼がなされなかったわけではないだろう。ただラグビーをオモテに立てたので、新聞記事などでは奥氏がおもに語られることにはなったのだろう。
 その点、宮崎県都城市では10年目にあたる日、井ノ上氏の母校で井ノ上氏の追悼式があった。事件当時の校長だった田爪俊八氏が中心になって呼びかけたものだ。読売新聞「「井ノ上桜」に平和誓う イラク外交官殺害10年」(参照)より。

 上長飯小の校庭には「平和の木『井ノ上桜』」と名付けられた1本の桜がある。
 井ノ上さんは生前、妻のおなかの中にいた2人目の子どもが女の子だと分かると、名前に「桜」の文字を入れると決めていた。その話を聞いた当時の校長、田爪俊八としやさん(61)(宮崎市)や6年生が先輩の遺志を継いで平和の大切さを伝えていこうと、卒業記念に植樹した。
 追悼式には開催委員長を務めた田爪さんや当時の6年生、その保護者ら約40人が参加。「井ノ上桜」の横に置かれた井ノ上さんの遺影に花を手向け、遺徳をしのんだ。
 植えた当時、高さ2メートル足らずの幼木だった「井ノ上桜」はいま、2階建ての校舎の屋根に迫るほど。田爪さんは「立派な木に成長し、井ノ上さんもうれしく思っているだろう。彼が願っていたように、世の中が平和になってほしい」と語った。
 植樹した介護士、上原智恵さん(22)は「井ノ上さんのように頼りにされる存在になりたい」と話していた。
     ◎
 集会には都城市内に住む両親も駆けつけた。
 妻と小学6年生の長男、そして事件当時、妻のおなかの中にいた小学4年生の長女の3人は県外で暮らしているが、年に4回程度は都城を訪れるという。
 父親の靖夫さん(69)は「正盛は桜が好きだった。こんなに立派になって、天国で喜んでいることだろう」。母親のイク子さん(67)はこの10年を振り返り、「早いもの。孫たちはどんどん大きくなっていく。よく遊びに来てくれるので癒やされています」と話していた。

 安倍首相や国会議員がその追悼式に参加していたかについて記事にはない。電報なりでメッセージは伝えたのかもしれない。
 
 

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