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2013.11.23

秘密保護法案について

 秘密保護法案についてツイッターなどを覗いていると騒がしい議論や意気込んだ反対運動などが察せられる。人それぞれの思惑というのがあるだろうし、その人の背景の思惑というのもいろいろあるのだろう。民主主義国なのでいろいろあっていいと思うが、こういうニュースは伝わるのか、記者さんはどのくらい理解して伝えているのか、と多少疑問に思えたニュースがあった。
 今日の毎日新聞「秘密保護法案:国連人権理の特別報告者 日本に懸念表明」(参照)より。


【ローマ福島良典】国連人権理事会のフランク・ラ・ルー特別報告者(グアテマラ、表現の自由担当)は22日、日本の特定秘密保護法案について「内部告発者やジャーナリストを脅かすもの」との懸念を表明、日本政府に透明性の確保を要請した。国連人権高等弁務官事務所(本部スイス・ジュネーブ)が報道声明で発表した。
 ラ・ルー特別報告者は「内部告発者や、秘密を報じるジャーナリストを脅かす内容を含んでいる」と法案を批判。秘密漏えいによる損害が国民の「知る権利」という公益よりも大きな場合に限って秘密保持が認められるが、その場合でも、独立機関による点検が不可欠だと主張した。
 国家機密を漏らした公務員らに厳罰を科す内容が法案に盛り込まれている点について「違法行為や当局の不正に関する機密情報を『良かれ』と思って公にした公務員は法的制裁から守られなければならない」と指摘した。

 この毎日新聞の報道が不正確だということはではない。むしろ、「秘密漏えいによる損害が国民の「知る権利」という公益よりも大きな場合に限って秘密保持が認められる」ことを明記していてる点はよいとも言える。
 NHKにも類似の報道があった。「秘密法案に国連人権事務所懸念」(参照)より。

 国会で審議が行われている特定秘密保護法案について、国連人権高等弁務官事務所の特別報告官は声明を発表し、「法案では、秘密の範囲が非常に広くてあいまいで、透明性を脅かすおそれがある」などと懸念を示し、日本政府に対してさらなる情報の提供を求めました。
 声明を発表したのは、スイスのジュネーブにある国連人権高等弁務官事務所で各国政府から独立の立場で人権状況の監視などを行っている特別報告官です。
声明では、日本の国会で審議が行われている特定秘密保護法案について「透明性は民主的な統治の核とも言えるものだが、法案は透明性を脅かしている」として、「深刻な懸念」を表明しています。
 具体的には、「法案では秘密の範囲が非常に広くあいまいであるだけでなく、秘密を内部告発したり報道したりする人たちにとっても、深刻な脅威となる要素を含んでいる」としています。
 そして「たとえ例外的に秘密にするケースであっても、独立の機関による再検討が不可欠である」と指摘し、秘密の指定が適切に行われているかチェックする機関の設置が法案に盛り込まれていないことにも懸念を示していて、日本に対してさらなる情報提供を求めるとしています。

 こちらも不正確な報道というわけではない。「たとえ例外的に秘密にするケースであっても、独立の機関による再検討が不可欠である」といった重要な部分も明記されている。
 オリジナルの声明は「Japan: “Special Secrets Bill threatens transparency” – UN independent experts」(参照)である。毎日新聞記事やNHK報道と比較して内容に相違があるわけではない。
 冒頭触れた懸念がどのあたりにあるかというと、国連人権高等弁務官事務所は人権状況が主眼でジャーナリストを守ろうとしているのだが、この件、つまり、特定秘密保護法案にはまず国際的な前提があり、その上で、国連人権高等弁務官事務所が述べているのだが、そうした背景が、日本の報道でどの程度伝わっているだろうかと気になったのだった。
 案じるほどのこともないのかもしれない。この問題の背景には、世界70か国の安全保障の専門家と関連法律家500人が集まって2年以上も議論し、今年の6月、南アフリカのツワネでまとめた「ツワネ原則(The Tshwane Principles)」(参照)がある。なお、日本弁護士連合会による試訳(参照)もある。
 ここで、国家安全保障上の理由で非公開とされた情報についての、現状の国際世界での水準がまとめられた。機関の関係の上では直接とは言えないが、識者の対応からして、国連人権高等弁務官事務所の先の表明が関連している。
 やっかいなのが、この「ツワネ原則」もまた、間接的な報道からは誤解されやすい性質があるように思われることだ。
 たとえばカナロコ「特定秘密保護法案を問う:国際指針「ツワネ原則」に照らし見直しを」(参照)ではこう紹介されている。

 国家の秘密保護と国民の知る権利は対抗する。しかし、バランスを取ることは可能だ-。政府による秘密の指定において知る権利や人権など配慮すべき点を示した「ツワネ原則」と呼ばれる国際的なガイドラインがある。特定秘密保護法案の今臨時国会での成立が見込まれるなか、日本弁護士連合会は「原則に照らし、秘密指定の範囲や方法、期間、解除方法、処罰対象など多くの欠陥がある」と指摘。「法案をいったん白紙に戻し、全面的に見直すべきだ」と訴える。

 気になるのは、「ツワネ原則」では「国家の秘密保護」という一般的な提起ではなく、「国家安全保障における秘密保護」が問題となることだ。
 「ツワネ原則」のロジックは、国家安全保障には秘密が避けがたいからこそ、その歯止めが必要だということであって、前提として、国家安全保障には秘密が認められている。
 「ツワネ原則」の冒頭はこうである。

These Principles were developed in order to provide guidance to those engaged in drafting, revising, or implementing laws or provisions relating to the state’s authority to withhold information on national security grounds or to punish the disclosure of such information.
本原則は、国家安全保障上の理由により情報の公開を控えたり、そのような情報の暴露を処罰したりする国家の権限に関わる法津又は規定の起草、修正又は施行に携わる人々に指針を提供するために作成された。

 どのような国家であれ、国家安全保障上の理由で非公開とする情報はあり、その保護のために処罰規定を作らなければならないから、その国家権力にどの程度の合理的な歯止めを掛けるかというのが問題意識になる。ここでようやく、これを背景に先に触れた毎日新聞記事やNHK報道の意味が現れる。
 別の視点から「ツワネ原則」を見ると、国家がその安全保障上、合理的に秘匿されうる情報の原則だともいえる。原則9に、こうした国家が安全保障上、秘匿する情報について、明記されている。

Principle 9: Information that Legitimately May Be Withheld
原則 9: 合理的に秘匿され得る情報

(a)Public authorities may restrict the public’s right of access to information on national security grounds, but only if such restrictions comply with all of the other provisions of these Principles, the information is held by a public authority, and the information falls within one of the following categories:
(a)公権力は国家安全保障を理由に、情報にアクセスする公衆の権利を制限することができるが、そのような制限は、本原則の他のすべての条文に適合しており、その情報が公的機関によって保有されており、下記のカテゴリーのいずれかに当てはまる場合に限られる。

(i) Information about on-going defense plans, operations, and capabilities for the length of time that the information is of operational utility.
(i)その情報が戦略上有効である期間中の、進行中の防衛計画や作戦、状況に関する情報
(ii) Information about the production, capabilities, or use of weapons systems and other military systems, including communications systems.
(ii)通信システムを含む兵器システムその他の軍事システムの製造、性能、使用についての情報。
(iii) Information about specific measures to safeguard the territory of the state, critical infrastructure, or critical national institutions (institutions essentielles) against threats or use of force or sabotage, the effectiveness of which depend upon secrecy;
(iii)国土や重要インフラ又は重要な国家機関を、脅威または妨害工作や武力の行使から護衛するための具体的な手段に関する情報で、機密であることでその効果を発揮するも
の。
(iv) Information pertaining to, or derived from, the operations, sources, and methods of intelligence services, insofar as they concern national security matters; and
(iv)情報局の活動、情報源、手段に関連又は由来する情報で、国家安全保障の問題に関するもの、及び
(v) Information concerning national security matters that was supplied by a foreign state or inter-governmental body with an express expectation of confidentiality; and other diplomatic communications insofar as they concern national security matters.
(v)外国や政府間機関からとくに極秘を期待されて提供された国家安全保障の問題に関する情報、及び他の外交上のコミュニケーションで提供された国家安全保障の問題に関する情報。


 繰り返すが、国家は、こうした情報を国家安全保障上の問題と非公開にせざるを得ないということが、前提にあるからこそ、「ツワネ原則」が重要になる。
 日本の事例に戻ると、「秘密保護法案」というように一般的な呼称があるために議論が広がりすぎる傾向があるが、この法案は、日本国家の国家安全保障上必要とされる秘密をどのように扱うかということが原点にあり、むしろ、日本の国家安全保障上の状況が切迫してきたから必要性が増してきた。
 日本の国家安全保障上の状況との関連では、近いところでは今年の10月3日に東京で開催された日米安全保障協議委員会がある。通称「2+2」と呼ばれるが、今回は日本側からは小野寺五典防衛大臣及び岸田文雄外務大臣が,米側からはチャック・ヘーゲル国防長官(The Honorable Chuck Hagel, Secretary of Defense of the United States of America)とジョン・ケリー国務長官(The Honorable John F. Kerry, Secretary of State of the United States of America)が出席した。内容は「JOINT STATEMENT OF THE SECURITY CONSULTATIVE COMMITTEE」(参照)である。防衛省の試訳もある(参照)。
 関連するのは以下である。

情報保全
 情報保全の強化により、二国間の信頼関係は引き続き強化され、両国間の情報共有が質量双方の面でより幅広いものとなり続ける。閣僚は、情報保全が同盟関係における協力において死活的に重要な役割を果たすことを確認し、情報保全に関する日米協議を通じて達成された秘密情報の保護に関する政策、慣行及び手続の強化に関する相当な進展を想起した。SCCの構成員たる閣僚は、特に、情報保全を一層確実なものとするための法的枠組みの構築における日本の真剣な取組を歓迎し、より緊密な連携の重要性を強調した。最終的な目的は、両政府が、活発で保全された情報交換を通じて、様々な機会及び危機の双方に対応するために、リアルタイムでやり取りを行うことを可能とすることにある

 「2+2」の声明では概略が記されているが、日本の安全保障は、実質同盟国の米国との連携が欠かせないので、その軍事同盟上の「秘密情報の保護に関する政策」が必要になる。ごく簡単にいえば、今回の「秘密保護法案」は米国との軍事同盟の前提になるものである。
 まとめると、現下の東アジアの軍事的な状況において、日本の安全保障上、どの程度、同盟国と米国と軍事的な関わりを持つかということが問題の起点にあり、次に、その関わりの維持のために、日本の安全保障の秘密をどの程度強化しなければならないかという問題に派生する。
 現状の秘密保護法案だが、国会の過半数を得た自民党はかつての民主党のように強行採決でこれを通すこともできるだが、安倍政権はあえて国会の議論を優先し、ゆえに紛糾したかにも見えるが、まさに国会とは議論のためにあるのだから、東アジアの軍事的状況と米国との軍事同盟の意味を理解した上で、「ツワネ原則」に則った形で熟議を経て法案をまとめていくとよいだろう。
 残念ながら現状では、日本の安全保障という前提が意識されない廃案運動や、「ツワネ原則」から反れた議論(残念ながら日本の知識人に多く見られる)、さらには「ツワネ原則」よりも強力すぎる案(「外国からの情報」に限定する民主党案は強すぎる)などが錯綜している。
 
 

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コメント

政府にとって都合の悪い情報の隠ぺいにつながる
国に都合よく隠したい問題があって秘密保護が成立すれば知るすべもなく真実をネットに書いた人は罰せられる
秘密保護法はいろんな団体が反対している
国民の知る権利を奪う言論弾圧

投稿: K | 2013.11.23 23:51

こういう背景があったんですね。全然知りませんでしたが、よく考えたら UN とか人権保護関連の機関とか、西洋的な思想を受継ぐ機関ではこうしたガイドラインやマニュアルをきっちり整備してそれに則って行動するという事を徹底する傾向にあるので、当たり前と言えば当たり前なのでしょうかね。

ところで記事内の非引用部では常に「ツネワ原則」と書かれてしまっていますが、正しくは「ツワネ原則」です。しょうもない誤植ですが読んでてすごく気になったので…

投稿: 井上 | 2013.11.24 01:06

Tshwane>ツネワでなくツワネでしょうか。

投稿: つかみ男 | 2013.11.24 01:15

ささいなことですが、正しくは「ツワネ原則」です。最初は正しく「ツワネ」と表記していたのに、途中からなぜか「ツネワ」に統一されてしまったのが残念です。ご指摘自体は的を射ていると思うので、よけいに残念に思いました。失礼しました。

投稿: 山中朝晶 | 2013.11.24 03:35

ツネワ→ツワネ

投稿: | 2013.11.24 07:11

誤字ご指摘ありがとうございました。訂正しました。

投稿: finalvent | 2013.11.24 07:33

心配ばかり先走りしていて、つまらん。現実は、情報漏洩があるのに捜査しないし、かりに情報漏洩があっても隠蔽してしまっているので、意味がない。結局、国際安全保障の輪の中で、日本は秘密を守りますよって看板を立て直すだけで、ただ漏れ状態は続くんですよ。

なんかしらないけど、日本という国が、糖尿と高血圧の薬でずぶずぶで、一番大切な筋肉を失っていくようなことをしているだけで、バカみたいだよ。まずは、情報漏洩を徹底的に調べて、それを罰して、それから法律をだせよ。いらない予防なんかするな。バレなければ、何してもいい政治家が増えるだけで、恥ずかしくてしょうがない。そういう政治家を保護するだけにしか焼くに立たない法律になりそうだし、そもそも違法な政治家なんか、ジャーナリストがどんどん違法情報をひきだして、それこそ逮捕されてほしいものだ。

で、オススメは、和式便所スロトレスクワット、笑。あと、冬場は、塩。肉が少ないなら塩。寒さを感じたら塩。というわけで、今回の法律は、塩が効いていない、間抜な法律だね。時間を無駄にするぐらいなら、さっさと法案を通して、衆議院選挙の憲法違反をなんとかしろ!

ほんと、バカだ。ブロガーも取り締まるかもしれんといった政治家もいたらしいけど、そんなこと公にしたら、ますますアンダーグランドにいって、英語で、外国人になりすまして、ネットに公開されるだけじゃん。ま、そんな実力のあるブロガーもいないし、笑。

投稿: | 2013.11.24 08:02

ツワネやカナコロの原則と言うモジュールを表記してない時点で
日本のマスゴミ報道は欠陥だらけと言えるのでは?
こうしたモジュール抜きでいきなり素人の国民がジャーナリズムが~とか知る権利が~と論じて意味がないんだから
マスゴミの程度が低いから議論にすらならい空論が飛び交うことを懸念してるわけですね

マスゴミも自分達に都合悪いから国際原則のことを秘密保護して報道してるんですかねぇ(笑)

なんかマスゴミもなぁ~

投稿: | 2013.11.24 12:34

ツワネ原則をまともに参考にしていないから叩かれてるんでしょう?ただの民間の意見だって言って

投稿: | 2013.12.13 13:45

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