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2013.09.08

ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ。

 『歴史が面白くなる東大のディープな世界史(祝田秀全)』(参照)という本を暇つぶしがてらに、にやにやしながら読んでいたが、「ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ」という設問に至って、くすりと笑った。

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歴史が面白くなる
東大のディープな世界史
 この本は、分野としては受験参考書なのだろう。東大入試の世界史の過去問から面白そうな設問を取り出して、解説を付けながら、模範解答を示すという書籍である。世界史は暗記物とも言われるが、この本に掲載されている問題の大半は論述問題なので、単に事項を暗記して答えるわけにはいかない。解答に至るまでの理路を理解することが重要になる。
 しかしまあ、それだけ言うと、やはり受験参考書ですよね。そういう受験参考書が珍しいわけではない。
 ところが、この本で選ばれた問題はなかなかひねりがあって楽しい。さすがは東大というべきなのか、東大の先生はクイズがお好きだなというべきか。なかでも、先の設問である。全体は、こうなっている。

 近代になってから韓国の出版物の多くは、日本の漢字仮名交じりと同様に、漢字ハングル交じりで作成されてきたが、近年ではハングルのみとする傾向が強まっている。ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ。
[2004年度・第3問・問(5)]

 設問を見て吹いてしまった。やるなあ。即答できますか? 
 面白いと思ったのは、この問題、前半の文章はなくてもいいはずである。設問というなら、「ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ」だけでいいはず。
 前半の「近代になってから韓国の出版物の多くは、日本の漢字仮名交じりと同様に、漢字ハングル交じりで作成されてきたが、近年ではハングルのみとする傾向が強まっている」というお話はうるさいよという感じだが、ようするに、クイズ番組(といいつつ最近のクイズ番組というのを見たことなくて、先日「タイムショック」が復活しているのを知ってびっくりした)の早押しひっかけと似たような構図になっている。
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Kindle版
歴史が面白くなる
東大のディープな世界史
 この本でも指摘されているが、前半部分がないと「訓民正音」あるいは「正音」と答えそうになる。出題者側からは、そういうふうに条件反射するか受験生、という趣向になっていたのかもしれない。
 その点で出題者の思いは前半にあるはずだが、その思いは相当にひねくれている。
 まず、「近代になってから韓国の出版物の多くは」というのは、近代以前の韓国の出版物はどうだったか、という含みがある。
 そもそも「近代以前の韓国」ってなんだよ、というのはさておくとして、概ね、女真族と見られる李成桂が打ち立てた李氏朝鮮の時代を指しているとしてよいが、ちょっと微妙なのは、李氏朝鮮が1897年にに国号を大韓帝国として皇帝を頂く帝国を自称して以降は近代のなのか。いずれにせよ、李朝ではハングルは「漢字ハングル交じり」ではなかった、ということを出題者は言いたいことがここからわかる。
 「漢字ハングル交じり」になったのは近代以降である。その嚆矢はというと、この本にもあるが、朝鮮政府顧問の井上角五郎が提言して実現した官報「漢城周報」で、それ以前の「漢城旬報」は朝鮮の公式文書のように漢文だった。
 この井上の提言は、朝鮮の近代化には、ナショナルな言語である朝鮮語の新聞の発行が重要だとした福沢諭吉の示唆を受けてのものだった。ようするに、福沢諭吉が、「漢字ハングル交じり」を生み出したと言ってもいい。当時の朝鮮知識人はこの「漢字ハングル交じり」に反発していた。
 つまり、前半の「近代になってから韓国の出版物の多くは、日本の漢字仮名交じりと同様に、漢字ハングル交じりで作成されてきたが、近年ではハングルのみとする傾向が強まっている」というのは、「福沢諭吉の指導で、韓国の出版物の多くは、日本の漢字仮名交じりと同様に、漢字ハングル交じりで作成されてきた」ということ。そして「近年ではハングルのみとする傾向が強まっている」という近年は、光復後のことである。
 あらためて言うまでもないが、日本語と韓国語の文法はほとんど同じ(おそらく同起源の言語に日本が白村江戦で負けてから和語を当てはめて作成した人工言語が日本語なのだろう)なので、「漢字ハングル交じり」のハングル部分は、いわば日本語の「てにをは」に当たる。このため、この時代の朝鮮人は、「てにをは」に相当する日本語を覚えるだけで、日本の岩波文庫はもとより、日本で流布されている書籍の大半をそのまま読むことができた。うがった見方をすると、そういうことがないように、李承晩は「漢字ハングル交じり」を排したと言えるのではないか。幼い子供にも千字文を学ばせていた国なんだから、戦後の日本のように基本の漢字くらいは残しておけばよかったように思うが。
 設問に戻ると、ハングルは李氏朝鮮の第4代王の世宗が「訓民正音」として1446年に公布したもので、意味は「民を訓える正しい音」ということ。つまり、漢字の音を表記するための工夫だった。漢字があってこその「ふりがな」と言ってもよいだろう。元来は、朝鮮半島が元朝支配下にあったときの文化遺産であるパクパ文字を元にしたものだった。
 なお、「訓民正音」はその公布年からしても、当時のその音の仕組みを記した漢文書籍を指す。その書籍の公布をもって「訓民正音」という歴史事象が創作されたというほうが正しいかもしれない。いずれにせよ、それをもって「ハングル」の当時の呼称と言えるかは、むずかしい。
 世宗は「ハングル」の普及のために諺文庁という文化機関を設置したが、李氏朝鮮の第10代王・燕山君の時代、1504年にいわばハングルの焚書坑儒的な弾圧が行われた。また燕山君がクーデターで失脚した後の第10代王・中宗もハングルの弾圧は引き続き、諺文庁も閉鎖された。かくしてハングルは公式には禁止された。もちろん、日本人のひらがなのように民衆の文字としては利用されてはいた。
 さて、当の設問に戻る。
 「ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ」だが、どう答えるか。
 ここでウィキペディアを見ると、関連項目はこう書かれている(参照)。

1446年にこの文字が頒布された当時は「訓民正音」あるいは略して「正音」と呼ばれた。これは「民を訓(おし)える正しい音」の意である。しかしながら、この文字は当初から「諺文(언문、オンムン)」という卑称でも呼ばれていた。

 ウィキペディアを見ると、東大のこの過去問の答えは、「1446年にこの文字が頒布された当時は「訓民正音」あるいは略して「正音」と呼ばれた」とあることから、「訓民正音」あるいは「正音」となるだろう。
 そうなのだろうか? ちなみに本書は、この答えを採っていない。
 歴史学的には同時代資料、あるいはその時代に近い資料を探る必要がある。重要なのは、史書「世宗實錄」巻102の、世宗25年(1443年)12月30日、庚戌の条にこうあるこことだ。

是月, 上親制諺文二十八字, 其字倣古篆, 分爲初中終聲, 合之然後乃成字, 凡干文字及本國俚語, 皆可得而書, 字雖簡要, 轉換無窮, 是謂訓民正音

 資料では28文字は「諺文」(おんもん)と記されている。実際、この件で形成されたのが「諺文庁」であった。設問が問う、同時代の呼称としては、「諺文」が正しいのではないか。ただし、その機能を称賛して、「訓民正音」とも呼んでいる。これを字母の呼称と介せないわけでもない。
 なお、ウィキペディアには「諺文」について、「卑称」とし、こう続ける。

「諺」とは本来俗語の意であり、中国語に対して朝鮮語を指して「諺」あるいは「諺語」と呼んだものである(文字頒布の書である『訓民正音』においてもこの用語が現れている)。従って「諺文」とは「俗語(朝鮮語)を表す文字」という意味である。この「諺文」という呼称はその後広く用いられ、日本併合時代までこの呼称が用いられた。

 この説明は正しいだろうか?
 この時代、中華圏の文化に迎合していた李朝では、漢文が公式文書である。当然、それ以外として、ひらがなのように読み下すための表音文字が公式ではないとされるのは同義反復にも近い。また「中国語に対して朝鮮語を「諺」と呼んだ」というのは、彼らの意識では、中国語が方言化したようなものだったということではないだろうか。
 ただし、燕山君以降の弾圧の経緯を見ると、このウィキペディア的な解釈はそのころにはあっただろう。
 ま、話は以上である。東大側の正解は何であっただろうか。
 余談になるが、ウィキペディアを見ると、なんとか、「諺文」を「正音」に置き換えようと、努力している人がいるようすがうかがえる。それをもって歴史修正というほどでもない。歴史とはそもそも史観であり、史観のなかで歴史事象が命名されるものだから、歴史学的に「正音」としてもよいだろう。が、「ハングルは15世紀の制定当時、どのように呼ばれていたのか、その名称を記せ」となると、それとは別になる。
 ところで、この問題で私が「くすりと笑った」のは、ウィキペディアでは「日本併合時代までこの呼称が用いられた」とあるが、これは昭和の時代の人なら「オンモン」という呼び方を知っていた。日本にいる朝鮮人や朝鮮系の人々も普通に使っていたものだった。つまり、そのころは、普通に、現在、ハングルと呼ばれている表音文字は「オンモン」だった。東大の問題は昭和的には常識の部類だったのである。もちろん、それゆえに歴史学的に正しいというわけではないが。
 むしろ「ハングル」の登場に多少違和感があった(朝鮮語という意味ではある程度知られていたが)。
 私の記憶にもあるが、NHKで「ハングル講座」が開始したのは、1984年つまり昭和59年のことだった。このころいろいろ話題になっていた。普通に考えれば、「ハングル講座」ではなく、「朝鮮語講座」だからである。もめていた。「朝鮮語講座」ではなく「韓国語講座」だろなども。結局、「アンニョンハシムニカ・ハングル講座」になったが、さらにもめていた。「ハングルって文字だろ」「ハングル語講座か?」などなど。そのなかで、「文字はオンモンだろ」とも言われていたのだった。
 
追記(2013.9.11
 DG-Lawさんが『赤本』と『入試問題正解』を当たったところ、両者とも正解は「訓民正音」とのこと。




 

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コメント

日本語と韓国語の文法が似ているのは、白村江なんて大昔のことは関係なくて、日韓併合前後で初等教育を導入するにあたって、韓国語にあった文法的バリエーションを日本語にあわせて、整理したらから似た構造になったんですよ。助詞の使い方とか。

それ以前に、日本語とモンゴル語、日本語とトルコ語、膠着語同士は、おそろしく文法構造が似ているのは、言語学では常識ですぜ。膠着語同士であれば、いとも簡単に逐語変換翻訳可能ですよ。

投稿: YT | 2013.09.08 17:35

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