消費税増税と税の楔(tax wedge)について
欧米では各所からの報道でもわかるように、日本のアベノミクスの成功に期待が寄せられている反面、ふくれあがった日本の財政赤字の対応と関連して消費税増税の是非が議論されている。
原則的には、デフレが十分に解消されていない現状では、浜田宏一内閣官房参与が示唆するように、今回の消費税率8%への引き上げに対しては「極めて慎重に判断すべきだ」と考えるのが妥当だろう。現時点で消費税増税を行うと景気に水を差すことになり、法人税や所得税が大幅に減少し、ひいては日本経済再生が失敗に終わりかねない。
しかし国際的にそうした声が主流というわけではない。なかでもこの問題を扱ったフィナンシャルタイムズ社説「安倍政権の消費税増税の難問(Consumption tax conundrum for Abe)」(参照)では、現状の日本の経済成長率の低さを考えるとその判断は難しいとしながらも、全体としては消費税増税を支持していている("Raising the consumption tax is also better than many of the alternatives. ")。
とはいえその場合でも、「税の楔(tax wedge)」を例として、成長戦略を明瞭にせよとしている("But these should involve more growth-friendly fiscal measures, such as cutting the tax wedge on labour. ")。
意図だけを簡単に受け取れば、消費税は比較的に貧困層にとって負担の大きい税だから、その層に向けて減税となる政策を強く打ち出せということだ。「税の楔」例示の含みを考慮すると、雇用側よりも、低所得層、なかでも子育て所帯に向けてもっと大胆な減税をせよと受け取ってもよいだろう。
特段に目新しい主張でもないが、一例としてあげられている「税の楔(tax wedge)」の議論が日本ではあまり話題になっていないように見えるが、どうだろうか。そもそも日本の場合、「税の楔(tax wedge)」が少ないと見られるからだろうか。
それはそれとして、この議論の前提となるその「税の楔(tax wedge)」についてだが、ざっと見た範囲であるが、日本語のウィキペディアに項目がなかった。なくてもいいといえばいいのだが、難しい概念というわけでもないし、なぜこれが「楔」と呼ばれるかについては、グラフがあると「楔」の形が可視になってわかりやすいので、簡単に英語の項目(参照)を試訳した。ただし、これはあまりいい説明でもなさそうだし、また試訳も用語を含めて自信がないので、経済学に詳しいかたが日本語の項目を作成するというきっかけにでもなれば、と願う。
税の楔
The tax wedge is the deviation from equilibrium price/quantity as a result of a taxation, which results in consumers paying more, and suppliers receiving less.[1]
税の楔は、供給量に対する価格の均衡からの差である。これは、消費者の支払いが多く、供給者の受け取りが少ない状況から生じる。
Following from the Law of Supply and Demand, as the price to consumers increases, and the price suppliers receive decreases, the quantity each wishes to trade will decrease.
消費者への価格増大と供給者の受け取り減少につれ、需要と供給の法則に従い、取引を望むそれぞれの量は減少することになる。
After a tax is introduced, a new equilibrium is reached where consumers pay more (P* → Pc), suppliers receive less (P* → Ps), and the quantity exchanged falls (Q* → Qt). The difference between Pc and Ps will be equivalent to the value of the tax.
税導入後、新しい均衡が、消費側の支払いは(P* → Pc)のように増加し、供給側の受け取りは(P* → Ps)のように減少し、また取引量は (Q* → Qt)のように落ちる。このPcとPsの差が税負担に等しくなる。
While both consumers and suppliers pay some portion of the tax, the distribution depends on the structure of the demand and supply curves, respectively. As long-run supply curves tend to flatten over time, consumers tend to pay an increasingly larger portion of the tax.
消費者と供給者の双方が税金分けて支払うなら、分配はそれぞれ需要供給曲線が示す通りになる。長期的には供給曲線はしだいに平坦化する傾向があるので、消費者が税負担の分が増える傾向がある。
Europe's comparatively high tax burden has created big marginal effects and tax wedges. For example a 2007 report calculated the amount going to the service worker's wallet is approximately 10% in Belgium, 15% in Sweden, 30% in Ireland and the UK, compared to 50% in the United States.[2]
欧州の比較的高い税は限界効果と税の楔を形成してきた。例えば2007年の報告書によれば、サービス労働者の財布に行く量が、ベルギーで10%、スウェーデンで15%、アイルランドと英国で30%、これに対して、米国では50%であった。
少し関連の余談。
OECDは例年「税の楔」に関心を持ち、その名も「Taxing Wages」という年報を出している。少し古くなるが2011年の話題に日本語の解説があるので、一部引用しよう(参照)。
OECDの年報「Taxing Wages」によると、OECD34カ国中22カ国で税負担が増えています。オランダ、スペイン、アイスランドの上昇率が高く、デンマーク、ギリシャ、ドイツ、ハンガリーは逆に下落幅が最大でした。賃金への課税(雇用者および被雇用者の社会保障費を含む)は、企業の雇用判断および個人の労働インセンティブにかかわる重要な要因です。財政を再建し、経済成長を促すための取り組みの一環として、各国政府は、直接税から間接税へのシフト(不動産に対する経常税の増加など)のほか、個人所得税率や社会保障費を上げるのではなく、租税支出をなくして付加価値税や個人所得税の基盤を拡大することを考えなければなりません。
Taxing Wagesでは、OECD各国の給与所得課税の状況、ならびに世帯構成や所得水準による税負担の違いを詳しく分析し、雇用者にとっての総雇用コストと被雇用者の手取り賃金(児童手当など一般的な世帯手当を含む)との差を算出しています。この「税のくさび」は、被雇用者および雇用者が支払った税金の総額(現金給付控除後)を雇用者の総人件費で割って求めます。
ここでは「税の楔」を簡素に「被雇用者および雇用者が支払った税金の総額(現金給付控除後)を雇用者の総人件費で割って求めます」としている。
基調としては、間接税を
2011年では各国の動向を次のように指摘している。
- 夫か妻のどちらか一方が働き、子どもが2人いる平均的所得の世帯の場合、課税率が最も高い国はフランス、ベルギー、イタリアで、税のくさびはフランスが42.1%、ベルギーが39.6%、イタリアが37.2%であった。(表1参照)
- 一方、同じ条件で税のくさびが最も低かったのはニュージーランド(-1.1%)で、以下、チリ(6.2%)、スイス(8.3%)、ルクセンブルク(11.2%)と続く。OECD平均は24.8%。
- 子どもがいない平均的所得の独身労働者に対する税のくさびが高いのはベルギー(55.4%)、フランス(49.3%)、ドイツ(49.1%)であるが、ドイツでは2010年に税のくさびが2ポイント近く低下した。(表2参照)
- 一方、同じ条件でのチリ、メキシコの税のくさびはそれぞれ7%、15.5%にすぎず、ニュージーランドは16.9%、韓国は19.8%であった。OECD平均は34.9%。
昨年の状況は、日本と他国を比較する図示が「Tax policy analysis - Organisation for Economic Co-operation and Development」(参照)にある。
OECDによる昨年の日本の「税の楔」の平均は、31.2%で、OECD国平均の35.6%よりは低いが、従来低いと見られていた状況に比べると、ぐっと欧州なみに近づいている。
ほか、OECDの項目からわかるように、「税の楔」で考慮されているのは、各国の子供のある労働者の条件での差である。全体としての印象では、二人の子供がある親についての課税を下げるような政策が求められるように見えるが、これは逆に言えば、相対的にではあるが、独身労働者への実質的な課税を強化せよということになるだろう。
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コメント
消費税が上がると消費が冷え込んで景気が悪くなるとか、上がらないと国際的信用が低下して景気が悪くなるとか、バカな言説が両方からでているけど、景気は消費税に関係なく悪化するでしょ。そもそも、金融緩和というのは投資の流動性を高めて、イノベーションに結びつけて未来の生産性を向上させるためでしょ。アメリカはやっているけど、日本は、先物食いしているだけで、未来に負債が高まるようなことばかりしている。その負債の代償のために、消費税を上げざるを得ないってことだけ。つまり、絶対においつくわけがない。イノベーションに結びついていないし、日本のブランドイメージが世界の中で上がってもいない。
で、消費税増税で一番痛手を受けるのは、結婚していない若い世代。なんか政府は所得が少なければ補填するとかいっているけど、全額補填されないでしょ。それとも利息をつけて返すのかしら、笑。そもそも、個人の中で流動性が狂った金は、死に金なのにね。
なんか、若い人がバカだからとか、教育がいきわたっていないからだからとか、全部、若い人が悪いみたいな、戸惑っている、いい年している人たちが好き勝手なことをいっているけど。あれらは、みんな「復讐心」を彼等なりに合理的にやっている、理由なき反抗であって、昔からずっとあること。まぁ、おいつめられかたがすごくて若い人がかわいそうなぐらい。たぶん、辞められると非常に困る店長が、悪い意味で甘やかしているんでしょ。ちょっと厳しくすると辞められてしまうのが現状だし。二極化している。甘くするか、洗脳して戦士みたいにするとか。消費税が増税されれれば、その分時給が上がるわけがないし、還付されるといっても、所得税やらなんやらで差し引かれて、手取りは下がるはず。仕事をするモチベーションはあがるわけがないし、そういう若者を管理する店長も同じく若い人とかで、もうぐちゃぐちゃだろうね。昨日、映画「狂った果実」をネットで見たけど、若い世代丸ごと、ああなってんじゃないかな。なので、頭の問題じゃない、笑。
ま、日本は消費税を上げて、アメリカの金融引き締めがはじまって、日本はそれにすぐ対応して引き締まれず、外国の金が日本に入ってきて、流動性が高まりすぎて、物価も上昇して、あわてて引き締めて、金利まで上昇してしまい。貯蓄がない若者は、投資もできず、手取りの所得価値がガンガン下がり、これで、クレジットで買い物でもしようもなら、破産続出。本当、若者がバカなんでしょうかね? とりあえず、反抗するしかないってことなんじゃないかな・・・
とにかく、大人がなにもしないでいる。金も力がある大人ほど、なにもしていない。大人の方がバカだと反省した方がいいんじゃないの。嘆いているだけでなく、なんかしろよ! できたら、イノベーション、笑。あと、若い人が過ちをしたら、犯罪なら厳しく取り締まるのは当然だけど、管理者に謝罪を求めたりはしないけど、代理人がメッセージをだすっていう恥ずかしいことはやめてもらいたいよね。代理人が責任とるわけでないんだから。大人として恥ずかしいでしょ。責任をとらない謝罪ほど気持ちが悪いものはない。ま、そもそも、誰が働いているか一切わからない経営が一番悪いよな。
投稿: | 2013.08.07 21:47
リファラ使うんなら冒頭に書きな
投稿: | 2013.08.07 23:02
初歩的なマクロ経済学では直線近似で簡単に表現しますが、ミクロ経済学では需要も供給も非線形曲線です。ということは、増税がある点を超えると特定セクタで予想外に影響が拡大する可能性があります。
政策的には、消費税増税の前に雇用流動化、雇用流動化の前に社会保障一元化、という優先順位があってしかるべきだと思うのですが、民主党内閣は大して準備をしませんでした。
現状は、縮小均衡に国民が慣れてしまった状況を財務省が利用したと言われても仕方無いように思います。10年後にプライマリバランスを達成するイメージから逆算して直近の政策を決定するのが妥当ではないかと。
投稿: ぷえ | 2013.08.08 23:14