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2013.08.21

[書評]科学者の卵たちに贈る言葉――江上不二夫が伝えたかったこと(笠井献一)

 「科学者の卵たちに贈る言葉」という表題に少し心惹かれた。が、私は科学者の卵ではない。それどころか私の人生はこれから手じまいに向かう。今さらそんなもの読んでもしかたがない。そういういじけた心の動きに自分が少年だったころの思いが滲む。

cover
科学者の卵たちに
贈る言葉
江上不二夫が
伝えたかったこと
(岩波科学ライブラリー)
 少年のころ科学に関心をもち、できたら科学者になりたいという夢があった。と懐古する間もなく、でもそんなことはどうでもいいと思える。瞬間、脳裏に響いたのは副題の「江上不二夫が伝えたかったこと」である。江上不二夫。少年時代に読んだ岩波新書「生命を探る」(参照)の江上不二夫である。
 表紙に江上の、短い言葉が二つ引かれている。

「実験が失敗したら大喜びしなさい」

「自然は人間の頭で考えらるよりもはるかに偉大で複雑だよ」

 そのとおりだ。僕が子供の頃に思い描いた科学者はそういう心をいつももっていた。懐かしさがぐっとこみ上げる。江上もそういう人だった。


 江上先生を知っている人にすぐ浮かんでくるイメージは「ほら吹き」である。先生の頭の中では、生命についての奇想天外な解釈や仮説、実験のアイデアなどが毎日ぼこぼこ湧き出して、とてもしまっておけず、誰かれかまわず出会う人にしゃべりまくった。「ねえねえ、お母さん、聞いて聞いて」といって言っている子供みたいな天真爛漫そのもの。

 この本は、江上に学んだ笠井献一が江上語録を残したいとして書かれた本である。江上語録――そういう本は存在していない。江上に学んだ生徒たちの頭の中に叩き込まれているだけなので、忘れられないうちに書いておこうというのだ。薄い本だが、めっぽう面白い。目次を眺めただけでもわかるだろう。

1 他人と戦わない
2 人真似でかまわない
3 伝統を大切にする
4 つまらない研究なんてない
5 三ヵ月で世界の最先端になる
6 実験が失敗したら喜ぶ
7 先生は偉くない

 これらは科学者だけに当てはまるとも言いかねるし、逆に現在の科学者が江上流にやっていけるかというと、そう素直に受け取れない部分もある。読んでいくと言っていることが矛盾してるんじゃないかと思える部分もある。
 それでも、日本の科学者を育成することをその生涯の目的に定めた江上の魄のようなものは、笠井の思い出話から伝わってくる。

 先生は若干三二歳で名古屋大学の教授になったとき、自分で実験するのをすっぱり止めてしまい、もっぱら弟子をおだてて実験させることに専念するようになった。それは実に賢明な選択だった。そういうことなら間違いなく天才だった。しかし実験となるとむしろ要注意人物だった。名だたるぶっきっちょうで、しかもせっかち。先生が実験したいなんて言い出したら、いつ遠心分離器が踊り出すか、フラスコが爆発するか、まわりはおちおちしていられなかっただろう。先生が自分で実験していたころに、放射性同位元素(ラジオアイソトープ)がまだ使われていなかったのはほんとうに良かった。

 現代ではそういうタイプの科学者が成功することはないだろうが、科学者のグループを牽引するカリスマ的な指導者としては必要になる、そういう指導者は現在でも存在するに違いない。ただ、江上のような人材は、確かに天才というか天与の才能のようなものでもあるだろう。
 こういうと何だが、読んでいて、糖研究の具体例などといった個別分野でのの面白さを除くと、夏目漱石の『吾輩は猫である』のような面白さも感じられた。そして、そういう面白さとして読んでもよいだろう。科学者の卵が読者でなくても。
 
 

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コメント

山下弘氏はトンデモ本で、
アインシュタインの相対性理論を徹底的に批判しているトンデモさんを例に挙げて、
世界中の大勢の学者が何度も何度も追実験をやって正しさを実証しているのに、
そういうことを全く考慮せずに(あるいはそういう科学者をアインシュタインという権威に盲従していると決めつけて)馬鹿馬鹿しいロジックで批判している連中を苦々しく書いていますが、
知り合いでもないのに横の繋がりがあるというエピソードって、あまり無いんです。
何でもかんでも一緒くたに「学会」と括られてしまって。

投稿: てんてけ | 2013.08.22 10:17

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